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おじいさん
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桜子と修哉の他にこの家に一緒に暮らす人物がいた。
それは今年で150歳を迎える修哉のおじいさんだ。
おじいさんは100歳という中年になってから修哉の父親を授かり、それと同時に連れ添っていたおばあさんを亡くした。
95歳という短命でこの世を去ったおばあさんの為にも男手1つで修哉の父親を育て上げ、120歳の定年退職と共に孫たちと一緒に暮らし始める事になった。
最初は孫の将来のお嫁さんの家で一緒に暮らすなんて。
と、古臭い事を考えていたが、桜子の笑顔がどうにも死んだおばあさんと被ってしまい断ることができなかった。
「150にもなると腰にこたえる」
白髪まじりのおじいさんは真っ白なベッドから起き上がって腰を伸ばした。
バキバキと音がして、その度に表情をゆがめる。
おじいさんの部屋は一階のリビングの隣にあった。
真っ白な壁紙に真っ白な家具。
それらにかこまれていると、時折自分がこの家で、この世界で1人になったような気分になる。
が、そんな時はきまって桜子が声をかけてくれ、一緒に食事を取るのだ。
そんなタイミングのよさというもの、死んだおばあさんにそっくりだった。
天井から下りてきた洗面台で顔を洗っていると、ノック音が響いた。
今時各部屋についているチャイムを鳴らさずに手でノックするなんて、桜子くらいしかいない。
大切な用事の解きでも軽快な音楽が流れるのが嫌なのだそう。
「起きてるよ」
そう声をかけるとすぐに扉が開き、ガウン姿の桜子が顔を覗かせた。
「もう熱は下がったのかい?」
「はい。もう大丈夫です」
そう言いながらベッドへ近づく桜子の頬はいつもよりも赤くなっている。
また、なにか持ってきたな。
桜子は興味を示すものがあればするに頬が赤くなる。
特に昔のものなどを見る時は瞳孔がギラギラと光っているのだ。
「おじいさん、すごいことが起きたのよ」
「ほう? すごいこと?」
この年齢になれば多少のことでは同時ないが、目を見開いて興味のある素振りをする。
すると桜子は嬉しそうに微笑んでベッドのはしに座った。
「私に手紙が来たの」
「手紙……?」
桜子の手の中にある真っ白な手紙に視線を落とす。
「ほう……これは和紙という紙でできている手紙だ。今時こんなもの手に入らないぞ」
最初は演技だったおじいさんも、あっという間にその手紙に釘付けになる。
手に取り、その感覚を確かめるように何度も何度も撫でている。
「開けて、読んでみて?」
「いいのかい?」
「ええ」
「ほう……金魚か」
「ねぇ、金魚って海にいるのよね?」
「海? 金魚は海ではなく夜店で泳いでおる」
「よみせ? よみせってなに?」
「祭りだよ。祭りの出店の中に金魚すくいというヤツがあって――」
「祭り!?」
話しの途中で桜子は叫び声を上げて、全身に鳥肌を立てた。
かと思えばおじいさんの手からパッと手紙を奪い取り、ベッドから立ち上がった。
「怖い怖い……水神祭怖いよぅ!!」
そうやって、イヤイヤと首を振りながら部屋を出て行ってしまったのだった。
☆☆☆
おじいさんの部屋から出た桜子はゴミ箱と手紙を交互に見つめ、それから思い切ったようにそれを捨てたのだった。
大きく呼吸をしながら大股で地下室へと続く白い階段を下りていく。
心臓がバクバクとうるさくて、頭の中に夢で見たヨーヨーの魚と金魚のイラストが交互にちらつく。
地下室にも一階や二階と同じように人の暮らせるような間取りになっていて、桜子は一番奥の部屋に勢いよく入った。
暗い部屋にパッ明かりがともり、目の前のスクリーンに30歳前後の男の姿が映し出される。
「やぁ桜子、今日はどうしたの?」
機械的な声じゃなく、人間の声。
しかし、このスクリーンの中の人間は実在しないロボットだ。
桜子はスクリーンの前にあるソファに座り、深呼吸を繰り返した。
「おかしいのよ、私」
「そう。それって祭りのこと?」
「そうなの、祭りのこと」
コクコクと、何度も小さく頷く。
ソファに座るとその人物の感情や思考がスクリーンの中のロボットへと伝わる。
暇つぶしの会話をしてくれる時もあるし、高ぶった感情を抑えてくれる時もある。
今はロボットの精神科医のようなものだ。
「落ち着いて。祭りはもう存在しないんだから」
「わかってる……」
ソファの横の床からまるいテーブルが出てきて、そのテーブルの中からはジュースが出てきた。
「わかってるんだけど、でも、どうしても」
祭りの話をしているだけで手に汗がにじみ出る。
「桜子、次の祭り戦争は来週くらいだと言われてるよ。それで神経が高ぶってるんだ。ほら、ジュースを飲んで落ち着いて」
言われたとおりに精神安定剤の粉末が入ったジュースを一口飲む。
ざらついた舌触りで粉末だけが口の中に残る。
「それに、私何かを忘れてるって」
「手紙が?」
「そう。一体何を忘れてるのかも、わからない」
「桜子、君のもらった手紙は真実を語る手紙じゃない。昔ながらの手紙はいくらでも嘘をつけるんだ」
「手紙が嘘をついてるってこと?」
「そうだよ。正確には手紙を書いた人物が嘘をついてる」
「なんのために?」
「それは、僕にもわからない」
ドクターはヒョイッと肩をすくめて眉間にシワを寄せた。
「だけど、手紙って昔も今も何かを伝えるためにあるものよね? たとえ書かれていたことが嘘だとしても、なにか伝えたい事があるはずだと思うのよ」
「ほら桜子、また顔が険しくなってる。君はちょっと考えすぎなんだよ」
「そんな事ないわ」
「いつもより少し強い薬を処方しよう」
「ドクター私ってそんなに変?」
「狂ってるとは言わないよ。祭り戦争の前におかしくなる人は沢山いる。さぁ、これを飲んで少し眠るといい」
そう言うと、ジュースが引っ込み、今度は水が出てきた。
桜子はそれを見て小さなため息を吐き出す。
が、ここから出るためにはドクターの前で飲みきらなくてはならない。
桜子は呼吸を止め、苦い水を一気に飲み干したのだった。
それは今年で150歳を迎える修哉のおじいさんだ。
おじいさんは100歳という中年になってから修哉の父親を授かり、それと同時に連れ添っていたおばあさんを亡くした。
95歳という短命でこの世を去ったおばあさんの為にも男手1つで修哉の父親を育て上げ、120歳の定年退職と共に孫たちと一緒に暮らし始める事になった。
最初は孫の将来のお嫁さんの家で一緒に暮らすなんて。
と、古臭い事を考えていたが、桜子の笑顔がどうにも死んだおばあさんと被ってしまい断ることができなかった。
「150にもなると腰にこたえる」
白髪まじりのおじいさんは真っ白なベッドから起き上がって腰を伸ばした。
バキバキと音がして、その度に表情をゆがめる。
おじいさんの部屋は一階のリビングの隣にあった。
真っ白な壁紙に真っ白な家具。
それらにかこまれていると、時折自分がこの家で、この世界で1人になったような気分になる。
が、そんな時はきまって桜子が声をかけてくれ、一緒に食事を取るのだ。
そんなタイミングのよさというもの、死んだおばあさんにそっくりだった。
天井から下りてきた洗面台で顔を洗っていると、ノック音が響いた。
今時各部屋についているチャイムを鳴らさずに手でノックするなんて、桜子くらいしかいない。
大切な用事の解きでも軽快な音楽が流れるのが嫌なのだそう。
「起きてるよ」
そう声をかけるとすぐに扉が開き、ガウン姿の桜子が顔を覗かせた。
「もう熱は下がったのかい?」
「はい。もう大丈夫です」
そう言いながらベッドへ近づく桜子の頬はいつもよりも赤くなっている。
また、なにか持ってきたな。
桜子は興味を示すものがあればするに頬が赤くなる。
特に昔のものなどを見る時は瞳孔がギラギラと光っているのだ。
「おじいさん、すごいことが起きたのよ」
「ほう? すごいこと?」
この年齢になれば多少のことでは同時ないが、目を見開いて興味のある素振りをする。
すると桜子は嬉しそうに微笑んでベッドのはしに座った。
「私に手紙が来たの」
「手紙……?」
桜子の手の中にある真っ白な手紙に視線を落とす。
「ほう……これは和紙という紙でできている手紙だ。今時こんなもの手に入らないぞ」
最初は演技だったおじいさんも、あっという間にその手紙に釘付けになる。
手に取り、その感覚を確かめるように何度も何度も撫でている。
「開けて、読んでみて?」
「いいのかい?」
「ええ」
「ほう……金魚か」
「ねぇ、金魚って海にいるのよね?」
「海? 金魚は海ではなく夜店で泳いでおる」
「よみせ? よみせってなに?」
「祭りだよ。祭りの出店の中に金魚すくいというヤツがあって――」
「祭り!?」
話しの途中で桜子は叫び声を上げて、全身に鳥肌を立てた。
かと思えばおじいさんの手からパッと手紙を奪い取り、ベッドから立ち上がった。
「怖い怖い……水神祭怖いよぅ!!」
そうやって、イヤイヤと首を振りながら部屋を出て行ってしまったのだった。
☆☆☆
おじいさんの部屋から出た桜子はゴミ箱と手紙を交互に見つめ、それから思い切ったようにそれを捨てたのだった。
大きく呼吸をしながら大股で地下室へと続く白い階段を下りていく。
心臓がバクバクとうるさくて、頭の中に夢で見たヨーヨーの魚と金魚のイラストが交互にちらつく。
地下室にも一階や二階と同じように人の暮らせるような間取りになっていて、桜子は一番奥の部屋に勢いよく入った。
暗い部屋にパッ明かりがともり、目の前のスクリーンに30歳前後の男の姿が映し出される。
「やぁ桜子、今日はどうしたの?」
機械的な声じゃなく、人間の声。
しかし、このスクリーンの中の人間は実在しないロボットだ。
桜子はスクリーンの前にあるソファに座り、深呼吸を繰り返した。
「おかしいのよ、私」
「そう。それって祭りのこと?」
「そうなの、祭りのこと」
コクコクと、何度も小さく頷く。
ソファに座るとその人物の感情や思考がスクリーンの中のロボットへと伝わる。
暇つぶしの会話をしてくれる時もあるし、高ぶった感情を抑えてくれる時もある。
今はロボットの精神科医のようなものだ。
「落ち着いて。祭りはもう存在しないんだから」
「わかってる……」
ソファの横の床からまるいテーブルが出てきて、そのテーブルの中からはジュースが出てきた。
「わかってるんだけど、でも、どうしても」
祭りの話をしているだけで手に汗がにじみ出る。
「桜子、次の祭り戦争は来週くらいだと言われてるよ。それで神経が高ぶってるんだ。ほら、ジュースを飲んで落ち着いて」
言われたとおりに精神安定剤の粉末が入ったジュースを一口飲む。
ざらついた舌触りで粉末だけが口の中に残る。
「それに、私何かを忘れてるって」
「手紙が?」
「そう。一体何を忘れてるのかも、わからない」
「桜子、君のもらった手紙は真実を語る手紙じゃない。昔ながらの手紙はいくらでも嘘をつけるんだ」
「手紙が嘘をついてるってこと?」
「そうだよ。正確には手紙を書いた人物が嘘をついてる」
「なんのために?」
「それは、僕にもわからない」
ドクターはヒョイッと肩をすくめて眉間にシワを寄せた。
「だけど、手紙って昔も今も何かを伝えるためにあるものよね? たとえ書かれていたことが嘘だとしても、なにか伝えたい事があるはずだと思うのよ」
「ほら桜子、また顔が険しくなってる。君はちょっと考えすぎなんだよ」
「そんな事ないわ」
「いつもより少し強い薬を処方しよう」
「ドクター私ってそんなに変?」
「狂ってるとは言わないよ。祭り戦争の前におかしくなる人は沢山いる。さぁ、これを飲んで少し眠るといい」
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