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額の手
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真っ白なダイニングテーブルに腰を下ろすと、ちょうどおじいさんが部屋から出てきたところだった。
額に手を当てて眉間にシワを寄せている桜子を見て、瞬きを繰り返す。
そんなおじいさんの視線に気づき、桜子は顔をあげた。
「さぁ、今日はコンソメスープにハンバーグだ」
修哉はそう言いながら3人分の皿をそれぞれの場所に置いていく。
その上にあるのは小さなカプセルが2つずつ。
「これは驚いた、桜子か」
修哉が食事の準備してくれたのに、おじいさんは桜子から目を離さず神妙な顔つきをしてみせた。
「なに? 私が、なにか?」
「いや、おばあさんもよくそうやって悩み事をしていてな。つい昔の姿を思い出したんだ」
そう言って、小さく微笑むとカプセルと1つ口の中へ放り込んだ。
ユックリと口の中でころがし、その味を味わう。
「おじいちゃん、今日は俺が作ったんだ。味はどう?」
「ふむ。悪くない」
今はこうしていくつかの粉末を混合してカプセルに抑えるだけで食事が出来る。
昔流行したような食中毒もないし、手間もかからない。
心配もなにもない食事の風景。
これで充分なハズだ。
満足だ。
けれど、桜子の脳裏には夢の中で見た林檎飴が浮かんでいた。
あれは一体どんな味なんだろう?
飴は今でもある。
けれど、それはきっと昔のものとはかけ離れた飴なんだ。
妙な物をクシに刺し、焼いていた男たちを思い出す。
そして、ゴクリとカプセルを飲み込んだ。
その瞬間に広がる満腹感。
「ごちそうさま」
なんて、あっけない食事なんだろう――。
☆☆☆
食事を終えると修哉はすぐに仕事部屋へと戻っていった。
午後からの会議は他国とも中継を繋ぐらしく、気合を入れて新しいスーツに着替えてのご出勤だ。
「行ってらっしゃい」
部屋の前まで来て、修哉に後ろからそう声をかける。
「あぁ、行ってくるよ」
微笑み、キスをして部屋に入る修哉。
それを見計らったかのように、「桜子」と名前を呼ばれ、振り向いた。
「さっきの手紙なんだが、見せてくれないのかい?」
「手紙……ごめんなさい。捨ててしまったの」
「捨てた? なぜ?」
「だって……なんだか、怖くて。金魚って祭りと関係があるんでしょう? そう思うと、どうしても怖くて」
「そうか……おばあさんも祭りを怖がっていた」
思い出すように、空中へ視線を投げ出すおじいさん。
「そうなの?」
桜子は修哉のおばあさんを知らない。
ちょうど修哉とであった頃に亡くなってしまったらしくて、挨拶もした事がないのだ。
「桜子とおばあさんは、似ているんだ」
「私とおばあさんが?」
それはおじいさんの寂しい心が似せて見せているんじゃないの?
そう思ったが、グッと言葉を押し込めた。
「額に手を当てる癖もそっくりだ」
目をクシュッと細めてそういわれると、なんだか照れくさく感じる。
「そんなハズはないのに、ついつい思ってしまうんだ。桜子が、おばあさんの生まれ変わりなんじゃないかってなぁ」
桜子は額に手を当てて、少しだけ小首をかしげたのだった。
☆☆☆
《来週、ついに祭り戦争が始まります。戦争は日本の首都を中心として地方へと広がっていくでしょう。
各家に設置されている戦争回避用のシューターの点検をし、不備があれば生活保護センターに連絡をしてください。
今回の祭り戦争は大きなもので都道府県まるまる1つ飲み込んでしまう大きさがあります。
くれぐれも巻き込まれないように注意してください――》
ロボットのアナウンサーの声が響く。
桜子はベッドの上で毛布にくるまりその様子を見つめる。
画面は去年の祭り戦争の映像に切り替わり、シューター内でパーティーを開く家族がカメラへ向けて手を振っていた。
シューター内にいれば安全安心。
そんなCMを見ているような気分になる。
昔は戦争に立ち向かっていく軍隊というものが存在したらしいが、人の命がどんどん消えていってしまう仕事なんて今では考えられない。
子供を産まない人が増えたから軍隊は絶滅した。
というのが一番の理由らしいが、産まないのではなく産めないのだとドクターは言っていた。
女も男も、性交渉を快楽としてしか認識しなくなってから、神様は人間に生命を託すという事をほとんどしなくなった。
だから、ロボットが次々と溢れかえる世の中になる。
桜子はふと思うのだ。
もしかしたら修哉もロボットなのではないか?と。
その肌に触れて、唇にキスを落としてようやく安心する事も多い。
桜子はベッドに仰向けに寝転び、自然と自分の額に手を当ててから、「あ」と気づく。
「クセだわ……」
熱が出た時にだけ額に手を当てていた気がするのに、どうやらそうでもなかったらしい。
無意識の内に額に手を当てて眠っていたり、考え事をしているみたいだ。
修哉のおばあさんって、どんな人なんだろう?
自分の手のひらを見つめながら、ふと思った。
今までなくなった人の事に興味を引かれることなんてなかった。
特に修哉のおばあさんは短命で亡くなってしまっているし、聞くのもしのびないのだ。
それなのに、一度気になり始めると落ち着いていられなくなってしまう。
もしかしたら、写真の1枚くらい残ってるかも。
そう思い、上半身を起こしてテレビにむけて「写真を出して」と言った。
テレビ画面はすぐに切り替わり、家の前で肩を並べている桜子と修哉の写真が表示される。
最近は写真なんて撮らなくなったから、ひどくなつかしい気がする。
「もっと昔のものよ。修哉と私のじゃない写真はない?」
そう訊ねると、保存されているデータを探るように様々な写真が映っては消えて映っては消える。
そして、探し当てたように1枚の写真が拡大された。
「お母さん……」
それは桜子の両親の写真だった。
事故を起こす数日前のもの。
旅行へ行く前ということで2人ともすごくいい笑顔をしている。
でも、この数日後2人はなくなったのだ。
宇宙船の衝突事故で。
忘れるワケがない。
新しい星が発見されたということで大きなツアーが開催されていたのだから。
そう。
亡くなったのは桜子の両親だけじゃなく、数百人の客が巻き込まれたのだ。
思い出しただけでもいたたまれなくて「これじゃない」と、強い口調で言った。
コンピューターは再び動き始め、桜子の両親の写真を一枚一枚写していく。
「もういいわ。消して」
桜子はため息を吐き出してクッションを抱きしめ、顔を埋めた。
おばあさんの写真はもうないのかもしれない。
たった5年見ないだけでデータを消すシステム、なんとかしなきゃ。
そう思い、また額に手を当てたのだった。
額に手を当てて眉間にシワを寄せている桜子を見て、瞬きを繰り返す。
そんなおじいさんの視線に気づき、桜子は顔をあげた。
「さぁ、今日はコンソメスープにハンバーグだ」
修哉はそう言いながら3人分の皿をそれぞれの場所に置いていく。
その上にあるのは小さなカプセルが2つずつ。
「これは驚いた、桜子か」
修哉が食事の準備してくれたのに、おじいさんは桜子から目を離さず神妙な顔つきをしてみせた。
「なに? 私が、なにか?」
「いや、おばあさんもよくそうやって悩み事をしていてな。つい昔の姿を思い出したんだ」
そう言って、小さく微笑むとカプセルと1つ口の中へ放り込んだ。
ユックリと口の中でころがし、その味を味わう。
「おじいちゃん、今日は俺が作ったんだ。味はどう?」
「ふむ。悪くない」
今はこうしていくつかの粉末を混合してカプセルに抑えるだけで食事が出来る。
昔流行したような食中毒もないし、手間もかからない。
心配もなにもない食事の風景。
これで充分なハズだ。
満足だ。
けれど、桜子の脳裏には夢の中で見た林檎飴が浮かんでいた。
あれは一体どんな味なんだろう?
飴は今でもある。
けれど、それはきっと昔のものとはかけ離れた飴なんだ。
妙な物をクシに刺し、焼いていた男たちを思い出す。
そして、ゴクリとカプセルを飲み込んだ。
その瞬間に広がる満腹感。
「ごちそうさま」
なんて、あっけない食事なんだろう――。
☆☆☆
食事を終えると修哉はすぐに仕事部屋へと戻っていった。
午後からの会議は他国とも中継を繋ぐらしく、気合を入れて新しいスーツに着替えてのご出勤だ。
「行ってらっしゃい」
部屋の前まで来て、修哉に後ろからそう声をかける。
「あぁ、行ってくるよ」
微笑み、キスをして部屋に入る修哉。
それを見計らったかのように、「桜子」と名前を呼ばれ、振り向いた。
「さっきの手紙なんだが、見せてくれないのかい?」
「手紙……ごめんなさい。捨ててしまったの」
「捨てた? なぜ?」
「だって……なんだか、怖くて。金魚って祭りと関係があるんでしょう? そう思うと、どうしても怖くて」
「そうか……おばあさんも祭りを怖がっていた」
思い出すように、空中へ視線を投げ出すおじいさん。
「そうなの?」
桜子は修哉のおばあさんを知らない。
ちょうど修哉とであった頃に亡くなってしまったらしくて、挨拶もした事がないのだ。
「桜子とおばあさんは、似ているんだ」
「私とおばあさんが?」
それはおじいさんの寂しい心が似せて見せているんじゃないの?
そう思ったが、グッと言葉を押し込めた。
「額に手を当てる癖もそっくりだ」
目をクシュッと細めてそういわれると、なんだか照れくさく感じる。
「そんなハズはないのに、ついつい思ってしまうんだ。桜子が、おばあさんの生まれ変わりなんじゃないかってなぁ」
桜子は額に手を当てて、少しだけ小首をかしげたのだった。
☆☆☆
《来週、ついに祭り戦争が始まります。戦争は日本の首都を中心として地方へと広がっていくでしょう。
各家に設置されている戦争回避用のシューターの点検をし、不備があれば生活保護センターに連絡をしてください。
今回の祭り戦争は大きなもので都道府県まるまる1つ飲み込んでしまう大きさがあります。
くれぐれも巻き込まれないように注意してください――》
ロボットのアナウンサーの声が響く。
桜子はベッドの上で毛布にくるまりその様子を見つめる。
画面は去年の祭り戦争の映像に切り替わり、シューター内でパーティーを開く家族がカメラへ向けて手を振っていた。
シューター内にいれば安全安心。
そんなCMを見ているような気分になる。
昔は戦争に立ち向かっていく軍隊というものが存在したらしいが、人の命がどんどん消えていってしまう仕事なんて今では考えられない。
子供を産まない人が増えたから軍隊は絶滅した。
というのが一番の理由らしいが、産まないのではなく産めないのだとドクターは言っていた。
女も男も、性交渉を快楽としてしか認識しなくなってから、神様は人間に生命を託すという事をほとんどしなくなった。
だから、ロボットが次々と溢れかえる世の中になる。
桜子はふと思うのだ。
もしかしたら修哉もロボットなのではないか?と。
その肌に触れて、唇にキスを落としてようやく安心する事も多い。
桜子はベッドに仰向けに寝転び、自然と自分の額に手を当ててから、「あ」と気づく。
「クセだわ……」
熱が出た時にだけ額に手を当てていた気がするのに、どうやらそうでもなかったらしい。
無意識の内に額に手を当てて眠っていたり、考え事をしているみたいだ。
修哉のおばあさんって、どんな人なんだろう?
自分の手のひらを見つめながら、ふと思った。
今までなくなった人の事に興味を引かれることなんてなかった。
特に修哉のおばあさんは短命で亡くなってしまっているし、聞くのもしのびないのだ。
それなのに、一度気になり始めると落ち着いていられなくなってしまう。
もしかしたら、写真の1枚くらい残ってるかも。
そう思い、上半身を起こしてテレビにむけて「写真を出して」と言った。
テレビ画面はすぐに切り替わり、家の前で肩を並べている桜子と修哉の写真が表示される。
最近は写真なんて撮らなくなったから、ひどくなつかしい気がする。
「もっと昔のものよ。修哉と私のじゃない写真はない?」
そう訊ねると、保存されているデータを探るように様々な写真が映っては消えて映っては消える。
そして、探し当てたように1枚の写真が拡大された。
「お母さん……」
それは桜子の両親の写真だった。
事故を起こす数日前のもの。
旅行へ行く前ということで2人ともすごくいい笑顔をしている。
でも、この数日後2人はなくなったのだ。
宇宙船の衝突事故で。
忘れるワケがない。
新しい星が発見されたということで大きなツアーが開催されていたのだから。
そう。
亡くなったのは桜子の両親だけじゃなく、数百人の客が巻き込まれたのだ。
思い出しただけでもいたたまれなくて「これじゃない」と、強い口調で言った。
コンピューターは再び動き始め、桜子の両親の写真を一枚一枚写していく。
「もういいわ。消して」
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