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赤い金魚
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祭り戦争が始まる前の日から桜子たちはシェルターの中に身を潜めていた。
戦争が始まってから終わるまでは約一週間。
祭りの魂たちは休まずに日本全国を練り歩き、人を見つければ祭りに巻き込み、連れ去ってしまうのだ。
戦争の被害に会ったものたちは、二度と戻ってこられなくなってしまう。
勇敢にも祭りに立ち向かっていく若者たちは、真っ黒なサングラスをして肉眼でそれを見ないようにしている。
明るい祭りの賑わいを直接見てしまえば、すぐに巻き込まれてしまうのだ。
戦いかたはいたって簡単で、魂たちにお前はもう死んだのだと言い聞かせることだ。
その現実的な説教をちゃんと聞く魂がいくつもない事はわかりきっているが、そうやって少しずつ魂の数を減らしていく他ないのだ。
「桜子、こちらへおいで」
1人落ち着かないように部屋の中をうろうろしていた桜子を、おじいさんが手招きした。
2人ともやけに落ち着いていて、さっきから談笑をしている。
「なんだか気分がソワソワするわ」
「あと数時間で戦争が始まるんだ。落ち着かなくて当然だ」
「でも、桜子は怖がりすぎだけどな」
そう言って、修哉は笑った。
「ねぇ、今回の戦争はどれだけ犠牲者を出すのかしら」
「さぁ……。シェルターの中に入っていれば安全だから、そんなに被害はでないハズだよ。ごくたまに、シェルターから出たやつが巻き込まれるくらいさ」
修哉はヒョイッと肩をすくめ、「最も、そんなヤツこの家にはいないけど」と、付け足した。
「そうよね」
シェルターから出なければいい。
簡単なことだ。
一週間暮らせるくらいの準備はしてあるし、戦争中は学校も会社も休みになるし、不便なことは何一つない。
しかし、桜子の心はざわついていた。
今年の祭り戦争はなにかが違う。
今までに感じたことのない恐怖とざわめきに包まれている。
けれどそれは誰もが感じていることではなく、桜子の身にだけ起こっている異変だった。
祭り戦争が変わったのではなく、桜子がかわったのだ。
「ほら、これをお飲み」
おじいさんが差し出してくれたのは、ドクターからもらったジュースだった。
「ありがとう」
薬で気分を落ち着かせれるのなら、それに頼りたい気分だった。
桜子は甘いジュースを一気に飲み干して、息を吐き出し、ソファに身を沈めた。
ドクターのくれる薬は即効性がある。
桜子は目をトロンとさせて、心のざわめきも一瞬にして消え去った。
「じいちゃん、話しの続きをしてよ」
「そうだな。ワシらの子供の頃の祭り戦争の話しをしている途中だったんだ」
おじいさんはニッコリと微笑み、懐かしむように口を開いた。
「今のように地下室のシェルターなんかなかったから、戦争の時にはみんな黒いサングラスをかけて、布団に潜っていたんだよ。何度も何度も祭りの笛、太鼓の音が頭上を通り過ぎていった。でも、決して布団から顔を上げることはなかった。いつ巻き込まれるかわからなかったから、一週間ずっと同じ場所にいたこともある」
「食べ物やお風呂はどうしたの?」
桜子が聞くと、おじいさんは「食べれないし、入れない。昔はそれがわかっていたから、前日に嫌というほど食事をして、布団の中に持って入れるだけの食料を持っていたんだ」と、答えた。
食事も今のようなカプセルではなかったから、一週間布団に潜っていて痛んでしまう事もあったらしい。
「どうだ? このシェルターがあればどれだけ安全かわかっただろう?」
「えぇ、そうね」
桜子は頷きながら、眠くなる頭を必死で起こしていた。
眠っている間に祭り戦争がはじまり、自分自身が知らぬ間にシェルターを出て行ってしまうんじゃないか。
という不安があって、素直に眠ることができなかった。
「桜子、眠いなら寝ればいいよ」
「いいえ、大丈夫よ」
「でも、さっき薬を飲んだろう? きっと眠いはずだ」
「でも……」
言いながらも、現実から遠ざかっていく。
「ここはシェルターの中だ。心配せずにゆっくり眠るといいよ」
修哉の言葉が子守唄のようになり、桜子は完全に目を閉じたのだった――。
☆☆☆
また、祭りの夢を見ていた。
前と同じ自分は小さな女の子で、ダンジリが通り過ぎるのを見おくった。
金魚の目がそれた瞬間、パンッと音を立ててヨーヨーが割れ水しぶきがあがった。
小さなまぁるい水の玉がスローモーションでコンクリートへ落ちていく。
「あ……」
普段なら気にも止めない水。
その水に、思わず手を伸ばしていた。
小さな水の中にうつる、ダンジリの金魚がやっぱりこちらをみていたのだ。
それはまるで水槽に入れられている金魚のように見えて、咄嗟に助けようと思ったのだ。
身をかがめて手のひらに水を受けると、パシャッと小さな音を上げて手の上ではじけた。
水……水……水。
触れた瞬間感じる、なつかしい感覚。
思い出せないけれど、遠く昔にこんなことがあったような気がしてならない。
濡れた手をひらいたまま突っ立っていると、目の前に魚が現れた。
激しい川の流れに逆らいながら泳いでいく魚たち。
うろこが剥がれてキラキラと輝き、その傷口からはほんの少しの血が流れ出た。
あ……あ……あ……。
魚が水面へ向かって大きく跳ね上がる。
それにつられて、桜子の体も大きく跳ねた。
ピチョン……。
あ――…。
ハッと思った瞬間に、目の前の魚はいなくなり祭り騒ぎが戻っていた。
濡れたままの手を浴衣で拭い、喧騒の中へと入り込む。
ヨーヨーから零れ落ちた水が気になったけれど、振り返ることはなかった――。
戦争が始まってから終わるまでは約一週間。
祭りの魂たちは休まずに日本全国を練り歩き、人を見つければ祭りに巻き込み、連れ去ってしまうのだ。
戦争の被害に会ったものたちは、二度と戻ってこられなくなってしまう。
勇敢にも祭りに立ち向かっていく若者たちは、真っ黒なサングラスをして肉眼でそれを見ないようにしている。
明るい祭りの賑わいを直接見てしまえば、すぐに巻き込まれてしまうのだ。
戦いかたはいたって簡単で、魂たちにお前はもう死んだのだと言い聞かせることだ。
その現実的な説教をちゃんと聞く魂がいくつもない事はわかりきっているが、そうやって少しずつ魂の数を減らしていく他ないのだ。
「桜子、こちらへおいで」
1人落ち着かないように部屋の中をうろうろしていた桜子を、おじいさんが手招きした。
2人ともやけに落ち着いていて、さっきから談笑をしている。
「なんだか気分がソワソワするわ」
「あと数時間で戦争が始まるんだ。落ち着かなくて当然だ」
「でも、桜子は怖がりすぎだけどな」
そう言って、修哉は笑った。
「ねぇ、今回の戦争はどれだけ犠牲者を出すのかしら」
「さぁ……。シェルターの中に入っていれば安全だから、そんなに被害はでないハズだよ。ごくたまに、シェルターから出たやつが巻き込まれるくらいさ」
修哉はヒョイッと肩をすくめ、「最も、そんなヤツこの家にはいないけど」と、付け足した。
「そうよね」
シェルターから出なければいい。
簡単なことだ。
一週間暮らせるくらいの準備はしてあるし、戦争中は学校も会社も休みになるし、不便なことは何一つない。
しかし、桜子の心はざわついていた。
今年の祭り戦争はなにかが違う。
今までに感じたことのない恐怖とざわめきに包まれている。
けれどそれは誰もが感じていることではなく、桜子の身にだけ起こっている異変だった。
祭り戦争が変わったのではなく、桜子がかわったのだ。
「ほら、これをお飲み」
おじいさんが差し出してくれたのは、ドクターからもらったジュースだった。
「ありがとう」
薬で気分を落ち着かせれるのなら、それに頼りたい気分だった。
桜子は甘いジュースを一気に飲み干して、息を吐き出し、ソファに身を沈めた。
ドクターのくれる薬は即効性がある。
桜子は目をトロンとさせて、心のざわめきも一瞬にして消え去った。
「じいちゃん、話しの続きをしてよ」
「そうだな。ワシらの子供の頃の祭り戦争の話しをしている途中だったんだ」
おじいさんはニッコリと微笑み、懐かしむように口を開いた。
「今のように地下室のシェルターなんかなかったから、戦争の時にはみんな黒いサングラスをかけて、布団に潜っていたんだよ。何度も何度も祭りの笛、太鼓の音が頭上を通り過ぎていった。でも、決して布団から顔を上げることはなかった。いつ巻き込まれるかわからなかったから、一週間ずっと同じ場所にいたこともある」
「食べ物やお風呂はどうしたの?」
桜子が聞くと、おじいさんは「食べれないし、入れない。昔はそれがわかっていたから、前日に嫌というほど食事をして、布団の中に持って入れるだけの食料を持っていたんだ」と、答えた。
食事も今のようなカプセルではなかったから、一週間布団に潜っていて痛んでしまう事もあったらしい。
「どうだ? このシェルターがあればどれだけ安全かわかっただろう?」
「えぇ、そうね」
桜子は頷きながら、眠くなる頭を必死で起こしていた。
眠っている間に祭り戦争がはじまり、自分自身が知らぬ間にシェルターを出て行ってしまうんじゃないか。
という不安があって、素直に眠ることができなかった。
「桜子、眠いなら寝ればいいよ」
「いいえ、大丈夫よ」
「でも、さっき薬を飲んだろう? きっと眠いはずだ」
「でも……」
言いながらも、現実から遠ざかっていく。
「ここはシェルターの中だ。心配せずにゆっくり眠るといいよ」
修哉の言葉が子守唄のようになり、桜子は完全に目を閉じたのだった――。
☆☆☆
また、祭りの夢を見ていた。
前と同じ自分は小さな女の子で、ダンジリが通り過ぎるのを見おくった。
金魚の目がそれた瞬間、パンッと音を立ててヨーヨーが割れ水しぶきがあがった。
小さなまぁるい水の玉がスローモーションでコンクリートへ落ちていく。
「あ……」
普段なら気にも止めない水。
その水に、思わず手を伸ばしていた。
小さな水の中にうつる、ダンジリの金魚がやっぱりこちらをみていたのだ。
それはまるで水槽に入れられている金魚のように見えて、咄嗟に助けようと思ったのだ。
身をかがめて手のひらに水を受けると、パシャッと小さな音を上げて手の上ではじけた。
水……水……水。
触れた瞬間感じる、なつかしい感覚。
思い出せないけれど、遠く昔にこんなことがあったような気がしてならない。
濡れた手をひらいたまま突っ立っていると、目の前に魚が現れた。
激しい川の流れに逆らいながら泳いでいく魚たち。
うろこが剥がれてキラキラと輝き、その傷口からはほんの少しの血が流れ出た。
あ……あ……あ……。
魚が水面へ向かって大きく跳ね上がる。
それにつられて、桜子の体も大きく跳ねた。
ピチョン……。
あ――…。
ハッと思った瞬間に、目の前の魚はいなくなり祭り騒ぎが戻っていた。
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