悪魔なあなたと結婚させてください!

西羽咲 花月

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魔法陣

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「はぁ……今日も疲れた!」

アパートの一室に戻ってきた幸は近くのコンビニで買ってきた袋をテーブルの上に投げ出してソファに座り込んだ。

その拍子にソファがギシッと悲鳴を上げる。
今日も1日よく働いて、嫌がらせにも耐えて、体は泥のように重たくなっている。

できればこのまま眠ってしまいたかったけれど、お腹はペコペコだった。
「あんなに歩き回るんじゃなかった」

グチグチと文句をこぼしながらコンビニの袋に手を伸ばして温めてもらった唐揚げ弁当を取り出す。

その他にもビールやおつまみ、お菓子を沢山買ってきている。
友達のいない幸にとって仕事終わりのこの時間が一番の至福の時間だった。

まずは缶ビールを開けて一気に半分ほど飲み干す。
ほろ苦い風味と炭酸の弾ける感じが喉を刺激して心地いい。

今日の嫌だった出来事をすべて飲みこんでしまえそうだ。
次ぎに唐揚げにかぶりついた。


少し油っこさが気になったけれど口の周りをベトベトにしていたってここには幸しかいないから気にならない。

口の中の油をビールで流し込めばもう完璧だ。
友達なんていなくても、恋人なんていなくてもこうして自分で自分を幸せにすることができる。

テレビではお気に入りの芸人が面白いことを言って笑わせてくれるし、自分の人生にダメなところなんてなにもないように感じられる。

その時、テレビ画面には今人気の女性モデルが現れた。
ミニスカートから除く白くて細い足にスタイジオ内でどよめきが上がる。

幸の好きなお笑い芸人が必死に彼女をおだてて褒める。
モデルは褒められ慣れているようで、なにを言われても同じ笑顔でかわしている。

「なによ。ちょっと美人だからって調子に乗ってさ」
幸はおつまみのスルメを咥えて毒を吐く。

こういう美人はブサイクな人間を見下してバカにしているんだ。

自分だって年をとれば同じようにブサイクになるのに、そんな未来を想像することもできないバカばっかりだ!


犬歯で硬いスルメを噛みちぎってクチャクチャとわざと音を立てて食べる。

そうすることで今テレビに出ているモデルがブサイクになるかもしれないと、願っているかのように。

それから幸はポテトチップスの袋とチョコレートの袋も開けると、ビール片手に晩酌を進めたのだった。


☆☆☆

うえ、流石に昨日は飲みすぎたのかも。

翌日の朝、いつにも増して膨れ上がった自分の顔を洗面所で確認して幸は青ざめる。

顔はむくんでパンパンだし、新しく吹き出物もできている。
これはファンデーションでも隠せなさそうだ。

仕方ないかとすぐに諦めて洗顔だけしてキッチンへ向かう。
昨日あれだけ食べて寝たのに朝になればちゃんとお腹が減っている。

だけど食べることが大好きなのでさっそくパンを2枚焼きはじめた。

1枚には焼く前にバターをたっぷり塗って、もう1枚にはチョコレートソースをかけた。

「最高!」
苦めのコーヒーを入れた朝食はまさに最高!

少し焦げたところもおいしくいただいていると、あっという間に出勤時間が来てしまった。
永遠に朝ごはんの時間ならいいのに。

そんなことを考えながら幸は今日もアパートを出て仕事へ向かったのだった。


☆☆☆

「うん。いいんじゃないかな」
上司の言葉に幸はホッと胸をなでおろした。

昨日はあのふたりに仕事を邪魔されたから、今日は出来上がるまで席を立たなかったのだ。

仕事にOKが出れば幸も人並みに安堵する。
今日は自分にご褒美をあげてもいいかもしれない。

奮発して焼き鳥でも買って帰ろうかな。
そう考えながらトイレへと走った。

席を立たないようにしていたから30分くらい前からずっと我慢していたのだ。
慌ててトイレのドアを開けると、運悪く朋香と和美のふたりが化粧直しをしていた。

もうすぐ昼休憩だからそのときにすればいいものを、ふたりはサボるためにこうしてよくトイレや給湯室を使う。

幸はふたりと視線をあわせないようにしてすぐに個室へ入った。
幸が個室へ入ってすぐにクスクスという笑い声が聞こえてくる。

乙姫をつけてもその笑い声だけは聞こえてきていて、心臓の音が早くなっていくのを感じる。


「今日の飲み会楽しみだねぇ」
朋香のそんな声が聞こえてきて思わずビクリとしてしまう。

でも、飲み会?
そんな話は聞いていない。

「本当だね。人事部の中川くんも来るって!」
「本当に!? あ、でも呼ばれてない人もいるんだっけぇ?」

わざとらしくトイレ中にひびく朋香の声。
ふたりは幸が飲み会に誘われていないことを知っているのだ。

飲み会なんて面倒なことに参加しなくていいのは幸いだけれど、それをこういう形で使われると少しだけ気分が悪くなる。

ふたりに関しては、完全に悪意があるし。

「ほーんと。かわいそう! でも仕方ないよねぇ。飲み会に参加したってお笑い担当にさせられるだけだもんねぇ」


朋香たちの笑い声が遠ざかっていき、トイレから出ていくのがわかった。
ふたりがいなくなったことでホッとしている自分が情けない。

だけど、ふたりが言っていたように自分なんかが飲み会に参加したらお笑い担当にさせられるのはわかっていることだった。

いっそお笑い芸人みたいに自分から自分をネタにして笑いを取りにいくくらいになれればいいけれど、そんな勇気も度胸もない。

幸はゆっくりと個室のドアを開いたのだった。


☆☆☆

昼休憩のときは決まって社食を使う。
ワンコインで定食が食べられるし、幸がいる会社の社食は量も多いし、種類も豊富だった。

「幸ちゃん、いらっしゃい。お疲れ様」
この社食ができた当初から働いている『食堂のおばちゃん』が、声をかけてくれる。

プクプクと太っているけれど、愛嬌があっていつもニコニコしていて評判がいい人だった。

「おばちゃん、カツ丼ちょうだい」
午前中は席を立たずに仕事を頑張ったから、お腹はペコペコだった。

注文しながら、そういえば自分はどんな嫌がらせを受けても食欲がなくなった経験がないなぁと考える。

嫌なことがあるとすぐに食欲を無くして食べられなくなってしまう人のことが信じられなかった。

「あいよっ。幸ちゃんは沢山食べてくれるからこっちも嬉しいよ。まわりに流されてダイエットなんてしちゃいけないよ」

「あははっ。そんなことしないよ」
幸は本気でそう答えていたのだった。
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