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「私と結婚して!」
と勢いで言った幸へ向けて悪魔は眉を寄せて唇をひん曲げた。
明らかに嫌そうな顔だ。
だけど悪魔は命と引換えに願いを叶えてくれるはずだ。
呼び出した幸はいわばご主人さまなのだから、言うことは聞かないといけない。
「俺がお前の夫だと……?」
悪魔の顔がひきつる。
「そ、そうよ!」
幸は肯定してから自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。
勢いだったとはいえ、自分からプロポーズするような日が来るとは思っていなかった。
でもそうか。
こうして主従関係のある状態なら、自分でも誰かと結婚して幸せになることができるんだ!
が、
「断る」
悪魔がしかめっ面のままでそう答えた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 悪魔ってそんなに簡単に人の願いを拒否できる存在なの!?」
幸の問いかけに悪魔は嫌そう顔をしたまま黙り込んでしまった。
「ほ、ほらね。拒否なんてできないんでしょう!?」
勝ち誇った表情の幸に悪魔はチッと舌打ちをしてそっぽを向いた。
本当は悪魔をこんな風に使うつもりはなかった。
だけど死ぬ前にこれだけのイケメンと結婚できるのならそれも悪くないと思えてきていた。
このままじゃ結婚はおろか、恋愛だって未経験で死んでしまうところだったのだ。
うん。
我ながら悪くない願いだった。
「ひとまず、あなたの名前を教えてくれない?」
結婚するのに相手の名前も知らないのでは話しにならない。
「名前だとぉ?」
悪魔が更に表情を引きつらせる。
口元が歪んでイケメンが台無しだ。
「私は佐藤幸」
「ふん。幸が薄そうな名前だな」
「あなたは?」
嫌味は言われなれているから全く動じない。
悪魔は大きなため息と共に「アレク」と、短く答えた。
「アレク! それが地球用の名前ってことね?」
きっと本当の名前は別にあるんだろう。
この見た目も地球用に用意されたものだと言っていたから、名前も変わっているはずだ。
アレクは少し驚いたように目を見開き、それから頷いた。
「やっぱり! 堀が深くてきれいな顔をシているから、日本人の名前をつけなく正解だったよ」
上から目線で褒められると、どこか複雑そうだ。
「言っておくが、お前の願いは断るからな!」
つい忘れられてしまいそうな雰囲気だったのでアレクが釘を刺す。
「え? でも拒否できないんだよね?」
「できない。できないが……今のお前では無理だ」
キッパリと言い切るアレクに幸の目が曇る。
うつむき、今にも泣き出してしまいそうだ。
「嫁になるためには、花嫁修業が必要のはずだ」
更に付け加えられた言葉に幸は顔を上げた。
その目にはすでに涙が滲んでいた。
「これからはお前にその花嫁修業というやつをしてもらう」
「花嫁修業をすれば結婚してくれる!?」
グイッと体を寄せてくる幸からスッと離れるアレク。
決して近づけないようにしているのがわかる。
「考えなくもないな。でもお前の場合は……」
アレクがスッと右手を上げて幸の胸辺りを指差した。
「一番直さないといけないところは、性格だと思う」
「せい……かく?」
今まで散々見た目をからかわれ、バカにされていた。
だけど性格のことは言われていなかったのに。
幸は鈍器で頭を殴られたような衝撃を感じて固まった。
「性格の悪さが見た目にも出てきているんだろう。後、自分を甘やかしすぎた結果だな」
玄関に投げ出されたコンビニ袋へ視線を向けてアレクは言う。
袋の中からはお菓子のパッケージが覗いていた。
「で、でも。食べることは唯一の楽しみだし、ストレス発散にビールも飲みたいし」
説明する幸の肩が震える。
友達も恋人もいない。
家族も遠くに暮らしている。
この上数少ない楽しみまで奪われてしまったら、どうやって生きていけばいいかわからない。
「それに、悪魔なら私の見た目くらい簡単に変えられるんじゃないの!? 願いを叶えてくれるんでしょう?」
「お前の願いは俺と結婚することじゃなかったのか? 俺のための努力はできないっていうのか?」
アレクの冷たい視線がふりかかる。
スッと背筋が凍りつくと同時に、そのキレイな顔にやっぱり見惚れてしまう。
「努力できます!」
幸はなにかに操られるようにしてほぼふたつ返事でOKしていたのだった。
☆☆☆
召喚した悪魔に逆プロポーズするという前代未聞のことをやってのけた幸は、翌日にはいつもどおり会社へ来ていた。
次の仕事が待ち構えているのだから休んでいる暇はない。
幸がデスクで仕事をしている間中、朋香と和美のふたりはこの前行った飲み会の話で盛り上がっていた。
会社の中から10人くらいが参加した小規模な飲み会だったみたいだけれど、人気者の中川がいたことで結構盛り上がったみたいだ。
幸も休日に悪魔を召喚したこと、悪魔にプロポーズしたことを誰かに話したい気持ちになったけれど、話す相手がいなかった。
そもそもそんな話をして信じてくれるとも思えない。
幸だって、今朝目を覚ますまでアレクと出会ったことは夢だったのではないかと思っていたくらいだ。
けど、朝起きたらアレクは部屋の中にいた。
どこで眠っていたのか聞くと、別に眠る必要はないから夜の街を散策していたのだと答えられた。
そこで2度ほど警察から職務質問を受けたと聞いて驚いた。
悪魔は姿を消したりはできないようで、普通に回りの人からも見えているみたいだ。
黒尽くめの男が夜中街を徘徊していたら、そりゃあ警察もビックリするだろう。
これからはアレクに新しい服を買って、夜は出歩かないように注意しないといけない。
そんなことを考えなが仕事をしているとあっという間に昼がやってきた。
幸はしっかりとデータを保存して社食へ向かう。
「お疲れ様! 今日はうな重があるよ!」
食堂のおばちゃんの元気な声を聞くとすぐに疲れなんて吹き飛んでしまう。
「うな重?」
今日は土用の丑の日だっけ?
と、考えていると普段よりも値が張るけれど、ちゃんとしたうな重が作られているのが見えた。
「今日は給料日だろう? 給料日限定でちょっと豪勢なご飯を出すことにしたんだよ」
そう言われて今日が給料日だということに気がついた。
食べ物や家賃以外にお金を使うことがほとんどないから、つい忘れてしまうのだ。
「そうなんだ! じゃあ、私うな重特盛にする」
「あいよ!」
元気な掛け声と共にうな重特盛があっという間に作られる。
出来上がったうな重はタレが沢山かかっていてお米もツヤツヤでいい香りがしている。
幸のお腹の虫がグゥと鳴き始めた。
1人でうな重をかきこんでいると後方の席が騒がしくなってきた。
口の中のうな重をお味噌汁で流し込んでから振り向くと、そこには朋香と和美、それに中川の姿が見えてすぐに顔をそむけた。
あの人達にはできるだけ気が付かれたくないと思って顔をそむけたものの、体が大きいのですぐに幸だとバレてしまう。
さっそく朋香が近づいてきて幸が食べているうな重特盛を覗き込んできた。
「この子うな重特盛食べてるんだけど!」
朋香の言葉に和美と中川が同時に笑い出す。
人が食べているものを見て笑うなんて、なにがそんなにおかしいんだろう。
そう思いつつも、幸の居心地は急速に悪くなる。
恥ずかしくて顔を上げることができない。
何を食べてもいいはずなのに、自分はこれを食べちゃダメだと言われている気がしてくる。
「デブはデブっぽい食べものが好きだよねぇ」
和美のバカにした声が社食中に響いて、みんなの視線が幸へ向かう。
早く食べて出ていきたい気持ちがあるのに、朋香に見られていては食べられない。
幸がなにかを食べたり飲んだりするだけで彼らは笑うからだ。
ご飯粒がほっぺにつこうものなら、何日間にもわたっていじられる。
ブスでデブはなにをしても許されず、なにをしても笑われる。
「俺さぁ、入社してすぐのときに佐藤さんに告白されたんだよねぇ」
不意に中川の声が聞こえてき幸の体は硬直した。
全身が凍りついてしまったように動かない。
「え、嘘!?」
和美が驚いた声を上げ、朋香も興味津々に目を輝かせている。
どうして今ここで、そんな話をするんだろう。
冷や汗が流れ出して止まらない。
誰が誰のことを好きでも構わない。
だけどデブでブスは例外。
誰が誰に告白しても構わない。
だけどデブでブスは例外。
これはこの世の掟のようなものだった。
幸はそれを破ってしまった。
自分の容姿を鑑みずに、中川に自分の気持を伝えてしまったことがある。
☆☆☆
それは幸がこの会社に入社して1年目のことだった。
2月14日のバレンタインの日。
先輩である中川はすでに社内の人気者になっていて、バレンタインの日にはいくつものチョコレートをもらっていた。
その中にはきっと本命チョコもあったと思う。
幸は他の社員たちと同じチョコレートを用意して、なんでもないのを装って中川に手渡した。
『これ、中川さんもどうぞ』
そう言って小さな箱を渡した時、中川は笑顔で受け取ってくれた。
他の女性社員たちも、他の社員たちと同じチョコレートだと気がついていたので文句を行ってくる人はいなかった。
だけど、幸は中川のチョコレートにだけ手紙を添えていた。
もしも中川が会社にいる間に幸のチョコレートの包み紙を開けてくれたら、そのときには勇気を出すつもりで《仕事が終わったら屋上で待っています》とだけ書いた。
中川が仕事中にその手紙に気がつくことがなければ縁がなかったと思って諦める。
そう、決めて。
その日の業務はほとんど手につかなかった。
なにをしていても中川があの手紙を読んだかどうかが気になって仕方ない。
退社時間が近づくにつれて心臓がドキドキしてきて、何度も席を立ってトイレで化粧直しをした。
そして午後5時。
みんなが席を立って帰宅する中、幸は少し待ってから席を立った。
更衣室へは行かずに屋上へ向かう。
エレベーターはないので階段だ。
体が重たくて普段から階段は苦手だけれど、この日ばかりは別の意味で心臓がドキドキしていたから、疲れのためのドキドキなのか緊張のドキドキなのかよくわからなかった。
西日もあたることのない日陰になった屋上へ出ていくと、そこには中川の姿があった。
中川は幸が現れると『やぁ』と、笑顔を見せてくれた。
その瞬間がどれだけ嬉しかったか。
高校受験や大学受験に成功したときよりも、この会社に入社したときよりも嬉しかった。
中川はちゃんと来てくれた。
あの手紙を見てくれただけでも奇跡なのに、無視せずにいてくれたんだ。
嬉しくないわけがなかった。
幸に告白されることが嫌なら、手紙を見つけても見なかったふりをすればいいのだから。
それが、ちゃんと来てくれたということは、これからする告白だってうまくいく可能性がある。
幸の心臓は更に跳ね上がった。
大丈夫だと思っていても緊張はする。
『よ、呼び出してごめんなさい』
声が裏返ったけれど、中川は優しい笑顔を浮かべてくれていた。
幸の緊張をほぐそうとするかのように。
だから幸は更に勇気を出すことができたんだ。
『あ、あの、私っ……中川さんのことが好きです!』
ギュッと拳を握りしめて、ギュッと目を閉じて伝えた。
中川と幸の間に冷たい風が通り抜けていく。
恥ずかしさと緊張で幸の体温は急上昇していたから、風がとても心地よかった。
『佐藤さん』
名前を呼ばれて恐る恐る目を開ける。
私なんかに告白されて迷惑だったろうか。
やっぱりダメだろうかという気持ちが胸をよぎっていく。
だけど中川は幸の手を握りしめてくれた。
初めて触れる好きな人の手に思わず自分の手を引っ込めてしまいそうになる。
だけど中川は幸の手をしっかりと握りしめて離さなかった。
幸は驚いて中川を見つめる。
『チョコレートありがとう。嬉しかったよ』
『あ……』
中川が手を握りしめたまま一歩近づいてきて、幸の心臓は今までにないくらいに早鐘を打つ。
自分がこんなシチュエーションに陥ることがあるなんて考えてもいなかった。
これから私はどうすればいいんだろう。
目を閉じてキスを待てばいいんだろうか。
でも、告白の返事だってまだなのに。
グズグズと考えている間にも中川の顔がグッと近づく。
幸は咄嗟に目を閉じていた。
キスされる!
と覚悟を決めて。
だけど……待てど暮らせどキスはこない。
それどころかいつの間にかな中川の手が幸から離れていたのだ。
それに気がついた幸はそっと目を開けた。
同時にブハッと吹き出す声。
沢山の笑い声に包まれた。
幸の前に立っていたのは中川と、中川にチョコレートを渡していた数人の女性社員たちだったのだ。
みんな幸を見て大きな口を開けて笑っている。
幸を指差して、目に涙を浮かべて、お腹を抱えて笑っている。
その瞬間に幸はどうしてここに中川がいたのかすべてを理解した。
中川は幸を笑い者にするためにわざわざここに来て、そして他の社員たちはみんな隠れてそれを見ていたんだ。
急速にわきあがって来る羞恥と怒りと悲しみに幸はなにも言えなかった。
涙もでなかった。
ただ弾かれたようにしてその場から逃げ出すことしかできなかったのだった。
☆☆☆
苦い思い出に顔をしかめながらうな重特盛りをかきこむ。
少しのスパイスとしてにんにくの香りがしていて、なんとなく元気が出る気もする。
が、今はそれどころじゃない。
後方から聞こえてくる朋香と和美の笑い声。
これ以上なにか言われてはたまらない。
幸はまた、あの告白のときと同じように逃げるようにして社食を出たのだった。
☆☆☆
今日は疲れたなぁ。
アパートの最寄り駅げ下車してトロトロと帰路を歩く。
昼間あんなことがあったせいで幸の疲れはここ最近で最高潮になっていた。
早く帰ってビールを飲みたい。
好きな韓国ドラマをみてスッキリしたい。
そう思って早足になったときだって。
つい前を見ずに歩いていたせいで前方から歩いてくる人にぶつかりそうになってしまった。
だけど相手は軽い身のこなして後方へとよけていた。
「あ、ごめんなさい」
咄嗟に謝って顔をあげるとそこに立っていたのは仏頂面をしたアレクだった。
「あ、あ……」
ここにアレクがいるなんて思っていなかったので言葉が出てこない。
アレクはますます仏頂面になって幸を見た。
「どうしてここに?」
ようやくそう質問すると、アレクが鼻を押さえて顔をしかめる。
「お前、昼間何を食べた?」
「何って……うな重だけど」
特盛りだったという部分は伏せておいた。
「うな重? なにか匂うぞ?」
顔をよせてくんくんかがれると思わず顔が赤らんでしまう。
イケメンにこんな至近距離で顔を見つめられたことなんてない。
「あ、そういえばちょっとだけにんにくが入ってたかも」
「お前なぁ、そういうのを職場で食うな!」
呆れ顔で言われてムッとしてしまう。
食うなと言われても社食のメニューであったものだし、にんにくが入っているなんて思っていなかったのだから仕方ない。
食べても、エチケットとして口臭は気にしていたし。
「文句を言いにきたの?」
幸はアレクの横を通り抜けて歩き出す。
こんなところで立ち止まっていたわ周囲の迷惑だし、かなり目立ってしまう。
「お前は俺の嫁になるんだろ? だったら俺に合わせろ」
「はぁ? なによそれ」
ついカッとなって声が大きくなる。
幸は立ち止まり傲慢な態度のアレクを睨みつけた。
「俺は悪魔だ。それをわかってるんだろうな?」
まるで脅しのようなことを言われてグッと言葉に詰まってしまう。
悪魔を敵にまわせばどうなるか。
どうせよくないことが起こるに決まっている。
アレクは黙り込んだ幸の顎に指先をかけてクイッと上を向かせた。
まるでキスする合図のような仕草に不覚にもドキドキしてしまう。
「まずは一週間の禁酒から開始だ」
は??
予想外の言葉に幸はまばたきを繰り返す。
小さな目がせわしなく動く。
「晩御飯はヘルシーなものにいして、コンビニ弁当は控えろ」
言いながらさっさと歩き出すアレクにあわててついていく。
「ちょっと待ってよ、なによそれ!」
いきなりあれこれと制限をつけられて幸は怒りに目を吊り上げる。
「なにそれじゃなくて、言ったとおりだ。それがお前の願いを叶えるために必要なことだからだ」
「はぁ!?」
ますます意味がわからない。
そもそも私の願いはアレクと結婚することだ。
そんなのさっさと叶えてくれればいいだけだ。
幸のそんな気持ちを悟ったかのようにアレクが急に立ち止まって振り向いた。
冷たい視線で射抜かれて幸も同時に立ち止まる。
「お前、会社でイジられてるだろ」
「そ、そんなこと……」
否定しようとしたのに、今日の出来事が思い出されて途中で言葉が消えていく。
「俺は悪魔だ。お前がどこでどうしているかくらい、この目で見える」
アレクは自分の目を指差して言った。
「どういうこと?」
「お前は俺のご主人様だ。願いを叶るためにピンチを救うこともある。そういうときのためにお前の姿をいつでも見れるようになっている」
アレクの目をジッと見つめてみると、その目の奥に自分の姿が見えた。
今の自分ではない。
会社の制服姿の自分だ。
制服は会社の更衣室で着替えているから、アレクにその姿を見せたことはなかった。
幸は後ずさりをしてアレクを見つめる。
「そうやってずっと私を監視してたってこと!?」
「俺もそんなに暇じゃない。時々様子を見ていたくらいだ」
アレクはそう言うとまた歩きだす。
幸は納得できない気分でその後をおいかけた。
「私がなにを食べたのかわかってて質問したの?」
「その場面は見てなかった。午後の仕事中におちょくられていたところをみたんだ」
幸はグッと下唇を噛み締めた。
確かに、午後から朋香と和美のふたりがまた幸にちょっかいを出してきた。
でもそれは幸がコピーを取った資料を踏みつけられた程度のことだった。
それくらいなら日常的にある嫌がらせだった。
「いやがらせされることにやけに慣れてるみたいだったな」
幸の気持ちを汲み取ったように言われてドキリとする。
本当になんでもお見通しといった様子だ。
「それなら見返してやればいいものを」
アレクが呆れたようにため息を吐き出す。
「そんなこと、できたらやってる!」
思わず声が大きくなる。
幸だって、ずっとずっと我慢してきたわけじゃない。
やり返したり言い返したりしてきた。
それでもあのふたりはやめなかったし、少しも反省した様子はなかった。
なにを言っても無駄なんだ。
そう悟ったから、なにも言わなくなっただけだ。
「自分が努力してるとでも?」
アレクの冷たい声に幸は青ざめる。
努力?
そりゃあしてきたよ。
だって私は太ってるし、肌も汚いし、ブサイクだし。
だからダイエットもしたり、高級な化粧品を試したりした。
だけど全部ダメだった。
無駄だった。
そう、あのふたりになにを言ってもダメだったのと同じ結果だった……。
「まぁいい。とにかく今日は野菜中心の夕飯だ」
アレクは立ち止まったままの幸を置いて、あるき出したのだった。
と勢いで言った幸へ向けて悪魔は眉を寄せて唇をひん曲げた。
明らかに嫌そうな顔だ。
だけど悪魔は命と引換えに願いを叶えてくれるはずだ。
呼び出した幸はいわばご主人さまなのだから、言うことは聞かないといけない。
「俺がお前の夫だと……?」
悪魔の顔がひきつる。
「そ、そうよ!」
幸は肯定してから自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。
勢いだったとはいえ、自分からプロポーズするような日が来るとは思っていなかった。
でもそうか。
こうして主従関係のある状態なら、自分でも誰かと結婚して幸せになることができるんだ!
が、
「断る」
悪魔がしかめっ面のままでそう答えた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 悪魔ってそんなに簡単に人の願いを拒否できる存在なの!?」
幸の問いかけに悪魔は嫌そう顔をしたまま黙り込んでしまった。
「ほ、ほらね。拒否なんてできないんでしょう!?」
勝ち誇った表情の幸に悪魔はチッと舌打ちをしてそっぽを向いた。
本当は悪魔をこんな風に使うつもりはなかった。
だけど死ぬ前にこれだけのイケメンと結婚できるのならそれも悪くないと思えてきていた。
このままじゃ結婚はおろか、恋愛だって未経験で死んでしまうところだったのだ。
うん。
我ながら悪くない願いだった。
「ひとまず、あなたの名前を教えてくれない?」
結婚するのに相手の名前も知らないのでは話しにならない。
「名前だとぉ?」
悪魔が更に表情を引きつらせる。
口元が歪んでイケメンが台無しだ。
「私は佐藤幸」
「ふん。幸が薄そうな名前だな」
「あなたは?」
嫌味は言われなれているから全く動じない。
悪魔は大きなため息と共に「アレク」と、短く答えた。
「アレク! それが地球用の名前ってことね?」
きっと本当の名前は別にあるんだろう。
この見た目も地球用に用意されたものだと言っていたから、名前も変わっているはずだ。
アレクは少し驚いたように目を見開き、それから頷いた。
「やっぱり! 堀が深くてきれいな顔をシているから、日本人の名前をつけなく正解だったよ」
上から目線で褒められると、どこか複雑そうだ。
「言っておくが、お前の願いは断るからな!」
つい忘れられてしまいそうな雰囲気だったのでアレクが釘を刺す。
「え? でも拒否できないんだよね?」
「できない。できないが……今のお前では無理だ」
キッパリと言い切るアレクに幸の目が曇る。
うつむき、今にも泣き出してしまいそうだ。
「嫁になるためには、花嫁修業が必要のはずだ」
更に付け加えられた言葉に幸は顔を上げた。
その目にはすでに涙が滲んでいた。
「これからはお前にその花嫁修業というやつをしてもらう」
「花嫁修業をすれば結婚してくれる!?」
グイッと体を寄せてくる幸からスッと離れるアレク。
決して近づけないようにしているのがわかる。
「考えなくもないな。でもお前の場合は……」
アレクがスッと右手を上げて幸の胸辺りを指差した。
「一番直さないといけないところは、性格だと思う」
「せい……かく?」
今まで散々見た目をからかわれ、バカにされていた。
だけど性格のことは言われていなかったのに。
幸は鈍器で頭を殴られたような衝撃を感じて固まった。
「性格の悪さが見た目にも出てきているんだろう。後、自分を甘やかしすぎた結果だな」
玄関に投げ出されたコンビニ袋へ視線を向けてアレクは言う。
袋の中からはお菓子のパッケージが覗いていた。
「で、でも。食べることは唯一の楽しみだし、ストレス発散にビールも飲みたいし」
説明する幸の肩が震える。
友達も恋人もいない。
家族も遠くに暮らしている。
この上数少ない楽しみまで奪われてしまったら、どうやって生きていけばいいかわからない。
「それに、悪魔なら私の見た目くらい簡単に変えられるんじゃないの!? 願いを叶えてくれるんでしょう?」
「お前の願いは俺と結婚することじゃなかったのか? 俺のための努力はできないっていうのか?」
アレクの冷たい視線がふりかかる。
スッと背筋が凍りつくと同時に、そのキレイな顔にやっぱり見惚れてしまう。
「努力できます!」
幸はなにかに操られるようにしてほぼふたつ返事でOKしていたのだった。
☆☆☆
召喚した悪魔に逆プロポーズするという前代未聞のことをやってのけた幸は、翌日にはいつもどおり会社へ来ていた。
次の仕事が待ち構えているのだから休んでいる暇はない。
幸がデスクで仕事をしている間中、朋香と和美のふたりはこの前行った飲み会の話で盛り上がっていた。
会社の中から10人くらいが参加した小規模な飲み会だったみたいだけれど、人気者の中川がいたことで結構盛り上がったみたいだ。
幸も休日に悪魔を召喚したこと、悪魔にプロポーズしたことを誰かに話したい気持ちになったけれど、話す相手がいなかった。
そもそもそんな話をして信じてくれるとも思えない。
幸だって、今朝目を覚ますまでアレクと出会ったことは夢だったのではないかと思っていたくらいだ。
けど、朝起きたらアレクは部屋の中にいた。
どこで眠っていたのか聞くと、別に眠る必要はないから夜の街を散策していたのだと答えられた。
そこで2度ほど警察から職務質問を受けたと聞いて驚いた。
悪魔は姿を消したりはできないようで、普通に回りの人からも見えているみたいだ。
黒尽くめの男が夜中街を徘徊していたら、そりゃあ警察もビックリするだろう。
これからはアレクに新しい服を買って、夜は出歩かないように注意しないといけない。
そんなことを考えなが仕事をしているとあっという間に昼がやってきた。
幸はしっかりとデータを保存して社食へ向かう。
「お疲れ様! 今日はうな重があるよ!」
食堂のおばちゃんの元気な声を聞くとすぐに疲れなんて吹き飛んでしまう。
「うな重?」
今日は土用の丑の日だっけ?
と、考えていると普段よりも値が張るけれど、ちゃんとしたうな重が作られているのが見えた。
「今日は給料日だろう? 給料日限定でちょっと豪勢なご飯を出すことにしたんだよ」
そう言われて今日が給料日だということに気がついた。
食べ物や家賃以外にお金を使うことがほとんどないから、つい忘れてしまうのだ。
「そうなんだ! じゃあ、私うな重特盛にする」
「あいよ!」
元気な掛け声と共にうな重特盛があっという間に作られる。
出来上がったうな重はタレが沢山かかっていてお米もツヤツヤでいい香りがしている。
幸のお腹の虫がグゥと鳴き始めた。
1人でうな重をかきこんでいると後方の席が騒がしくなってきた。
口の中のうな重をお味噌汁で流し込んでから振り向くと、そこには朋香と和美、それに中川の姿が見えてすぐに顔をそむけた。
あの人達にはできるだけ気が付かれたくないと思って顔をそむけたものの、体が大きいのですぐに幸だとバレてしまう。
さっそく朋香が近づいてきて幸が食べているうな重特盛を覗き込んできた。
「この子うな重特盛食べてるんだけど!」
朋香の言葉に和美と中川が同時に笑い出す。
人が食べているものを見て笑うなんて、なにがそんなにおかしいんだろう。
そう思いつつも、幸の居心地は急速に悪くなる。
恥ずかしくて顔を上げることができない。
何を食べてもいいはずなのに、自分はこれを食べちゃダメだと言われている気がしてくる。
「デブはデブっぽい食べものが好きだよねぇ」
和美のバカにした声が社食中に響いて、みんなの視線が幸へ向かう。
早く食べて出ていきたい気持ちがあるのに、朋香に見られていては食べられない。
幸がなにかを食べたり飲んだりするだけで彼らは笑うからだ。
ご飯粒がほっぺにつこうものなら、何日間にもわたっていじられる。
ブスでデブはなにをしても許されず、なにをしても笑われる。
「俺さぁ、入社してすぐのときに佐藤さんに告白されたんだよねぇ」
不意に中川の声が聞こえてき幸の体は硬直した。
全身が凍りついてしまったように動かない。
「え、嘘!?」
和美が驚いた声を上げ、朋香も興味津々に目を輝かせている。
どうして今ここで、そんな話をするんだろう。
冷や汗が流れ出して止まらない。
誰が誰のことを好きでも構わない。
だけどデブでブスは例外。
誰が誰に告白しても構わない。
だけどデブでブスは例外。
これはこの世の掟のようなものだった。
幸はそれを破ってしまった。
自分の容姿を鑑みずに、中川に自分の気持を伝えてしまったことがある。
☆☆☆
それは幸がこの会社に入社して1年目のことだった。
2月14日のバレンタインの日。
先輩である中川はすでに社内の人気者になっていて、バレンタインの日にはいくつものチョコレートをもらっていた。
その中にはきっと本命チョコもあったと思う。
幸は他の社員たちと同じチョコレートを用意して、なんでもないのを装って中川に手渡した。
『これ、中川さんもどうぞ』
そう言って小さな箱を渡した時、中川は笑顔で受け取ってくれた。
他の女性社員たちも、他の社員たちと同じチョコレートだと気がついていたので文句を行ってくる人はいなかった。
だけど、幸は中川のチョコレートにだけ手紙を添えていた。
もしも中川が会社にいる間に幸のチョコレートの包み紙を開けてくれたら、そのときには勇気を出すつもりで《仕事が終わったら屋上で待っています》とだけ書いた。
中川が仕事中にその手紙に気がつくことがなければ縁がなかったと思って諦める。
そう、決めて。
その日の業務はほとんど手につかなかった。
なにをしていても中川があの手紙を読んだかどうかが気になって仕方ない。
退社時間が近づくにつれて心臓がドキドキしてきて、何度も席を立ってトイレで化粧直しをした。
そして午後5時。
みんなが席を立って帰宅する中、幸は少し待ってから席を立った。
更衣室へは行かずに屋上へ向かう。
エレベーターはないので階段だ。
体が重たくて普段から階段は苦手だけれど、この日ばかりは別の意味で心臓がドキドキしていたから、疲れのためのドキドキなのか緊張のドキドキなのかよくわからなかった。
西日もあたることのない日陰になった屋上へ出ていくと、そこには中川の姿があった。
中川は幸が現れると『やぁ』と、笑顔を見せてくれた。
その瞬間がどれだけ嬉しかったか。
高校受験や大学受験に成功したときよりも、この会社に入社したときよりも嬉しかった。
中川はちゃんと来てくれた。
あの手紙を見てくれただけでも奇跡なのに、無視せずにいてくれたんだ。
嬉しくないわけがなかった。
幸に告白されることが嫌なら、手紙を見つけても見なかったふりをすればいいのだから。
それが、ちゃんと来てくれたということは、これからする告白だってうまくいく可能性がある。
幸の心臓は更に跳ね上がった。
大丈夫だと思っていても緊張はする。
『よ、呼び出してごめんなさい』
声が裏返ったけれど、中川は優しい笑顔を浮かべてくれていた。
幸の緊張をほぐそうとするかのように。
だから幸は更に勇気を出すことができたんだ。
『あ、あの、私っ……中川さんのことが好きです!』
ギュッと拳を握りしめて、ギュッと目を閉じて伝えた。
中川と幸の間に冷たい風が通り抜けていく。
恥ずかしさと緊張で幸の体温は急上昇していたから、風がとても心地よかった。
『佐藤さん』
名前を呼ばれて恐る恐る目を開ける。
私なんかに告白されて迷惑だったろうか。
やっぱりダメだろうかという気持ちが胸をよぎっていく。
だけど中川は幸の手を握りしめてくれた。
初めて触れる好きな人の手に思わず自分の手を引っ込めてしまいそうになる。
だけど中川は幸の手をしっかりと握りしめて離さなかった。
幸は驚いて中川を見つめる。
『チョコレートありがとう。嬉しかったよ』
『あ……』
中川が手を握りしめたまま一歩近づいてきて、幸の心臓は今までにないくらいに早鐘を打つ。
自分がこんなシチュエーションに陥ることがあるなんて考えてもいなかった。
これから私はどうすればいいんだろう。
目を閉じてキスを待てばいいんだろうか。
でも、告白の返事だってまだなのに。
グズグズと考えている間にも中川の顔がグッと近づく。
幸は咄嗟に目を閉じていた。
キスされる!
と覚悟を決めて。
だけど……待てど暮らせどキスはこない。
それどころかいつの間にかな中川の手が幸から離れていたのだ。
それに気がついた幸はそっと目を開けた。
同時にブハッと吹き出す声。
沢山の笑い声に包まれた。
幸の前に立っていたのは中川と、中川にチョコレートを渡していた数人の女性社員たちだったのだ。
みんな幸を見て大きな口を開けて笑っている。
幸を指差して、目に涙を浮かべて、お腹を抱えて笑っている。
その瞬間に幸はどうしてここに中川がいたのかすべてを理解した。
中川は幸を笑い者にするためにわざわざここに来て、そして他の社員たちはみんな隠れてそれを見ていたんだ。
急速にわきあがって来る羞恥と怒りと悲しみに幸はなにも言えなかった。
涙もでなかった。
ただ弾かれたようにしてその場から逃げ出すことしかできなかったのだった。
☆☆☆
苦い思い出に顔をしかめながらうな重特盛りをかきこむ。
少しのスパイスとしてにんにくの香りがしていて、なんとなく元気が出る気もする。
が、今はそれどころじゃない。
後方から聞こえてくる朋香と和美の笑い声。
これ以上なにか言われてはたまらない。
幸はまた、あの告白のときと同じように逃げるようにして社食を出たのだった。
☆☆☆
今日は疲れたなぁ。
アパートの最寄り駅げ下車してトロトロと帰路を歩く。
昼間あんなことがあったせいで幸の疲れはここ最近で最高潮になっていた。
早く帰ってビールを飲みたい。
好きな韓国ドラマをみてスッキリしたい。
そう思って早足になったときだって。
つい前を見ずに歩いていたせいで前方から歩いてくる人にぶつかりそうになってしまった。
だけど相手は軽い身のこなして後方へとよけていた。
「あ、ごめんなさい」
咄嗟に謝って顔をあげるとそこに立っていたのは仏頂面をしたアレクだった。
「あ、あ……」
ここにアレクがいるなんて思っていなかったので言葉が出てこない。
アレクはますます仏頂面になって幸を見た。
「どうしてここに?」
ようやくそう質問すると、アレクが鼻を押さえて顔をしかめる。
「お前、昼間何を食べた?」
「何って……うな重だけど」
特盛りだったという部分は伏せておいた。
「うな重? なにか匂うぞ?」
顔をよせてくんくんかがれると思わず顔が赤らんでしまう。
イケメンにこんな至近距離で顔を見つめられたことなんてない。
「あ、そういえばちょっとだけにんにくが入ってたかも」
「お前なぁ、そういうのを職場で食うな!」
呆れ顔で言われてムッとしてしまう。
食うなと言われても社食のメニューであったものだし、にんにくが入っているなんて思っていなかったのだから仕方ない。
食べても、エチケットとして口臭は気にしていたし。
「文句を言いにきたの?」
幸はアレクの横を通り抜けて歩き出す。
こんなところで立ち止まっていたわ周囲の迷惑だし、かなり目立ってしまう。
「お前は俺の嫁になるんだろ? だったら俺に合わせろ」
「はぁ? なによそれ」
ついカッとなって声が大きくなる。
幸は立ち止まり傲慢な態度のアレクを睨みつけた。
「俺は悪魔だ。それをわかってるんだろうな?」
まるで脅しのようなことを言われてグッと言葉に詰まってしまう。
悪魔を敵にまわせばどうなるか。
どうせよくないことが起こるに決まっている。
アレクは黙り込んだ幸の顎に指先をかけてクイッと上を向かせた。
まるでキスする合図のような仕草に不覚にもドキドキしてしまう。
「まずは一週間の禁酒から開始だ」
は??
予想外の言葉に幸はまばたきを繰り返す。
小さな目がせわしなく動く。
「晩御飯はヘルシーなものにいして、コンビニ弁当は控えろ」
言いながらさっさと歩き出すアレクにあわててついていく。
「ちょっと待ってよ、なによそれ!」
いきなりあれこれと制限をつけられて幸は怒りに目を吊り上げる。
「なにそれじゃなくて、言ったとおりだ。それがお前の願いを叶えるために必要なことだからだ」
「はぁ!?」
ますます意味がわからない。
そもそも私の願いはアレクと結婚することだ。
そんなのさっさと叶えてくれればいいだけだ。
幸のそんな気持ちを悟ったかのようにアレクが急に立ち止まって振り向いた。
冷たい視線で射抜かれて幸も同時に立ち止まる。
「お前、会社でイジられてるだろ」
「そ、そんなこと……」
否定しようとしたのに、今日の出来事が思い出されて途中で言葉が消えていく。
「俺は悪魔だ。お前がどこでどうしているかくらい、この目で見える」
アレクは自分の目を指差して言った。
「どういうこと?」
「お前は俺のご主人様だ。願いを叶るためにピンチを救うこともある。そういうときのためにお前の姿をいつでも見れるようになっている」
アレクの目をジッと見つめてみると、その目の奥に自分の姿が見えた。
今の自分ではない。
会社の制服姿の自分だ。
制服は会社の更衣室で着替えているから、アレクにその姿を見せたことはなかった。
幸は後ずさりをしてアレクを見つめる。
「そうやってずっと私を監視してたってこと!?」
「俺もそんなに暇じゃない。時々様子を見ていたくらいだ」
アレクはそう言うとまた歩きだす。
幸は納得できない気分でその後をおいかけた。
「私がなにを食べたのかわかってて質問したの?」
「その場面は見てなかった。午後の仕事中におちょくられていたところをみたんだ」
幸はグッと下唇を噛み締めた。
確かに、午後から朋香と和美のふたりがまた幸にちょっかいを出してきた。
でもそれは幸がコピーを取った資料を踏みつけられた程度のことだった。
それくらいなら日常的にある嫌がらせだった。
「いやがらせされることにやけに慣れてるみたいだったな」
幸の気持ちを汲み取ったように言われてドキリとする。
本当になんでもお見通しといった様子だ。
「それなら見返してやればいいものを」
アレクが呆れたようにため息を吐き出す。
「そんなこと、できたらやってる!」
思わず声が大きくなる。
幸だって、ずっとずっと我慢してきたわけじゃない。
やり返したり言い返したりしてきた。
それでもあのふたりはやめなかったし、少しも反省した様子はなかった。
なにを言っても無駄なんだ。
そう悟ったから、なにも言わなくなっただけだ。
「自分が努力してるとでも?」
アレクの冷たい声に幸は青ざめる。
努力?
そりゃあしてきたよ。
だって私は太ってるし、肌も汚いし、ブサイクだし。
だからダイエットもしたり、高級な化粧品を試したりした。
だけど全部ダメだった。
無駄だった。
そう、あのふたりになにを言ってもダメだったのと同じ結果だった……。
「まぁいい。とにかく今日は野菜中心の夕飯だ」
アレクは立ち止まったままの幸を置いて、あるき出したのだった。
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