30歳まで✕✕だった私はどうやら魔法使いになったようです

西羽咲 花月

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頭痛薬を飲んだことで少し気分が良くなってからは、午前中の遅れを取り戻すように仕事に集中した。

どうにか納期には間に合いそうだと思ったとき、デスクの上に置いてあったケシゴムに肘が触れて落ちてしまった。

基本的にはパソコンですべて作業をするのだけれど、こまなか修正点を印刷したチラシに記入していくので、一応エンピツやケシゴムも用意しているのだ。

ケシゴムはデスクの下にコロコロと転がり込んでいく。
「もう……」

ようやく仕事に調子が出てきたところなので口の中がブツブツと文句をこぼしつつ、椅子を引いてデスクの下を覗き込む。

ケシゴムは思ったよりも遠くへ転がっていて、向かい合っているデスクの下まで行ってしまっている。


「げっ……」
美加は思わず顔をしかめる。

向かい側に座っているのは3年先輩で、さぼっていればすぐに指摘してくるちょっとめんどくさい人なのだ。

仕事に真面目すぎて空気が読めないというか、なんというか。
チラリと顔を上げて確認してみると、その先輩は熱心にパソコンを叩いている。

今声をかけても聞こえないか、嫌な顔をされるに決まっている。
『ケシゴム撮らせてください』の一言を言うのが憂鬱だ。

先輩が席を立ったすきに取るしかない。
いっそ、ケシゴムがこっちに転がってきてくれればいいのに。

なんてことを考えた、その時だった。


先輩のデスクの下に鎮座していたケシゴムがかすかに震えたような気がして美加はまばたきをした。

気のせい?
しかしケシゴムは小刻みに震え続けている。

え、もしかして地震?
と、思っても振動は伝わってこないし、ケシゴム以外のものが揺れている様子はない。

じゃあ一体なに?
首をかしげたその時だった。

ケシゴムは突然コロコロと転がり始めて美加の足元までやってきたのだ。
「ひゃあ!?」

驚き、その場に尻もちをついてしまう。
「どうしたの?」


麻子が美加の悲鳴に驚いて顔を向けてくる。
美加は震える指で足元のケシゴムを指差した。

「い、今ケシゴムが動いた!」
「はぁ?」

麻子が眉間にシワを寄せる。
「ほ、本当だって! 今、こっちに転がってきたの!」

必死に説明しても麻子の表情は冷たくなっていくばかりだ。
全然信じてくれてない!

友人の反応にショックを感じていると、「ちょっと、うるさいんだけど」と前のデスクから声がかかった。

ビクリと体を震わせて確認してみると、先輩がこちらを睨みつけて来ている。

「ご、ごめんなさい」
美加は縮こまるような気分になり、ケシゴムを拾うとすぐに仕事を再開したのだった。

☆☆☆

「おっかしいなぁ。確かにケシゴムが転がってきたのに」
給湯室でコーヒーを入れながら美加は手の中のケシゴムを見つける。

あの後麻子から『まだ酔ってるの?』と指摘されて、苦いコーヒーを作ろうとここへやってきたのだ。

幸い給湯室には誰もいなくて美加1人だったので、さっきの不思議な現象をお見追い返すことができていた。

「顔色が悪いんじゃない? どうかした?」

誰もいないと思っていたところを急に後ろから声をかけられて美加は「ひゃっ!?」と声を上げて飛び上がった。


ケシゴムを握りしめて振り向くと、そこには宣伝部の稲尾大翔が立っていた。
大翔は今年32歳。

宣伝部のエースで背が高く独身で、顔もすこぶるいいことで、彼のことを知らない女子社員は1人もいなかった。

「い、稲尾さん!?」
突然の出現に驚き、危うくケシゴムを落としてしまいそうになる。

「大丈夫?」
稲尾が落としかけたケシゴムをキャッチして美加に差し出してくれる。

うわ……稲尾さんが触れたケシゴム!

なんて、子供みたいなことを思いながらケシゴムを受け取り「ありがとうございます」と、頭を下げる。


美加は稲尾のことを意識している女子社員の1人だった。
まっすぐ相手の目を見て話すこともできず、うつむいてしまう。

「やっぱり体調悪いんじゃない? 無理してない?」
「だ、大丈夫です」

まさか二日酔いが原因だなんて口が裂けても言えない。
それに、体調不良に気がついてくれて、更に気遣ってもらえただけで天にも登る気持ちだ。

「そ、それじゃこれで失礼します」

ふたりきりの空間に耐えきれなくて頭を下げて給湯室を出ようとしたとき、美加がセットしていたコーヒーが淹れ終わった。

「いい匂いだな。君がブレンドしたの?」
「え、あ、はい……」


すぐに逃げ出そうとしたけれど、足止めをくらってしまってしどろもどろになってしまう。
なにせ

今まで恋愛経験ゼロなのだ。
憧れの人に声をかけられてもどう反応すればいいかわからないのも仕方ない。

「これ、僕が飲んでもいいかな?」
カップを持ち上げてそう聞かれて美加の顔にボッと火がついた。

だってそのカップが美加が使っているものだ。
それを使って飲むということは……間接キス!

「ご、ご自由にどうぞ!」
美加は叫ぶようにそう答えると、給湯室から逃げ出してきてしまったのだった。


☆☆☆

「今度は顔が真っ赤だけどどうかしたの?」
隣の麻子が眉を寄せて質問してくる。

今日は麻子のこの表情をよく見る日だ。
それほど今日の自分はせわしないということか。

「べ、別になにもないよ」
答える声が裏返り、笑顔がひきつる。

「美加って嘘つくのが超絶下手だよね」
今度は呆れ顔になって言われて美加は渋々薄情することになった。

「へぇ、稲尾さんと間接キスねぇ」
「ちょっと、声が大きいよ!」

この部署にも稲尾ファンの女性は何人かいる。
その子たちに聞こえたら後が怖い。


「あのねぇ美加、ここは中学校じゃないんだから。狙ってる子はもっと大胆に行動してるよ? 間接キスくらいで騒いでるのはあんたくらいだって」

「え、そ、そうなの?」
美加は目をパチクリさせる。

けれど言われてみれば確かに、稲尾に話しかけている女子社員たちは多い。
あれは仕事の話をしているんじゃなくて、稲尾にアプロートしているのだと今更ながら気がついた。

「なんだそうなんだ……」
間接キスで喜んでいた気持ちが一気にしぼんでいく。

自分がモタモタしている間にみんなは稲尾に近づいていた。
それが事実として胸に突き刺さってくる。

「好きなら自分からガンガンいかなきゃ」

「ガンガンって言われても……」
もちろん今の美加にそんな経験はなかった。

学生時代に複数の男子生徒からガンガンこられていたから、自分から誘いに行くことなんてなかったし、自分から声をかけようとも思わなかった。

だって、そんなことをしなくても男の子は自分のことを好きになってくれるから。
「学生時代と今は違うのよ」

昔の思い出を切々と語っていた美加に麻子が現実をつきつける。

「確かに学生時代には美加から行動しなくてもよかったかもしれない。だけど今は自分から行動しなきゃ誰も見てくれないよ!?」

「うぅ……」
わかっていたことだけれど、こうして指摘されるとどうしても胸が痛む。

異性に愛想よくすれば、その分女の子から嫌われる。
それも怖かった。

「美加はモテるくせに臆病なんだから」
麻子の深いため息が聞こえてきたのだった。


☆☆☆

この日も部屋に戻ってから美加はドラマの続きを見ていた。
画面内では不遇な女の子がどんどん家族に受け入れられて認められていく。

それだけの努力もしている。
ただ幸せがやってくるのを待っているだけじゃなかった。

「自分がガンガンいく、か……」
ドラマを見ながらポツリと呟いた。

それができたら苦労はしてないんだけどなぁ。
そしてそのまま床に寝そべってしまったのだった。
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