30歳まで✕✕だった私はどうやら魔法使いになったようです

西羽咲 花月

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翌日目が覚めた美加はまずスマホを確認した。
誰かから連絡がきているかの確認ではなく、大翔の連絡先が入っているかどうかの確認だ。

「入ってる……夢じゃなかったんだ」
つぶやいて両手で自分の頬を包み込んだ。

朝っぱらから頬が火照って仕方ない。
これが自分が頑張った結果なのだと思うと今すぐにでも麻子に知らせたい気持ちになる。

だけど主婦の朝は忙しいのだ。
美加は麻子へ連絡を入れるのをグッと我慢して、ベッドから下りたのだった。


☆☆☆

美加の怒涛のような報告を聞き終えた麻子は目を輝かせていた。
そして美加の頭をなでて「よく頑張った!」と感動した様子で言う。

ちょっと大げさだとも思うけれど、不器用で初な美加の恋を一番近くで見守ってきた麻子にとっては感慨深いものがあったのだ。

「美加が1人で連絡先を聞くことができるなんて……成長したんだね」
うっうっとハンカチを目頭に当てて泣くふりをしてみせる麻子に美加が笑う。

だけど、大げさでもなんでもなく本当に昨日は良く頑張ったと自分でも思っている。
少しは自分を褒めてもいいのかもしれない。

「ここから先はあの3人衆に負けないようなことをしてもいいと思うんだよね」
ふと我に返った麻子が真剣な表情でそう言った。

「え?」


3人衆とは大翔に尽きまとているあの子たちのことで間違いなさそうだ。
派手で、常に大翔にベタベタくっついているのを思い出すと胸の奥がムカムカしてくる。

「今までよりも密着できるようなラブハプニングがあってもいいと思うんだけど、どう?」
「どうって言われても……」

今までだって何度か体が密着するようなことがあった。
どちらも美加が大翔を支える形だったけれど、それじゃダメなんだろうか?

感じたことをそのまま口に出すと、麻子が「チッチッチッ」と人差し指を顔の前で左右に揺らした。


「今度は相手から美加に触れさせるべきだよ。そっちの方が意識しやすいと思うし」
「相手から私に?」

だけどそれってどうやればできるんだろう。
自分で転んだふりをして、相手に助けてもらうとか?

それこそあの3人衆がやっていそうな手だなぁと思う。
「ラブハプニング6、教えて欲しい?」

グイッと近づいて聞いてくる麻子に美加は顔を寄せて「お願いします」と、答えたのだった。

☆☆☆

麻子が考えてくれたラブハプニング6はできなくはないけれど、まずは自分自身が頑張らないといけないものだった。

「無理だよ、そんなことできない」
必死になって左右に首を振る美加に対して麻子は非情に「やるしかないでしょう?」と言い放ったのだ。

せめてなにか手伝ってもらおうと思ったけれど、それも拒否されてしまった。
麻子が言うには、昨日自力で大翔との距離を縮めた美加にんらできる。

とのことだった。
「って、言われてもぉ……」

昼休憩の少し前、美加は廊下でうろうろと歩き回っていた。
ラブアプニング6を実行するためにはまず自分から大翔に声をかけないといけない。

だけどこういうときに限って、大翔はなかなか営業部から出てこなかった。


もしかしたら外回りに行っているのかもしれない。
そんな不安がよぎったそのときだった。

「羽川さぁん。今日は私の作ったお弁当食べてくださいよぉ?」
という声が聞こえてきて美加は咄嗟に柱の陰に身を隠した。

営業部から出てきたのは大翔と3人衆のうちの1人だった。
今もまだしつこくお弁当を作ってきているようで、大翔は困ったように眉を下げている。

「今日も社食にする予定なんだ」

大翔は大股で歩いてどうにかその子を振り払おうとしているが、ベッタリとくっついて歩いて振り払えない。

なかなかしつこい相手のようで美加も歯噛みした。


ただでさえ今回はハードルが高いのに、あの子がいたら余計に接近しずらくなってしまう。
どうしようか……。

考え込んだ時、美加の耳にカッカッとヒールの音が聞こえてきた。
相変わらず高いヒールを履いていて、その音が廊下に響いているのだ。

パッと閃いた美加は意識をヒールに集中させた。
そして『折れろ』と念じる。

次の瞬間なにもない場所でポキッと小さな音がしてヒールが折れてしまった。
「キャア!」

彼女は大翔にすがりつく暇もなく、可愛そうなくらい派手にこけてしまったのだ。
隣にいた人が突然悲鳴を上げてこけたことで大翔は驚いて呆然としてしまっている。

そのタイミングで美加はパッと飛び出した。
「すごい声が聞こえましたけど、大丈夫ですか?」


心配するふりをしながら女に声をかける。
幸い足首をひねったりはしていないようだけれど、派手にこけたことで顔が真っ赤に染まっている。

「な、なんでもないわよ!」

心配してかけつけた美加へ向けてそう叫ぶと、壊れたヒールを握りしめて営業部へと戻って行ってしまったのだった。

その様子を美加と大翔はその場で見送る。
と、そのとき昼休憩を告げるチャイムがなり始めた。

絶好のタイミングだ!
美加は小躍りしてしまいそうになる気持ちをグッと抑え込んで、大翔を見上げた。

「あ、あの……良ければ今日は外で食べませんか? この近くにおすすめのパスタ屋さんがあるんです」
美加は緊張する声でそう言ったのだった。


☆☆☆

ひとまず第一関門は突破というところか。

麻子が考えたラブハプニング6でえは、まずは美加が大翔を食事へ誘わないとできないことだったのだ。

さすがに無理だと否定したものの、どうにかなってしまった。
今、テーブルを挟んで目の前に大翔が座っていることが信じられないことだった。

ただ、失敗したことと言えば周りには昼休憩のOLたちの姿があって、大翔がすごく注目されているということだった。

初めてふたりで外食するから少しいい場所に、と思ったのが失敗だった。
「あの人どこの会社の人だろうね。すっごいイケメン」

「そこのデザイン会社じゃない? ほら、一緒にいる人制服着てるからわかるよ」
そんな会話があちこちから聞こえてくる。


ちなみに美加のことをよく言っている子はもちろん誰もいない。

ずーんと落ち込んでいると、大翔がメニュー表から顔を上げて「僕はこれにするよ」と、ペペロンチーノを指差した。

「午後から外回りはないから、たまにはガツンとしたものを食べたくてさ」
それでもサイドメニューにちゃんとサラダを選んでいるから、健康に気を使っていることがわかる。

美加は無難にクリームパスタを注文することにした。
注文をとりにきた女性店員も大翔を見て目をハートにさせているのがわかった。

やっぱり、誰がどう見ても大翔はカッコイイんだということを再認識させられてしまう。
営業で外回りの多い仕事だから、外にどれだけのライバルがいるだろうか。

想像するだけで果てしなくて美加は盛大にため息をつきたくなった。
大翔の前だから、もちろん我慢するけれど。

「パスタ好きなんだね」


「え?」
大翔の言葉で現実に引き戻された。

「ほら、前も食堂で食べてただろ」
大翔のお茶をこぼしたときのことだ。

まさか覚えてくれているとは思っていなくて美加は驚いてしまう。
「覚えてたんですね?」

「もちろん。他のここたちが騒いでる間に、羽川さんだけがハンカチを出してくれたからね」
あのときのハプニングはうまく行っていたみたいだ。

嬉しくてつい、頬が赤く染まっていく。
「それにすごく照れ屋」

すぐに指摘されて美加は「もうっ」と、頬を膨らませた。

すぐに顔が赤くなることはコンプレックスに感じていたのだけれど、今回のことは少し好きになれそうだった。


でも、これで食事をして終わりじゃない。
今回の最大の難関、ラブハプニング6が待ち受けているんだから。

気合を入れ直して椅子に座り直すと、女性店員が水とおしぼりを持ってやってきた。
「失礼します」

と、声をかけて大翔の前にグラスを置く。

続けて美加の前にグラスを移動させ……『落とせ』強く念じた瞬間、グラスが店員の手から離れて美加のブラウスに水がかかっていた。

「きゃっ」
小さく悲鳴を上げて立ち上がったのは、水の冷たさに驚いたからだった。


胸元にかかった水に店員が慌てふためきタオルを取りに走る。
「大丈夫?」

大翔が咄嗟の行動でおしぼりを手に取り、美加の胸元へ押し当てていた。
もちろんこの行動に深い意味はない。

胸元を拭いてくれようとしていただけだ。
だけど大翔の指先が美加の胸の膨らみを感じて、一瞬硬直した。

「ご、ごめん!」
美加の胸に触れてしまった驚きて固まっていた大翔が真っ赤になって手を引っ込める。

美加も顔を赤くしながら左右に首を振った。
「大丈夫です。ありがとうございます」

ペコペコとお互いにお辞儀をしながら謝罪と礼を繰り返し、目を見交わせてプッと笑い出した。
今の光景を客観的に見てみたら、とても滑稽だったことだろう。

やがて店員がタオルを持って戻ってきて、事なきを得たのだった。


☆☆☆

「その様子だとラブハプニング6もうまく行ったみたいね」
会社に戻ってきた美加を見て麻子はすぐに声をかけてきた。

美加は夢でも見ているような気持ちで頷く。
水がかかった胸元はまだ冷えているのに、大翔に触れられた場所でもあるから熱く熱を持っている。

「これで相手も美加のことを意識すると思うよ。少なくても今日1日くらいは」
「今日1日だけ?」

あれだけ色々と頑張ったのに効果が薄すぎないだろうか。
不服を顔に出していると麻子がグイッと顔を近づけてきた。

「相手はあの稲尾大翔なのよ? 女の色気だってきっと慣れてるに決まってる。あんたのいいところはうぶなところなんだから、それを忘れちゃダメよ」

うっ……そ、そうなんだ。
麻子の威圧的ともいえる態度にたじろぎ、美加は素直に頷いたのだった。
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