30歳まで✕✕だった私はどうやら魔法使いになったようです

西羽咲 花月

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翌日は出勤日だったけれど起きて出かける気になれず美加はダラダラとベッドの中で時間を潰していた。

会社へ行けば大翔と顔を合わせることは必須だ。
昨日の今日で、どんな顔をして合えばいいのかわからなかった。

毎日大翔から送られてきていたおはようのメッセージも、今日はきていない。
美加はベッドの中で涙ぐみ、ズズッと鼻をすすり上げた。

このまま終わっちゃうのかな。
せっかく初めてできた彼氏なのに、こんなみっともない終わり方をするのは嫌だった。

だけど今の自分にできることなんてなにもない。

気分転換にテレビでも見ようと念じてみると、エアコンのスイッチが入ってしまい、渋々起き上がってエアコンを消してテレビを付けた。


「こんな力、意味ないのに……」
思うように使えなくなった力なんて無意味だ。

持っていても仕方ない。
それなのに離れてくれないのはどうしてだろう。

やっぱり、私が処女だから?
そう考えると堂々巡りの始まりだった。

また大翔をホテルに誘って失敗するを繰り返すことになるかもしれない。
「もう……いやだ……」

魔法なんて使えなくてよかった。
30歳になる前にさっさと誰かと付き合って処女を捨てていればよかった。

美加は部屋の隅でうずくまってしまったのだった。


☆☆☆

どれだけの時間そうしていただろうか。
玄関チャイムがなる音で美加は目を覚ました。

床に座ったままの体勢で眠ってしまったようで、体がギシギシと傷んだ。
スマホで時間を確認してみると、とっくに仕事が終わっている時間になっている。

結局今日は1日さぼってしまった。
しかも誰にも連絡を入れていないから、きっと明日には怒られるだろう。

そう思うと憂鬱な気分がのしかかってくる。
しばらくなにもやる気が起きなくてそのままでいると、またチャイムが鳴った。

出ないのだから諦めて帰ってくれたらいいのにと思うが、チャイムはしくこくなり続ける。
美加は仕方なく玄関へ向かった。

「はい」


涙声でそう声をかけると「美加? 私だよ」と、麻子の声が聞こえてきたので慌てて鍵を開けた。
「ちょっと美加大丈夫なの?」

カギを開けると同時に心配顔の麻子が強引に部屋に乗り込んできた。
元々そうするつもりだったんだろう。

麻子の手にはスーパーの袋が握られていて、食材が入っている。
「大丈夫だよ」

「どこが大丈夫なの? すごく弱ってるじゃない」
言いながら美加の額に手を当てて熱がないか確認してくる。

どうやら病気で寝込んでいる心配をしてくれたみたいだ。

買い込んできた食材はどれも体に良さそうなものばかりだし、なにか作ってくれるつもりだったのかもしれない。


こんなに麻子に心配をかけていたことが情けなくなる。
せめて麻子には連絡するべきだったんだ。

「心配かけてごめんね。でも私、体調が悪くて休んだんじゃないの」
早口に説明する美加に麻子は何度も頷いた。

「うん。そんな感じだね。でもご飯は食べてないんじゃない?」
そう聞かれて朝からなにも食べていないことを思い出した。

それを素直に伝えると、麻子は手早くお雑炊を作ってくれた。
いい香りが食欲をくすぐる。

「それ食べてからいいから、ゆっくり説明して?」
麻子に言われた通り、美加は甘えて先に食事を済ませることにした。

寝不足や空腹は人を狂わせる。

せめて冷静になってすべてを説明したいと思った。
話を聞けばきっと麻子は呆れるだろう。

焦るからそうなるのだと怒るかもしれない。
だけど今の美加にはすべてを素直に説明するより他なかった。

「そっか……ごめんね美加」
「え?」

麻子からの予想外の言葉に美加はまばたきを繰り返す。
てっきり怒られると思っていたけれど、麻子の態度は真逆のものだった。

「私が脱処女しろって下着買わせたりしたから焦ったんだよね。本当にごめん」
「そ、そんなことないよ」

美加は慌てて左右に首をふる。
麻子がいなければ、大翔と両思いになることだってなかった。


ここまで前進できたのは麻子のおかげだ。

「魔法を使って彼氏を作らせようとしたのだって私だし……ほんとごめん! 私、美加の気持ちとか全然考えてなかった!」

そう言って頭まで下げる麻子に美加は更に慌てふためく。

「麻子のせいじゃないよ。私だってこの力を面白がってたし、ラブハプニングがうまく行けば行くほど楽しんでたんだし……」

言いながら涙が滲んできた。
気がつけば麻子も涙を流している。

結局、人の気持を魔法でどうこうしようと考えたことが間違いなのかもしれない。
美加も麻子も魔法には代償がつきものだなんて知らなかった。

「今日は朝まで飲もう!」


麻子がそう言い、紙袋からビールを取り出した。

買ってきていたということは、こういう状況になるかもしれないということを、予測していたんだろう。

「朝までって、旦那さんは?」
「いいのいいの! 今日は美加のために泊まるかもって連絡入れたから!」

どこまでも用意周到な麻子に美加は笑ってしまう。
ふたりとも泣き笑いの顔になって、缶ビールをあけたのだった。

☆☆☆

麻子が買ってきてくれたビールはあっという間になくなってしまったのでふたりで近くのコンビニまででかけて新しく買い足したりしているうちに、すっかり真夜中になってしまった。

アルコールも回って眠くなってきたのは明け方近くになってからで、さすがに次んも日の出勤はふたりして遅刻だ。

それでもまぁいいかと思えるくらい泣いてスッキリした美加は、麻子のためにフレンチトーストを作り、ふたりでゆったり食べてから午後出勤した。

「君たち一体どうしたんだ」

ふたりして午前中休んだことでさすがに上司に咎められたけれど、責任はすべて美加にあると自分で言い切った。

昨日は無断欠勤もしているし、お咎めだけで終わるかどうかわからない。

そう覚悟していたけれど、意外にも上司は「まぁ、君たちにも色々と事情はあるか」と、ものわかりのいい態度を見せた。


そんな上司を見て不思議がる美加に麻子が「最近奥さんと喧嘩したんだって」と、麻子がこそっと耳打ちをしてきた。

なるほど、だからこれほどものわかりがいいわけだ。
「もしかして、あまり怒られないことがわかってたから昨日一緒に飲んでくれたの?」

その質問に関しては麻子は鼻歌を歌ってごまかしていた。
そこから先は鬼のように集中して仕事をすることとなった。

昨日1日分と、今日の午前中の分の仕事が丸々残っている。
納期はまだ先だけれど、休憩している時間なんてとてもなかった。

でも、それも仕方ないことだ。
すべては美加自身が巻いた種。


自分で刈り取るしか無い。

仕事に熱中していれば嫌なことも忘れることができるし、廊下へ出て大翔とバッタリ会うよなこともないから好都合だ。

このまま大翔から逃げ続けることはできないかもしれないけれど、今はとにかく集中して心を落ち着けたかった。

「美加、私先に帰るよ?」
麻子に肩を叩かれて我に返ると、いつの間にか5時を少し過ぎている。

「そっか。お疲れさま」
ふぅと息を吐き出して微笑む。

ほどよい疲れが体を包み込んでいるから、今日はグッスリ眠れそうだ。
「美加も無理しない程度に帰りなよ」


「うん、わかってる」
麻子に手を振り、もうひと踏ん張りだとパソコン画面を見つめる。

頑張って仕事をしたからか、とりあえず昨日の遅れを取り戻すことはできた。

普段からこれくらい集中して仕事をしていれば、もっと早くに仕上げることができるのかと改めて感じた。

でも、毎日同じように仕事はできない。
体調を崩す時もあるし、気分が乗らなくてどうしても先へ進めないときだってある。

結局はその時々のペースで頑張っていくしかない。
「コーヒーでも飲もうかな」

つぶやいて席を立つ。

会社内に置かれている豆を勝手にブレンドして飲んでいるのは美加くらいなものだろう。

だけどそれが美加の楽しみのひとつでもあった。
軽い気持ちで給湯室のドアを開けたそのときだった。


コーヒーメーカーが動いている音がして、先客がいたことに気がついた。
その人もドアが開いたことに気がついて顔をこちらへ向ける。

背が高くて整った顔立ちで……大翔だ。
相手が大翔だとわかった瞬間ふたりの時間が止まった。

美加はどうしていいかわからず棒立ちになり、大翔も目を丸くしたまま動きを止める。
先に口を開いたのは大翔のほうだった。

「あ……ブレンド?」
そう質問されたことがなんだかとても滑稽で、美加はほっと息を吐き出した。

「はい。ブレンドです」
「僕も、君から教わったブレンドで飲むようになったんだ」

「そうなんですか。おいしいですよね」
自然と会話しているけれど、それが不自然に感じられる。


互いに視線をそらせ、どちらもその場から逃げるわけでもない。

あんなに気まずい別れ方をしたのだから、なにか言ってもよさそうなのに、互いにその話題を避けている。

……これじゃダメだ。
このままなにもなかったことにはできない。

美加はすぅっと息を吸い込んだ。
ホテルで起きた一連の出来事の原因を、すべて大翔に説明するつもりだった。

その結果別れることになってもそれは仕方ないこと。
麻子が言っていた『処女だとわかって嫌がる男とは別れろ』と同じ理論だ。

同頑張ってみても私には魔法が使えて、その魔法が暴走したのだから。
この事実を受け入れられないのでは、関係を続けることはできない。

この力を告白しなくても、もう終わっているようなものかもしれないけれど。
「この前はキツイこと言ってごめん!」


美加がすべてを告白しようとした瞬間、大翔が頭を下げていた。
「え……」

予想外の展開に美加は目を見開いて固まる。
まさかここで謝られるなんて思っていなかった。

「あの時は本当にビックリして、つい美加ちゃんに当たるようなことになって」
と、本当に申し訳なさそうだ。

美加は慌てて顔の前で手をパタパタと振った。
むしろ謝らないといけないのは自分の方だ。

「ち、違うんです! あの、ホテルでの出来事は、その……」
説明しようとして口ごもる。

だって、30歳まで処女だったから魔法を使えるようになったなんて、誰か信じるだろう。


おかしくなってしまったと思われるかもしれない。
そう考えた美加はコーヒーメーカーに視線を移した。

一か八かだ。
うまくいって!

そう心で念じて右手をコーヒーメーカーにかざす。
本当はこんなことしなくてもいいのだけれど、わかりやすくするためだ。

「止まれ」
美加がつぶやいた直後、今まで動いていたコーヒーメーカーがピタリと止まった。

「え、あれ? どうして?」
驚いた大翔がコーヒーメーカーと美加を交互に見ている。

「大翔さん、私まだ経験がないって言いましたよね?」


「え? あぁ、それは聞いたけど……」
それとこれとどうつながるのかわからなくて、大翔の混乱は膨らんでいく。

「30歳まで処女だった私は少しだけ魔法が使えるようになったんです」
「魔法?」

首をかしげる大翔へ向けて「見ていてください」と言い、コーヒーメーカーを再び動かした。
コーヒーメーカーは何事もなかったかのようにコーヒーメーカー豆を擦っていく。

「これが、魔法?」
呆然とする大翔に美加は頷く。

「だけどホテルでは緊張してしまって、この力が暴走したんです。どうしても、止められなかった」

美加は両手を握りしめて胸の前に持ってくる。
こんな体質の女嫌に決まっている。

まるで自分から別れを切り出している気分になって、体が震えた。


「ごめんなさい。全部、私が悪いの……!」
涙が滲んできて両手で自分の顔を覆う。

とめどなく溢れてくる涙を見られたくなくて給湯室から出ようとした、そのときだった。

「よかったぁ」
後ろからそんな声が聞こえてきて美加が振り向いた。

すると本当に安心した表情の大翔が笑いかけてくる。

「実は僕についている生霊の仕業じゃないかって、本気で考えてたんだ。場所を変えても同じようなポルターガイストが起きるし、あぁ、僕はもうダメなんだって思った。美加ちゃんに完全に嫌われたって」

「嫌うだなんて、そんな」
美加は全力で否定する。

なによりも大翔はなにも悪くないのだから。


「でも、生霊ってどうして?」
「美加ちゃんも見たことだるだろう? あの3人組」

そう言われて最近見なく鳴った3人衆を思い出す。
どうやら大翔はあの中の誰かの生霊が自分についているのだと本気で悩んでいたみたいだ。

「ち、違うと思います……」
美加は自信なくつぶやく。

あの3人なら生霊になってまで大翔につきまとっていても不思議ではないと思ったからだ。
「なんだ違ったのか。それならよかった」

そう言って美加の体を抱きしめる。
「え、あの……ホテルでの出来事は私のせいなんですよ?」

「うん、聞いたよ?」
「じゃあ、どうして……」


こんな風に抱きしめるの?
と、質問する前に更に強く抱きしめられてしまい、苦しくてあえぐ。

「僕と結ばれればその力は消えてなくなる。そういうことだろ? それならなにも問題ないじゃないか」

大翔の言葉に美加は呆然としてしまう。
拒絶するわけでもなく、別れられるわけでもなく、受け入れられるなんて誰が考えていただろう。

「い、いいんですか? 私なんかで」
「美加ちゃんがいいんだ」

「で、でも私力を使って大翔さんに近づいたり、卑怯なことばかりして……」

「卑怯? 力をもらったのは美加ちゃんが特別だったからじゃないかな? そして美加ちゃんは確かにその力を使って自分の気持を伝えてきた。それって卑怯なことじゃないと思うけど」


大翔の言葉を聞きながらまた涙が溢れてきた。
今度は嬉し涙だ。

大翔は美加の頭をポンポンとなでながら「今度またリベンジしにホテルへ行こう」と、囁いたのだった。

☆☆☆

それから、色々なものが飛び回る部屋で見事リベンジに成功したふたりは、翌日美加の魔法が消えていることに気がついたのだった。

ようやく普通の人間に戻った美加は安堵し、脱処女すれば魔法は消えるという予感が的中した麻子は大喜びしたのだった。

END
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