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西羽咲 花月

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恐怖アプリ

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夕暮れ時、天気が悪いようでいつもの教室内は薄暗かった。
「まじ、つかえねー」
あたしへ向けて唾を吐きかけるように言ったのはおなじクラスの口田靖。
床に倒れ込んでいたあたしはどうにか上半身だけ起こして「ごめんなさい」と、消え入りそうな声で言った。
靖は短い髪の毛をガシガシとかいてあたしを見下ろしている。
「で、でも靖子は悪くないよ」
震える声で言ったのは巻口夢。
あたしの隣で同じように座り込み、青ざめた顔で靖を見ている。
いや、実際に怖いのは靖ではなかった。
その隣りの神田陸でもなければ、公森愛子でもない。
一歩後ろであたしたちを見下ろしている河地美紀が怖かったのだ。
後のメンバーは美紀の機嫌を取っているだけだから、それほどでもない。
「はぁ? お前こいつのこと庇うのかよ」
靖が威勢よく言って夢を睨みつける。
夢は一瞬ひるんでうつむいてしまった。
「だって、机が離れてるのにカンニングさせろなんて、無理なこと言うから……」
夢は靖から視線を外して呟く。

6時間目の授業の時、数学の小テストが行われた。
それは事前に知らされていたことだったため、靖はあたしにカンイングさせろと言ってきていたのだ。
しかし、靖の机は教室の右最奥で、あたしの机は左の前方にある。
元々無理な話だった。
だから必死で断ったのだけれど、靖はそれを聞き入れず、授業は始まってしまった。
どうにかしてカンニングさせてあげなければなにをされるかわからない。
テスト中そんなことばかり考えていて、ほとんど問題に意識が向かなかった。
小さな紙に回答を書いて、他の生徒づてに靖に渡してもらおうか?
それくらいしか方法はない気がする。
けれど焦れば焦るほど数学の問題は頭の中からすり抜けていって、全然理解できなかった。
そして15分という回答時間はあっという間に過ぎて行ってしまったのだ。
「そこまで! 後ろから順番に集めて来い」
数学の先生の声が聞こえてきたとき、スッと血の気が引いて行った。
試験時間は終わってしまった。
あたしは靖の言うことをきくことができなかった。

解答できなかったことよりも、そっちのほうが恐ろしかった。
最奥の席である靖は解答用紙を集めて教卓までやってきた。
咄嗟に視線を逸らす。
しかし、逸らす寸前で靖と視線がぶつかった。
靖の人を射るような鋭い目に背中がゾクリと寒くなる。
今日はただじゃ帰れないかもしれない。
そんな予感がしていた。
そして今。
放課後になるとあたしと夢は靖、美紀、愛子、陸の4人に呼ばれて2年D組の教室に残ることになってしまったのだ。
他の生徒たちはさっさと帰ってしまい、グラウンドから部活動の音が聞こえてくるくらいだ。
誰かが忘れ物でも取りに戻ってこない限り、この教室にはあたしたち6人しかいない。
「まぁまぁそんなに怒らなくていいじゃん」
そう言ったのは意外にも美紀だった。
この4人の中ではリーダー的存在である美紀の言葉に靖がたじろいだのがわかった。

「なんだよ、つまんねーこと言うなよ」
そう言ったのは美紀の彼氏である陸だ。
陸は制服の上からでもわかるほど筋肉質で、逆らったらどうなるかわからない威圧感をたたえている。
「別に、許すなんて言ってないじゃん?」
美紀がニヤついた笑みを浮かべてあたしと夢の前に立つ。
あたしは無意識のうちに夢の手を握り締めていた。
「2人とも、言われたことができなかったんだから、土下座してよ」
一瞬美紀の言葉の意味が理解できなかった。
背中に汗がながれていく。
さっき突き飛ばされてこかされたため、腰が痛かった。
「それいいね!」
そう言ってスマホをこちらへ向けたのは愛子だった。
愛子はニヤニヤとねばついた笑みを浮かべている。
あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
このまま4人の言うことを聞いていれば、いずれあたしたちは奴隷のようになってしまう。
わかっているけれど、今ここから脱出する方法を考えることができなかった。
たとえば大声で助けを呼ぶとか、素早くスマホで誰かに連絡するとか。

頭の中で考えることはできても、それが失敗したら?
と、マイナスな方へ思考回路は流れていく。
もし失敗すれば、きっと今よりもっとひどくイジメられるだろう。
だけど今なら土下座で終わるのだ。
悔しくて悲しいけれど、痛い思いをすることはない。
あたしは横目で夢を見た。
夢はうつむき、かすかに震えている。
目の端に涙が浮かんでいるのだ見えた。
あたしは夢の手をきつく握り締めた。
これ以上夢に迷惑をかけるわけにはいかない。
そう思い、あたしは美紀を見上げた。
美紀は無表情であたしを見下ろしている。
「すみませんでした」
あたしは震える声で言い、頭を下げた。
その瞬間頭部に衝撃を覚えてうめき声を上げる。
あたしの頭部は美紀の足が乗せられ、踏みつけにされていたのだ。

「土下座っていうのは、額を床につけなきゃダメでしょう?」
美紀の言葉に他の3人が声を上げて笑う。
グッと奥歯を噛みしめ、涙をこらえる。
床に押し付けられた額が痛む。
「もうやめて!」
夢が泣きながら叫ぶ。
夢は関係ない。
今回はあたしが悪かったんだから。
そう言いたかったが、4人にとってはあたしも夢もターゲットで変わりない。
夢を庇うことで、余計にイジメられる可能性もあった。
「友達のために泣いてんの? 夢って優しいねぇ?」
美紀の興味がそれたおかげて、あたしの頭から足がどかされた。
ホッとしたのもつかの間、今度は夢が土下座を強いられる番だった。
「あ、あたしが失敗したせいでしょう!?」
夢の額が床につく寸前、思わず声を上げていた。
反論しない方が堅命だとわかっていたのに、つい……。
美紀があたしを睨みつけてくる。
「なに? あんたも友達を守りたいの?」
その質問に返事ができなかった。
もちろん守りたい。
だけど、美紀がどんな返事を望んでいるかがわからなくて、黙りこんでしまった。

「聞いてんだよ!」
美紀が怒鳴ると同時に顎に痛みが走り、横倒しに倒れ込んでいた。
どうやら蹴られたらしい。
少しするとズキズキとした痛みを感じられた。
横で夢が小さく悲鳴をあげて両手で口を覆っている。
そんなにひどく蹴られたんだろうか?
一瞬の出来事だったから、自分ではよくわからなかった。
「あ~あ、ほんとこいつら見てるとイライラする。ねぇそうでしょう? 愛子」
「え、あ、うん! そうだよね!」
ずっとスマホで撮影していた愛子が慌てて愛想笑いをして頷く。
「なんかお腹も減っちゃったし、もう行こうよ」
美紀が陸の腕に自分の腕をからませて歩き出す。
それに続いて陸と愛子も慌てて教室を出ていった。
4人の足音が遠ざかっていくなか、顎の痛みは更に激しさを増していた。
緊張感が解けたせいだ。
「靖子、大丈夫?」
「なんとかね」
そう言って笑顔を浮かべると、痛みは増す。
しばらくはご飯を食べるのも大変そうだ。
「でもよかったね。今日は早く終わって」
あたしはそう言いながら立ち上がり、制服のヨゴレを払った。

いつの間にかブラウスが破れている。
「ごめん、あたしなにもできなくて」
夢は申し訳なさそうに言う。
その目にはやっぱり涙が浮かんでいる。
「なに言ってるの。今回はあたしが夢を巻き添えにしちゃったんだから、気にすることないよ」
明るい声でそう言っても、夢は左右に首を振ってボロボロと涙を流す。
あたしはそんな夢の手をずっと握り締めていたのだった。

☆☆☆

学校から出ると辺りは薄暗くなり始めていた。
でも、しばらく2人で泣いたから気分はスッキリとしている。
「明日もなにかされるのかなぁ」
夢が憂鬱そうな声で言う。
「そうだね……」
あたしは呟くように答える。
残念だけど、明日になったからと言って世界が変わるわけじゃない。
あたしたちへのイジメが一瞬になくなることなんてありえないのだ。
美紀たちはきっと次のターゲットが決まるまであたしと夢を徹底的にイジメるはずだ。
「でもさ、誰かがイジメられているのを見るよりもよくない?」
気分を変えるため、あたしは言った。
「そう……かもね?」
夢は顔をあげて答える。
例えばクラスメートの誰かが今日みたいにイジメられていたら。
それを知って何もできずにいたら。
あたしはきっとそっちの方が嫌だと感じるだろう。
夢も同じだ。
誰かがイジメられるくらいなら、自分がイジメられた方がマシ。
そう考えている。
だからこそ、あたしたちは今こんな目にあっているのだから。

昔の出来事を思い出しそうになったとき、不意に後ろから声をかけられた。
「そこのおふたりさん」
そのしわがれた声に立ち止まり、同時に立ち止まって振り向いた。
そこに立っていたのは80代くらいに見える、見知らぬおばあさんだった。
長い白髪を一つにまとめてお団子にし、腰が曲がっていてとても小さく見える。
「はい、どうしたんですか?」
道でも聞きたいのだろうかと思い、あたしは腰をかがめておばあさんと同じ目線になった。
その瞬間だった。
おばあさんは80代とは思えぬ早さであたしのスマホを奪い取っていたのだ。
スカートに入れていたはずなのに!
あっと思った瞬間にはおばあさんは人のスマホを勝手にいじっていた。
「ちょ、ちょっと、なにするんですか?」
驚いて声が裏返ってしまう。
おばあさんはそれに返事をせず、スマホをつついていたかと思うとすぐに返してきた。
そして「じゃあね」とひと事言うと、来た道を引き返して行ってしまったのだった。

「なにあれ……」
夢が瞬きをして呟く。
「わかんない。ビックリした」
そう返事をして手の中のスマホを見つめる。
あのおばあさんはどうしてスカートの中にスマホがあるってわかったんだろう?
疑問を感じて首をかしげつつ、スマホを操作してみる。
なにかされていないだろうかと確認したところ、見たことのないアプリがダウンロードされていることに気がついた。
「恐怖アプリ?」
アイコンにつけられたアプリタイトルを読み上げてあたしは眉間にシワを寄せる。
「なにそれ?」
夢も横からあたしのスマホを覗き込んで首をかしげている。
「こんなアプリダウンロードした覚えがないよ」
「じゃあ、さっきのおばあさんが勝手にダウンロードしたってこと?」
きっとそうなんだろうけど、あんな短時間であんなおばあさんがアプリをダウンロードすることなんてできる?
そう考えてますますわからなくなっていく。

そして重大なことを思い出し思わず「あっ!」と、声を上げていた。
「どうしたの靖子?」
「あのおばあさん、どうしてスマホロックを解除できたんだろう」
あたしのスマホは6桁の暗証番号を入力するか、指紋認証になっている。
どちらを解除するにしても時間はかかるはずだ。
でもさっきのおばあさんはものの数分でスマホを返してきた。
そう考えた瞬間ゾッと背筋が寒くなるのを感じた。
イジメられているときとは違う、別の寒気に襲われて身震いをする。
「さっきのおばあさん、ちゃんと足ついてたよね?」
おばあさんに人間ならぬものを感じてあたしは夢に聞いた。
夢は何度も「あったよ」と、頷く。
それにホッとしながらも、あたしはスマホ画面を見つめた。
《恐怖アプリ》ってなんだろう?
聞いたことのないアプリだ。
でも消しておいた方がよさそうだ。

あたしはアプリのアイコンを長押しして削除ボタンを表示させようとした。
しかし、削除ボタンが出てこない。
「あれ、おかしいな……」
普段不要になったアプリはこうやったら削除できるのに。
「どうしたの?」
「消せないの」
何度ためしてみても消すことができない。
アプリをダウンロードするサイトから直接消そうと思っても、ダメだった。
あたしと夢は目を見かわせた。
「とりあえず、どんなアプリか調べてみようか」
夢の言葉にあたしは頷いたのだった。

☆☆☆

それから2人で近くの公園に来ていた。
《恐怖アプリ》を起動させると、すぐに真っ黒な画面が表示された。
赤文字で説明文が書かれているから読みにくくてしかたない。
「恐怖を与えたい相手の顔写真を当アプリにUPします」
あたしは画面上の説明文を読み上げていく。
「するとアプリが勝手に相手になんらかの恐怖を与えます?」
続きを読んだ夢がプッと笑った。
つられて笑顔になってしまい、顎が痛んだ。
「相手に与えた恐怖に応じて、利用者にはなんらかの損失の損失を負ってもらいます」
その説明文の下には《同意する》ボタンが表示されている。
しかし、《同意しない》ボタンはどこにもなかった。
「なにこれ、子供騙しなアプリだね」
夢があたしから身を離して言う。
「そうだね。ゲームかなにかなのかも」
でも、《同意する》ボタンしかないことは少し気になった。
「ほっとけばいいんじゃない?」
夢の言葉に頷き、あたしはアプリを閉じようとした。
しかし、画面は切り替わらない。
「あれ、なんで?」

「どうしたの?」
「アプリを閉じられないの」
「ちょっと貸して」
夢にスマホを渡すとアプリをいじりだした。
しかし、あたしと同じでアプリを消すことも、画面を移動させることもできないみたいだ。
「どうなってるんだろう?」
首をかしげる夢。
そんなことをしている間にもあたりは暗くなってきていた。
そろそろ帰らないと、さすがにまずい。
「いいよ夢。とりあえず《同意する》を押してみるから」
「大丈夫なの?」
「課金が必要とか書かれてないんだから」
もし登録後にそういうことが起こったら、ちゃんとした場所に相談すればいい。
そのくらいの気持ちで、あたしは《同意する》ボタンを押したのだった。
すると、すぐにアプリは閉じられてしまった。
「なにこれ、変なの」
あたしはそう呟いたのだった。

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