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西羽咲 花月

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2度目

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翌日、あたしは夢と待ち合わせをして登校していた。
靖への恐怖がいつ、どのタイミングで起こるかわからないからだ。
もしかしたら昨日と同じように早いタイミングかもしれない。
「昨日は家に来てくれてありがとう。お母さん喜んでた」
「ただ遊びに行っただけじゃん」
夢の言葉にあたしは左右に首を振り、普段の様子を話して聞かせた。
「そっか。靖子の両親って厳しいんだね」
あたしがイジメられているとわかっても、自分でどうにかしろと突き放す。
それは間違ってはいないと思う。
だけど、甘えられる人がいないのは辛いときもあった。
それから2人で他愛のない会話をしながら学校へ向かった。
残念ながら、今日は靖の姿を見ることもなかった。
「あぁ~ムカツク!」
D組へ入った瞬間、そんな美紀の声が聞こえてきてあたしたちは同時に立ち止まった。
なんだか嫌な予感がする。
しかし、すでに教室内へ入ってしまった。
そして美紀があたしたちに気がつき、近づいて来たのだ。
咄嗟に逃げ出そうとするが、あたしの手を美紀が掴んでいた。

美紀はあからさまに機嫌が悪く、目がつり上がっている。
他のクラスメートたちも今日はこちらに注目することなく、我関せずを貫いていた。
なにがあったのか知らないが、こういう日の美紀に関わらない方がいいのは暗黙の了解だった。
あたしたちは最悪のタイミングで登校してきてしまったのだ。
「あんた、ちょっと来てよ」
美紀があたしの返事を待たずに歩き出す。
あたしはずるずると引きずられるようにして教室後方へと移動した。
夢が慌ててついてくる。
「ほんっと、ムカムカする!」
美紀はそう言うと突然あたしの体を押し倒したのだ。
咄嗟のことで反応できず、あたしはそのまま横倒しに倒れ込む。
この前破れたブラウスが更に破ける音がした。
せっかく自分で縫ったのに。
そんなことを考える暇もなく、美紀があたしの体の上で仁王立ちをした。
そして鬼のような顔で見下ろしてくる。
あたしはゴクリと唾を飲み込んで美紀を見上げた。

「どうしたんだよ美紀」
なだめるような声色で言ったのは陸だった。
「昨日ババアに嘘つかれたの」
「ババアって、美紀のお母さんか?」
「それ以外に誰がいるの?」
「それで、嘘ってなんだよ?」
「弟の晩御飯を作ったら小遣いくれるって言ってたのに、くれなかった」
ムスッとして答える美紀。
それで昨日は早く帰ったみたいだ。
「あぁ~、親ならよくやるやつだよな。くれでも100円とかさぁ」
「ふざけんなっつーの!」
美紀は怒鳴ると同時にあたしの顔の真横でダンッ! と足をふみならした。
「ひっ!」
悲鳴を上げ両手で顔をガードする
その反応を見て美紀がニヤリと口角をあげた。
「なに? あんたこんなんでビビってんの?」
美紀はそう言うと何度もあたしの顔の横で足を踏みならす。
その度に髪の毛を踏みつけられて痛みが走る。

「あはは! おもしろいことしてんじゃん!」
靖の声が聞こえてきてサッと血の気が引いて行く。
なんてタイミングで登校してくるんだろう。
「俺も混ぜてよ」
靖はそう言うと転がったままのあたしの上履きを脱がせた。
「なにするの!?」
そう言っても、美紀が邪魔で立ち上がることができない。
靖はわざとあたしが見える場所まで移動してきて、上履きにハサミを入れたのだ。
「ちょっと!」
夢が止めようとするが、その瞬間靖はハサミの刃を夢へ向けて突き出したのだ。
夢が青くなって動きを止める。
「動くと刺すぞ」
靖はニタニタとした気持ち悪い笑みを浮かべてそう言うと、あたしの上履きをバラバラに切り刻んだのだった……。

☆☆☆

今日は本当に散々な日になりそうだった。
まだ午前中が終わったばかりなのに、あたしの心は疲弊しきっていた。
朝から上履きを切り刻まれ、夢はあの後机の中に生ゴミを詰め込まれた。
美紀の機嫌が悪いときはいつも以上に激しくイジメられてしまう。
クラスメートたちは見て見ぬふりを決め込んで誰も助けてくれない。
いつもニヤニヤと笑って楽しんで見ている連中ですら、こういうときは視線を向けようともしなかった。
そしてようやく午前中が終わったとき、あたしと夢はお弁当箱を持って教室から逃げ出した。
教室でのんびりご飯を食べている余裕なんてない。
食堂へ行っても、美紀に見つけ出されるかも知れなかった。
「どうする、どこで食べる?」
「もう、空き教室とかに行くしかないよね」
あたしは夢の質問にため息交じりに返事をした。
どうしてあたしたち2人がこんなにコソコソしなきゃいけないのだろう。

周囲で笑い合っている無関係の生徒たちを憎らしいとすら感じてしまう。
2人で埃っぽい空き教室にやってきて、黙々とお弁当を食べる。
でも、今日のお弁当ほど味のしないものはなかった。
教室へ戻ればまたひどくイジメられるはずだ。
もうこのまま早退してしまおうか。
そんな考えが浮かんでくる。
「あのアプリの効果じゃなかったのかな」
不意に夢が呟いた。
「え?」
「今日ってまだなにも起こってないよね? ってことは、昨日の出来事はただの偶然だったのかな?」
「……そうかもしれないね」
あたしは口の中の食べ物をゴクリと飲み込んで答えた。
普通、偶然だと解釈する方が自然だった。
元々あのアプリのおかげで靖がドブにはまったなんて考えるほうがおかしいのだ。
それでも、少しだけ期待していた自分はいた。

あのアプリがあれば4人に復讐できるんじゃないかなんて、甘い期待を抱いていた。
夢は落胆したように天井を見上げた。
「やっぱりそうだよね。そんな都合のいいもの、この世にあるわけないよね」
「夢……」
夢は隠しているけれど、その目に涙が滲んでいるのが見えてしまった。
咄嗟に視線を外し、気がつかなかったふりをする。
「今日は早退しちゃおうよ!」
パッと笑顔を浮かべてあたしは言った。
「早退?」
夢がこちらへ顔を向ける。
「うん! これだけ頑張って登校してるんだもん、少しくらいサボったって大丈夫だよ」
そう言うと夢は瞬きを繰り返した後、ニッコリと笑った。
「そうだね。たまにはいいよね?」
「うん!」
あたしは大きく頷くと、右手にお弁当箱、左手で夢の手を握り締めて立ち上がった。
あの4人になにか言われる前に学校を出よう。
「行こう夢」
「うん!」

2人で空き教室を出て教室へ戻る途中、トイレから靖が出てきた。
その姿を見た途端あたしと夢の歩調は遅くなってしまった。
幸いにも靖はあたしたちに背を向けて歩き出す。
このまま気がつかずに教室まで歩いてくれればいい。
気がつかれて、無駄に嫌みなどを言われてはたまらない。
あたしと夢は息を殺して靖の後ろ姿を見つめる。
その時だった。
吹き抜けになった廊下にたどり着いたとき、頭上からガタッと物音が聞こえてきたのだ。
あたしと夢は同時に見上げた。
上の教室の窓から植木鉢が見えている。
どうしてあんな場所に植木鉢が置かれてるんだろう?
それは窓のさんの上に置かれているようで、不安定に揺れているのだ。
不思議に感じていたその時、植木鉢がバランスを崩して落下してくるのが見えた。
その真下には靖の姿。
靖は何も気がつかずに歩いている。

そこからか「危ない!」という声が聞こえてきたが、遅かった。
靖が声に反応して立ちどまったとほぼ同時に、植木鉢が地面に落下して割れていたのだ。
すさまじい音が周囲に響き渡り、悲鳴が上がる。
靖が「ギャッ!」と短く悲鳴を上げ、両手で鼻を押さえてうずくまるのを見た。
「大丈夫ですか!?」
見ず知らずの生徒が慌てて駆け寄っていく。
靖が顔をあげた瞬間、両手の隙間からボトボトと血が流れ出しているのが見えた。
植木鉢は靖の鼻を掠めて落下したみたいだ。
「歩けますか? 保健室に行きましょう」
生徒に支えられ、どうにか立ち上がる靖。
しかし足元はおぼつかず、ヨロヨロと左右に揺れている。
衝撃的な現場に遭遇してしまい、唖然としてしまう。
「もしかしてこれって……」
夢が呟いた時、あたしのスマホが震えた。
突然のバイブ音にビクッと体をはねさせて、画面を確認する。
『恐怖を与えました』
それはアプリからの通知だった……。

☆☆☆

これは本物のアプリだ。
このアプリに写真をUPすれば、その相手に恐怖を与えることができるんだ。
教室へ戻ってからあたしはずっと心臓が高鳴っていた。
すごいものを手に入れてしまったということだけ、頭で理解している。
でもまだ現実味はない。
2度も目の前で起こった出来事を、まだ消化しきれていない。
「あの植木鉢、誰が置いたかわからないんだってさ」
教室内からそんな声が聞こえてくる。
靖のことはあっという間に知れ渡り、誰が植木鉢を窓の上に移動させたのか、という問題で持ちきりだった。
上の階は1年生の教室だったのだが、5時間目の授業が体育だったため教室には誰もいなかったらしい。
植木鉢は普段教室後方の棚に置かれていたもので、誰も移動していないという。
被害者である靖は鼻の頭を切ったようだけれどすぐに血は止まり、念のために早退していた。
そんなことがあったせいか、午後からの美紀たちはとても静かだった。
「損失がなんだったか、また明日教えてね」
帰り際の教室で、夢がそう声をかけてきたのだった。

☆☆☆

家に戻ってきてからもあたしはまだボンヤリとした気分でいた。
このアプリが本物だったとして、使い道はどうしようか?
やっぱり4人に復讐するために使おうか。
それとも、もっと面白い使い道があるだろうか。
そんなことばかり考えていたからだろうか、コーヒーを飲むためにカップを取り出した時、手元が狂って落としてしまったのだ。
お気に入りのカップは床にぶつかるとあっけなく砕け散ってしまった。
「ちょっと大丈夫?」
リビングでテレビを見ていたお母さんが驚いてキッチンに入ってきた。
「ごめん、手がすべっちゃって」
そう言い、大きな破片を拾っていく。
あ~あ、お気に入りだったのに……。
家族旅行に行ったときに買ったカップは家族3人でおそろいだったのだ。
それが割れてしまったことで残念な気持ちが広がっていく。
とても丈夫なカップで簡単に割れることなんてなかったのに。
そう思っていた時だった。
部屋着のポケットに入れていたスマホが震えて、ハッと息を飲んだ。
まさか……!
慌てて取り出し、画面を確認する。
そこには『損失を与えました』の文字が書かれていたのだった。

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