妃候補なんて興味ありません!

西羽咲 花月

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敵軍

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「なんってことするんですか!!」
10番目の姫君の部屋でリュナの怒号が響き渡った。

シーラは両耳に指を突っ込んでどうにか鼓膜が破れなくて済んでホッとしている。

「大丈夫よ。手品だと思ってくれたから」
そういうシーラの背後では龍のシッポがチョロリと覗いている。

久しぶりに外へ出てきたのでまだ戻りたくないのだろう。
その気持を汲んだシーラが龍のシッポを掴んで引っ張り出した。

途端に龍は天井高くまで舞い上がり、自由自在に部屋の中を飛び回る。

自国にいたときには1日1度は外に出して自由にさせてやっていたけれど、デンダン国に来てからはさすがに我慢していたので、かなりストレスが溜まっていたみたいだ。

リュナは飛び回る龍に一瞬ギョッとした顔をしたものの、シーラの侍女になって4年目ともなるともうなれたものだった。

「これ異能だとバレたら死刑ですよ、死刑!」


他の姫君たちに聞こえないよう小声だけれど、しっかり怒鳴り口調で言う。
この世には沢山の国があり、沢山の種族たちが行きている。

とはいえ異能を持つ人間は年々数を減らしていて、今では希少なものになっていた。
異能を持つ姫君の話など、昔話でもきいたことがなかった。

「わかってるわよ」
シーラはそう返事をしながらも龍を見て微笑ましそうな表情を浮かべている。

自分の中に異能があると気がついたのは3歳の頃だった。

勉強嫌いのシーラが無理やり文字を教えられそうになった最初の日、嫌だという気持ちが最大限に膨らんだ瞬間に龍が突如姿を見せたのだ。

それは3歳のシーラよりも大きく、城の学問部屋を埋めつくすほどの大きさがあった。

まわりにいた大人たちは全員逃げ出したけれど、国王様だけは違った。

『シーラ。お前のおじいさまも異能持ちだったんだぞ。おじいさんは火を自在に操ることができた。お前はその力を受け継いだんだなぁ』
と、とても嬉しげに言ってシーラを抱き上げたのだ。

異能を発動したシーラは叱責されることなく、まだ3歳のシーラに勉強を強要しようとした大人たちのほうが怒られる始末だった。


おおらかな国王の元育ったシーラは異能である龍とも仲良くなり、子供の頃はよくその背中に乗って空の散歩していたものだった。

大人になった今ではさすがにそんなことしなくなったけれど、龍を仲良しであることに変わりはなかった。

「いつかこの子の力を発揮するときが来るのかしら」
シーラはまだ飛び回っている龍へ視線を向けてつぶやく。

平和な国に生まれたシーラはまだこの龍の本来の力を見たことがなかったんもだ。

「そんな力、発揮する日は来なくてもいいんです!」
リュナの悲痛な叫びにシーラは笑い声を上げたのだった。

☆☆☆

翌日、自室でリュナと共に朝食を終えたシーラは今日1日なにをしようかと思案していた。

そろそろ変装して街へ降りてみようか。

市場にあったあの生地の手触りを確かめたくてうずうずしているし、鶏肉の料理を1度でいいから食べてみたい。

でもきっとリュナが許さないだろうから、どうにかして気をそらせて、その好きに城を出るしかない。

そう思って横目でリュナを見やると、リュナはドアの前で仁王立ちをしてこちらを見ていた。

「リュナ、そんな怖い顔をしてどうしたの?」
「シーラ様のお考えはすべてお見通しです。勝手に街へ行くことは許されません」
キッパリと言い切る幼い侍女にシーラはギクリとする。

10歳で侍女としてシーラの元へやってきたときは常に不安そうな顔をしていておどおどしていたのに、4年の間に随分と大きくなったものだ。

それもこれも、破天荒なシーラと一緒にいたために必要な成長だったのだけれど、シーラはそんなこと知るよしもなかった。

「少しくらいいいじゃない? リュナも一緒にどう?」


「ダメです! 王子様が妃候補を選んでいる間は、街へ行くことは許されません!」
「そんなにカリカリしないでよぉ」

「甘えたってダメなものはダメです! 今日は刺繍の道具を借りてきたので、それで暇つぶしをしてください」

ドンッと丸テーブルの上に置かれた刺繍セットにシーラは「うげぇ」と、姫らしくない声を漏らす。

刺繍は何度かチャレンジしたことがあるけれど、体は痛くなるし針は指に刺さるし、花を刺繍していたのにできあがったものは得も言われるモンスターだった。

そのとき刺繍は向いていないとわかったのだ。
更にリュナへ懇願しようとしたときだった。

城の廊下が騒がしいことに気がついてシーラはドアへ近づいていった。
そっと開いてみると、何人かの兵士たちが出口へ向かってかけていく。

それを見送ってからシーラは使用人の1人に声をかけた。
「なにかあったんですか?」


「実は敵国は攻めてきたのです。でも大丈夫、城の中にまでは入ってきませんから」
早口に言いながらもその男性使用人の顔色はひどく悪い。

今は妃候補たちが城にいる状態だから、気が気ではないのだろう。
姫君たちに万が一のことがあれば、この国もただではおかれない。

「シーラ様、もしものときに備えて地下室へご案内します。こちらへ」
使用人にそう言われてリュナと共に部屋を出ると、他の姫君たちも不安そうな表情で部屋を出てきたところだった。

「ここまでは攻め入ってこないのですよね?」
8番目姫君のリディアが不安そうな声で質問している。

突然の事態にその顔色は真っ青だ。
「もちろんです! ですが地下室の方が安全ですので」

使用人に引きつられてゾロオロと地下室の階段を降りていく。
途中から陽が差し込まなくなって、そこはヒヤリと肌寒いくらいだった。

「ここの気温は快適ね」


外が暑すぎて井戸水で水浴びをしていたシーラは能天気なことを言う。
だけど今姫君たちが焦ったところで事態は好転しない。

不安だけれど、おとなしく待っているのが得策だった。
使用人がランプに火を灯すと、地下室全体の様子が浮かび上がってきた。

地上へ続く通気孔からしっかりと酸素が入ってきている。
それに、数日間ここにいても平気なように食物の備蓄が豊富だった。

「ここはキッチン?」
地下室の奥には埃のかぶった竈があり、シーラは驚いた声をあげた。

奥のには鉄製の分厚い扉もあり、湯浴みもできるようになっているようだ。
「最低限の生活ができるようになっております」

使用人の説明にシーラは目を向いた。
ここは一次避難するだけの地下室だけれど、庶民の家よりも立派なようだ。
「ここで国が滅んだら外交は台無しだな」

竈に感動しているシーラを横目に、1番姫君がつぶやいた。


「本当ですわね。だけどここで滅ぶようなデンダン国ではないでしょう?」
2番姫君のエヴァが言う。

ふたりとも自国とデンダン国との外交目的でここへ来ているみたいだ。
フィリップ本人を好いている姫君がこの中にいるのかどうかも怪しい。

そう考えたとき、シーラの脳裏にフィリップの顔が思い出されて胸がギュッと締め付けられた。

それがどうしてなのかわからず、シーラは自分の胸に手を当てて首をかしげた。
「どうしよう、私達ここで死んでしまうの!?」

混乱の声を上げたのは顔色の悪かったリディアだ。
リディアは部屋着ドレスをギュッと握りしめて震えている。

その恐怖心はリディアだけでなく、他の姫組たちにもどんどん感染していく。
「死ぬなんて、滅相もないことを言わないでちょうだい」

1番姫君が叱責の声を飛ばす。
さすがに落ち着いているし、度胸も座っているみたいだ。

ふと、シーラは食物が保管されている麻袋へと近づいていった。
中を開けてみると豆が沢山入っている。


木製の箱の中には最近ここへ運び込んだばかりなのか、新鮮なトマトがあった。
「素敵!」

真っ赤に熟したおいしそうなトマトを手に取り、思わず声を上げる。
その声に数人の姫君たちが振り向いたけれど、すぐに視線をそらせた。

10番目姫君のことなんて、ほとんど誰も気にしていない。
シーラはそんなことおかまいなく竈の掃除を始めた。

少しホコリが積もっているけれど、ここも定期的に掃除されているようで、すぐに使うことができそうだ。

「シーラ様、なにをするつもりですか?」
心配して声をかけてきたのはもちろん侍女のリュナだ。

「トマトと豆のスープを作るのよ。地下室は少し肌寒いでしょう? 長時間ここにいればきっと温かいものが欲しくなると思うの」

「それなら私が作ります!」
慌てて鍋の準備をするリュナに「それなら、お手伝いをお願いできる?」と、シーラは言ったのだった。

☆☆☆

1時間ほどしてたとき、地下室内にはおいしいトマトスープが振る舞われていた。
「ちょっと、こんなときに非常識でしょう?」

とシーラを叱責する声もあれば、出されたスープを一口も飲まない姫君もいる。
それでもよかった。

姫君たちの気持ちが少しでも不安から遠ざかることができれば、料理だろうが下手な刺繍だろうがなんでもよかったのだ。

だけどその中で1人だけシーラの料理に「美味しい」と笑みをこぼした姫君がいた。

リディアだ。
リディアの頬は少しだけ赤みが戻ってきている。

「よかった。おかわりは沢山ありますから、どんどん食べてくださいね!」
現状に似つかわしくない元気なシーラの声に、リデェイアが歯を見せて笑う。

姫君たちが歯を見せて笑うことなど滅多にないのでシーラはそれに驚いた。
「ごめんなさい。扇子を部屋に忘れてきたので」

大きな口で食べたり、笑ったりするときには扇子で口元を隠すのがマナーだった。
「ここではそんなこと関係ないですわ。おかわりを入れてきましょう」

シーラが殻になった容器を受け取り、竈へ向かう。

その後をリディアがついてきた。


鍋の中を覗き込んで珍しそうな顔をしている。
「シーラ様は普段から料理をなさるの?」

「そうですわ。刺繍も舞もできないけれど、料理だけは好きだったんです」
「へぇ……」

炊事場へ出入りする姫を見るのは珍しいのだろう、リディアはさっきからシーラを観察するように見つめている。

「8番と10番の姫君よ。最底辺同士仲が良くってね」
そんな声が聞こえてきてリディアは顔を伏せた。
だけどシーラは笑みを絶やさない。

このくらいの陰口はここへ来てからは日常的なものになっていたから、いちいち反応してやる暇はない。

「さ、あんな人達のことは気にせず沢山食べてね」
シーラはわざと聞こえるような大きな声でそういったのだった。
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