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第一部
父の闇 ~ヤヌシュSide~
かつては真実の愛を見つけたと浮かれていた僕だったが、今はナタリアのドレス姿にすら胸がときめく事はなくなっていた。
王宮舞踏会へは父上に頼み込んだドレスをこれ見よがしに自慢してくる。
派手なドレスに胸元が大きくあいたデコルテ部分に、ナタリアの家柄では到底買えないような宝石を散りばめたジュエリーを着けているのを見て、舞踏会に男を漁りに行くのかとげんなりしている自分がいる。
どうでもいいが、僕の邪魔だけはしないでほしいと祈りながら舞踏会場へと向かったのだった。
ナタリアの準備が遅くなったおかげで、舞踏会が始まって一時間ほど経ってからようやく王宮に到着した。
馬車に乗る時もドレスが乱れるとか様々な理由で出発が遅れたせいで、僕の苛立ちは増すばかりだった。
邪魔だけはしないでくれと思っていたけど、やっぱり邪魔でしかない。
一時間も遅れてしまったのでクリスはもう休憩に入ってしまっただろうか……会場を見渡してみても彼女の美しいホワイトブロンドは見当たらなかった。
どこへ行ったんだろう。
そしてその場にオーレンブルク公爵も一緒にいるのだろうか。
婚約者なのだから一緒にいても当然なのだけど、彼女とゆっくり話したかったので一人でいてくれる事を祈りながら、まだ見ていなかったバルコニーへと移動したのだった。
「ヤヌシュ様ぁ、ナタリアはバルコニーではなくて一緒に踊りたいのですけどぉ」
「………………」
僕が何も知らないと思って猫なで声でお願いをしてくる。
呆れて返事もしたくないな……踊りたいならどこぞの令息にでも声をかけて踊ってくればいいものを。
ナタリアの言葉を無視してバルコニーの扉を開けると、そこには探していた人物の後ろ姿が見えたのだった。
僕の存在に気付いたクリスは驚いた表情をした後、少し警戒するような態度を見せる。
なんだかそんな姿も可愛いものだな。
「ヤヌシュ……来ていたのね」
「王宮で行われる舞踏会だからね、公爵家の者が来ないわけにはいかないよ。そう言えばこんなところに君を一人で残しているとは、公爵閣下は愛しの婚約者を放ってどこにいるの?」
クリスが一人だった事は好都合だけど、あれだけ僕にクリスは自分のものだと見せつけておきながら一人で放置しているというのはどういう事なのだろう。
僕が公爵を侮辱するような言葉を言って彼女の腕を掴むと、怒りの表情を見せて睨みつけてくる。
こんな表情も出来るんだな。
僕と一緒にいる時はあまり話さないし、俯いている事が多かったのに。
そして彼女が僕の言葉に傷ついたような表情を見せるのも溜飲が下がる気がして好きだったんだけど、怒っている表情もまたゾクゾクしてしまう。
彼女を掴んでいる腕に自然と力が入る。
すると、突然彼女の体が光り始めたのだった。
「ひっ!」
ナタリアは化物でも見るかのような態度をするので、この場で彼女を消してしまいたい気持ちに駆られた。
クリスがどれほど尊いかも分からず、いたずらに恐がるなんて無礼にもほどがある。それにしても――――
「すごい…………やっぱり父上の言っていた事は本当だったんだ……」
美しいな。
淡い光が彼女のホワイトブロンドを煌めかせ、彼女自身が神なのではとすら思える。
髪の一筋一筋が光り、まるで生き物のように動いていた。
神々しさに見惚れていたせいで彼女に何か言われた気がしたけどまるで聞いておらず、ただただ目の前にいる女神に見入っていた。
彼女が魔女であるという事は、他の貴族達に知られてはいけない。
父上も我がフェンデルバーグ家が手に入れると仰っていたから、この事を決して口外するなと、僕とナタリアはきつく言われていた。
でもこのままだと他の貴族達がやってきてしまうのではないか?
僕がクリスを落ち着かせようとする前に、不思議な力で僕の手は弾かれ、その反動で思わずよろけてしまう。
これもまた魔女の力……。
「あなたがどう思おうと勝手だけど、私が生涯で愛する人はドミニク様だけよ。お2人とも、ごきげんよう」
僕がナタリアに支えられていると、クリスは捨て台詞のような言葉を吐いて、颯爽と去っていこうとする。
ここで彼女と話す機会を失ったらまた次にいつ会えるのか分からない……僕は咄嗟にオーレンブルク公爵の事をクリスに向かって叫んだ。
「クリス、姉上はあの男に殺されたんだぞ!あんな男と結婚したら、君はきっと後悔する事になる!」
僕の言葉にクリスが固まって立ち止まった。
父上は姉上が亡くなった時、公爵の元へ行かなければ姉上は死ななかったと僕に話していたのだ。
しかし僕の言葉を信じられないクリスが、凛として否定してくる。
「あなたのお姉様は、原因は分からないけど病で亡くなったのよ。ドミニク様のせいではないわ。聞かされていないの?」
「それは……」
病?
でも父上は……幼い僕は父上の言葉を信じたし、僕から姉上を連れて行ってしまったあの男が姉上を不幸にしたのだとばかり思っていた。
それが違ったというのか?
「それにね、ドミニク様はヤヌシュのお姉様をとても大切になさっていたわ。彼のせいで亡くなったなんてありえない」
「どうして言い切れる?君に何がわかるんだ!」
「分かるわよ……だって…………」
「ふん、君だってそう言い切れる証拠も何もないじゃないか」
そうだ、クリスがそう思いたくて嘘を言っているのかもしれない。
そう思っていたのに、彼女の口から衝撃の言葉が放たれる。
「私には分かるの……だって、ドミニク様は今でも亡くなった奥様を愛しているのだから!」
「え…………今でも?」
公爵は今もまだ姉上を愛している……?
それなのにクリスと婚約したというのはどういう事だ?
では二人の関係は、クリスが一方的に想っているだけで愛し合っているわけではないのか?
あれほど独占欲を隠さずに僕を牽制してきた公爵が、クリスを愛していないという事が本当にあり得るのだろうか。
僕が驚いて立ち尽くしていると、クリスが扉を開いてバルコニーからホールへと戻って行ってしまったのだった。
~・~・~・~・~
「ヤヌシュ様ぁ、ナタリアはもう少し舞踏会を堪能したかったですわ。こんなにすぐ帰らなければならないなんて……」
隣りに座っているナタリアがブツブツ文句を言っていたが、お構いなしに馬車を走らせた。
どうせ男漁りでもしたかったに違いない。
クリスを見失ってしまった僕にはあの場にいる意味が一切なくなってしまったので、ナタリアとダンスをする気も起きないし、サッサと帰邸する事にしたのだ。
一緒に帰らなくても良かったのに、我が公爵邸に入り浸っているナタリアは僕と一緒じゃないと帰れないとか恨み節で、お互いに渋々一緒の馬車に乗っている。
とにかく今日のクリスの様子を父上に報告しなければならない。
魔女の力の発現、姉上の事、そしてオーレンブルク公爵とクリスがすれ違っている事……少なくともクリスの方は愛されているとは思っていない様子に、まだまだ2人の間に綻びがあるように感じる。
それに姉上の事も父上に確認しなければならない。
もし公爵が今でも姉上の事を愛しているのであれば、僕の思い違いだったという事になる。
そしてそうであれば、クリスを返してもらいたいと考えていた。
まだ愛している女性がいるのにクリスを抱え込もうなんて、恥知らずな。
彼女はオーレンブルク公爵を愛していると言っていたが、他に愛している女性がいる男に嫁いでも不幸になるだけだ。
その点僕ならクリスだけを可愛がってあげる事が出来るのだから。
馬車が邸に着いて早々に、父上の執務室へと向かったのだった。
「そうか、やはりクリスティーナは魔女の力を持っていたか!」
「はい、僕の目の前で力が発現し、とても神々しく……しかし父上、彼女はこうも言っておりました。オーレンブルク公爵は今も姉上の事を愛している、と」
僕がその話をした途端、父上の顔色が変わり、憤怒の表情になっていく。
そして執務室には父上の大きな怒声が響き渡った。
「そんなはずはない!!あの男はテレージアと結婚したにも関わらず、夫婦の営みを全く行っていなかったのは分かっている。つまりお前の姉は女として扱われていなかったのだ」
「そ、そんな……」
「2年経っても子供の気配すらなかったのでおかしいと思い、調べさせた。本人に確かめてみるがいい、反論は出来まい」
僕は父上の話を聞いて、愕然とした。
女として扱われず、子供も望めずにただ病で死んでいったというのか?それって……
「ただの飼い殺しよ。お前の姉はそうやって死んでいった。そんな不誠実な男が今度はクリスティーナまで手に入れようとは」
「しかしオーレンブルク公爵がいる限り、なかなか彼女に近づけません」
「まぁそう焦るな。手は打ってある……もうずっと前から王宮に潜り込ませた者がいるからな」
僕は父上の言葉に驚き、俯いていた顔を上げた。
オーレンブルク公爵は王宮へは滅多に赴かないので、王宮に間者を潜り込ませたとしても何か影響があるのだろうか。
それにクリスの事は父上に頼るのではなく、僕自身の手で何とかしたい気持ちもあった。
姉上をぞんざいにあつかったオーレンブルク公爵に対して、許せない気持ち、憎い気持ちでいっぱいだったので、彼女に関してはあの男に負けたくはない。
彼女は僕の手で手に入れるんだ。
あの光輝く髪の一本一本まで僕が……。
「ヤヌシュ、一人で暴走するでないぞ。お前の考えている事などお見通しよ。大方自分の力でクリスティーナを手に入れたいと考えているのであろうが、もう少し待つのだ」
「な、なぜ……」
僕は自分の考えが全て父上に読まれていたのが恥ずかしくて、声が上ずってしまう。
僕の顔を侮蔑するような視線を父上に送られ、溜息を1つ吐いて僕の質問に答えてくれた。
「先王は思いの外あっさり逝ったが、王太后がなかながしぶとくてな。だがそれももうすぐ終わるだろう」
「「まさか……」」
父上の言葉が何を意味しているのかナタリアも理解したらしく、僕と同時に同じ言葉が口をついて出てくる。
そんな……先王陛下の死は原因不明の病で崩御されたと聞いていたけど……そして長い間病に臥せっておられる王太后陛下も原因不明の病とされていた。
王族が次々に原因不明の病にかかっているので、何かの呪いではないかとか、良くない噂が少しずつ広まりつつあったのだ。
「正面からぶつかっても勝ち目はない。やるなら内側からじわじわと、な」
僕は父上の闇を垣間見て背筋が凍るような気持ちになり、全身に鳥肌が立つのを感じた。
先王陛下は父上の力をとても買っていて、その頭脳に惚れ込み側近にしたという噂を聞いていたのだ。
それなのに、まさかその先王陛下に手をかけていたなんて……そして王太后陛下までとは――――
父上は僕やナタリアの度肝を抜かれた表情を見ながら高らかに笑い、邸にはその笑い声が響き渡っていたのだった。
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