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待ち人来る ~レブランドSide~
しおりを挟むようやくこの日が来た。
縁談への返事が来てから一カ月、邸にカタリナ王女を迎える準備を着々と整え、式を挙げるまでの彼女の寝室と夫婦の寝室、ドレッシングルームなど女性に必要な部屋を整えたのだ。
もうすぐ着くという知らせは受け取っているのに、なかなか到着しない。
王太子殿下のところへ向かわなくてはならない時間が迫っているというのに……彼女の顔を見ずに行かなくてはならなくなりそうで落ち着かない私は、エントランスホールをうろうろしていると彼女付きの侍女に任命されているオーリンにクスリと笑われてしまう。
「旦那様、落ち着いてください。直に到着されますので」
「いや、しかし遅すぎではないか?まさか事故にでも遭っているのは……」
「もしそうなら早馬で知らせがやってくるはずですし。道中不備がないようにありとあらゆる箇所に騎士を配備しているのでしょう?」
「そうだ。彼女の身に何かあってはいけないからな」
「100mごとに配置させられそうって騎士の方が嘆いておりましたよ」
「当然ではないか。私の婚約者だ……」
「旦那様、自分で婚約者と仰って照れるの、やめてください」
それは仕方ないと言いかけて、言葉を飲み込んだ。
想いを寄せている相手にやっと会えるのだ。あの建国祭の日から縁談の返事をいただくまでに一カ月、我が国へ出発するまでに一カ月、そして到着までに10日ほどかかった事を考えれば、やっとという想いで胸がいっぱいになる。
結婚式は半月以内には執り行う手筈だ。
式の時のカタリナ王女も女神のように美しいに違いない。
そんな想像をしていると、門のあたりが騒がしくなってくる。
「旦那様、来たのではないですか?!」
「そのようだな」
私は出迎えるべく外へ飛び出して行った。
王族としては質素な馬車に乗ってやってきたカタリナ王女。
馬車から降りて来る彼女に手を差し出し、エスコートしていく。
以前は夜の闇の中でお会いしたが、日の光のもとでしっかりとその美しさを間近で見る事が出来、私の胸は興奮と喜びに溢れていた。
「カタリナ様。ようこそ、我が邸へ」
「どうぞカタリナと呼んでください」
名を呼ぶ許可をいただき、「カタリナ」と彼女の名前を口にするだけで気持ちが高揚していった。
思春期の若者でもあるまいしと自分に言い聞かせるが、小さく可憐な彼女が微笑むだけで、邸の者も私も息を飲んだ。
王太子殿下のところになど行きたくはない。
しかし――――
「せっかく到着してゆっくりお話をと思っていたのに、生憎王太子殿下からの呼び出しがあり……」
「まぁ!それは行かないわけには参りませんわ。私の事はお気になさらずに」
「誠に申し訳ない」
なんという控えめな言葉……全力で早く帰ってきたい衝動に駆られるが、その日の帰りは夜遅くになってしまったのだった。
というのも王太子殿下のもとへ向かうと、大量の書類仕事が待っていて、それに加えて騎士団の仕事までやらねばならなくなったのだ。
「なぜこの仕事を私が?」
山積みの書類を前に恨めしそうに殿下に問いかける。
「いやぁ、幸せそうなレブランド閣下に頑張ってもらわなきゃと思って仕事を残しておいた」
「ただの嫌がらせではありませぬか!!」
「そんな事はないぞ。そなたにも関わりのある書類たちだからな」
「はぁ……分かりました」
「ほら、頑張らねば新婚旅行にも行けなくなるぞ。式を挙げたら行くのだろう?」
「なぜそれを……」
「私に知らない事はない」
殿下に隠し事をするのは無理だという事なのだろう。ひとまず私は書類を手に、殿下の執務室から去り、集中して仕事を片付けていった。
式の前に色々な仕事を終わらせておかなければ。
カタリナとの新婚旅行がかかっているのだ。
私はとにかく必死に仕事をする事に集中した。多少帰りが遅くなろうとも、式を挙げた後に彼女と沢山語り合えばいい、そう思っていたのだ。
ついでにザックハート伯爵家にも赴き、ヴェローナに会って婚約の話をもう一度ハッキリ断る事にした。
もうカタリナと婚約しているので伯爵家も分かっているとは思うが、最後に顔を合わせてしっかりと伝えておかねばと。
しかしヴェローナの態度は私の予想していたものとは全く違ったものだったのだ。
「レブランド、私に会いに来てくれたのね!嬉しいわ!」
「いや、そうではない。私はカタリナ王女と婚約をし、半月後には式を挙げる。君も参列してほしいのでそれを伝えにきた」
「え……なに、言ってるの?」
「事実を伝えたまでだ。私はルシェンテ王国の王女と結婚する。君も違う相手を見つけて幸せになってほしい」
「いやよ、レブランド以外の相手と結婚しないわ」
「それならそれでいいが、私は王女以外と結婚する気はない」
「どうして?!殿下と賭けをしたって聞いたわ。意地になっているのでしょう?」
「なぜそれを……」
私は殿下としかその話をしていないはず。
私の形相が鬼のようになっていた為、ヴェローナはマズい事は口走ったと思ったのか、誰から聞いたかをすぐに言い始めた。
「私の友人のお兄様が殿下にお仕えしているから、ほんの少し聞いただけよ。賭けの内容は分からないわ」
「そういう事か」
どういう賭けかまでは知らなかったようなのでホッと胸をなでおろす。
しかしこの時、私の詰めの甘さにより、カタリナを大いに傷つけてしまう事になろうとは、夢にも思っていなかった。
とにかく私は彼女との関係を切るべく話を続けていく。
「私は意地になっているわけでもなく、私自身がカタリナと結婚したくて縁談を申し込んだのだ。君も君自身を愛してくれる男性を見つけてくれ」
「レブランド!いやよ!」
「では」
まだ後ろで何かを言っていたと思うが、これ以上は話し合うだけ無駄と判断し、仕事に戻る事にしたのだった。
伯爵家には随分前に断り、了承を得ているので我々の縁はすでに切れている。
あとは彼女が自身を納得させて前に進むだけだ。
早く仕事を済ませ、今日こそはカタリナと話す時間がほしい……そう思うのに、帰邸するのはいつも日付が変わる直前になり、近頃は朝の食事すらまともに顔を合わせる事が出来ない。
深夜に帰邸してからひっそりと、彼女の部屋へ顔を見に行った時もあった。
寝顔も可愛らしい……我が邸の居心地はどうだろうか。
何か不自由はしていないか。
食事は美味しいだろうか。
一緒の時間を過ごす事が出来なくてすまない。
私がいなくて……寂しいと感じているだろうか。
寂しい思いをさせたくないという気持ちと、寂しいと思っていてほしいという矛盾した気持ちが生まれてくる。
彼女を見ていると常に気持ちが揺さぶられ、新たな自分を発見する。
戦場で恐れられている私に、こんな日が来るとはな。
絹のような美しい頬にキスをする。
寝返りをうつ彼女を微笑ましく眺めながら自室へと戻った。
もうすぐだ……あと数日頑張れば式を挙げられる。
そうすればたっぷりと二人の時間を取れるはずだ。
彼女との結婚式が迫り、相当浮かれていたのだろう。
私は、自分が殿下と賭けをしていたのをすっかり忘れ、その事が彼女の耳に入るとは全く予想していなかった。
そしてその事で、私の行動でカタリナを……愛する女性を絶望させる事になるとは――――思ってもいなかったのである。
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