16 / 46
息子の為に
今までもお熱が出る事はあったので、今回もそうかなと思いつつも子供の容態の変化はいつ起こるか分からない。
油断できないわ。
熱が高そうだし、ひとまず冷たいお水を汲みに行かなければならない。
「レブランド様、近くの川にお水を汲みに行きたいので、アルジェールを見ていてくださいますか?」
「それなら私が行ってこよう。力仕事は任せてくれ」
とても有難い申し出だわ……今は緊急事態だし、意地を張っている場合ではないわね。
「では、よろしくお願いいたします」
「分かった」
心なしか嬉しそうに見えるレブランド様は、大きめのバケツを受け取ると、意気揚々と川へ向かって行った。
海の近い村ロッジェの近くには小さな川がある。
とても綺麗な水が流れているので、この村の人々は生活用水として使っている家庭が多い。
私の家からも近く、様々な用途で使っていた。
「アル……もう少し待っててね。今水を汲みに行ってもらってるから」
「かぁさま……」
眠っていると思っていたアルジェールが目を覚まして、私を呼んでいる。
熱に浮かされて、目が潤んでいるわ……かなり高いように見える。
「アル、目覚めたのね!」
「かぁさま……レビィは?どこ?」
「騎士様なら今、水を汲みに行ってもらっているわ。すぐに戻ると思う」
「よかった……ぼくね、きしさまだいすき」
「そう」
「とうさまになってくれないかなぁ……」
「そ、それは……」
私が答えに詰まっていると扉が開かれ、バケツを持ったレブランド様が足早に駆け寄ってくる。
「アルジェール!目覚めたのか……よかった」
「レビィ。そばにいてね」
「わかった」
「ぜったいだよ。やくそく」
「ああ、約束だ」
「や……ったぁ…………」
力尽きたのか、アルジェールは寝落ちしてしまい、可愛い寝息を立て始めた。
お熱が高くて辛いわよね。
私はすぐに汲んできてくれてお水で布を冷やし、アルジェールの額に乗せた。
するとほんの少し表情が和らぎ、気持ち良さそうな顔になる。
「ふふっ、気持ちいいのね」
「……可愛いな」
「レブランド様、お水を汲んできてくださって本当にありがとうございます。大変助かりましたわ」
「いつでも頼ってくれ。君とアルジェールの為ならいつでも飛んで行く」
穏やかに微笑みながら歯の浮くような言葉を伝えてくれるけれど、私はどう返したらいいか分からなかった。
レブランド様は再会してから、とても良くしてくださっている。
それはヒシヒシと感じるけれど……彼の本心がよく分からなくて喜びより戸惑いの方が大きかった。
私が見聞きしてきたものは一体なんだったのだろう。
でもそういうのを抜きにして、彼の人となりをじっくりと見てみるのもいいかもしれない。
あの邸では到底一緒の時間が取れる気がしなかったから。
「レブランド様、お茶を淹れますので休んでくださいませ」
「いいのか?」
「もちろん。アルの様子も落ち着いて見えますから」
「そうか。ならばいただこう」
「はい」
レブランド様にお茶を飲んでいてもらっている間に村医師のところに行って、アルジェールを看てもらえるように頼まなければ。
誰かが息子を見ていてくれていれば安心だわ。
いつもなら私がアルジェールを抱えて連れて行っていたけれど、今回はその必要はなさそう。
「どうぞ。お砂糖はありませんけど」
「ありがとう」
彼が公爵様である事が一目で分かる所作だわ。
無駄のない動き……こうやってお茶を出すのも初めてね。
「美味しいよ」
「公爵閣下のお口に合うとは思いませんでした」
「君の淹れてくれたものなら、何でも美味しい」
「またそのような事を……ひとまずアルジェールを見ていていただけると助かります。私は村医師のヘルツさんのところへ行ってアルジェールを看てもらえるように頼んで来ます」
「私も行きたいところだが、彼を一人にしてはいけないのだな」
レブランド様はほんの少し伏し目がちになり、自分に言い聞かせるように呟いた。
心配してくれるのはありがたいけれど、私たちはアルジェールの親としての務めを忘れてないけない。
「そうです。申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします」
「ああ、気を付けるんだ」
「ありがとうございます」
私は出来る限り早く着くように駆けて行った。
パン屋から近い場所に診療所を構えるヘルツさんのところに着くと、バタバタと中へと入っていく。
「ヘルツさん、失礼いたします!」
「なんじゃ、アル坊に何かあったか?」
私は事情を説明して我が家に来てもらえるようにお願いをした。
ヘルツさんは快く引き受けてくれて、二人で足早に我が家へと向かった。
アルジェールのもとへ着くなり、レブランド様の存在にビクッとするヘルツさん。
「ななな何者じゃ!アル坊をどうするつもりじゃ!!」
「落ち着いてください、ヘルツさん!!」
あまりの剣幕に、彼が何者か話さないわけにはいかず、ヘルツさんにレブランド様の正体を話す事にした。
ヘルツさんは大層驚き、脱力をしながらアルジェールの頭を優しく撫でる。
「この子はとても聡明だからのう。平民ではないとは思っておったが……そうか…………」
「ごめんなさい、皆を騙す形になって」
「いや、仕方ない事じゃ。ここまでアル坊に何もなくて良かったのう」
「はい……」
ヘルツさんは優しく微笑み、アルジェールの容態を看てくれた。
私は彼の言葉を噛みしめる。
私はともかくアルジェールはレブランド様の……公爵家の血を引く子供だ。
公爵家の者と知られれば身の危険もある中で、このまま村で育てていいのだろうかという考えが頭を過る。
とは言ってもまだ彼が選べるような年齢ではない。
どうするのが息子の為なのか、よく考えなくては。
母親としての判断が出来るように――――
ヘルツさんはアルジェールが深刻な感染症ではないので、薬草から抽出した薬を飲ませてくれて、薬膳なども食べさせればすぐに良くなるだろうと言って帰っていった。
「良かった……お薬が効いてくるのを待つばかりね」
「そうだな」
「少し休みましょうか。またお茶を淹れ直しますね」
「ありがとう」
私たちは再会してから……いえ、縁談を受けてから初めて落ち着いて一緒の時間を過ごす事となった。
あなたにおすすめの小説
前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。
ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」
ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。
「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」
一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。
だって。
──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。