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暗転
しおりを挟むそこには王宮侍医は不在だったので、レブランド様が包帯を巻いてあっという間に手当をしてくださった。
「傷はそこまで深くはなさそうだ」
「ありがとうございます」
「私の手当ですまないな……こんな時間では侍医もいないのだろう」
「でも本当にお上手ですわ」
「戦場でやらねばならない時もあるんだ」
確かにそうよね。
医者を連れて歩くわけにもいかない戦場では、自分で何もかもやらなくてはならないのだもの。
感心する私を旦那様の腕が優しく抱きしめた。
「カタリナ……君が無事で本当に良かった」
抱き締める腕が徐々に強くなっていく。
若干震えているように感じ、旦那様の背中に私も腕を回した。
レブランド様――――男性に襲われている時に旦那様の名前を心の中で必死に叫んだけれど、絶対に来てくれると思っていた。
彼の胸に顔を埋め、幸せに酔いしれる。
そこへ扉がノックされ、「バイロンです。ザックハート伯爵夫妻がいらしてます」との声が聞こえてくる。
ヴェローナ様の件を聞いて駆け付けたのね。
きっと心を痛めているに違いない。
私はレブランド様の顔を見て頷いた。
「どうぞ」
バイロン隊長が扉を開くと、夫妻が私たちの前に跪き、泣き崩れた。
「カタリナ様!娘が……っ申し訳ございません!!」
「お顔をお上げになってください」
「うぅ……っ」
夫人の憔悴しきった表情に胸が締め付けられる。
どうしてこんな両親がいらっしゃるのに、ヴェローナ様はあのような事を――――
私は夫人を隣りに座らせて、落ち着かせる事にした。
ハラハラと涙が零れ落ち、止まらない様子だ。
そこへ伯爵がレブランド様に言葉をかける。
「閣下……閣下にお話しせねばならない事がございます。少しよろしいでしょうか」
とても思いつめた表情をしているわ……娘が捕まったばかりでとてもお辛いでしょうに。
レブランド様はこちらに視線を移したので、私は待っているという意味で頷いた。
室内にはバイロン隊長もいるし。
そして二人が出ていったので、夫人に声をかけた。
「大丈夫ですか?ヴェローナ様の事は……なんとかしたかったのですが。力足らずで申し訳ございません」
「カタリナ様はお優しいのですね。閣下がお好きになるのも分かります」
「え、あの……ありがとうございます」
突然褒められたので、顔に熱が集まってくる。
しかし次の瞬間、夫人から耳を疑うような言葉が聞こえてくる。
「でも……本当は娘を閣下の婚約者にしてあげたかった。それは今も変わっていませんの」
私は一瞬何を言われたのかと思い、夫人を見た。
もう涙は流れていない……ざわざわと嫌な予感が体をめぐっていく。
あれほど弱っていたのに、夫人はどんどん饒舌になっていった。
「主人は婚約破棄を了承してしまって……どうしようもない人。やっとここで役に立ってくれたわ。閣下との婚約こそがヴェローナの幸せだったのに、それを叶えてあげたいと思うのが親というもの。カタリナ様なら子を持つ親の気持ちは分かりますでしょう?」
私は瞠目した。
この人は誰?さっきまで涙を流し、さめざめと謝罪していたはずなのに。
「ねぇ、カタリナ様。私、あなたがどうしても邪魔で」
「…………っ!!」
私は咄嗟に立ち上がり、夫人から後退る。
笑っているのに目がまったく笑っていない……そうだ、バイロン隊長がいる!
そう思って彼の方を見た瞬間、この部屋に味方はいないのだと悟った。
彼は扉の前に立ち、こちらに視線を合わそうとしない。
「奥様、早くなさいませんと、閣下が戻ってきてしまいますよ。せっかく旦那様が連れ出してくれたのに」
バイロン隊長は感情のこもっていない言葉を発した。
「そうね、あなたの言う通りだわ。ではカタリナ様。ヴェローナの為に、死んでくださいな」
見た事もないほど幸せな表情で、そう告げてくる。
その事が夫人の本気を物語っているようで、頭の中では危険信号が鳴っているのに体が動いてくれず、その場で立ち尽くした。
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