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その3
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元は王の居室と執務室が、フラムの滞在場所となった。
居室の横には王妃の居室が続き部屋であり、サシャは森の中の城からそこに移された。
侵略から7日間、フラムは朝早くから夜遅くまで執務に取り組んだ。
国の法律変更、民への通達、他国に比べれば遅れていた道や水の整備など、仕事は多岐にわたる。
フラムにとってはいつものことだった。
国を乗っ取り、国土を広げるだけの父王と兄は、その後、そこにいた民たちがどうなっても良かった。
興味があるのは、税として納められるものと、見目麗しい女だけ。奪っては愛妾にし、飽きれば捨てる。その繰り返し。
乗っ取った国のことは、フラムに一任されている。
忙しい日々の中、隣で大人しく過ごしている捕虜のことは常に気にしていた。
サシャは、森の中の城にいたときと同じように、朝は街を眺め、民を思い、王のことを思う。祈りを捧げ、信託を下す。
異なっていたのは、聞き取る兵士が、自国の兵士ではなく、フラムの親衛隊長・ポートラムとなったことだけ。
ポートラムは、フラムの剣の指南者であり、子供の頃からの教育者でもあった。
時々、フラムと顔を合わすと「聡明な方だ」「心根が美しい」など、サシャを褒め称える言葉を告げてくる。そして、「ああいう方を無碍に扱うと、神に罰せられますよ」と釘をさしてくる。
ポートラムは今でもフラムの教育係のつもりでいる。フラム自身、そうして苦言を呈してくれる者を受け入れなければ、自分は父王のようになってしまうことを知っているため、黙って聴くことが多かった。言葉では、「分かっている」とぶっきらぼうに言うだけだったが。
サシャは毎日、フラムの帰りを起きて待っているという。
「自分は捕虜の身だから、主人の帰りを待つのだとおっしゃっておりました」
ポートラムは不満げにそう、伝えてくる。
「儚げな容姿とは裏腹に、頑固者か。それも面白い。…まあいい。しばらく放っておけ。国に帰るときに、たっぷりと可愛がってやろう」
これまで侵略した国からは、“献上品”として姫や愛妾、侍従の美しい者を召しだされたこともあった。街で見かけて、連れ帰った女もいる。その場の欲望を解消するために抱いた女もいた。
それらの女はみな、黙っていてもフラムにのしかかり、時には媚びた。殺されないと分かると、フラムの力は自分の力であると勘違いし、部下たちに命令までした女もいた。民の血税を自分のものだと勘違いし、欲におぼれたものもいた。さらなる権力を欲しいと、王や兄に近づき、王や第1皇子の愛妾になったものの、欲まみれの下心で失態を犯し、王や兄の手で切り捨てられたものもいた。
国と国との結びつきを強めるため、幼い頃から決められていた嫁は、浮かぬ顔で嫁いできた。フラムにしても王族の役目とばかりに何度か抱いたところ、嫁は王子を2人生んだ。そして、「自分の仕事は終わった」とばかりに自死した。
毎日を嘆いて暮らした嫁への思いはない。顔を見せれば怖がり、泣き、褥の中ではこわばった体をただ晒していただけだった、抱いても愛情など沸かさせない女だった。
それゆえに、女とはフラムにとっては一時期の性欲処理さえできればいい“もの”に成り果てていた。
それらとサシャは異なっていた。
体を震わせているから心の底では怖がっているのだろうが、自分の目を見据えてくる。見つめてくる瞳には、民や父王への心配はあっても、フラムへの怒りや、自分の境遇への悲しみなどは無い。
深い湖の底のような緑の目に見つめられると、人を見れば疑う気持ちも薄れる。
はっとして、自分以外は信じられるものは無いと思い直すほどだ。
その瞳を悲しみ一色に染め上げたいと、フラムは思う。
だからこそ、帰国の時が楽しみで仕方が無かった。
さまざまな規則を整え、王族は「象徴」とするものの、政にはかかわらせないようにさせ、実質上は隠居させた。年若い王子たちには反抗心を無くすため、それなりの地位を与えたが、のんびりと暮らしていた。
宰相だったグシは「私の仕事は終わりました。国に帰りとうございます」と訴えてきたため、勝利を伝える先発隊としてグシたちが先に帰郷することになった。侵略してからすぐ、別の宰相や上位官位となるべく国の者を迎え、宰相を中心にした政ができるように整えた。
それから政略したものたちは国に帰るだけとなった。
首都アンカ・ソレイユからコスメーマの首都レガ・イリーマまでは船で3日ほどかけて海を渡り、港についてからは約一週間かかる。首都は海からも侵入しにくく、背後に高い山を抱える広大な盆地にある。
帰国の途に着くコスメーマの軍人たちは、できる限りの食料と水、酒、薬などのほか、王族から“進呈”された財宝などを船に積み込み、港から出発する寸前だった。
最後に乗船したのはフラム。その後ろにポートラム、そしてうつむくサシャが続いた。
港には、“見送り”として国を支配する役割を与えられたコスメーマの人々が立ち、その後ろからディアマンの国民が男らしく美しいと評判の新しい支配者の顔を一目でも見ようと群がっていた。
船へと乗り込み終わる前、先代の声がサシャの頭の中に響く。
「可愛い子。大丈夫。あなたの心を信じて」
言葉も発せない赤ん坊の頃、母に抱きしめられた時のような温もりを感じ、サシャは顔を上げる。
国民たちの後ろは港の倉庫や店、その後ろには民家、そして丘の上に城がある。サシャがいた塔は、港からは見えない。
それでも、その塔の方向へサシャは目線と笑顔を送る。
鮮やかな美しい笑顔は、国民たちに自分たちの国の宝を侵略者に奪われたことに、ようやく気がついた。
その思いがフラムにも伝わる。
だからこそニヤリ、と口をゆがめ。
「これは、オレのものだ」
高らかに笑う。
いまだに港と船を繋ぐ渡し板の上にいたサシャを捕まえ、一気に船の上に上げてしまう。フラムよりはるかに華奢で小さな体を抱き寄せ、片手で金の髪をつかみ、痛さに顔をゆがませたサシャのあごをつかんで、見守る人々に向けさせた。
「お前たちは自分の安全のために、皇子を差し出した。その贖罪は、自分たちであがなえ」
そして。
「これはオレのものだ」
もう一度宣言し、唇を唇でふさいだ。
サシャは何が起こったのかわからず、息苦しさに口を開ける。その中にフラムの厚みのある舌が入れられ、口の中を蹂躙された。
やがて、満足したようにサシャから離れたフラムは、不敵に笑う。
息苦しさからぐったりとして意識が朦朧とするサシャは、港にいた人々が、美しいものが汚されていく悲しみにくれた顔をしていたことも分からなかった。
居室の横には王妃の居室が続き部屋であり、サシャは森の中の城からそこに移された。
侵略から7日間、フラムは朝早くから夜遅くまで執務に取り組んだ。
国の法律変更、民への通達、他国に比べれば遅れていた道や水の整備など、仕事は多岐にわたる。
フラムにとってはいつものことだった。
国を乗っ取り、国土を広げるだけの父王と兄は、その後、そこにいた民たちがどうなっても良かった。
興味があるのは、税として納められるものと、見目麗しい女だけ。奪っては愛妾にし、飽きれば捨てる。その繰り返し。
乗っ取った国のことは、フラムに一任されている。
忙しい日々の中、隣で大人しく過ごしている捕虜のことは常に気にしていた。
サシャは、森の中の城にいたときと同じように、朝は街を眺め、民を思い、王のことを思う。祈りを捧げ、信託を下す。
異なっていたのは、聞き取る兵士が、自国の兵士ではなく、フラムの親衛隊長・ポートラムとなったことだけ。
ポートラムは、フラムの剣の指南者であり、子供の頃からの教育者でもあった。
時々、フラムと顔を合わすと「聡明な方だ」「心根が美しい」など、サシャを褒め称える言葉を告げてくる。そして、「ああいう方を無碍に扱うと、神に罰せられますよ」と釘をさしてくる。
ポートラムは今でもフラムの教育係のつもりでいる。フラム自身、そうして苦言を呈してくれる者を受け入れなければ、自分は父王のようになってしまうことを知っているため、黙って聴くことが多かった。言葉では、「分かっている」とぶっきらぼうに言うだけだったが。
サシャは毎日、フラムの帰りを起きて待っているという。
「自分は捕虜の身だから、主人の帰りを待つのだとおっしゃっておりました」
ポートラムは不満げにそう、伝えてくる。
「儚げな容姿とは裏腹に、頑固者か。それも面白い。…まあいい。しばらく放っておけ。国に帰るときに、たっぷりと可愛がってやろう」
これまで侵略した国からは、“献上品”として姫や愛妾、侍従の美しい者を召しだされたこともあった。街で見かけて、連れ帰った女もいる。その場の欲望を解消するために抱いた女もいた。
それらの女はみな、黙っていてもフラムにのしかかり、時には媚びた。殺されないと分かると、フラムの力は自分の力であると勘違いし、部下たちに命令までした女もいた。民の血税を自分のものだと勘違いし、欲におぼれたものもいた。さらなる権力を欲しいと、王や兄に近づき、王や第1皇子の愛妾になったものの、欲まみれの下心で失態を犯し、王や兄の手で切り捨てられたものもいた。
国と国との結びつきを強めるため、幼い頃から決められていた嫁は、浮かぬ顔で嫁いできた。フラムにしても王族の役目とばかりに何度か抱いたところ、嫁は王子を2人生んだ。そして、「自分の仕事は終わった」とばかりに自死した。
毎日を嘆いて暮らした嫁への思いはない。顔を見せれば怖がり、泣き、褥の中ではこわばった体をただ晒していただけだった、抱いても愛情など沸かさせない女だった。
それゆえに、女とはフラムにとっては一時期の性欲処理さえできればいい“もの”に成り果てていた。
それらとサシャは異なっていた。
体を震わせているから心の底では怖がっているのだろうが、自分の目を見据えてくる。見つめてくる瞳には、民や父王への心配はあっても、フラムへの怒りや、自分の境遇への悲しみなどは無い。
深い湖の底のような緑の目に見つめられると、人を見れば疑う気持ちも薄れる。
はっとして、自分以外は信じられるものは無いと思い直すほどだ。
その瞳を悲しみ一色に染め上げたいと、フラムは思う。
だからこそ、帰国の時が楽しみで仕方が無かった。
さまざまな規則を整え、王族は「象徴」とするものの、政にはかかわらせないようにさせ、実質上は隠居させた。年若い王子たちには反抗心を無くすため、それなりの地位を与えたが、のんびりと暮らしていた。
宰相だったグシは「私の仕事は終わりました。国に帰りとうございます」と訴えてきたため、勝利を伝える先発隊としてグシたちが先に帰郷することになった。侵略してからすぐ、別の宰相や上位官位となるべく国の者を迎え、宰相を中心にした政ができるように整えた。
それから政略したものたちは国に帰るだけとなった。
首都アンカ・ソレイユからコスメーマの首都レガ・イリーマまでは船で3日ほどかけて海を渡り、港についてからは約一週間かかる。首都は海からも侵入しにくく、背後に高い山を抱える広大な盆地にある。
帰国の途に着くコスメーマの軍人たちは、できる限りの食料と水、酒、薬などのほか、王族から“進呈”された財宝などを船に積み込み、港から出発する寸前だった。
最後に乗船したのはフラム。その後ろにポートラム、そしてうつむくサシャが続いた。
港には、“見送り”として国を支配する役割を与えられたコスメーマの人々が立ち、その後ろからディアマンの国民が男らしく美しいと評判の新しい支配者の顔を一目でも見ようと群がっていた。
船へと乗り込み終わる前、先代の声がサシャの頭の中に響く。
「可愛い子。大丈夫。あなたの心を信じて」
言葉も発せない赤ん坊の頃、母に抱きしめられた時のような温もりを感じ、サシャは顔を上げる。
国民たちの後ろは港の倉庫や店、その後ろには民家、そして丘の上に城がある。サシャがいた塔は、港からは見えない。
それでも、その塔の方向へサシャは目線と笑顔を送る。
鮮やかな美しい笑顔は、国民たちに自分たちの国の宝を侵略者に奪われたことに、ようやく気がついた。
その思いがフラムにも伝わる。
だからこそニヤリ、と口をゆがめ。
「これは、オレのものだ」
高らかに笑う。
いまだに港と船を繋ぐ渡し板の上にいたサシャを捕まえ、一気に船の上に上げてしまう。フラムよりはるかに華奢で小さな体を抱き寄せ、片手で金の髪をつかみ、痛さに顔をゆがませたサシャのあごをつかんで、見守る人々に向けさせた。
「お前たちは自分の安全のために、皇子を差し出した。その贖罪は、自分たちであがなえ」
そして。
「これはオレのものだ」
もう一度宣言し、唇を唇でふさいだ。
サシャは何が起こったのかわからず、息苦しさに口を開ける。その中にフラムの厚みのある舌が入れられ、口の中を蹂躙された。
やがて、満足したようにサシャから離れたフラムは、不敵に笑う。
息苦しさからぐったりとして意識が朦朧とするサシャは、港にいた人々が、美しいものが汚されていく悲しみにくれた顔をしていたことも分からなかった。
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