巫女と英雄

Mao

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第1章その2

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 先発隊として城門を破った小団たちは、抵抗するものは切って捨てた。王城を守ろうと奮闘した兵の何人かは殺された。
 しかし、王から「抵抗をやめよ。これ以上死人は出したくない」と命令が下ると、もともと戦を好まない国の人々は抵抗を簡単にやめた。
 やってきた侵略者は、サシャの予言通り、コスメーマの皇子だった。
 謁見室にいたサシャは、あっという間に捉えられ、剣を突きつけられて降伏した王の隣にいた。
 サシャは華奢な体に薄衣を重ねたこの国の巫女独特の格好をしていたが、ある人物によって王族であることを皇子に告げられたのだ。
 それは、側近として王の横に立っていたあの男。ディアマンではグシと名乗っていた。しかし、コスメーマの間諜だったと、王に向かって高笑いをした。
 王は彼の裏切りを知り、激昂したが、屈強な兵たちに囚われていた身では何ともできず、最後にはうなだれた。
 王の代わりに王の椅子に座った皇子。
 その姿を見て、サシャは驚いていた。
 あの時、僕の腕をつかんだ人…。
 赤い炎のような雰囲気を放ちながらも、黒髪で黒い瞳をし、黒い鎧を着た、皇子。
 同じ皇子でも、僕とはぜんぜん違う。
 体つきも、雰囲気も、何もかもが。
 皇子はため息を1つ付く。
 「この国は、今日から我、フラム…コスメーマの配下に置く。異存ないな」
 その声は若者らしい艶やかさがあったものの、疲れているようにもサシャには聞こえた。
 隣で震える王は答えず、ただ項垂れるばかり。
 「異存がある、と言われても困るがな。殺さなければならなくなる」
 また、ため息をつく。
 サシャは慌てて下げていた頭を上げると、皇子の顔を真っ直ぐとらえた。
 「…何か言いたいことがあるか」
 「王を、殺してはなりません」
 とっさに出た言葉だった。
 「お前の父を殺すな、ということか」
 グシは冷笑しながら「バカなことを」と言い放つ。
 しかし皇子は興味をそそられたようだった。
 「どうして『殺してはならない』なんだ?予言みたいなことを言う」
 「…私は巫女です。預言者でもあります。この国の未来を占ってきました」
 その言葉に皇子は少しだけ目を開く。隣に立つグシを仰ぎ見、耳元で何やら助言を囁くグシに軽く頷いてみせる。
 「神託が外れたことが無い巫女ね。面白い。で、王を殺せば何が起きる?」
 本当のところ神託は、「侵略される」というところで終わっていた。けれどサシャには、国民の不安な気持ちがさざ波のように届いていた。王は国の象徴だった。それは国民の心に安定をもたらす。国は民でできている。それを感覚で知っていたサシャは、国民のために王を殺さないでほしいと願う。
 だから。
 「王の命を失えば、大きな、民全てを巻き込む災厄が起こります。王の命はそのままに。民はこの国の民のままに」
 口から神託ではないサシャ自身の思いが零れた。
 それを、神託だと受け取ってくれれば…。皇子の目を見ながら、そう願う。
 「…そうか。分かった」
 皇子はふん、とつまらなさそうに鼻息を漏らす。
 「王、命拾いしたな。民がいなければ国ではないからな」
 あはははは、と笑っている皇子の横でグシは悔しそうな顔を隠そうともしなかった。
 「で、お前は?」
 ニヤリ、と皇子が笑う。
 「お前は、どうなってもいいとか言うのか?」
 自分を犠牲にできるか、と問いかけていた。サシャが王を見ると、青ざめた顔をしていた。王は、命乞いをして自分が助かり、その子供が殺されてしまうのは「父」として許せなかった。しかし「王」としては、誰か1人の犠牲で国全てが救われるならば…。そう思うと、首を縦にも横にも振れなかった。
 その思いは、サシャに強く伝わる。王の心は、体温が感じるぐらい傍にいる分、強くサシャに響いた。
 サシャは、王が「父」としてサシャを「子供」だと思ってくれたことが嬉しかった。それだけで、例え首をはねられてもいいと思った。
 「…もし、私1人が犠牲になって、国や国民や王が救われるのならば。私は喜んでこの身をささげます」
 きっぱりと告げた。強い意志で皇子と視線を合わせた。
 皇子はしばらくじっとサシャの目を見ていたが、ふ、と目を細める。
 「気に入った。よし、こいつは捕虜としてわが国に連れて行くぞ」
 「なりません!皇子! フラム様!! 何を考えていらっしゃるのですかっ」
 サシャは慌てふためくグシを見て、ふと思う。
 グシは皇子のお目付け役だったのだろうか。ずいぶんと親しげに皇子の体に触り、話しかけている。きっとこの皇子は、いろいろな人に愛され、傅かれ、戦ってきたのだろう。その愛をいただく戦いを勝ち取り、横に侍るのはとてつもない優越感を感じさせるはずだ。
 グシは、正妃と何人もの愛妾に愛され、傅かれた父王さえも魅了した美しい姿かたちをしている。
 閨までもグシが王の横におり、その体と美貌で王を陥落したという噂まで流れていた。
 しかし、その目は常に冷たい。
 ディアマンでは、王の次に権力のある宰相の地位を得た途端、下位の者や市井の揉め事には、合理的で情のない処分を次々と下した。
 その時の冷たい声と視線は、人々を震え上がらせた。
 その冷たさが、フラムの横では熱く、情熱を持った視線に変わっていた。
 サシャはその感の良さから、グシとフラムの関係を感づく。
 男の愛妾。それがこの国に潜り込んで間者となり、フラムを引き寄せたのだと。
 サシャの横で、グシへ情を持っていた王も気づいていた。
 自分が騙されていたことを。
 閨で美しい肢体を投げて寄越したグシの裏切りを。
 「グシめ…」
 何もかもを奪われた王は、悔しげにつぶやくが、すでに遅かった。
 自らの愚かさが、国を滅ぼしたのだと、頭から血が音を立てて下がっていく。
 サシャは隣で震えて涙する王に気づくと、慌ててぴたりと体を寄せた。
 「とうさま…」
 王の腕に寄りそう温かく柔らかい細い腕。
 「サシャ。すまぬ。私は何の力も無い…」
 父親として、王として、この小さな息子にすべてをかけるしかなかった。自らの情けなさが募る。
 「とうさま。分かっています。サシャは、こうしてとうさまに思っていただければ、それでいいのです。例え、2度とお会いできなくなっても。サシャは、とうさまが心に思い描いてくだされば、心が会いにこれます。気持ちが届きます。…私のことを忘れても、私がとうさまのことを、この国のことを、ずっとずっと思っています」
 健気なサシャの声は、王に涙を誘う。周囲にいてその声を聞いた王付の衛兵たちも、サシャの儚げな姿に涙を流した。
 「お涙ちょうだいな話はもういい。おい、お前。こっちに来い」
 フラムの横柄な態度と強い口調、屈強な体つきはサシャを怯えさせるのに十分なものがあったが、サシャは『私は、怖いものなんてない』と勝気に顔を挙げ、皇子の前に歩み出る。
 跪こうと、下を向いた途端、がしゃりと頑強な鎧の音を立てて近づいた皇子は、素早くサシャの顔を大きな手で仰向かせた。
 「ほぅ。キレイな顔をしている。王には…似ているところはまああるが、母親似か。金色の髪、緑色の目。わが国では珍しい、美しさだな」
 くくく、と笑う皇子の後ろで、グシが苦虫をつぶしたような顔をしていた。
 
 皇子は、しばらく城に滞在することになった。
 謁見室でディマン側の政を仕切る、軍隊の上位指揮官、兵士たちや馬を休ませる場所として、城と街の合間にあった広場にテントがいくつも張られた。上位の指揮官たちは城の開いている部屋で休むことになった。
 皇子は、元王の居室で眠り、執務室で家臣たちに指示を出す。
 とうさまたちは、王城の外れにある塔に一時、監禁されることになった。
 民たちには、皇子自らが、コスメーマの配下にディアマンが下ったことを宣告した。
 王がまみえるために作られたバルコニーで、堂々とした姿と朗々とした声が響き渡る姿を、サシャはすぐ傍で見ることになった。
 皇子が、「着飾って連れて来い」と命じたからだ。
 “見るもの”として塔に閉じ込められてからは、着るものはすべて差し出されたものしか着ていなかった。髪も適当にとかしていただけだ。
 この皇子の命令によって、王付きの女中たちがこぞってサシャを磨き上げる。
 塔の中にいたために、ディアマンではあまり見られないほどの白い肌となっていた。金色の髪は腰まで伸び、緩やかにカーブをいくつも描く。緑色の目はふさふさとした金色のまつげに縁取られている。
 かつては王妃が使っていた大浴場で、香油の入った湯につかると、サシャはますます輝いた。
 女中たちは、まだ愛らしい子供の体つきを残したサシャを、ため息をついて見惚れた。
 「なんて綺麗な…」
 誰かがそう呟くと、サシャは不思議そうに小首を傾げる。
 「皆の方が、美しいではないですか」
 にっこりと笑うと、魅力はさらに倍増した。
 一番年下の女中は顔を少し赤らめて、白い肌を傷つけないように柔らかな布で、丁寧に水分を拭う。
 サシャがこの国から連れ出されることを知っている一番年上の女中は、感情を顔に出さずに、皇子の美しさを心に留めておこう、自分の子供に美しく“見るもの”だった皇子様がしたことを伝えようと心に決めていた。
 そうして磨き上げられ、たっぷりとした布を使った、王族だけが着るべき服を着せられたサシャは、バルコニーの上、フラムの横で民たちに、にっこりと笑いかけた。
 「大丈夫。あなたたちには危害を加えさせません」
 その思いを込めて。
 フラムはそんなサシャを見てふっと笑い、その肩を抱き寄せて、民に見せ付ける。
 「これはこの国の第10皇子。森の中の城にいた“見るもの”だ。この者の犠牲で、王族も、お前たちも、この国も傷つくことなく、コスメーマの配下になれた。抵抗したものはことごとく潰されてきたが、この美しい国と美しい者に免じて、潰すことは勘弁してやろう」
 民にしてみれば、王による民への謁見では見たことが無い王族であり、誰も近寄らない森の中に住んでいた、存在価値がない、どちらかといえば魔女が住んでいる城だという噂から恐れられている人間が、そこにはいるだけだった。
 民は、王や他の王子たちが傷ついていないことを知ると、安心した顔を見せただけだ。
 サシャが連れて行かれることを惜しむものはいなかった。
 王さえいれば、国という時計の歯車は動く。民である我々は、心配することもない。
 そう、思っていた。
 小さくざわめく民の姿を見て、フラムはもう一度笑う。
 「お前がどんなに民を思っても、民の方はお前のことを思ってくれることも無いようだ。残念だな、サシャ」
 口元を歪めた笑いは、自らを邪悪だと言い伝えようとしていた。
 サシャは、「いいえ」と笑って返す。
 「民の心に、私という重石を置いてしまってはいけません。どうぞ、このままで」
 美しく笑うサシャに、フラムは目を奪われる。
 見つめるだけで人を殺すとまで言われたフラムの視線を、サシャは臆することも、笑うこともなく、ただ受け止めた。
 ぐっと悔しげに顔をゆがめたのは、フラムの後ろに控えていたグシ。フラムは、「お前はやはり、おもしろい」と笑った。
 
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