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10 薬師ばぁ
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「開けてくれ! 薬師ばぁ! 急患だ!」
深く巨大な森林、シノアの森からは、たびたび大型の魔獣があらわれた。
西の城壁都市ラキアは、王都をシノアの魔獣から守る防波堤として存在し、魔獣討伐をおもな任務とする精鋭が集められていた。
彼らの名称は、西翼城壁部隊。危険な任務のため、普段からの訓練も過激になりがちで、怪我も多い。
治癒魔法だけでは追いつかない怪我の治療のため、隊員の館に専属の薬師が住むことが、特別に認められていた。
――ガンガン乱暴に扉を叩きつづける音で、起こされた薬師はぷりぷり怒りながら、枕元の杖を手に取った。夜中の急患はなれたものだったが、こんな乱暴な起こされかたは、初めてだった。
「誰じゃい? こんな夜更けに……」
「急患だ! 助けてくれ」
叩き割った扉から、隊長のアラン・ロズベルトが、ぬっと入ってくる。壊された扉とアランのようすに薬師ばぁは、眉をひそめた。
彼はマントにくるまれた人? らしき塊を大切そうに抱えていた。マントの隙間から真っ青な顔の、みなれぬ黒髪の少女が見えた。その両手の状態に身が引きしまる。
「なにがあったんじゃ? そっちのベッドに寝かせよ」
今はほぼ、薬草保管場所になっている続き部屋の治療用ベッドをしめし、すばやく明かりを灯す。
左手首は紫色に腫れ――これは指のあと? おそらく靭帯にも傷がついている。強く押さえつけられたか?
さらにひどいのは右手――握りつぶされたように変形している。手首は粉砕骨折しているだろう。
「魔法が……使えないんだ……」
「はっ?」――意味のわからないアランの言葉。
「おまえ様も患者か? あとにしておくれ。選り好みしてないで、誰かと魔力を高めあったら……」
「そうじゃない! 彼女は聖女だ――聖女リオだ」
空一面に輝く彩雲に、うかれ騒いだのは今日の昼前のことだった。来訪者がどこに降臨したのかは、わからなかった。まさかシャルナ王国にご来臨くださるとは! 嬉しさと怪我のひどさで、気持ちのうき沈みが激しい。
「シシーリア聖皇国の者と、降臨に立ちあった」
「『順応の義』はどうなる? 『順応の義』が終わらなければ、このおかたは魔力を感じることができん」
強大な魔力を持っているのに……なんてことだ。
――薬師の仕事は、大怪我で治癒魔法を唱えることが難しい患者のため、怪我が化膿しないように処置をし、痛み止めをあたえること。熱病の患者には、解熱効果のある薬湯や体力を回復する薬湯を飲ませること。自分で治癒魔法を唱えられるようになるまで、世話をすること……
街の薬屋には、化膿止めの塗り薬。痛み止め、解熱薬、回復薬の4種類しか置かれていない。――それで、ことたりるから……需要もないし必要性も感じなかった。
薬師に、怪我や病気の根本を治す技はない……
「リオが回復してからファリアーナ神の神議で『順応の義』と伴侶を決めることになってる」
「――ほぉ~、伴侶……ね。おまえ様の好みは幼子だったのかえ?」
「彼女は小柄だが、成人しいてる!」
堅物隊長が真っ赤になって反論するのが、おもしろい。――けど、からかっている場合ではない。
「ふ~ん。両手に添え木と……熱を持った患部のそばに冷水を入れた皮水筒を置いとくれ、これで冷やす。あとは痛み止め……飲めそうにないねぇ。しかたがない」
小皿に鎮痛効果のある薬草をもりつけ、火打石で火をつける。室内に細く立ちのぼる白い煙から、草が燃える独特な臭いがただよいはじめた。
「治癒魔法でしか、つぶれた手は戻らないよ。『順応の義』まで聖女様の気力と体力が持つとも思えない。このおかたを痛みで苦しませつづけるのかえ?」
アランは沈痛な面持ちで唇を噛みしめた。
「しかし聖女の魔法は、外に向けてのもの。『順応の義』をしても、治癒魔法を使えるようにはならない……」
「そうではない。来訪者が、なぜすぐ伴侶を決めることになっているのか、その理由を知らんのかえ? 聖女様が魔法を使うんじゃない。伴侶が魔法をかけて守るんじゃよ。
身体強化ができない来訪者は、みな虚弱と聞く。すぐ伴侶を得るのも、来訪者を守護するためのものじゃ。
来訪者と伴侶の魔力をまぜ、来訪者の体に魔法が馴染むようにするんじゃよ」
聖女の額にうかぶ汗を、濡れたハンカチでぬぐっていたアランが、ばっと顔をあげた。
「では魔力をまぜ、彼女の体に魔法が馴染むようにすれば、治癒魔法も効くと?」
――突破口を見つけた! と、いきおいよく問いかける。
「魔力をまぜながらなら、来訪者に魔法効果をあたえられる……と、以前読んだ文献に書かれておったよ。
ただし『順応の義』が終わり、ファリアーナ神の愛し子になってからじゃ。まだファリアーナ神の民でない、このおかたに同じ方法が効くのかは半信半疑じゃ。
『順応の義』をしていない今の状況では、このおかたはご自分の魔力を感じられない。一方的に魔力を注ぎこみ、まぜあわせるしかないじゃろうなぁ……はたして、どれほどの効果があるか……」
「ためしてみる価値はある。いや、やるしかない。魔力をまぜる方法はなんだ?」
すりつぶした痛み止めの薬草を聖女の手に塗っていた薬師ばぁが、すりばちをアランめがけて投げつけた。
「カー! 乙女に卑猥なこと言わせようとするんじゃないよ!」
「乙女? 卑猥?」
「魔力を高める方法と同じじゃ。魔力をこめた体液を注ぎこむ! じゃ!
意識のない聖女様の唇を奪い、唾液をからませあいながら治癒魔法を唱えるしかないってことじゃ」
深く巨大な森林、シノアの森からは、たびたび大型の魔獣があらわれた。
西の城壁都市ラキアは、王都をシノアの魔獣から守る防波堤として存在し、魔獣討伐をおもな任務とする精鋭が集められていた。
彼らの名称は、西翼城壁部隊。危険な任務のため、普段からの訓練も過激になりがちで、怪我も多い。
治癒魔法だけでは追いつかない怪我の治療のため、隊員の館に専属の薬師が住むことが、特別に認められていた。
――ガンガン乱暴に扉を叩きつづける音で、起こされた薬師はぷりぷり怒りながら、枕元の杖を手に取った。夜中の急患はなれたものだったが、こんな乱暴な起こされかたは、初めてだった。
「誰じゃい? こんな夜更けに……」
「急患だ! 助けてくれ」
叩き割った扉から、隊長のアラン・ロズベルトが、ぬっと入ってくる。壊された扉とアランのようすに薬師ばぁは、眉をひそめた。
彼はマントにくるまれた人? らしき塊を大切そうに抱えていた。マントの隙間から真っ青な顔の、みなれぬ黒髪の少女が見えた。その両手の状態に身が引きしまる。
「なにがあったんじゃ? そっちのベッドに寝かせよ」
今はほぼ、薬草保管場所になっている続き部屋の治療用ベッドをしめし、すばやく明かりを灯す。
左手首は紫色に腫れ――これは指のあと? おそらく靭帯にも傷がついている。強く押さえつけられたか?
さらにひどいのは右手――握りつぶされたように変形している。手首は粉砕骨折しているだろう。
「魔法が……使えないんだ……」
「はっ?」――意味のわからないアランの言葉。
「おまえ様も患者か? あとにしておくれ。選り好みしてないで、誰かと魔力を高めあったら……」
「そうじゃない! 彼女は聖女だ――聖女リオだ」
空一面に輝く彩雲に、うかれ騒いだのは今日の昼前のことだった。来訪者がどこに降臨したのかは、わからなかった。まさかシャルナ王国にご来臨くださるとは! 嬉しさと怪我のひどさで、気持ちのうき沈みが激しい。
「シシーリア聖皇国の者と、降臨に立ちあった」
「『順応の義』はどうなる? 『順応の義』が終わらなければ、このおかたは魔力を感じることができん」
強大な魔力を持っているのに……なんてことだ。
――薬師の仕事は、大怪我で治癒魔法を唱えることが難しい患者のため、怪我が化膿しないように処置をし、痛み止めをあたえること。熱病の患者には、解熱効果のある薬湯や体力を回復する薬湯を飲ませること。自分で治癒魔法を唱えられるようになるまで、世話をすること……
街の薬屋には、化膿止めの塗り薬。痛み止め、解熱薬、回復薬の4種類しか置かれていない。――それで、ことたりるから……需要もないし必要性も感じなかった。
薬師に、怪我や病気の根本を治す技はない……
「リオが回復してからファリアーナ神の神議で『順応の義』と伴侶を決めることになってる」
「――ほぉ~、伴侶……ね。おまえ様の好みは幼子だったのかえ?」
「彼女は小柄だが、成人しいてる!」
堅物隊長が真っ赤になって反論するのが、おもしろい。――けど、からかっている場合ではない。
「ふ~ん。両手に添え木と……熱を持った患部のそばに冷水を入れた皮水筒を置いとくれ、これで冷やす。あとは痛み止め……飲めそうにないねぇ。しかたがない」
小皿に鎮痛効果のある薬草をもりつけ、火打石で火をつける。室内に細く立ちのぼる白い煙から、草が燃える独特な臭いがただよいはじめた。
「治癒魔法でしか、つぶれた手は戻らないよ。『順応の義』まで聖女様の気力と体力が持つとも思えない。このおかたを痛みで苦しませつづけるのかえ?」
アランは沈痛な面持ちで唇を噛みしめた。
「しかし聖女の魔法は、外に向けてのもの。『順応の義』をしても、治癒魔法を使えるようにはならない……」
「そうではない。来訪者が、なぜすぐ伴侶を決めることになっているのか、その理由を知らんのかえ? 聖女様が魔法を使うんじゃない。伴侶が魔法をかけて守るんじゃよ。
身体強化ができない来訪者は、みな虚弱と聞く。すぐ伴侶を得るのも、来訪者を守護するためのものじゃ。
来訪者と伴侶の魔力をまぜ、来訪者の体に魔法が馴染むようにするんじゃよ」
聖女の額にうかぶ汗を、濡れたハンカチでぬぐっていたアランが、ばっと顔をあげた。
「では魔力をまぜ、彼女の体に魔法が馴染むようにすれば、治癒魔法も効くと?」
――突破口を見つけた! と、いきおいよく問いかける。
「魔力をまぜながらなら、来訪者に魔法効果をあたえられる……と、以前読んだ文献に書かれておったよ。
ただし『順応の義』が終わり、ファリアーナ神の愛し子になってからじゃ。まだファリアーナ神の民でない、このおかたに同じ方法が効くのかは半信半疑じゃ。
『順応の義』をしていない今の状況では、このおかたはご自分の魔力を感じられない。一方的に魔力を注ぎこみ、まぜあわせるしかないじゃろうなぁ……はたして、どれほどの効果があるか……」
「ためしてみる価値はある。いや、やるしかない。魔力をまぜる方法はなんだ?」
すりつぶした痛み止めの薬草を聖女の手に塗っていた薬師ばぁが、すりばちをアランめがけて投げつけた。
「カー! 乙女に卑猥なこと言わせようとするんじゃないよ!」
「乙女? 卑猥?」
「魔力を高める方法と同じじゃ。魔力をこめた体液を注ぎこむ! じゃ!
意識のない聖女様の唇を奪い、唾液をからませあいながら治癒魔法を唱えるしかないってことじゃ」
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