がんじがらめの契約と狂愛〜聖女になれなかった異邦者の唯一〜

く〜いっ

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35 ラキアからの追っ手

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 まるで眠っているみたい……お母様の頬を撫でながら、静かに涙を流していた。どれぐらい、こうしていただろう? 肩に置かれた、大きな手の温もりに頬をすりよせた。

「リオ……薬師ばぁをちゃんと眠らせてあげよう」
「――アラン……様」
「リオ?」

 涙に濡れた瞳で、彼を見上げる。彼は私の瞳のなかに、私の心を見つけたようだ。

「心が戻ったか。お帰り、リオ」

 アラン様は、どこか寂しそうに微笑んだ。――ごめんなさいアラン様。アラン様を純粋に慕っていた幼いリオは、消えてしまったの。でも幼い恋心は私のなかに残っている。あなたが愛した聖女でもなく、あなたが庇護した幼子でもなく、あなたを縛るだけの私ですが、まだ愛してくれますか? まだ守ってくれますか?

「今夜のうちにシノアの森に入り、シシーリア聖皇国へ向かおうと思う。危険だが、かならず守ると誓うから、勇気をだしてもらえるか?」
「はい」

 もう、私はアラン様から離れられない……どこまでもついていく。さようならお母様。

「裏木戸へ馬を用意した。ふたりとも急いで」
「ありがとう。隊長として、立派に成長してくれ。どの空の下、どの星の下にいようとも、西翼城壁部隊の活躍を祈っている。元気で」

 隊長さんとかたく握手をかわしたアラン様は、私を連れて裏木戸へ向かう。騎士の皆さんは、普段通りの訓練をしていた。いつもより気合いをいれる声が大きいように感じる。きっとこれが彼らなりの見送りかたなのね……あなたたちの隊長をとってしまってごめんなさい。

 アラン様の馬には、すでに旅の荷物が乗せてあった。私が泣いていたあいだに、出発の準備を進めてくれていたのね。私も、流されるだけじゃなく、もっとしっかりしなくっちゃ……決意を新たに、馬の鐙に足をかけ…………その場で硬直する。そうだった、アラン様の馬は大きすぎる……
 鐙も使わず馬の背に飛び乗ったアラン様が、馬上に私を引きあげてくれた……しっかりすると誓ったばかりなのに……
 アラン様は、しょぼんとした私の耳に、ささやくように話しかけた。

「安心してくれリオ。薬師ばぁのお墓は、ご主人の墓と同じところだ。皆が手配してくれる。同郷の腐れ縁といつも嬉しそうに話していたから、墓のなかでもよろしくやってくれ! と思ってな」

 ニヤリと笑うアラン様を、ぼかんと、見上げてしまった。イタズラが成功した、子供のような笑顔を見せられると……いつもの精悍なお顔とのギャップが! 思わず、ふふっと笑ってしまう。

「死してなお、よりそうなんて、とっても素敵」
「……ああ、そうだな」
 
 馬はシノアの森を進んでいく。この森に落ちてきたのが、はるか昔のように感じた。

 樹木の枝は奇妙な形に曲がりくねり、進む速度を落とさせる。魔獣が出るという、この深い森に、日が暮れるのをわかっていながら入ったのは、なぜなのかしら? 単調な景色に方向感覚がなくなってきてしまったころ、アラン様が馬の足をとめた。

 アラン様の前に跨がって座っていた私の腰を掴み、ひょいと体をひっくりかえされた。アラン様に抱きつくような格好に慌てる。

「こ、これは?」
「しっかり腰に手をまわして、俺にしがみついて」

 どういう状況ですか――――? 目を白黒させているうちに、アラン様は腰に巻いている剣帯の皮ベルトをほどくと、私の腰にまわし、自分と私を繋ぐ。キュッ! と、力いっぱいベルトが引かれ、アラン様と私の体が隙間なく、ぴったり密着した。必然的に馬に跨がるアラン様の太腿の上に、大股開きで跨がるかたちになり……恥ずかしさでカーッと顔が熱くなる。

「ア、アラン様!」
「つかまって、目を閉じていろ!」

 叫ばれると同時に彼のマントが頭からかぶせられた。鈍い私でも、なにかくることに気づき、きつく目を閉じ、アラン様の腰にしがみつく。

 ガキィイイィィィィーン!

 金属のぶつかる音が響く。初めて聞いた音だけど、本能が剣のぶつかりあう音だ! といっていた。

「アラン・ロズベルト! ラキアに戻ってもらうぞ!」

 なに? ラキアからの追っ手? なぜ?

「俺はもうラキアの騎士ではない! 戻る理由はない!」
「領主様のご命令だ! 役立たずの女を殺せば、軍神は自由だ!」
「ふざけるな!」

 役立たずの女でごめんなさい。アラン様……誰よりも、あなたを必要としているのは私。

「シャルナの軍神を他国にわたすものか!」
「その女は聖女じゃない!」
「黙れ! 彼女は俺の聖女だ!」

 ああ……まただ。彼が愛しているのは私の姿に投影された、聖女の影――私は聖女になれなかった女……聖女にはほどとおい、打算的で嫉妬深く、独占欲の強い醜い女……

 剣を打ちあう音、悲鳴、怒号、打撃の衝撃で馬上の体がはねる。アラン様の体、体温、汗の匂い、息づかい――五感のすべてがアラン様でいっぱいになる。
 馬上の振動は、媚薬でもうろうとし、忘れかけていた感覚を体に呼びおこした。隙間なくあわさりたいのに、あいだの服が邪魔をしてもどかしい。ジュンっと、下半身がうずきショーツが濡れるのを感じた。ああ、私はなんて醜い……

 悲鳴と絶叫が響いたあと、静寂がおとずれた――――

 アラン様が剣を鞘にもどす音。そして、静かに馬を走らせる。彼が馬の足をとめたのは、小さな滝が流れ落ちる透明度が高い滝壺の前だった。滝壺は青く発光しているように輝いて見えた。シノアの森は、すっかり闇にのまれてしまっていたが、この光る滝壺のおかげで、この場所だけ暗闇から切りとられたように存在していた。
 マントから出されベルトから解放された私は、馬上から抱きおろされた。足腰に力が入らず、その場にへたりこんでしまう。

「リオ、怖い思いをさせてすまない」

 私は静かに横に首を振る。きっと追っ手は、全員死んだんだと思う……私のせいで人が死んだことも、アラン様が私のために手を汚したのも怖い……でも、これは私の罰だから、アラン様を独り占めすると決めた、私への罰。だから否定しない。すべて受けいれる。人の死の数だけ恨まれても、私はアラン様を選んだのだから……

 アラン様は、後頭部に直接、滝の水を浴びていた。両手で水をすくい、顔をごしごし洗うと、ふぅ~っと、長い息を吐いて滝壺からはなれた。

「ここはシノアの聖域と呼ばれている。なぜか魔獣はこの滝に近づかないんだ。飲料も問題ない。――おいで」

 シャツが濡れて、肌にはりつき色気をあふれさせている。そのようすを、ぽーっと、見ていた私は慌てて滝の水をすくい、熱くほてった頬を冷やした。
 冷たい水が、気持ちよかった。
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