がんじがらめの契約と狂愛〜聖女になれなかった異邦者の唯一〜

く〜いっ

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「よし! うまくいった! 薬師ばぁ、聞こえるか! 回復魔法を唱えろ!」

 薬師ばぁの頬を軽くペチペチ叩き、覚醒をうながす。ほどなくして魔法を唱える微かな声が聞こえてきて、ほっとする。これで少しは回復できたはずだ。

 追いだした騎士たちを呼ぼうと、扉をふりかえったとき、リオが腰に抱きついてきた。

「どうしたリオ? みんなを呼ばないと……」
「――い、いやぁ~……」

 リオの姿を再確認して、息を呑む。これは……確かに呼べない。他の男に見せたくない。
 涙をためた潤んだ瞳、頬はバラ色に上気し、唾液の垂れた口元は半開きのまま、荒い呼吸をくりかえしている。抱えた髪は少し乱れ、額や首筋に浮かぶ汗で、肌にはりついていた。服に乱れたところは一切ないのに、スカートを押さえ、両足をモジモジと擦りあわせているようすは、そのなかが今どんな状態なのかを想像させ、男心をくすぐった。
 ――なんて無垢で淫らな姿だ。ゴクリっと、のどが鳴る。

「薬師ばぁと、ふたりで話すといい。俺は外でみんなと話してくるから」

 リオは、ほっとしたようにコクコクとうなずいた。

 足早に部屋から出てきた俺を、扉に縫いつけるいきおいで騎士たちが囲む。

「結界石の腕輪は壊した。あとは薬師ばぁの体力しだいだが……あまり、ながくはもたないと思う」

 騎士たちは暗い顔でうつむいた。

「――でも、呼吸ができず苦しんで逝くよりは、せめて安らかに眠らせてあげたいので……ありがとうございました」
「今はリオがついている。しばらくふたりにしてあげてほしい……」
「薬師ばぁも、リオ様のこと、娘みたく思っていたから、きっと嬉しいですよ」

 くしゃっと、顔をしかめながら若い騎士が言った。

「いや、俺たち全員が薬師ばぁにとって、出来の悪い息子だったさ。さぁ、報告を聞こうか」
「薬師ばぁが、城内防衛部隊の詰所から出されなければ、見つけることができませんでした……ガラナミア伯爵は、自分が叱責にされないと判断し、やっと彼女を解放するよう手配したようです。領主館の地下牢か、城内防衛部隊だと当たりをつけていた見張りの網に引っかかりました……まさか地下水牢に入れられていただなんて……なかに踏みこめていたら……悔しいです。城内防衛部隊やつらが、魔獣の餌になれ! って、薬師ばぁをシノアの森に放置したときは、殺してやりたかった」

 辛そうに、薬師ばぁを連れ帰ってきた騎士が、報告する。

「耐えてくれてありがとう。西翼城壁部隊の立場は、やっとラキアの正式部隊と認められたにすぎない。立場はあまりにも弱い。しかし、自分たちの力で街を守るために手にいれた力だ。今日の悔しさをバネに、しぶとくこの地位に食らいついていくぞ」

 現隊長を筆頭に、決意を新たにうなずきあう彼らを、頼もしく思った。





「おばぁ様、薬湯もっと飲む?」

 アランが出て行った室内で、薬師ばぁの世話をかいがいしくみだしたリオは、心配そうに、まだぐったりしている薬師ばぁの顔をのぞきこんだ。

「――リオ、よくお聞き……私はきっとながくない」
「嫌よ、おばぁ様! そんなこと言っては嫌」

 薬師ばぁは、ゆっくり首を横に振った。

「リオ、なにから目をそらしとる? おまえ様の心が揺れているのを感じるよ。なにから逃げようとしておるんじゃ? 手遅れにならないうちに、しっかり掴まないといかんぞ」

 ビクリっと、リオの体が跳ねた。

「――私、たぶん自分の醜い心から逃げていたの……神殿で、ひどいめにあったけど、一番嫌だったのが、自分の醜い心だったの。自分だけは清い存在よ……なんて顔をして、本当はとても打算的で醜く淫らな私を、アラン様に見られてしまった……だから、逃げたの」

 リオは泣きながら、告白しだした。

「逃げたのに……痺れるような刺激が私を呼び戻した……私、純粋な子供にもなれなかった……怖いものから、自分を守るため、アラン様の好意を利用する。子供の仮面をかぶった、醜い大人だと実感しただけ……アラン様が好き……でもアラン様は『俺の聖女』って呼ぶの……私、聖女じゃない。醜いのに……アラン様は、聖女だったから、私を選んでくれたんだわ……」
「リオ……大丈夫、人はみんな、醜い心を持っているさ。愛は美しく清い心だけで、できとらん。……その醜い愛の形もまた、相手にとっても、心地よいと感じるものなのさ。アランはリオに伴侶の申し込みをしたのじゃろ? 降臨に立ちあった全員が、伴侶の申し込みをするわけではないんじゃよ。リオを気にいったから、伴侶になりたがったんじゃよ。リオは好かれておるよ」

 薬師ばぁは、なにか懐かしいものを見つけたように空を見つめた。

「わしと旦那はね、田舎から出てきた薬師夫婦じゃった。旦那はね、ラキアにきて変わった。もともと魔力を高めるのに積極的な奴じゃったが、わしみたいな訛りの抜けない田舎者より、ラキアの女子おなごと、魔力を高めるのに夢中になった……
 わしとは違い、美男子じゃったから、たくさんの女と浮き名を流したよ……よその女の名を寝言でつぶやく……ろくでなしでもあったぞ。
 でも、そんな旦那が亡くなるとき、わしの名前を呼んで『わしと所帯を持てて、幸せだったなぁ~』って、笑って逝ったんじゃ……
 好きあっていても、そんなものじゃよ。打算も、醜い嫉妬も、愛も……いろんなものがまざりあっての心じゃ。この人と一緒にいると幸せだ! そう思える人について行けばええ……リオは、わしの娘は、もっと素直に甘えることを覚えるとええ……」
「おばぁ様……いえ、お母様の名前を教えて」
「嫌じゃよ……」
「甘えていいって言ったのに、ひどいわ。私を娘って言ってくれたのに、お母様をお名前で呼びたいのに……」

 リオと薬師ばぁは、ふたりそろって泣き笑いをした。

「――ああ、そろそろ眠いねぇ……旦那がむかえにきたようじゃ」
「まだ逝かないで……お母様……」

 薬師ばぁの手を握り、その手に頬をすりよせる。

「名前を教えてあげられなくてすまないね……旦那がね……亡くなる最後のとき、名前を呼んでくれたんじゃよ」
「ええ、そうね」
「……よその女の名前は呼ぶのに、わしのことは『おまえ』とか、『おい』としか、呼ばなんだ奴……けど、名前を呼んでくれた……」
「旦那様は最後にお母様の名前を呼んだのね。素敵ね」
「――だから、この耳に残る……わしの名前は……旦那から呼ばれた記憶で、最後にしたいんじゃ……」

 リオは驚き、目を見開いた。

「――わしのことは、薬師ばぁと呼んどくれ……」

 薬師ばぁは、そういい残すと、静かに目を閉じた。口元にはうっすら微笑みが浮かんでいる。

「――薬師ばぁ……私がこの世界で探していた唯一の愛は、ここにあったのね。――大好きよ。お母様……」
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