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61 そして断罪がはじまる
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ジリオーラを呼びに行かせた使用人が戻ることはなく、一夜があけた。
帝国の王太子殿下はジリオーラの炎を消すことができず、地面に転がったまま、か細い声で治癒魔法を唱えていたが、さきほどから反応がない。
来訪者様は魔獣王に連れ去られてしまった……魔獣王に破壊された壁にも、門にも、伯爵邸の外壁にそって、ぐるりとジリオーラの炎が燃え広がってしまったため、ふたりを追うこともできなかった。
炎が広がる速度は遅いものの、誰にも消せない火は、伯爵邸にいた者を敷地内に閉じこめた。
疲れた……少し休みたい。炎をジリオーラに消させ、少し休んだら来訪者様の捜索をしよう……衛兵では魔獣王に太刀打ちできなかったが、ジリオーラなら追えるだろう。
邸宅の食堂でラズ侯爵がなにやら、ジリオーラにむかい懇願していた。私が大変な一夜をすごしていたというのに……のん気に食事か? イラつき足音高く食堂に入った。朝食の用意をしたと思われる使用人たちが、青い顔をして壁際に整列している。
「ジリオーラ、炎を消せ! このままでは伯爵邸から誰も出れぬ」
レディ・ピアディを膝の上にのせ、朝食をとっている息子を叱った。まったくいつまでたってもレディ・ピアディを子供のようにあつかって、行儀が悪い。
レディ・ピアディもちゃんと淑女らしくふるまうよう! 注意しようとし、彼女の異変に気がついた。
「し、死んでいるのか!」
「うるさいですよ父上。愛しいピジュが起きてしまう。昨夜は少し無理をさせすぎちゃったかな? ごめんねピジュ」
どう見ても息をしていないレディ・ピアディの額に口づけをする息子に、違和感を覚えた。ジリオーラの瞳は私を見ていない。会話はできる。でも会話はなりたたない……そんなズレがある。
使用人たちを見回した。彼らは一様に怯えていた。
「いつからだ? ジリオーラのようすがおかしいのは、一体いつからだ!」
「た、たぶん、さ、昨晩、レディ・ピアディを抱きかかえて戻られたときには、もう……」
昨晩だと、あのときはレディ・ピアディは寝ていると言っていた……正直、騒ぎが大きすぎて、ふたりのことはよく見ていなかった。
「ジリオーラ様、ピアディの妹を連れてきます。ジリオーラ様の好みにあうよう、ピアディと同じように育てています。閨教育をせず、無垢な少女のまま育つように! 血族魔法は使えませんが、ピアディに似ています! 絶対、気にいっていただけます。今度こそ、娘の処女を捧げさせますから、どうか炎を消して、伯爵邸から私を出してくだされ~」
「なに? ラズ侯爵、一体なんの話をしている。閨教育をしない? だと? 血族の娘にか?」
正直、意味がわからない。『成人の義』が終わったら、自分で魔力を高める相手を選べる他の貴族令嬢と違い、エバンティスは政治のコマにされる。閨教育はしっかりおこない、性にたいして余計な幻想をいだかぬよう、仕事とわりきって肌を重ねられるよう、教育しなければならない。
レディ・ピアディは、他に類を見ないほど高い人気を誇っていた。ファリアーナ神の似姿といわれた容姿と、その血族魔法のためだと思っていた。だから、血族の仕事をさせるのに重宝していた……
――閨教育をされていない小柄な体型の少女……未成年を神罰を恐れず抱ける背徳感……
グッ……ジリオーラに抱かれるレディ・ピアディが、とたんに幼子に見え、吐き気がして口元を押さえた。
「今度はちゃんと浄化魔法のことを教えます。ジリオーラ様以外の男の子供を身ごもるなどという失態は、犯させません。ですからどうか、どうかピアディの妹をおそばに!」
「ちょっと待て! え、どういうことだ? 浄化魔法を教える? ジリオーラ以外の男の子供を身ごもった? ラズ公爵ちゃんと説明しろ! おまえはジリオーラの婚約者になにをした!」
「うるさいなぁ、ふたりとも。もうどうでもいいことだよ。ラズ公爵は私のピジュを私以外がふれないように、大切に育ててくれていたよ。愛しい私の花嫁だからね。私だけのピジュ、誰にもさわらせたくなかったんだ」
ジリオーラ? なにを言っている? レディ・ピアディは血族の仕事をしていた……人気があったんだ。他国との交渉でも、レディ・ピアディさえ差し出せば、シシーリア聖皇国側に有利な条件で物事がすすんだ。
「彼女はきれい好きだからね。浄化魔法を体内に使う方法を教えられてから、毎晩無意識に使っちゃうんだ。でも昨晩、やっと私を受けいれてくれた。今朝は浄化魔法を使ってなかったんだよ! これですぐ子供ができるよ。楽しみだね愛しいピジュ」
ジリオーラ? ジリオーラ? ジリオーラ? レディ・ピアディはもう死んでいるんだぞ? ふたりの子供? おまえ死体を抱いたのか?
ガタンッと、腰を抜かし、床に座りこんでしまった……なにか得体の知れないものを見るように、息子を見上げる。
ああ、おまえ……狂ってしまったのか?
「だから今朝、ふたりで『婚姻の署名』を交わしたんだ。お互いを唯一の伴侶にするって」
満面の笑みをうかべるジリオーラの言葉に、目の前が暗くなる……婚姻した? だと? 死体のレディ・ピアディと? そんな、まさか? 唯一の伴侶だと?
聖者の血はどうなる? 狂っていても、他の女をあたえて、なんとか血を繋げることが……できなくなる?
「婚姻の『約定の証書』は!」
「あるよ。見る?」
レディ・ピアディを抱いて邸内を移動するジリオーラのあとについて、本当に『約定の証書』が存在するのか? 確かめるために、重い足を動かした……
地面に這いつくばり、頭上で両手を組みブルブルふるえていたラズ侯爵も、壁際に立っていた使用人たちも怖々ついてくる……
ジリオーラの炎が消えない伯爵邸では、ジリオーラのそばが一番安全だから……炎に巻かれていない人びとは、ジリオーラのそばにいるしかなかった。
徐々に人数はふえていく。そして使用人の立ち入りが禁止されていた、秘密の部屋へたどり着いた……
――そこで私たちはジリオーラの愛と狂気を知ることとなる。
帝国の王太子殿下はジリオーラの炎を消すことができず、地面に転がったまま、か細い声で治癒魔法を唱えていたが、さきほどから反応がない。
来訪者様は魔獣王に連れ去られてしまった……魔獣王に破壊された壁にも、門にも、伯爵邸の外壁にそって、ぐるりとジリオーラの炎が燃え広がってしまったため、ふたりを追うこともできなかった。
炎が広がる速度は遅いものの、誰にも消せない火は、伯爵邸にいた者を敷地内に閉じこめた。
疲れた……少し休みたい。炎をジリオーラに消させ、少し休んだら来訪者様の捜索をしよう……衛兵では魔獣王に太刀打ちできなかったが、ジリオーラなら追えるだろう。
邸宅の食堂でラズ侯爵がなにやら、ジリオーラにむかい懇願していた。私が大変な一夜をすごしていたというのに……のん気に食事か? イラつき足音高く食堂に入った。朝食の用意をしたと思われる使用人たちが、青い顔をして壁際に整列している。
「ジリオーラ、炎を消せ! このままでは伯爵邸から誰も出れぬ」
レディ・ピアディを膝の上にのせ、朝食をとっている息子を叱った。まったくいつまでたってもレディ・ピアディを子供のようにあつかって、行儀が悪い。
レディ・ピアディもちゃんと淑女らしくふるまうよう! 注意しようとし、彼女の異変に気がついた。
「し、死んでいるのか!」
「うるさいですよ父上。愛しいピジュが起きてしまう。昨夜は少し無理をさせすぎちゃったかな? ごめんねピジュ」
どう見ても息をしていないレディ・ピアディの額に口づけをする息子に、違和感を覚えた。ジリオーラの瞳は私を見ていない。会話はできる。でも会話はなりたたない……そんなズレがある。
使用人たちを見回した。彼らは一様に怯えていた。
「いつからだ? ジリオーラのようすがおかしいのは、一体いつからだ!」
「た、たぶん、さ、昨晩、レディ・ピアディを抱きかかえて戻られたときには、もう……」
昨晩だと、あのときはレディ・ピアディは寝ていると言っていた……正直、騒ぎが大きすぎて、ふたりのことはよく見ていなかった。
「ジリオーラ様、ピアディの妹を連れてきます。ジリオーラ様の好みにあうよう、ピアディと同じように育てています。閨教育をせず、無垢な少女のまま育つように! 血族魔法は使えませんが、ピアディに似ています! 絶対、気にいっていただけます。今度こそ、娘の処女を捧げさせますから、どうか炎を消して、伯爵邸から私を出してくだされ~」
「なに? ラズ侯爵、一体なんの話をしている。閨教育をしない? だと? 血族の娘にか?」
正直、意味がわからない。『成人の義』が終わったら、自分で魔力を高める相手を選べる他の貴族令嬢と違い、エバンティスは政治のコマにされる。閨教育はしっかりおこない、性にたいして余計な幻想をいだかぬよう、仕事とわりきって肌を重ねられるよう、教育しなければならない。
レディ・ピアディは、他に類を見ないほど高い人気を誇っていた。ファリアーナ神の似姿といわれた容姿と、その血族魔法のためだと思っていた。だから、血族の仕事をさせるのに重宝していた……
――閨教育をされていない小柄な体型の少女……未成年を神罰を恐れず抱ける背徳感……
グッ……ジリオーラに抱かれるレディ・ピアディが、とたんに幼子に見え、吐き気がして口元を押さえた。
「今度はちゃんと浄化魔法のことを教えます。ジリオーラ様以外の男の子供を身ごもるなどという失態は、犯させません。ですからどうか、どうかピアディの妹をおそばに!」
「ちょっと待て! え、どういうことだ? 浄化魔法を教える? ジリオーラ以外の男の子供を身ごもった? ラズ公爵ちゃんと説明しろ! おまえはジリオーラの婚約者になにをした!」
「うるさいなぁ、ふたりとも。もうどうでもいいことだよ。ラズ公爵は私のピジュを私以外がふれないように、大切に育ててくれていたよ。愛しい私の花嫁だからね。私だけのピジュ、誰にもさわらせたくなかったんだ」
ジリオーラ? なにを言っている? レディ・ピアディは血族の仕事をしていた……人気があったんだ。他国との交渉でも、レディ・ピアディさえ差し出せば、シシーリア聖皇国側に有利な条件で物事がすすんだ。
「彼女はきれい好きだからね。浄化魔法を体内に使う方法を教えられてから、毎晩無意識に使っちゃうんだ。でも昨晩、やっと私を受けいれてくれた。今朝は浄化魔法を使ってなかったんだよ! これですぐ子供ができるよ。楽しみだね愛しいピジュ」
ジリオーラ? ジリオーラ? ジリオーラ? レディ・ピアディはもう死んでいるんだぞ? ふたりの子供? おまえ死体を抱いたのか?
ガタンッと、腰を抜かし、床に座りこんでしまった……なにか得体の知れないものを見るように、息子を見上げる。
ああ、おまえ……狂ってしまったのか?
「だから今朝、ふたりで『婚姻の署名』を交わしたんだ。お互いを唯一の伴侶にするって」
満面の笑みをうかべるジリオーラの言葉に、目の前が暗くなる……婚姻した? だと? 死体のレディ・ピアディと? そんな、まさか? 唯一の伴侶だと?
聖者の血はどうなる? 狂っていても、他の女をあたえて、なんとか血を繋げることが……できなくなる?
「婚姻の『約定の証書』は!」
「あるよ。見る?」
レディ・ピアディを抱いて邸内を移動するジリオーラのあとについて、本当に『約定の証書』が存在するのか? 確かめるために、重い足を動かした……
地面に這いつくばり、頭上で両手を組みブルブルふるえていたラズ侯爵も、壁際に立っていた使用人たちも怖々ついてくる……
ジリオーラの炎が消えない伯爵邸では、ジリオーラのそばが一番安全だから……炎に巻かれていない人びとは、ジリオーラのそばにいるしかなかった。
徐々に人数はふえていく。そして使用人の立ち入りが禁止されていた、秘密の部屋へたどり着いた……
――そこで私たちはジリオーラの愛と狂気を知ることとなる。
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