がんじがらめの契約と狂愛〜聖女になれなかった異邦者の唯一〜

く〜いっ

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62 ある使用人の懺悔

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 昨夜の夜会から伯爵邸のようすは様変わりしてしまった。来賓の皆さまがたは、怯えて客室に籠られてしまわれた。わたくしたち使用人は、そのお世話で忙しい。
 来賓のどなたかが、当家の旦那様の怒りにふれたらしく……伯爵邸は旦那様の魔法の炎で陸の孤島状態だ。はやく怒りをおさめ、炎を消していただかないと、じわじわ広がる炎で庭園が全焼してしまいそうだ……

 だが昨夜、裸のレディ・ピアディを抱いて戻られた旦那様のようすが……なにか変だ……

 ――あれはどう見ても死体だった……

 レディ・ピアディ……旦那様の幼いころからの婚約者。旦那様に甘え、依存する淫乱な女……使用人のあいだでは、彼女が『成人の義』のあとすぐに、旦那様以外の男の子供を身ごもり、流産したことは公然の秘密になっていた。
 エバンティス一族は、他の高位貴族より好色なおかたが多いと有名だった。一夜の魔力の高めあいを楽しみ、相手を頻繁に変える。高い魔力を維持するため、本能が魔力を高める行為を求めているのだろうか?
 そんな一族のなかにあっても、レディ・ピアディの性癖は異常だと感じていた。

「ファリアーナ神の似姿を利用して、男を漁る淫乱な魔女……」使用人たちは、そう囁き、侮蔑の視線を彼女に向けていた。

 昨晩、開催されたのは、旦那様の新しい婚約者リオ様のお披露目のための夜会だ。皇族や他国の王族も来賓されていたため、旦那様から婚約破棄されるレディ・ピアディは、条件のよい相手を探し父親のラズ侯爵様と必死に自分を売りこんでいた。

 ハメをはずしすぎた売りこみかたが招いた事故……だろう……迷惑な話だ。

 旦那様は、レディ・ピアディの成長を兄のように見守っておられたので、彼女の亡骸と自室に籠られたのは、レディ・ピアディとのお別れを悲しまれるためだと思っていた。お別れがすんだら、気持ちを新たにリオ様とお幸せになっていただきたい……そう思っていた。

 朝食の席に……雑に切った髪を奇麗にととのえられ、美しいドレスを着せられたレディ・ピアディの亡骸を旦那様が愛おしそうに抱いてあらわれるまでは……

 ――ふたりの会話は、婚姻を結んだばかりの仲むつましい新婚夫婦のようだった。もっともしゃべっているのは旦那様だけで、給仕のため近づくと、レディ・ピアディの、なにもうつさない虚ろな赤い目がこちらを見ているようで……背筋が凍った。

 旦那様は亡骸に話しかけ、頬を撫で、手ずから食事をその薄く開いた口にいれようとする……亡骸が食事をとれるわけもなく、口の端から垂れたスープを笑いながら旦那様が舐めとるようすを、ふるえながら見ていた。

 ――旦那様の狂気が怖い。旦那様はレディ・ピアディに、これほどまでに執着されていたのか?





 ――そして、その部屋に初めて足を踏みいれた。掃除をしに入ることさえ禁止されていたその部屋は、分厚いカーテンに覆われた薄暗い空間。
 旦那様が中央に垂れさがる太い紐を引く。カーテンの下からあらわれたのは、おびただしい数のレディ・ピアディの姿絵!

 部屋全体から、あの赤い瞳が見つめてくるような錯覚に、周囲からヒィィ! と、悲鳴があがった。

 旦那様は再奥の壁にかけられた『約定の証書』を指し示す。


 ジリオーラ・エバンティス・セフィロースはピアディ・エバンティス・ラズを花嫁に迎え、愛を誓う。死後もよりそい、来世も共にあることを誓う。神さえもふたりをわかつことは許さない。
 ピアディ・エバンティス・ラズも同じ気持ちであり、すべての契約内容をジリオーラ・エバンティス・セフィロースに委任する。
 これをもってふたりは正式な夫婦となる。離れることはない唯一の伴侶になった。体液の1滴までもお互いのものであり、それを奪おうとするものに呪いあれ。
                 ジリオーラ・エバンティス・セフィロース 


「ジリオーラ正気か! このような内容! 血を繋ぐ子供はどうする! 死んだ者に子は産めぬ! レディ・ピアディの署名! ああ、委任だと? 『契約』にそんな抜け道が? 終わりだ、エバンティス血族は終わりだ――――!」

 エバンティス侯爵様の叫び声が、無数に向けられたレディ・ピアディの微笑みの中に消えていく。

「まさか、まさかジリオーラ様、ピアディと心中するつもりですか!? この伯爵邸でじわじわと炎に巻かれて、死ぬおつもりですか? 嫌だ死にたくない! 妹、そうだピアディの妹を連れてきます。私をここから出してくれ!」

 ラズ侯爵様が旦那様の足に縋りつく。

「ジリオーラ様がピアディに、他の者がさわるのを嫌がったから、そう育てた! ジリオーラ様がピアディが学園に行って、よその令息の目にふれるのを嫌がったから、学園にはかよわせなかった!」

 必死なようすのラズ侯爵様が、旦那様に抱かれているレディ・ピアディのドレスを掴もうと手をのばす。

「ほらこのとき、私の出陣の朝にわたしてくれたリボン、毎日つけているんだ。私のお守りだよ」

 旦那様はそれをスイッとよけ『約定の証書』の横に飾られている絵姿の思い出話をレディ・ピアディに語り始めた。その髪には、今日もローズピンクのレースのリボンが揺れている。

「ジリオーラ様がピアディの『成人の義』が終わり次第、『婚姻』を結び、配偶者の権限で血族の仕事をさせない! と言ったから、新しいエバンティスとして皇族に目をつけられないよう、根回ししてきたんだ! だが、おまえが約束を違えたんじゃないか! おまえが戦場から戻ってこないから、ピアディは血族の仕事をし、皇族の種を孕んだんだ! 私は悪くない! 出せ、ここから出してくれ!」
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