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日常
思い出と自責
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再び白の意識が戻ったのは次の日の朝だった。どうやらそのまま寝てしまったらしい。朝ごはんを食べなければと思い近くを見渡すと見た事ないような場所だった。
(あぁそうか、ここは病院か。
えっと、お母さんの職場から電話がきたから職場に行って。そのままタクシーで病院に行ったんだっけ。そして病院に行ったら——っ)
嘔吐した。
思い出したのだ、母親が死んでしまったことを。
声をかけても、何も返ってこない。
叩いても、何も言われない。
そして触ってみて現実を叩きつけられる。想像できないほど冷たく硬かった。
そのことが何回も頭の中でフラッシュバックする。
その時既に白は自我を保てないでいた。
目からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは唾液と胃液、そしてうめき声とも呼べるような泣き声を出しながら、髪の毛を抜き、肌を掻き毟り、身をよじる。絶望、悲しみ、喪失感、そんなものが一気に白へ打ち寄せ、自傷行為によって心を保とうとする。
そんなことを続けてるうちに看護師や医師が集まってきた。
「君、大丈夫⁈」
「どうしたんだ?」
「昨日運ばれてきた女性の子供よ」
「それって確か——」
「かわいそうに」
「君、立てるか?」
「深呼吸だ! 息を吸って、そう、吐いて」
野次馬と、心配をする大人の視線の中で、白はおもむろに立ち上がる。
「ええ、もう大丈夫です。一通り泣いてスッキリしました。ありがとうございます。」
異様な光景だった。さっきまで泣きわめいていた子どもがなにもなかったのように立ち上がったのだ。
悲しみから抜け出すのが速すぎる、そう思った誰かが思わず息を飲む。
「———っ」
大丈夫と言いながらも、白のその瞳には何も写されていなかったのだ。
前を向いているようで、向いていない。強いて言うなら、虚構を見つめているような、そんな視線だった。
「では」
そう言って白は病院を出る。
「ま、待て!」
聞こえてないのか、もしくは聞こえてるが、聞こえないふりをしているのか、白は止まらない。
病院の人も本気で止めようと思ったら止められただろう。しかし、彼の後ろ姿を見て、尻込みしてしまう。
彼の後ろ姿を見て、誰もが動けずにいた。
どんな言葉をかけようとも、今、彼にとっては陳腐な慰めの言葉にしかならないと分かってしまったからだ。
そして白はやけにしっかりとした足取りで家へ帰った。
(今日は月曜日か、学校に行かないとな)
弁当を持っていこうと思うものの、用意してくれる親がいない。
(そもそも朝ごはんも食べてないな)
朝、起こしてくれ、朝ごはんを作ってくれる親がいない。
(学校に行くのはいいけど、学費ってどうやって払うんだろ?)
お金の一切を母親に任せっきりになっていたため、何一つ分からない 。
(銀行に行けばお金あるのかな、でも講座の番号がわからないや、そもそも、どこの会社の銀行使ってたんだろ)
今更だが、彼の家は母子家庭だ。父親は白が生まれてからすぐに他界し、他の兄弟もいない。 ではなぜ、聖グローリー学園などと言うエリート校に行けたのか、それは他界した父親が生前、莫大な資産を遺したからだ。そのような過去があってか、白の母、輪花は少々彼に対し、過保護だった。お金のことについても、彼に心配させまいと、金銭関係から彼を遠ざけていたのである。
(もう今日は学校行かなくていいや、あっ、でもお母さんの職場の親切な人にはお礼言わないとな)
そうは思うが、何もする気になれない。
(やっぱまた別の機会にしよ、今日は何もしたくない)
そしてベッドの上に移動し、仰向けになる。
(お母さんがいなければ学校にも行けないし、ガスも電気も使えない。食事も自分で作らなきゃ。でもいつまでもそれじゃ生きていけないよな。明日からちょっとずつ変えていこう)
(———でも今日はいいや)
胃の中には吐き出してしまったので、何もない。また、唾液やら鼻水、涙などで、体の水分はかなり失われてしまっている。そんな状態なのにもかかわらず何も口に入れたくない。
なんだか家の外で声が聞こえる。
(廉だな。もう学校終わったのか)
心配してきてくれたようだ。
———この前、もうちょっと優しくしてあげてもよかったな。
ただしこのような思考さえも面倒くさくなってきた。
そうだ、目を閉じよう。もう何もみなくて済む。
そして目を閉じ、意識を手放そうとした時、ふと過去のある日に交わした母との会話が思い出される。
------------------------------------------
「お母さん、なんで僕の名前は白っていうの?」
(あぁ、この時はまだ「お母さん」って言えてたな)
「苗字に蛇って字あるでしょ?それでね、白い蛇っていうのは縁起がいいのよ。」
「なんで縁起がいいの?」
「さあ?でも、白い蛇って珍しいのよ。それで縁起ものになったんじゃないかしら?」
「どのくらい縁起がいいの?」
「そうね~、七福神って言う神様のグループがあってね、白い蛇はその中の一柱に数えられる弁財天って言う神様の遣い、いわば部下だと言われてるわ」
「へー、その弁財天って神様は凄いの?」
「神様はみんなすごいわよ。日本では簡単に言っちゃうと、お金の神様ね。海外ではサラスヴァティーっていう名前なのよ。確か学問と芸術、そして戦勝神だったかしら」
「そうなんだ、お母さんにもなんかあるの?」
「ううん、お母さんはもとは違う苗字だから、特にないわよ。でもね、偶然なんだけど、「蛇」と「輪」でそれっぽいものを連想できちゃうの」
「へぇ~、どんなやつ?」
「別に神様って訳ではないんだけどね。ん~、そうだな~、ヘビが自分の尻尾を噛んでるって想像できる?」
「ん、想像できた。輪っかだね」
「じゃあ、自分の尻尾を食べて成長したら、って考えてみて」
「考えた!なんかすごいね、食べた端から成長していくとしたら、永遠に食べていられるよ!自分の尻尾をだけど......」
「ふふっ、そうね。そんな感じで合ってるわ」
「面白いね!」
「そう?やっぱ男の子ね。まぁそんな感じで、むかーしの絵だとかにヘビが自分の尻尾に噛みついてる絵が描かれてたりするの」
「なんで?」
「自分で自分を食べているヘビのことを「ウロボロス」って言うんだけど、さっき白が想像したように、それが不老不死、死と再生、輪廻転生を象徴しているからかしらね」
「なるほど!納得できた!」
------------------------------------------
「輪廻転生、か」
そう呟いて、白は意識を手放した。
———————————————————
Dです
ようやくシリアス展開が終わります。鬱な白くんを書いてて、僕もなりそうでした。次回からもうちょっと明るい話になるかと。
(あぁそうか、ここは病院か。
えっと、お母さんの職場から電話がきたから職場に行って。そのままタクシーで病院に行ったんだっけ。そして病院に行ったら——っ)
嘔吐した。
思い出したのだ、母親が死んでしまったことを。
声をかけても、何も返ってこない。
叩いても、何も言われない。
そして触ってみて現実を叩きつけられる。想像できないほど冷たく硬かった。
そのことが何回も頭の中でフラッシュバックする。
その時既に白は自我を保てないでいた。
目からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは唾液と胃液、そしてうめき声とも呼べるような泣き声を出しながら、髪の毛を抜き、肌を掻き毟り、身をよじる。絶望、悲しみ、喪失感、そんなものが一気に白へ打ち寄せ、自傷行為によって心を保とうとする。
そんなことを続けてるうちに看護師や医師が集まってきた。
「君、大丈夫⁈」
「どうしたんだ?」
「昨日運ばれてきた女性の子供よ」
「それって確か——」
「かわいそうに」
「君、立てるか?」
「深呼吸だ! 息を吸って、そう、吐いて」
野次馬と、心配をする大人の視線の中で、白はおもむろに立ち上がる。
「ええ、もう大丈夫です。一通り泣いてスッキリしました。ありがとうございます。」
異様な光景だった。さっきまで泣きわめいていた子どもがなにもなかったのように立ち上がったのだ。
悲しみから抜け出すのが速すぎる、そう思った誰かが思わず息を飲む。
「———っ」
大丈夫と言いながらも、白のその瞳には何も写されていなかったのだ。
前を向いているようで、向いていない。強いて言うなら、虚構を見つめているような、そんな視線だった。
「では」
そう言って白は病院を出る。
「ま、待て!」
聞こえてないのか、もしくは聞こえてるが、聞こえないふりをしているのか、白は止まらない。
病院の人も本気で止めようと思ったら止められただろう。しかし、彼の後ろ姿を見て、尻込みしてしまう。
彼の後ろ姿を見て、誰もが動けずにいた。
どんな言葉をかけようとも、今、彼にとっては陳腐な慰めの言葉にしかならないと分かってしまったからだ。
そして白はやけにしっかりとした足取りで家へ帰った。
(今日は月曜日か、学校に行かないとな)
弁当を持っていこうと思うものの、用意してくれる親がいない。
(そもそも朝ごはんも食べてないな)
朝、起こしてくれ、朝ごはんを作ってくれる親がいない。
(学校に行くのはいいけど、学費ってどうやって払うんだろ?)
お金の一切を母親に任せっきりになっていたため、何一つ分からない 。
(銀行に行けばお金あるのかな、でも講座の番号がわからないや、そもそも、どこの会社の銀行使ってたんだろ)
今更だが、彼の家は母子家庭だ。父親は白が生まれてからすぐに他界し、他の兄弟もいない。 ではなぜ、聖グローリー学園などと言うエリート校に行けたのか、それは他界した父親が生前、莫大な資産を遺したからだ。そのような過去があってか、白の母、輪花は少々彼に対し、過保護だった。お金のことについても、彼に心配させまいと、金銭関係から彼を遠ざけていたのである。
(もう今日は学校行かなくていいや、あっ、でもお母さんの職場の親切な人にはお礼言わないとな)
そうは思うが、何もする気になれない。
(やっぱまた別の機会にしよ、今日は何もしたくない)
そしてベッドの上に移動し、仰向けになる。
(お母さんがいなければ学校にも行けないし、ガスも電気も使えない。食事も自分で作らなきゃ。でもいつまでもそれじゃ生きていけないよな。明日からちょっとずつ変えていこう)
(———でも今日はいいや)
胃の中には吐き出してしまったので、何もない。また、唾液やら鼻水、涙などで、体の水分はかなり失われてしまっている。そんな状態なのにもかかわらず何も口に入れたくない。
なんだか家の外で声が聞こえる。
(廉だな。もう学校終わったのか)
心配してきてくれたようだ。
———この前、もうちょっと優しくしてあげてもよかったな。
ただしこのような思考さえも面倒くさくなってきた。
そうだ、目を閉じよう。もう何もみなくて済む。
そして目を閉じ、意識を手放そうとした時、ふと過去のある日に交わした母との会話が思い出される。
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「お母さん、なんで僕の名前は白っていうの?」
(あぁ、この時はまだ「お母さん」って言えてたな)
「苗字に蛇って字あるでしょ?それでね、白い蛇っていうのは縁起がいいのよ。」
「なんで縁起がいいの?」
「さあ?でも、白い蛇って珍しいのよ。それで縁起ものになったんじゃないかしら?」
「どのくらい縁起がいいの?」
「そうね~、七福神って言う神様のグループがあってね、白い蛇はその中の一柱に数えられる弁財天って言う神様の遣い、いわば部下だと言われてるわ」
「へー、その弁財天って神様は凄いの?」
「神様はみんなすごいわよ。日本では簡単に言っちゃうと、お金の神様ね。海外ではサラスヴァティーっていう名前なのよ。確か学問と芸術、そして戦勝神だったかしら」
「そうなんだ、お母さんにもなんかあるの?」
「ううん、お母さんはもとは違う苗字だから、特にないわよ。でもね、偶然なんだけど、「蛇」と「輪」でそれっぽいものを連想できちゃうの」
「へぇ~、どんなやつ?」
「別に神様って訳ではないんだけどね。ん~、そうだな~、ヘビが自分の尻尾を噛んでるって想像できる?」
「ん、想像できた。輪っかだね」
「じゃあ、自分の尻尾を食べて成長したら、って考えてみて」
「考えた!なんかすごいね、食べた端から成長していくとしたら、永遠に食べていられるよ!自分の尻尾をだけど......」
「ふふっ、そうね。そんな感じで合ってるわ」
「面白いね!」
「そう?やっぱ男の子ね。まぁそんな感じで、むかーしの絵だとかにヘビが自分の尻尾に噛みついてる絵が描かれてたりするの」
「なんで?」
「自分で自分を食べているヘビのことを「ウロボロス」って言うんだけど、さっき白が想像したように、それが不老不死、死と再生、輪廻転生を象徴しているからかしらね」
「なるほど!納得できた!」
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「輪廻転生、か」
そう呟いて、白は意識を手放した。
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Dです
ようやくシリアス展開が終わります。鬱な白くんを書いてて、僕もなりそうでした。次回からもうちょっと明るい話になるかと。
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