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不穏な心
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病気のことを隠してから一年の月日が経過した。食欲はすっかり落ちたし、風邪も以前より引きやすくなってしまった。だが、今はなんとか薬のおかげで症状を隠しながら生活をしている。
ちなみに蓮君とはちょくちょく会っているし、連絡も取り合っている。それもそのはずで瑠夏が蓮君を家に連れてくるもんだから、会いたくなくても会ってしまうというのが正しいだろう。
いつの間にか、蓮君は金髪から黒髪になっており以前よりも清楚で爽やかな印象の男の子に変わっていた。
デートにも誘われることが増えたが、仕事が立て込んでいるからと断ってきた。でも、この言い訳もそろそろ通用しなくなりそうだった。
最近では、蓮君がまた強引に連絡先を交換しようとしてきた。
スマホが壊れたと咄嗟に嘘をついたが、あっさり信じてもらえず「じゃあ新しいの買って交換しましょう!」と言われ、また連絡先を交換する羽目になった。
その日はなぜか二人で携帯ショップに行き、スマホを買うという謎の買い物をしてしまった。まぁ、スマホは仕事用で使いたかったからちょうどよかった。
蓮君は「葵さんと二人で買い物ができて実質デートじゃないですか!」
と喜んでいた。こんなんでもデートのうちに入るのか...と少し困惑したのを覚えている。
ーー過剰性フェロモン喘鳴症と診断を受けて一か月が経ったとき。俺は先生に番は持たないと伝えた。これでも、俺なりに真剣に病気と向き合って悩んで出した答えだ。
俺の病気のせいで蓮君を巻き込むわけにはいかない。蓮君のことを好きだとは思う。けど、俺と蓮君の”好き”の感情はきっと同じものじゃない。
だからこそ、番という選択にはどうしても踏み出せなかった。
「分かりました。それでは対症療法として薬の処方は続けます。それと通院の頻度をあげてもらうことになるかもしれませんが、それでも大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です.....。すみません、俺の我が儘を通していただいて」
「そんなことありませんよ、立花さんが出した答えなのであれば私はそれをサポートするまでです。考えが変わったりしたら、またすぐに言ってくださいね」
俺は無言でこくりと頷いた。気持ちを吐き出せて、少しだけ安心した気がしたけれど、その一方で心の中では不安が渦巻いていた。
この選択が果たして本当に正しいのか、間違っているのかーーそんなことが常に頭の中をぐるぐるしている。
「それと、もう一つお伝えしておきます。場合によっては”コールドスリープ”で延命をする処置を取らせていただくこともあります。その点も頭に入れておいてくださいね」
コールドスリープーー少しだけ耳にしたことがある。確か仮死状態にして、時間を止めるような処置だったような?
最近ニュースでも、これが最先端の医療だ!とか特集されていたような気がする。
それにしても、先生がそれを提案するということは、まだ番うという可能性を完全には放棄してはいないのだろう。
だとしてもーー自分の中では、よっぽどのことがない限り、考えを変えるつもりはないけれど。
ただ、先生に「まだ病気のことを誰にも話していない」と伝えたとき、珍しく叱られてしまった。
「一人で抱え込んでしまうのが、一番身体にも心にも良くありません。立花さんのお優しい性格も私は十分理解しているつもりです。」
「だからこそ信頼できる誰かにちゃんと話をしてください。でないと、立花さんの心が壊れてしまいますよ...。」
その言葉に押されるようにして診断から二か月後、ようやく決心がつき俺は母さんに病気のことを打ち明けた。
案の定、母さんは泣いた。大粒の涙を俺の前でこぼして、何度も「どうしてあんたばっかり」と繰り返していた。
だけど——その涙を見て、俺は不思議と少しだけ楽になった。
自分のために泣いてくれる人がいるって、こんなに心も強いものだったんだな。先生が「誰かに話せ」と言った理由が、なんとなくわかったような気がした。
ただ、瑠夏には絶対に知られたくなかった。俺の病気のことを知れば、あの子はきっと必要以上に背負い込んでしまう。それが怖かった。
「お願い、瑠夏には...絶対言わないで」
「そんなの無理よ、葵がこんな大変なときに、瑠夏には黙ってるなんて...絶対に言うべきよ!!」
「じゃあせめて。進学先が決まるまでは...それだけは約束して。」
「っ!あおーー」
「瑠夏に、心配かけたくない...。瑠夏の前では元気な親でいたいんだ...。頼むよ、母さん。」
「葵.....。」
母さんは納得のいかない顔をしていたけど、最終的には「...わかったわ」と首を縦に振ってくれた。
瑠夏は今、二年生。あと一年で進学先が決まり成人も迎える。それまで俺は、今まで通り“元気な母親”でいなきゃいけない。そう決めて俺は毎日を“演じる”ように過ごしている。
最近は、在宅の仕事にもだいぶ助けられている。薬さえ飲んでいれば日常は何とか回せるし、収入も以前と変わらない。ほんと、家でできる仕事でよかった、と心から思う。もし通勤が必要だったらとうに続けられなくなっていただろうな。
ーー今は淡い期待にすがるように生きてる。「あと一年、何事も起きませんように」それが、俺の毎日の祈りになった。
冬にもなると冷たい風が肌を凪ぎ、窓を開ければつい身震いしてしまうほどだった。
もうすぐ年が明けるなぁ、なんて考えているが、ここ最近になって咳と一緒に血が混じっていることが増えた。もちろん瑠夏や母さんたちには気づかれないようにしていた。
けれど、いくらバレないように過ごせても体調が芳しくない日が続き、結局瑠夏にも心労をかけてしまっていた。ただ、修学旅行前まではなんとか持ちこたえていて、瑠夏を見送ることができた。
そうやって病気と付き合う日々を過ごして、ふと気づいたことがあった。それは昨年から発情期が全く来ていないことに。
気になって先生に相談すれば、これが過剰性フェロモン喘鳴症の典型的な症状の一つだという。咳にも血が混じるようになったと告げれば、新しい薬が処方され、今は三種類の薬を飲み合わせている。
病院の帰り道でふと、一人で考えていた。
何度も繰り返された言葉ーー
「頑張りましょうね」「きっと良くなる」「大丈夫」
もう、そういう慰めの言葉すら素直に受け入れることが難しくなっていた。
「蓮君と番になれば治る。」それは頭では理解しているつもりだ。ただ決心が一向につかないのであった。
そしていつしか、病気を”受け入れること”ではなく”どうせ良くならない”という諦めが胸を覆うようになった。
ちなみに蓮君とはちょくちょく会っているし、連絡も取り合っている。それもそのはずで瑠夏が蓮君を家に連れてくるもんだから、会いたくなくても会ってしまうというのが正しいだろう。
いつの間にか、蓮君は金髪から黒髪になっており以前よりも清楚で爽やかな印象の男の子に変わっていた。
デートにも誘われることが増えたが、仕事が立て込んでいるからと断ってきた。でも、この言い訳もそろそろ通用しなくなりそうだった。
最近では、蓮君がまた強引に連絡先を交換しようとしてきた。
スマホが壊れたと咄嗟に嘘をついたが、あっさり信じてもらえず「じゃあ新しいの買って交換しましょう!」と言われ、また連絡先を交換する羽目になった。
その日はなぜか二人で携帯ショップに行き、スマホを買うという謎の買い物をしてしまった。まぁ、スマホは仕事用で使いたかったからちょうどよかった。
蓮君は「葵さんと二人で買い物ができて実質デートじゃないですか!」
と喜んでいた。こんなんでもデートのうちに入るのか...と少し困惑したのを覚えている。
ーー過剰性フェロモン喘鳴症と診断を受けて一か月が経ったとき。俺は先生に番は持たないと伝えた。これでも、俺なりに真剣に病気と向き合って悩んで出した答えだ。
俺の病気のせいで蓮君を巻き込むわけにはいかない。蓮君のことを好きだとは思う。けど、俺と蓮君の”好き”の感情はきっと同じものじゃない。
だからこそ、番という選択にはどうしても踏み出せなかった。
「分かりました。それでは対症療法として薬の処方は続けます。それと通院の頻度をあげてもらうことになるかもしれませんが、それでも大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です.....。すみません、俺の我が儘を通していただいて」
「そんなことありませんよ、立花さんが出した答えなのであれば私はそれをサポートするまでです。考えが変わったりしたら、またすぐに言ってくださいね」
俺は無言でこくりと頷いた。気持ちを吐き出せて、少しだけ安心した気がしたけれど、その一方で心の中では不安が渦巻いていた。
この選択が果たして本当に正しいのか、間違っているのかーーそんなことが常に頭の中をぐるぐるしている。
「それと、もう一つお伝えしておきます。場合によっては”コールドスリープ”で延命をする処置を取らせていただくこともあります。その点も頭に入れておいてくださいね」
コールドスリープーー少しだけ耳にしたことがある。確か仮死状態にして、時間を止めるような処置だったような?
最近ニュースでも、これが最先端の医療だ!とか特集されていたような気がする。
それにしても、先生がそれを提案するということは、まだ番うという可能性を完全には放棄してはいないのだろう。
だとしてもーー自分の中では、よっぽどのことがない限り、考えを変えるつもりはないけれど。
ただ、先生に「まだ病気のことを誰にも話していない」と伝えたとき、珍しく叱られてしまった。
「一人で抱え込んでしまうのが、一番身体にも心にも良くありません。立花さんのお優しい性格も私は十分理解しているつもりです。」
「だからこそ信頼できる誰かにちゃんと話をしてください。でないと、立花さんの心が壊れてしまいますよ...。」
その言葉に押されるようにして診断から二か月後、ようやく決心がつき俺は母さんに病気のことを打ち明けた。
案の定、母さんは泣いた。大粒の涙を俺の前でこぼして、何度も「どうしてあんたばっかり」と繰り返していた。
だけど——その涙を見て、俺は不思議と少しだけ楽になった。
自分のために泣いてくれる人がいるって、こんなに心も強いものだったんだな。先生が「誰かに話せ」と言った理由が、なんとなくわかったような気がした。
ただ、瑠夏には絶対に知られたくなかった。俺の病気のことを知れば、あの子はきっと必要以上に背負い込んでしまう。それが怖かった。
「お願い、瑠夏には...絶対言わないで」
「そんなの無理よ、葵がこんな大変なときに、瑠夏には黙ってるなんて...絶対に言うべきよ!!」
「じゃあせめて。進学先が決まるまでは...それだけは約束して。」
「っ!あおーー」
「瑠夏に、心配かけたくない...。瑠夏の前では元気な親でいたいんだ...。頼むよ、母さん。」
「葵.....。」
母さんは納得のいかない顔をしていたけど、最終的には「...わかったわ」と首を縦に振ってくれた。
瑠夏は今、二年生。あと一年で進学先が決まり成人も迎える。それまで俺は、今まで通り“元気な母親”でいなきゃいけない。そう決めて俺は毎日を“演じる”ように過ごしている。
最近は、在宅の仕事にもだいぶ助けられている。薬さえ飲んでいれば日常は何とか回せるし、収入も以前と変わらない。ほんと、家でできる仕事でよかった、と心から思う。もし通勤が必要だったらとうに続けられなくなっていただろうな。
ーー今は淡い期待にすがるように生きてる。「あと一年、何事も起きませんように」それが、俺の毎日の祈りになった。
冬にもなると冷たい風が肌を凪ぎ、窓を開ければつい身震いしてしまうほどだった。
もうすぐ年が明けるなぁ、なんて考えているが、ここ最近になって咳と一緒に血が混じっていることが増えた。もちろん瑠夏や母さんたちには気づかれないようにしていた。
けれど、いくらバレないように過ごせても体調が芳しくない日が続き、結局瑠夏にも心労をかけてしまっていた。ただ、修学旅行前まではなんとか持ちこたえていて、瑠夏を見送ることができた。
そうやって病気と付き合う日々を過ごして、ふと気づいたことがあった。それは昨年から発情期が全く来ていないことに。
気になって先生に相談すれば、これが過剰性フェロモン喘鳴症の典型的な症状の一つだという。咳にも血が混じるようになったと告げれば、新しい薬が処方され、今は三種類の薬を飲み合わせている。
病院の帰り道でふと、一人で考えていた。
何度も繰り返された言葉ーー
「頑張りましょうね」「きっと良くなる」「大丈夫」
もう、そういう慰めの言葉すら素直に受け入れることが難しくなっていた。
「蓮君と番になれば治る。」それは頭では理解しているつもりだ。ただ決心が一向につかないのであった。
そしていつしか、病気を”受け入れること”ではなく”どうせ良くならない”という諦めが胸を覆うようになった。
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