独り身オメガに幸せを

蒸しケーキ

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前を向いて

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※攻め視点

 葵さんがコールドスリープに入ってからもう一年が経った。まだ目を覚ます気配はなく、そこに静かに眠り続けていた。

 ピッ、ピッ、と規則正しく鳴る機械音だけが部屋に響いていた。

 すぐそこにいるのに、なぜか遠くに離れていってしまったような気がしてーーもどかしい。

「葵さん 俺と瑠夏今年で高校卒業だよ。葵さんはさ、眠ってる間は歳を取らないらしいね。このままじゃ、俺たちの方が年上になっちゃうかもよ」

 あれから、俺は毎日のように葵さんのもとへ通っている。時間が合えば、たまに瑠夏と一緒に来ることもあった。

 俺は葵さんの力になれることはないかと思い、葵さんの主治医だという医者に何度も話を聞きに行った。主治医の名前は高井先生という人だった。

 高井先生によれば葵さんのこの病気は、運命の番と出会ったこと、そして精神的な無意識下のトラウマが深く関係しているという。

 それを聞いたとき、「あぁ、葵さんがこうなったのは俺のせいじゃん.....」と酷く落ち込んだ。

 まるで地の底に突き落とされたような気分になった。食事も喉を通らなかった。けれど、同時にこうも言われた。

「立花さんを救えるのは君しかいない」

 葵さんは、俺と番になることで助かると。ただ、それを葵さん自身が望んでいなかったことも同時に知らされた。

 高井先生はこう言っていた。

「立花君は、いつも君のことを気にかけていたよーー」

「俺が彼の人生を縛るわけにはいかない.....とね」

 自分の命がかかっているのに、そんな自己犠牲的なことを考えるなんて.....。だけど、それがなんとも葵さんらしい理由だなと思った。

 でもーー俺は一度だって「枷になる」とか「縛られる」なんて、そんなこと考えたことも、思ったこともない。それなのに、葵さんにそこまで信用されていなかったのかと思うと.....少し悔しかった。

 葵さんが罹っている「過剰性フェロモン喘鳴症」は、番を持つこと、
 あるいは定期的にアルファと身体的接触を持つことーーそのどちらかでしか根本的な治療ができないらしい。

 けれど、今の葵さんの状態だと番になることはできないし、まともな身体的接触も難しい。だから、今は定期的に俺の血液を採取して、それを葵さんの身体に輸血してもらっている。

 身体にアルファのフェロモンや体液を取り込むことができれば、少しずつ症状は緩和されていく。運命の番であるのならば、なおさら効果は期待できるものになるらしい。

 それにたまたま血液型もお互い同じO型だったから輸血がスムーズに進んだ。
 血液型が違えば輸血は叶わなかっただろうから、奇跡だと思った。

「また来るよ、葵さん」

 そう声をかけて、少しだけ葵さんの顔を眺めたあと、病室をあとにした。
 ゆっくりと病院の廊下を歩いていると、高井先生とすれ違った。

「こんにちは、蓮君。今日も立花君のところに?」

「はい。今日も行ってきました」

「そうそう、今日は良い知らせがあるんですよ。立花君のフェロモン値にね、僅かだけれど変化が見られたよ。微々たるものだけど、確実に症状は良くなってきているよ」

「っ.....本当ですか.....?」

「あぁ、本当さ。これは蓮君のおかげだよ。引き続きよろしく頼むよ。それと、くれぐれも無理はしないようにね。」

「はい......!」

「じゃあ、私は失礼するよ。」

 そう言って、高井先生は背を向け、ゆっくりとした足取りで、廊下を歩き去っていった。鼻の奥がツンとした。

 ーー今になって自分が泣きそうになっていることに気付いた。あぁ、良かった。本当によかった......。
 深く息を吸い込み、胸の奥のほうまで空気を満たすと、少しだけ心が落ち着いた。

 この知らせを、すぐにでも瑠夏に伝えなきゃと思い、俺は瑠夏の家、もとい葵さんの家へ向かった。

 今、瑠夏は実質一人暮らしのような生活をしている。

 葵さんが倒れた日、「葵がよくなるまで、一緒に暮らそうか?」と瑠夏のおばあちゃんが提案していた。だけど、瑠夏は首を横に振って

「母さんが帰ってきたときに、安心させてあげたい」そう言って、結局一緒には住まなかった。

 それでも、定期的におばあちゃんは、様子を見に来てくれているようだし、俺も頻繁に泊まりに行っている。
 だから、不自由はないはずだ。最近では、いつでも俺が来られるようにと合鍵まで預けてくれた。

 最初の頃は、きっと俺以上に落ち込んでいるだろうと思ってたけど、実際の瑠夏はずっと落ち着いていた。

「母さんが生きてるならそれでいい。今、俺ができることは母さんの帰る家を守ることだから」

 その言葉を聞いたとき、ーー逞しいな、こいつ......と、心の底から思った。

 少しだけ、その決意の強さに葵さんの面影を感じた。いやもしかしたら、俺の前では弱い姿を見せないようにしていただけなのかもしれないけれど。

































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