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発病02
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※攻め視点
来年も初詣に行けるーーその言葉がただ嬉しくて、言質を取ったぞ!なんて浮かれていたのも束の間だった。最近の葵さんの様子は、どう見てもおかしかった。
やせ細ってきたのもあるし、元々色白だった肌はさらに、血の気が引いたように青白くなっていた。まるで病人のように。
それになによりーーフェロモンの匂いが変わっていた。
以前は甘くて、どこか安心するようなバニラのような匂いだったのに、今はすっかり弱々しくて、今にも消えてしまいそうな、そんな儚い香りになっていた。
瑠夏も葵さんの異変に気が付いていたようだったが、「母さんからは特になにも聞いてない。聞いたって俺には教えてくれないよ。」とのことだった。だから葵さんには瑠夏に伝えていない”何か”があるということだ。
じゃあ一体何が葵さんをそうさせているのか。やっぱり病気なんじゃ……?それも相当深刻なやつ。
そんな考えがぐるぐると頭の中を巡っていた、そのときだった。ふいにーーあの甘い匂いを、確かに感じ取った。
「っ!?葵......さん??」
次の瞬間、その匂いは急激に変化した。いや、変化というよりもーー弱く、そして消えかけていた。嫌な予感が心を締めつけた。
それはまるで葵さんの命が今、消えかけていることを知らせるようなーーそんな匂いだった。
俺は反射的に踵を返し、全速力で葵さんの家へと走り出した。葵さんの家の方角から誰かが叫んでいるような声が聞こえる
ーー嫌な予感はもう確信に変わっていた。
「瑠夏が.....叫んでる??」
胸の奥がざわついた。いても立ってもいられず、俺は葵さんの家の扉をバンッ!と勢いよく開けた。鍵はーーかかっていなかった。
「母さん!?母さん!!ねぇ!!」
やっぱり瑠夏の声だ。その叫びには、どうしようもない恐怖と絶望が混じっていた。リビングへ駆け込むと、そこにあった光景に思考が止まった。ーー信じられなかった。
ほんの数時間前まで笑っていたはずの人が、血を吐き、床に倒れていた。
目の前にいるのに、フェロモンの匂いがほとんど感じられない。肌は青白く、まるで生気が抜け落ちたようだった。
「れ、蓮.....母さんが.....母さんがっ!死んじゃうよ......!」
嗚咽混じりの声でそう言う瑠夏の姿に、まるで誰かに心臓を握られているかのように胸が痛んだ。ほんとうに死んでしまうかもしれないーーそんな現実が頭をよぎった。
震える手で葵さんの手に触れた。
「...っ!」
まだかすかに脈はある。血も温もりも、まだ確かにそこにはあった。
「......大丈夫、まだ間に合う。」
自分に言い聞かせるように呟き、深呼吸をした。
今きっと、一番パニックになってるのは瑠夏だ。ひとまず瑠夏を宥めないとだな。
「瑠夏、いいか。一旦落ち着け。大丈夫、心配すんな。葵さんは絶対に死なせないから。救急車は呼んだ?」
「呼んだ......。あと五分ぐらいで着くって......でも俺、なにしたらいいのか分かんなくて......」
「よし、じゃあ次はおばあちゃんに連絡しろ。もしかしたら葵さんについてなんか知ってるかもしれない」
「う、うん......分かった。」
瑠夏は涙を拭いながら震える手でスマホを取り出し、おばあちゃんへと電話をかける。少しだけ落ち着いた様子に、俺もようやく息をつけた。
そのときーー玄関のチャイムが鳴り、救急隊の声が響いた。
「ご家族の方ですか??」
「いえ、俺は違くて家族は電話してるあの子です。.....俺は、あの子の友人です。」
本当はーー“運命の番”ですって、胸を張って言えたらどれだけよかっただろう。悔しさに歯をぎりっと噛み締める。
「分かりました。ただ、あなたも同乗してもらっても構いませんか??」
「はい!それはもちろん!!」
瑠夏のおばあちゃんはそのまま病院に向かうとのことで、俺は葵さんを見守りながら救急車に乗り込んだ。サイレンが鳴り響く中、できることといえばただ葵さんの手を強く握ることだけで、己の無力さに嫌気がさした。
「大丈夫です、すぐ着きますからね葵さん.....。頼むから、離れていかないで。」
俺は涙声で葵さんに語りかけた。それでも返事はなく目の前の葵さんが動くことはなかった。
ーー病院に着くと慌ただしく医師たちが駆け寄ってきた。
「っ!今すぐコールドスリープの処置を行います!」
“コールドスリープ”ーー聞き慣れない言葉に理解が追いつかない。けれど、その声の緊張感で葵さんの容体が今、どれほど危険な状態に陥っているのかだけは分かった。
輸血、酸素マスク、点滴。いくつもの手が葵さんの身体に伸び次第にその姿が見えなくなっていく。そして透明なカプセルのような機械の中に、葵さんは静かに横たわっていた。
ーーまるでそこに、眠っているみたいだ。けれど、息遣いも体温もほとんど感じなかった。
葵さんのこの病気は一体何なのか。何が葵さんの身体をこんなにも蝕んでいるのか...皆目見当もつかなかった。
「葵は.....葵は大丈夫なんでしょうか.....」
震える声で尋ねたのは、瑠夏のおばあちゃんだった。医師が前に出て深く頭を下げる。どうやらこの先生が葵さんの主治医らしい。
「立花さんのお母様ですね。主治医の高井と申します。応急処置によって、一命はとりとめていますが立花さんは現在も予断を許さない状況です。今は”コールドスリープ”といって身体を仮死状態にすることで命を繋いでいます。」
「仮死って.....母さんの病気ってなんなんですか。ばあちゃんからは治るって聞いて...」
高井先生は、瑠夏に向き直り、静かに語り始めた。葵さんの病ーー過剰性フェロモン喘鳴症。
アルファとの接触、特に運命の番が引き金となり、急速にオメガ性が暴走し身体を蝕む病だという。しかも葵さんの場合、それが最も重い“終末期”にあたるらしい。
言葉を失う瑠夏の肩が小刻みに震えていた。
「.....母さんはいつ目を覚ますんですか。」
瑠夏が重い口を開く。その声には祈りと母を失うのではないかという恐怖が入り混じっていた。
「目覚めるのは一年後か、五年後になるか.....はたまた、十年後になるかは私にも分かりません。ですが今、できる最善は尽くしました。あとは、立花さんの”生きる力”を信じるしかないかと。」
一生目覚めないのかもしれないーーその現実が、静かに胸の奥に沈んでいった。
来年も初詣に行けるーーその言葉がただ嬉しくて、言質を取ったぞ!なんて浮かれていたのも束の間だった。最近の葵さんの様子は、どう見てもおかしかった。
やせ細ってきたのもあるし、元々色白だった肌はさらに、血の気が引いたように青白くなっていた。まるで病人のように。
それになによりーーフェロモンの匂いが変わっていた。
以前は甘くて、どこか安心するようなバニラのような匂いだったのに、今はすっかり弱々しくて、今にも消えてしまいそうな、そんな儚い香りになっていた。
瑠夏も葵さんの異変に気が付いていたようだったが、「母さんからは特になにも聞いてない。聞いたって俺には教えてくれないよ。」とのことだった。だから葵さんには瑠夏に伝えていない”何か”があるということだ。
じゃあ一体何が葵さんをそうさせているのか。やっぱり病気なんじゃ……?それも相当深刻なやつ。
そんな考えがぐるぐると頭の中を巡っていた、そのときだった。ふいにーーあの甘い匂いを、確かに感じ取った。
「っ!?葵......さん??」
次の瞬間、その匂いは急激に変化した。いや、変化というよりもーー弱く、そして消えかけていた。嫌な予感が心を締めつけた。
それはまるで葵さんの命が今、消えかけていることを知らせるようなーーそんな匂いだった。
俺は反射的に踵を返し、全速力で葵さんの家へと走り出した。葵さんの家の方角から誰かが叫んでいるような声が聞こえる
ーー嫌な予感はもう確信に変わっていた。
「瑠夏が.....叫んでる??」
胸の奥がざわついた。いても立ってもいられず、俺は葵さんの家の扉をバンッ!と勢いよく開けた。鍵はーーかかっていなかった。
「母さん!?母さん!!ねぇ!!」
やっぱり瑠夏の声だ。その叫びには、どうしようもない恐怖と絶望が混じっていた。リビングへ駆け込むと、そこにあった光景に思考が止まった。ーー信じられなかった。
ほんの数時間前まで笑っていたはずの人が、血を吐き、床に倒れていた。
目の前にいるのに、フェロモンの匂いがほとんど感じられない。肌は青白く、まるで生気が抜け落ちたようだった。
「れ、蓮.....母さんが.....母さんがっ!死んじゃうよ......!」
嗚咽混じりの声でそう言う瑠夏の姿に、まるで誰かに心臓を握られているかのように胸が痛んだ。ほんとうに死んでしまうかもしれないーーそんな現実が頭をよぎった。
震える手で葵さんの手に触れた。
「...っ!」
まだかすかに脈はある。血も温もりも、まだ確かにそこにはあった。
「......大丈夫、まだ間に合う。」
自分に言い聞かせるように呟き、深呼吸をした。
今きっと、一番パニックになってるのは瑠夏だ。ひとまず瑠夏を宥めないとだな。
「瑠夏、いいか。一旦落ち着け。大丈夫、心配すんな。葵さんは絶対に死なせないから。救急車は呼んだ?」
「呼んだ......。あと五分ぐらいで着くって......でも俺、なにしたらいいのか分かんなくて......」
「よし、じゃあ次はおばあちゃんに連絡しろ。もしかしたら葵さんについてなんか知ってるかもしれない」
「う、うん......分かった。」
瑠夏は涙を拭いながら震える手でスマホを取り出し、おばあちゃんへと電話をかける。少しだけ落ち着いた様子に、俺もようやく息をつけた。
そのときーー玄関のチャイムが鳴り、救急隊の声が響いた。
「ご家族の方ですか??」
「いえ、俺は違くて家族は電話してるあの子です。.....俺は、あの子の友人です。」
本当はーー“運命の番”ですって、胸を張って言えたらどれだけよかっただろう。悔しさに歯をぎりっと噛み締める。
「分かりました。ただ、あなたも同乗してもらっても構いませんか??」
「はい!それはもちろん!!」
瑠夏のおばあちゃんはそのまま病院に向かうとのことで、俺は葵さんを見守りながら救急車に乗り込んだ。サイレンが鳴り響く中、できることといえばただ葵さんの手を強く握ることだけで、己の無力さに嫌気がさした。
「大丈夫です、すぐ着きますからね葵さん.....。頼むから、離れていかないで。」
俺は涙声で葵さんに語りかけた。それでも返事はなく目の前の葵さんが動くことはなかった。
ーー病院に着くと慌ただしく医師たちが駆け寄ってきた。
「っ!今すぐコールドスリープの処置を行います!」
“コールドスリープ”ーー聞き慣れない言葉に理解が追いつかない。けれど、その声の緊張感で葵さんの容体が今、どれほど危険な状態に陥っているのかだけは分かった。
輸血、酸素マスク、点滴。いくつもの手が葵さんの身体に伸び次第にその姿が見えなくなっていく。そして透明なカプセルのような機械の中に、葵さんは静かに横たわっていた。
ーーまるでそこに、眠っているみたいだ。けれど、息遣いも体温もほとんど感じなかった。
葵さんのこの病気は一体何なのか。何が葵さんの身体をこんなにも蝕んでいるのか...皆目見当もつかなかった。
「葵は.....葵は大丈夫なんでしょうか.....」
震える声で尋ねたのは、瑠夏のおばあちゃんだった。医師が前に出て深く頭を下げる。どうやらこの先生が葵さんの主治医らしい。
「立花さんのお母様ですね。主治医の高井と申します。応急処置によって、一命はとりとめていますが立花さんは現在も予断を許さない状況です。今は”コールドスリープ”といって身体を仮死状態にすることで命を繋いでいます。」
「仮死って.....母さんの病気ってなんなんですか。ばあちゃんからは治るって聞いて...」
高井先生は、瑠夏に向き直り、静かに語り始めた。葵さんの病ーー過剰性フェロモン喘鳴症。
アルファとの接触、特に運命の番が引き金となり、急速にオメガ性が暴走し身体を蝕む病だという。しかも葵さんの場合、それが最も重い“終末期”にあたるらしい。
言葉を失う瑠夏の肩が小刻みに震えていた。
「.....母さんはいつ目を覚ますんですか。」
瑠夏が重い口を開く。その声には祈りと母を失うのではないかという恐怖が入り混じっていた。
「目覚めるのは一年後か、五年後になるか.....はたまた、十年後になるかは私にも分かりません。ですが今、できる最善は尽くしました。あとは、立花さんの”生きる力”を信じるしかないかと。」
一生目覚めないのかもしれないーーその現実が、静かに胸の奥に沈んでいった。
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