独り身オメガに幸せを

蒸しケーキ

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前を向いて02

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「瑠夏!瑠夏!瑠夏瑠夏!!聞いてくれよ!!」

 バタバタと玄関から、慌ただしくリビングへ駆け込む俺を見て、瑠夏は少し呆れたように眉を上げた。

「なに??そんな慌てて......なんかあった??」

「葵さんがさ!!症状ちょーっとだけらしいんだけど、良くなってきてるって!!」

「ほんとに?」

 それを聞いた瑠夏の瞳がゆっくりと揺れ始めた。目に見えない感情が波紋のように広がっていった。

「......そっか 良かった。蓮も、ありがとな。母さんに輸血してくれて」

「いや、俺は全然いいって。好きでやってるんだしさ~」

「じゃあ、もう自分のことで気に病むことはないな。あの時のお前まじでやばかったからな。」

「その節はどーも。でも、もう平気だって」

 うん。今思い返しても、あのときの俺の生活はひどかったと思う。葵さんは俺のせいで病気に罹ったと自分を責め続けて、まともに寝もしないでご飯も食べずにいた。
 みるみるうちにどんどんやつれていって、終いには栄養失調で倒れたときがあった。

 連絡がぱたりと来なくなったのを心配した瑠夏が家まで来て、部屋の中で倒れていた俺を見つけて病院まで連れていってくれたときがあった。

 ーーもし瑠夏が来てくれなかったら、たぶん俺はそのまま死んでいたかもしれないな。

 でも、あのときの俺は「自分が死ねば葵さんの為になるかも...」と本気で考えてしまっていたことも事実だった。

 俺が何気なくそんなことを口にしたものだから、瑠夏は俺の胸倉を掴んできて

「お前が死んで...母さんのためになるって...それ本気で思ってんの?」

 低く、重苦しい声で俺に言ってきた。瑠夏の言葉に思わず息を呑んだ。

 そのとき、初めて瑠夏が本気でブチ切れてるのを見たんだよな。まさに鬼の形相で、正論しかかましてこないもんだから、反論の余地が無くてさ......。

 本当に怖かった。正直、今でも思い出すだけで背筋が凍る。

 ーーただ、それだけ俺のことを大事に想ってくれているのも同時に伝わった。ここまで俺が頑張ってこられたのは間違いなく瑠夏のおかげだった。

「今日も泊まってく?さっきばあちゃんが来てさ。いっぱいおかず持ってきてくれたんだよね。」

「おぉ、じゃあ今日もお世話になりますわ」

「おっけー。じゃあ布団、自分で出しといて」

 そんなふうに過ごす日々が続いてーーとうとう俺たちは卒業を迎えた。

 葵さんが目を覚ますことはなかったけれど、それでもフェロモン値が少しずつ安定してきているとのことで、確かな回復の兆しが見えてきた。

 このまま順調にいけば、十年以内にはコールドスリープを解除できる状態になるそうだ。
 そうすれば、また葵さんと会える。きっとまた笑って話せる日が来る。そんな日常が戻ってくればいいなと心の底から願った。

 進学先も俺たち二人は無事に決まった。大学と学部は同じ医学部だけど学科は別で、瑠夏はそこから子どもたちと関われるように、と学校で働くカウンセラーを目指している。ちなみに俺は高井先生のような医者になるのが目標だ。

「あーあ、葵さんに見せたかったなぁ~」

「まぁまぁ、写真撮ったんだし。母さんが起きたときにこれ見せてあげようよ」

 瑠夏とそんな話をしていると後ろから見知った声が聞こえてきた。

「瑠夏君、蓮、卒業おめでとう」

「あぁ、杏ちゃんだよね?ありがとう。杏ちゃんも卒業おめでとう」

「ふふ ありがとう瑠夏君。」

 瑠夏と杏が話しているのを横目に、俺は杏がただ話をしにきただけじゃないことに気づいていた。

「蓮、近いうちにあんたの両親がこっちに帰ってくるみたいよ。パパがそう言ってたわ。」

「りょーかい......杏、ありがとな」

「いいのよ。でもいつかは直接話さないとダメだったと思うし、いい機会なんじゃない?あとは蓮の頑張り次第だけど。また何かあったら協力するわ。.......じゃあね瑠夏君。またどこかで」

 杏が笑顔で手を振ると、瑠夏も笑いながら「またね」と手を振り返していた。

「ねぇ、さっきの蓮の親が帰ってくるって話って.....この前蓮が話してくれたことだよね?」

「うんそう、それそれ.......」

 俺の親は、海外に拠点を置く企業の代表取締役をしている。その関係で基本的に日本にはいないのだが、たまにこうして突然帰ってくることがある。

 杏がそれを知ってるのは、彼女の父親がうちの親父の秘書をしてるからだ。
 親父のスケジュール管理はすべてその人がやってくれているから、いつ帰国するのかも、間接的に杏から教えてもらっていた。

 はぁ。どうせ帰ってきたら、婚約者がどうのこうの、俺の後を継げだのうるさいんだろうな。

 母さんはまだ話が通じるけど、問題は親父の方だ。昔から反りが合わない。たぶん、俺が一人っ子なのも関係してる。親父はなにかにつけて俺を後継ぎとして扱ってくる。

 大学の進学先だって、電話越しに「お前は将来、俺の会社を継ぐのだから経営学を学べ」だの「海外の大学にした方がお前のためだ」とか言われて、本当にうんざりした。さすがに俺も我慢の限界で、少し口論になったけど。

 やっと葵さんのことで前を向けるようになったばかりなのに。なんで、こんなときに余計なやつが戻ってくるんだよ。チッと無意識に舌打ちしていた。

 でも、杏の言う通りだ。帰ってくるなら、ちゃんと話すいい機会なのかもしれない。俺の人生は、俺のものだ。葵さんと歩む未来を、誰にも潰させたりなんかしない。

「ーー葵さん。早く声が聞きたいよ。」
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