独り身オメガに幸せを

蒸しケーキ

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番外編

瑠夏の報告

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「立花先生のおかげで、俺、もう少し頑張れそうです!ありがとうございました!」

「それはよかった。けどこれからも無理はしないようにね。ゆっくり自分のペースでいいから。」

「はい!じゃあ先生!さようなら!また来週来るね!!」

「はい、気を付けて帰るんだよ。あ!廊下は走らないよ!」

 カラカラと音を立てながら、カウンセラー室の扉が閉まった。

 ふぅ、と背もたれに身体を預けて一息ついた。

 あの子も、元気になってくれてよかった。初めてここにきたときは、あんなに怯えていたのに今ではハキハキと自分の言いたいことも言えるようになって......。

 子どもの成長ぶりを間近で感じることができて、胸の奥から温かさがじんわりと滲んでくる。

 時刻はまもなく十七時を回る。教室の窓から見える夕焼けは、いつも以上に綺麗に見えた。

「こういう景色、母さん好きだったよな。」

 母さんも、今この景色を見ているのだろうか。後で聞いてみようかな。

 十七時のチャイムが鳴り、子どもたちに帰りの合図を知らせている。

 俺は退勤の時刻になったので、帰りの身支度を済ませ、職員室に行き、軽く先生方に挨拶をしてから学校を出ようとした。

「あの~。立花先生、今日ってお時間ありますか??これから職員で飲みに行かないかって話してて......」

「すみません。今日は先約がありまして、また今度ご一緒させてください。」

「そっ!そうですよね!!すみません!!」

 若干顔を赤らめながら教師が去っていった。はぁ、下心丸見えだっつーの。フェロモンの匂いもちょっときつかったな。教員なんだからせめて体調管理ぐらいはしっかりしてほしいものだ。第一、俺恋人いるって再三言ってんのにな。まぁ、こっちの学校は凪の存在を知っているわけがないし、仕方ないか。

 校門をくぐると、スマホをポケットから取り出し「今終わったよ。」と連絡を入れる。もちろん、相手は母さんだ。

 母さんとは月に一、二回のペースで会っている。デザイナーの仕事も捗っているようで、たまに会う時に目の下にクマを作ってくるときもあるから、少し心配だ。

 待ち合わせの場所に行くと、すでに母さんの姿があった。今日は俺がよく行っているバーに母さんを連れて行く予定だ。それも大事な報告をしたくて。

「ごめん!母さん!今日ちゃんと定時で上がれたのに。」

「ううん、全然。俺が瑠夏に会いたくて、早めに来てるだけだから。」

 もう。ほんとにこういうところは天然の人たらしだな、と我が母親ながら思う部分がある。

玲音れおんは大丈夫だって?」

「うん、今日は母さんが見てくれてるんだ。玲音のことは気にせず、瑠夏との時間楽しんできなさいってね。蓮も今日は遅くなるらしいし。」

 ばあちゃん、ありがとう。と心の中で感謝を伝えた。

 玲音は、母さんと蓮の間にできた赤ん坊だ。俺は玲音のかなり年の離れたになるらしく、なんともむず痒い気分になった。

 けれど、病室で玲音を初めて抱いたときは、その愛くるしさに心がぎゅんっと一気に掴まれた。

 最近、玲音を見に行ったときは顔立ちがもうはっきりしてきて、だんだんと蓮に似てきたなと思った。母さんも玲音が蓮に顔が似てくることがとても嬉しそうだった。

 顔は蓮似だからきっと性格は母さん似の子になるんだろうな、と密かに考えていた。

「最近はどう??」

「うん。順調だよ。不登校気味だった子が、少しずつ学校来れるようになってきてさ。」

「すごいじゃん!その子が頑張ったのもあるけど、瑠夏がしっかり支えてあげてたんだね。」

「俺は分かんないけど、その子は頑張ってるよ。」

「瑠夏がいなきゃ、きっとその子は救われてないと思うけどね?」

 母さんから褒められると、いつもどうしようもなく嬉しくなってしまう。今、絶対耳まで赤い気がする。俺は恥ずかしさを隠すように話題を逸らした。

「そういう母さんはどうなの?蓮とはさ?」

「あはは。最近は本当に大変だったよ......。」

 母さんは苦笑を浮かべながらも、どこか嬉しそうに肩をすくめた。

 俺は母さんと一緒に過ごせるこの時間が好きだ。あのことがあってから、余計にそう感じるようになった。

 ーー俺がいつも見ていたのは、元気で、明るくて、俺のことを常に温かく迎えてくれる母さんの姿だった。

 だけど、俺が高校生の時、そんな母さんが酷く弱ってる姿を見て、俺は現実を受け入れることができなかった。

 日に日に、顔色が悪くなっていく母さんを見て、俺は見て見ぬふりをした。

 目の前にいるのは、母さんじゃない。本当の母さんは別のところにいるんじゃないか。そうやって、自分自身に暗示をかけて、目を背けた。

 そんなある日、ばあちゃんからこう言われた。

 ーー母さんが倒れる数時間前のことだった。

「瑠夏。これは葵には内緒にしててほしいの。」

「なに?ばあちゃん。」

「葵の体調が良くないって言ってたでしょ。」

「うん、ずっとだよ。俺にはなんでもないみたいな顔するけど、おかしいって。」

「......葵は、病気なの。それに...余命宣告を受けてるらしいのよ......」

「は?え?......今、なん...て?」

 頭が真っ白になった。母さんが病気だって?ありえない。だって今の今まで、病気なんてしなかったし、持病だってなかったじゃないか。

 それに、なんだよ。余命って。

「ばあちゃん。それ、いつから知ってた?」

「一年前くらいよ。あの子、瑠夏に言う時は、高校を卒業して落ち着いてから話すって言ってたけど...今の葵じゃ、それも難しいと思ってね。」

 母さんの馬鹿。なんでそんな、重大なことを黙っているんだ。心配かけたくない?親ならそう思って当たり前??

 ーーふざけるなよ。じゃあ子どもの気持ちは、立場はどう思ってるんだ。母さんの馬鹿!!

「っ.......!」

「瑠夏!?待ちなさい!葵はーー」

「知ってる。蓮と一緒にいるんだろ。」

 でも今は、そんなことはどうでもいい。

 衝動のままに俺は家へ走った。家に着くと、俺は真っ先に母さんの寝室に向かった。

 母さんは大事なものを、寝室の引き出しに仕舞う癖があることを俺は知っていた。

 引き出しを開けると、やっぱり薬の袋が三種類整然と入っていた。

 いつの間にこんな薬飲んでたんだ。

 薬の入った袋を握りしめたところで、母さんがタイミングよく帰ってきた。

「全部、母さんの口から聞き出してやる。今日という今日は許さない。」

 そう思っていた。

 けれど、今まで母さんの病態に目を向けなかった、そのツケが俺に返ってきたんだ。

 母さんは、俺の目の前で血を吐いた。それを見た瞬間、吐き気が込み上げ、口の中が酸っぱくなった。

 朦朧とする意識の中で、母さんは「ごめん...ごめんね...」と繰り返し、消え入るような声で言っていた。

 母さんが死ぬなんて、到底考えられなかった。

 だからこそ、あのときパニックになった俺を落ち着かせてくれた蓮には一生の恩を感じている。

 今、こうして母さんと笑って話せるのは、紛れもなく蓮のおかげだった。
 
 そんな思いにふけながら、俺は母さんと静かなバーに入っていった。
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