独り身オメガに幸せを

蒸しケーキ

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番外編

玲音のイヤイヤ期

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「まー!うー!!やー!」

「玲音!こら!ご飯の時はじっとする!これ食べたらあとでりんごさん食べれるから!ね?」

 子どもの成長というのは本当に早いもので、気がつけば玲音は離乳食が終わり、幼児食を食べるようになるまですくすくと育っていた。
 まだハイハイでリビングをトコトコ徘徊しているときもあるが、最近は壁やテーブルの脚をつかんで自分の足で立ち上がり、そのままぺたぺたと歩いていく姿の方が多くなってきた。その姿がたまらなく愛おしい反面、頭から転んでしまわないかとヒヤッと肝が冷える瞬間も少なくない。

 言葉も簡単な「あー」とか「うー」だけだったのが、最近は「まー」と「ぱー」なんて音も言えるようになってきた。そんな風に子どもの成長の速さを日々実感していた。

 玲音は産まれたときからわりと蓮に顔つきが似ていたけれど、日が経つにつれてますます蓮に似てきて俺はちょっと嬉しかった。別に自分の顔が嫌いってわけじゃないけど、自分の子はかっこよく育ってくれたら嬉しいじゃん?

 ーー瑠夏みたいにさ。

 そして、今は夜ご飯の時間なのだが、幼児食デビューをしてからの玲音はご飯を遊び食べしたり、好きじゃないご飯を見るとぷいっと顔を背けたりするようになった。そう、俗にいう”イヤイヤ期”が訪れてしまったのだと俺は悟った。

 瑠夏のときも、もちろんイヤイヤ期はあった。でも瑠夏の場合は俺がうまく宥めれば案外すんなり言うことを聞いてくれた聞いてくれた記憶があった。

 だけど玲音の場合はそういかなかった。玲音が「食べない!」と決めたものは絶対に食べないし、逆に「食べる!」と決めたものは必要以上に欲しがる。着替えも抱っこも嫌がる場面が一気に増えてきて、一筋縄ではいかなかった。

 そして、なにより厄介なのはーー玲音は父親の言うことだけは素直に聞くということだ。

「ただいま~」

「あぁ蓮 お帰り。」

「玲音 今ご飯の時間か。」

「そうなんだけど、やっぱニンジン食べなくてさ」

「そっかぁ、食べないか。葵はちょっと休んでていいよ。クマ、また濃くなってる。」

 蓮は俺の目の下を優しく手でなぞりながら、そう言って玲音の元へ向かった。病院勤務で疲れてるだろうに......。申し訳なさが胸に広がった。

「玲音?パパも食べるから一緒に食べよ?」

「ぱー?」

「そう パパも食べるから。ほら、お口開けて?」

 玲音は小さく「あ」と言いながら口を開け、ご飯が来るのを待っていた。

 ほら、めっちゃ言うこと聞いてんじゃん。蓮の言葉はまるで魔法のようにあの頑固な玲音を動かしていた。

「はい ごちそうさまでした。玲音偉いね全部食べられたじゃん。ほら!りんごさんあるって」

 玲音は蓮が帰ってきた瞬間、俺のときとは大違いのスピードでご飯を平らげ、デザートのすりおろしたりんごを嬉しそうな表情でパクパクと食べ、手をパチパチと叩いていた。

 とまぁ、こんな感じで俺の時とは大違いなんだよな。正直、ショックと言えばショックだし蓮は子育て経験ないのに玲音のことをちゃんと躾けられているし、俺のやり方が何か間違っているのかなと不安になっていた。

 最近では蓮が眠った頃に、夜な夜なスマホに向かって

「子育て 夫の方ができる」「旦那の方が子育て 上手」「子育て 向いてない人の特徴」など検索をかけるのが日課になっていた。

 昔と今って育て方とか絶対違うだろうし、何かいい方法はないかなと藁にも縋るような思いで調べてしまっていた。

 最後の「子育て 向いていない人の特徴」は全然関係ないけど、自分がそれに当てはまってなければいいな~なんて思いながら眺めていた。

 クマが目の下にくっきり刻まれていたのは、完全にこの夜の時間のせいだった。ただ調べてみるのはいいものの、ネットの記事を見る限りでは一向に良い解決策は見つからず、ただ自分自身の自己肯定感を下げているような気がしてならなかった。

 それに、記事のほとんどが”子育てに参加しない夫”や”妻への愚痴”で溢れかえっていて、まるで自分のことを言われているような気がして、そっとブラウザを閉じてはまた別のサイトを開き、また閉じては開き...みたいなことを何度も繰り返していた。

「はぁ.......俺の何がいけないんだろうな。」

 お腹いっぱいになった玲音を寝かしつけた後、蓮は「お風呂 入ってくるね」と言って浴室へ向かった。結局寝かしつけも蓮に任せちゃったし。

 瑠夏を育てていたときはもちろん母さんたちの手も借りていたけど、もっと自分一人でうまくやれていた気がした。なんだかやるせないな。
 というより、自分の方が子育ての経験はあったし蓮より上手くできると思っていたからこそ、余計に劣等感のようなものを抱いてしまった。

 本当はもう子育ては一人で頑張るものじゃないと分かっているのに。でも蓮に言ったら負担にさせちゃう...よな。でもここで申し訳ないとか、遠慮するのはかえって蓮に失礼になるんじゃないかな、とかたくさん考えていた。

 現に今もまたリビングでスマホを開いて子育ての方法を調べてしまっていた。

 ーーそのときだった。手に持っていたスマホがふわっと宙に浮いた。

「あっ.......」

 検索欄を蓮に見られてしまった。画面をのぞきこんだ蓮は眉をひそめて怪訝そうな表情を浮かべていた。

「葵 ちょっと話そうか。」

 蓮のその言葉が重々しく感じた。

 
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