独り身オメガに幸せを

蒸しケーキ

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番外編

瑠夏の恋03

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 困ったことにあの日、出海君を助けてからというもの、どうやら俺の株が上がってしまったらしく、告白されることがやたらと増えてしまった。

 恋人がいるとか下手な嘘はつけないから、「恋人を作る余裕はないんだ」とか「今はそういうの要らないかな」とか、そう言って言葉を濁してなんとかやり過ごしてきた。

 けれど最近はさらに厄介なことになった。
「”今は”ってことは大学卒業したら考えてくれるってこと!?だったら私、それまで待てるわ!」

 なんて、勝手に前向きな解釈をしてくる人まで出てきて、もう色んな意味で疲れ果てていた。ただでさえ留年した分の勉強を取り戻さないといけないっていうのに。

 告白されるのはもちろん嬉しい。嫌な気持ちもまったくしない。一生懸命勇気を出して気持ちを伝えてくれる人たちに対して、俺もそれにちゃんと応えようと思っている。

 でもーー”好き”という感情が俺にはいまいち分からなかった。

 幼稚園の頃、友達だと思っていた子に言われたことがあった。

「瑠夏君とはもう一緒に遊ばない!」
「どうして?」
「だって、瑠夏君のママが独り身のおめがだから!!」
「パパとママが言ってたの!番のいないおめがは周りに迷惑をかけるんだって!だから瑠夏君とはもう遊ばないの!迷惑かけられたくないから!!」

 当時の俺には何を言っているのかさっぱり理解できなかった。いつ母さんが迷惑をかけたのか?どうして母さんは悪いことをしていないのに、そんな言い方をされなきゃいけないのか。不思議で仕方なかった。

 けれど、子どもは純粋でときに冷酷な生き物だ。物心ついて間もない俺は、家に帰ってあろうことかこの出来事を母さんに伝えてしまった。これが間違いだとは気づかずに......。

 そこから先の記憶で鮮明に残っているのは、涙声で謝る母さんの姿だった。

 今まで生きてきた中で、父さんがいないことについて、とよかく考えたことはなかった。むしろその分、母さんからの愛情を目一杯注いでもらっていたし、俺はそれだけで幸せだった。

 でも母さんの過去を知ってしまったとき、俺は気付いてしまった。

 ーー自分が”望まれない子”だったということに。

 自分が大好きで、愛してやまないはずの母さんを苦しめていたのは、もしかすると俺自身なんじゃないか。
そう気づいたときの衝撃は一生忘れることはないだろう。

 そして残酷なことに、十二歳のときに行われた第二次性の検査結果はだった。せめてベータやオメガだったら母さんを苦しめたやつらの第二次性ではない。だから、精神的にも母さんを支えてあげることができたかもしれない。ーーでもそれも叶わなくなった。

 自分が忌み嫌うアルファがまさか自分自身だったなんて。なんて皮肉なことだろうーー自嘲する他なかった。

 オメガを蔑み、貶す声をあげているのはいつもアルファだ。

 そんなアルファとしての俺は誰かのことを幸せになんてできるのだろうかーー。もちろんこれが間違った認知だということは自分でも理解している。
けれど、幼少期に受けた心の傷は今も消えることはなく、俺の胸の中に強く深く根を張り続けていた。

 母さんのことも、蓮のことも、ばあちゃんのことも、俺と仲良くしてくれる友達もみんな好き。
だけどそれが恋愛の”好き”ではないことぐらい、俺にも分かっていた。

 ーーいつか俺に”好き”が分かるときなんてくるのかな......。

 はぁ。今日は蓮も実習でいないし、一人でのんびりご飯でも食べるか......。食堂も混んでるし、なんかいいとこないかな......。そう思って、キャンパスの中をとぼとぼ歩いていると、たまたま人通りの少ない穴場のような場所を見つけた。

 こんな場所あったんだ。今度蓮も連れて来ようかな。そう思いながらベンチに腰を下ろして、ぼんやりと空を見上げていた。

「はぁ。好き......か。」

 俺はため息が止まらなかった。

「ねぇ。」

「うわっ!誰!!」

 驚いて声をあげるとそこには出海君がいた。どうしてこんなとこにいるんだ??てかさっきの独り言聞かれたかな?

「久しぶり......だね。ここ、もしかして出海君もよく来るの?」

「いや、瑠夏の匂いを辿ってきた。」

 いやいや。俺の匂いをって犬かよ。自分ではそんな自覚ないけど俺、今フェロモン出てんの?てか、ちゃっかり名前呼びだし。

「......あのさ、今すごいみんなに言い寄られてんじゃん?瑠夏。」

「あぁ~、それ出海君も知ってたんだ。実はそうなんだよね~。」

 俺は困ったように笑いながら出海君の様子を伺っていた。

「恋人もいないから下手に嘘つけなくてさ。ほんと困っちゃうよね。」

 俺が言ってから少し静寂した時間が流れた。出海君はなんて返してくるかな。「そっか、瑠夏も大変だね」ぐらいの返事かな、なんて頭の中で考えていた。

 出海君は少し考えた後、隣で深く息を吸って、意を決したように口を開いた。

「......じゃあさ、俺と付き合ってみない?」

「......え?」

 なんの脈絡のない突然の提案に思わず反射的に声が出た。さすがにそれは予想外すぎた。

「俺もさ、告白してくるやつ結構いて困ってるっていうか......その、お互い得じゃない?こうなったのも、ある意味俺の責任だし......。」

 あぁ、つまりは”仮の恋人を演じよう”ってことね。出海君もそりゃモテてるだろうし、嘘は言ってなさそうだな。加えて利害も一致してるし、俺がちょうどいい相手だったってわけね。

「......分かった、いいよ。付き合おっか。俺たち」

「マジ!?言質取ったからね!!」

 仮の恋人なのにそんなに喜ぶ?余程言い寄られて困ってるやつでもいるのかよ。その姿があまりにも幼稚に見えて、ついくすっと笑ってしまった。

 ーーそのとき、ふに、と柔らかい何かが唇に触れた。

「......はっ??」

「今は仮でも、ちゃんと好きになってもらえるように頑張るから。......じゃあ。」

 出海君は顔を赤らめて、そう言い残しながら去っていった。

 いや、ほんとにどういうこと??あまりの急な展開にしばらくその場から動けなかった。

 次の日から凪の提案のおかげもあって、「恋人ができた」と断る口実を作れたから告白してくる人はぴたりといなくなった。

 その代わり、なぜか俺たちの謎のファンクラブ?のようなものができたらしいと風の噂で耳にしたが、真偽は分からなかった。

***

 それから一年。俺たちの関係は静かに続いていた。けれど終わりはあっけなかった。留年した俺と先に卒業した凪。学部も学科も違えば大学を卒業したら会える時間が減るのは必然だった。

 凪は新卒で忙しく働いていて、俺も四年になって実習や院進学の準備で忙しくなり、毎日のように当たり前に交わしていた「おはよう」、「おやすみ」の連絡も気づけば取らなくなっていた。

 やっと繋がった電話越しに、俺は一方的に「別れよう」と告げ、そのまま電話を切った。切る直前、凪が何か言っていたけど、聞かないふりをした。

 ーーせめて”最低なやつだった”って思われて別れた方がいい。その方が凪のためになる気がした。ちゃんと凪が前を向けるように嫌なやつを演じれたかな。俺なんかに未練なんて残さないように。

 こうして俺と凪の関係には終止符が打たれた。

「ねぇ、もし恋人と別れたらさ、どういう気持ちになると思う?」

「えぇ~なんだよその質問......そういうのは美園に聞けばいいんじゃねーの?」

「もう蓮にも聞いたから聞いてるんだよ。」

「う~ん、そうだな~。俺だったら胸がぎゅんってなって!悲しくて、寂しくなるかもな~。」

「ふ~ん、そっ、か。」

「おい!なんだよその含みのある言い方!顔がいいからってすけこましやがってよ~!」

「あははは、ごめんごめん。」

 俺は凪と連絡が取れなくなっても悲しいとも寂しいとも感じなかった。

 ーーやっぱり俺は、心の底から誰かを”好き”になることなんて、できなかったみたいだ。誰かがこの胸にぽっかりと空いた”欠陥”を埋めてくれる日は来るのだろうか。
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