死ぬことが確約されている悪役令息ですが、推しの闇落ち回避のために頑張ります

蒸しケーキ

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3.

 ぐるぐると辺りを見渡していると、奥に二階へと続く階段があった。軋む音を立てながら上がると、ひと目でここがゼノの部屋なんだと分かる部屋に辿り着く。

 部屋にはベッドと机、それから制服が壁にかけられているだけで、それ以外は何もなかった。

 机の上には、万年筆と一冊のノートがぽつんと置かれている。何気なくノートを開いてみたが、中身は何も書かれておらず、白紙のページが続くだけだった。

(ちょうどいいか。)

 俺は椅子に腰を下ろし、ノートを広げ万年筆を手に取る。

 この世界で生きる目標か何かを、ノートにでも書き留めておこうかな。そう思い立ち、早速ノートにやりたいことリストを思いつくままに箇条書きで書き出していった。

・カリムエンドを見ること
・闇落ちルートを回避すること

「これは絶対にだな。」

 せっかく好きなゲームの世界に転生できたというのに、推しのハッピーエンドを見ないまま退場するなんて、ありえない。ここだけは本気で意識して過ごさないといけない

 次は......うーん。

・程よく悪役をやる
・学園生活を楽しむ

 まぁ、適当にこんな感じでいいか。走っていたペン先がぴたりと止まる。

 ーーそうだ。せっかく死ぬ運命なんだったら、散り際は「どう死にたいか」を考えるのもオタクの性だよな。

 あんまり思い出したくはないが、転生前もあまりいい記憶は残っていない。それにーー俺はたとえ、現世に戻れたとしても死んでいるだろうしな。

 少しだけ考えて、苦笑する。

・【重要】華やかに死にたい。

 書いたあと、自分で見て少し笑った。

 うん。今はこのぐらいでいいかな。また何か思いついたら、書き足していけばいい話だ。

 このメモは自分への戒めとして、肌身離さず持っておくことにしよう。

 使い終えた万年筆を引き出しの中にしまおうと、机の引き出しを開けたとき、指先が何かに触れた。

「......ん?」

 引き出しの奥から出てきたのは、もう一冊のノートだった。

 授業とかで使っていたものには見えない。色は少し褪せているし、ノートの端が削れていたりしている。それに、ところどころ赤いインクのようなシミが残っている。

「......なんだ、これ」

 俺はノートを手に取り、無意識にそっと一枚、ページをめくる。

 パラパラとページをめくるたびに、殴り書きの整っていない文字が目に飛び込んできた。そこにはゼノの心情と思わしき言葉が、感情のまま叩きつけるように、綴られていた。

「僕は産まれてはいけない子。呪われた子なんだって」

 次のページ。

「誰も僕を愛してはくれない。唯一血のつながった父でさえ、僕を見捨てた。ただ、みんなで楽しく過ごしたいだけなのに。普通の家庭って、どんなものなんだろう。」

 ページを進めるたびに、文字は崩れていく。

「今日も母様が来た。罵倒されるのは慣れているはずなのに、今日はどうしても駄目だった。だって、母さんの命日だったから......。こんなことで落ち込んでる自分が、嫌になる。」

 インクが滲んでいる。

「家から手紙が届いた。どうやら、僕はもう”必要ない”らしい。」

 そこで、一度、手が止まった。

「アルトだけは、僕を僕として見てくれた......なのに、どうして」

 また、めくるとその先は、強く、深く、抉るように書かれていた。

「第一王子が憎い。第二王子も。みんなみんな、涼しい顔をして、僕が手に入れたものを簡単に奪っていく。」

 文字はもうほとんど形を保ってはいなかった。

「もう、嫌だ。」

「消えてしまいたい」

「ごめんなさい」
「ごめんなさい」

 ノートの最後は、誰に宛てたのかも分からない謝罪の言葉で終わっていた。気づけば息をするのも忘れていた。

 ゼノの心の叫びに、俺は心がじわじわと締め付けられる。

(......なんだよ、これ。)

 ゲームの中で見ていた“ゼノ”は、ただの悪役だった。主人公に執着して、破滅する、都合のいい装置。

 ーーでも、これは違う。

 こんなの。ただの、“人間”じゃないか。

「......そりゃ、歪むよな」

 独り言を落とす。

 愛されたことがない人間が、誰かに執着しないわけがない。

 俺は、そっとノートの表紙を撫でた。

(苦しかったよな)

 ーーそのとき。

 ーーがちゃん。

 鈍い音が、一階から響いた。

「......誰か来た?」

 反射的に立ち上がり、階段へ向かう。

 急いで一階に降りると、そこには高級そうな服に身を包んだ女性と、二人のメイドが立っていた。にやにやとこちらを見つめながら、ひそひそと何かを囁き合っている。

 そして、その手には鞭が握られていた。

「さぁ、ゼノ。今日も”教育”の時間よ。......そこに跪きなさいな。」

 逆らう、という選択肢が浮かばなかった。体が勝手に動く。膝が床についた瞬間、胸の奥がすうっと冷えていく。まるで諦めに近い感覚だった。

「はっ! 今日はやけに聞き分けがいいじゃないか」

 女は愉快そうに口を歪めている。

「ようやく理解したのかい? 私がどれだけお前を“躾けて”きたかを......」

 ーーヒュッ

 空気を裂く音。

 次の瞬間、右足に焼けるような衝撃が走った。

「ッ......!」

 遅れて痛みが広がる。皮膚の奥に、じわじわと熱が染み込んでくる。

「そういう顔だよ。気に入らないのは」

 もう一撃。今度は、左足。

「その目つきーーほんと、お前の母親そっくりだねぇ」

 ーー母親。

 その言葉だけが、妙に引っかかった。

(いや、違うな......)

 断片的に蘇る記憶と、さっき読んだノートの内容が繋がる。

(“母様が来た”......あれは、本当の母親じゃない)

 じゃあ、これは。

(継母か。)

 もう一度、鞭が振り下ろされる。今度は、避けようとすら思わなかった。

 足の力が抜け、身体が崩れる。

 床に手をついたまま、視界の端で女が満足そうに笑うのが見えた。

「ふふ......今日はこのくらいにしておいてあげるよ」

 鞭をメイドに渡し、軽く手を払う。

「ほら、今日は特別にご褒美もあるのよ。ちゃんと読んでおくんだね」

 女は鼻で笑い、そのまま踵を返した。

 一人のメイドが、露骨に蔑むような視線を向けて去っていく。もう一人は、何も言わず包みをテーブルに置き、静かに頭を下げた。

 ーー嵐が過ぎた後のように、家の中が静まり返る。

 ゆっくりと息を吐く。

 立ち上がろうとした瞬間、足に激痛が走った。

「......い”っ、は......」

 震える足で、どうにか身体を支える。

 まず目に入ったのは、置いていかれた手紙だった。

 封を切り、目を通す。

 「......あぁ、そういうことか」

 短く吐き出す。内容は簡単だった。

 ーー破門。

 ヴェリタス子爵家からの支援は、今後一切なし。ただし、この家と学園の在籍だけは許される。

(つまり......)

「本格的に用済み、ってわけか」

 小さく笑った。

 次に、包みを開く。中には、数日分の食料が入っていた。

(......これで、終わり)

 卒業までは、なんとかなる。

 その先はーー自分でどうにかするしかない。

「......結局、働くのかよ。」

 乾いた声が漏れた。

 今日はひどく疲れた。転生してきたと思ったら、頭は打つし、鞭で叩かれるし、挙句の果てには破門って......散々だ。

 食事よりも先に、風呂に入ることにする。

 浴室の鏡に映った体を見て、思わず息を呑んだ。

 細い。

 浮き出たあばら。背中や腕には、古いものと真新しいものが混ざった鞭の痕。

「......っ」

 言葉が出ない。

(これが、ゼノの日常かよ。)

 胸の奥が軋む。怒りとも、哀れみとも違う。

 もっと、どうしようもない感情だ。

「......よく、生きてたな。」
 
 ぽつりと零れた。

 こんな場所で。こんな扱いを受けて。

 それでも生きていた。

 ーーなら。せめて

 自分の拳をぎゅっと握る。

(このまま終わらせるのは、違うだろ。)

 風呂を出て、ベッドに倒れ込む。

 その夜、夢を見た。

「......ルト......君、を......」

 途切れ途切れの声だった。

「......やめれば......楽に......」

 ノイズが混ざり、意味が掴めないでいると、もう一つの声が、重なる。

「うん。第一王子たちは僕を好いてるから、簡単だよ」

「協力してあげる。だから君もーー」

「僕に、協力してよ」

 顔は見えない。声も、曖昧だ。

 ーーただ一つ、分かるのは。

(ゼノは......何かを、約束してる)

 誰かと。それが、どんな結末に繋がるのかも知らずに。
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