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49.カリム視点
「なんだ? おやつの時間はまだだぞ。」
目の前で袖をくい、と引く小さな手。
この子は確か......ゼノが気にかけていた、口数の少ない子だったか。
何かを訴えるように、じっとこちらを見上げてくる。
「......分かった。ついていけばいいんだな。」
仕事の手を止め、導かれるまま歩き出す。やがて辿り着いたのは、孤児院の庭だった。
木陰の下ーーそこに、気持ちよさそうに眠るタイヨウの姿があった。
「......ほんとうに、よく眠るようになったな。」
穏やかな寝息。力の抜けた表情。
それを見ているだけで、ここが“安心できる場所”になったのだと実感する。満ち足りた感覚が、静かに胸の中を流れていく。
ーーそうか。この子なりにゼノのことを心配していたのかもしれないな。
「ゼノはただ寝ているだけだ、安心しろ。ほら、あっちで遊んで来い。」
こくりと頷くと、ぱたぱたと子どもたちのもとへ戻っていった。
柔らかな風が肌を撫でる。
眠っているゼノを見つめながら、ふと考える。
この孤児院を設立してからのゼノとの生活は、ほんとうに幸せそのものだ。
俺は、ゼノといるためなら王族でなくてもいい。
すでに次期皇帝は兄上で確実だった。そうなれば、アルトも必然的にカイラスの妃となることだろう。
だから、だからこそ、王位継承権を破棄すると告げたとき、周囲が言葉を失ったのも無理はない。皆しばらく口をぽかんと開けたまま、唖然としていた。
「カリム様の今までの公務は誰が引き継ぐので!?」
「カイラス様も男性とご結婚なされたのに、一体だれがこの国の跡継ぎを......!」
一部の人間はそう騒いでいたが、継承権の破棄は比較的すんなりと受け入れられた。
理由は、母上にあった。
母上は現在、妊娠しているのだ。
それが明かされたのは、生誕祭の後だった。
思えば違和感はあった。
思えば、違和感はあった。
甘党の母上が砂糖を入れずに紅茶を飲んでいたこと。
体のラインを隠すようなドレス。
あのときは深く考えなかったが、今なら分かる。
つまり、母上と父上は、生まれてくる子どもに跡継ぎの役目を託そうとしているのだろうな。
ただ、それも兄上や俺のように同性を好きになった場合は......。まぁ、俺がそこまで考える必要はないか。
それでもゼノだけは、この話をしても堂々とした態度で「そっか。まぁ、カリムがいいなら......ね」と、半ば諦めたように受け入れていた。俺は、そんな毅然としたゼノの態度に、何度も救われている。
孤児院を始めたいと言い出したのはゼノからだったが、俺もその考えにはむしろ賛同していた。
昔から母上や父上の目を盗んでは、密かに貧民街へ足を運び、食料や飲み物、生活に必要な物資を届けていた。
自分でも、なぜそんなことをしているのか分からないときもあったが、どうにもあそこにいる人たちは見過ごせなかった。
それに、感謝されるのは悪くない気分だったし、気づけばそれが日課になっていた。
だからこそ、ゼノが孤児院を開きたいと言ったとき、話はとんとん拍子に進んだ。
だが、ひとつだけ気に入らないことがある。
孤児院で引き取った子どもたちが、ゼノーーいや、タイヨウに異様なまでに懐いてしまうことだ。
......いや、気持ちは分かる。タイヨウのあの包容力と、天女のような笑顔に触れれば、誰だって惹かれるだろう。
だが、子どもとはいえ、ベタベタと触れているのを見れば、俺も心穏やかではいられない。
そういう日は必ず、ベッドにタイヨウを離れられないように押さえ込んで、独り占めにして、甘やかし尽くす。
そのせいでようタイヨウとは口論になる。
「は!? 今日も!? 絶対に無理!! カリムはもっと俺のこと考えるべき!」
「何が嫌なんだ? いつも満更でもなさそうな顔をしているだろ?」
「そういう問題じゃない!」
俺はゼノに構わず、出会った時よりも明らかに肉付きの良くなった体にキスを落とす。
手で口を塞がれようがお構いなしだ。
「もう! ほんとに! 今日はしない!! そんなに無理やりしてくるなら一緒のベッドで寝ないからな!」
怒っているタイヨウも愛おしいーーなんて伝えてしまったらもっと怒らせてしまうだろうな。
まぁ、同じ空間に入れないのは俺としても耐えられそうにない。
たまには俺が折れるべきか。
「悪かった。今日は我慢しよう。」
「今日だけじゃなくて、しばらく、そういうの禁止にする。」
ほう。これはいわゆるポリネシアンセックスというやつか?
きっとタイヨウは意地を張る。けれど、最後には自分の意思で俺を求めるはずだ。
根競べもいいかもしれないな。
そうしてまた、記憶と身体に俺という存在を刻み込めばいい。
そして結果は俺の予想通りだった。
必死に縋るその手。涙声で名前を呼ぶ声。宝石のように潤んだ瞳。
あの日は、視覚的にも感覚的にもくるものがあった。
思い出しただけでも勃ってしまいそうだ。
朝から盛るなんてしたら、それこそタイヨウがまた離れかねない。
そんなことを考えていると、タイヨウがもぞもぞと体を動かした。
起こしてしまったか?
「タイヨウ。どうした、疲れたか?」
ゆっくりと瞼が開かれ、藤色の瞳が俺を捉える。
”タイヨウ。お前は今、幸せか?”
そう問いかけたら、お前は幸せだと答えてくれるだろうか。
......聞くまでもないな。
目の前で袖をくい、と引く小さな手。
この子は確か......ゼノが気にかけていた、口数の少ない子だったか。
何かを訴えるように、じっとこちらを見上げてくる。
「......分かった。ついていけばいいんだな。」
仕事の手を止め、導かれるまま歩き出す。やがて辿り着いたのは、孤児院の庭だった。
木陰の下ーーそこに、気持ちよさそうに眠るタイヨウの姿があった。
「......ほんとうに、よく眠るようになったな。」
穏やかな寝息。力の抜けた表情。
それを見ているだけで、ここが“安心できる場所”になったのだと実感する。満ち足りた感覚が、静かに胸の中を流れていく。
ーーそうか。この子なりにゼノのことを心配していたのかもしれないな。
「ゼノはただ寝ているだけだ、安心しろ。ほら、あっちで遊んで来い。」
こくりと頷くと、ぱたぱたと子どもたちのもとへ戻っていった。
柔らかな風が肌を撫でる。
眠っているゼノを見つめながら、ふと考える。
この孤児院を設立してからのゼノとの生活は、ほんとうに幸せそのものだ。
俺は、ゼノといるためなら王族でなくてもいい。
すでに次期皇帝は兄上で確実だった。そうなれば、アルトも必然的にカイラスの妃となることだろう。
だから、だからこそ、王位継承権を破棄すると告げたとき、周囲が言葉を失ったのも無理はない。皆しばらく口をぽかんと開けたまま、唖然としていた。
「カリム様の今までの公務は誰が引き継ぐので!?」
「カイラス様も男性とご結婚なされたのに、一体だれがこの国の跡継ぎを......!」
一部の人間はそう騒いでいたが、継承権の破棄は比較的すんなりと受け入れられた。
理由は、母上にあった。
母上は現在、妊娠しているのだ。
それが明かされたのは、生誕祭の後だった。
思えば違和感はあった。
思えば、違和感はあった。
甘党の母上が砂糖を入れずに紅茶を飲んでいたこと。
体のラインを隠すようなドレス。
あのときは深く考えなかったが、今なら分かる。
つまり、母上と父上は、生まれてくる子どもに跡継ぎの役目を託そうとしているのだろうな。
ただ、それも兄上や俺のように同性を好きになった場合は......。まぁ、俺がそこまで考える必要はないか。
それでもゼノだけは、この話をしても堂々とした態度で「そっか。まぁ、カリムがいいなら......ね」と、半ば諦めたように受け入れていた。俺は、そんな毅然としたゼノの態度に、何度も救われている。
孤児院を始めたいと言い出したのはゼノからだったが、俺もその考えにはむしろ賛同していた。
昔から母上や父上の目を盗んでは、密かに貧民街へ足を運び、食料や飲み物、生活に必要な物資を届けていた。
自分でも、なぜそんなことをしているのか分からないときもあったが、どうにもあそこにいる人たちは見過ごせなかった。
それに、感謝されるのは悪くない気分だったし、気づけばそれが日課になっていた。
だからこそ、ゼノが孤児院を開きたいと言ったとき、話はとんとん拍子に進んだ。
だが、ひとつだけ気に入らないことがある。
孤児院で引き取った子どもたちが、ゼノーーいや、タイヨウに異様なまでに懐いてしまうことだ。
......いや、気持ちは分かる。タイヨウのあの包容力と、天女のような笑顔に触れれば、誰だって惹かれるだろう。
だが、子どもとはいえ、ベタベタと触れているのを見れば、俺も心穏やかではいられない。
そういう日は必ず、ベッドにタイヨウを離れられないように押さえ込んで、独り占めにして、甘やかし尽くす。
そのせいでようタイヨウとは口論になる。
「は!? 今日も!? 絶対に無理!! カリムはもっと俺のこと考えるべき!」
「何が嫌なんだ? いつも満更でもなさそうな顔をしているだろ?」
「そういう問題じゃない!」
俺はゼノに構わず、出会った時よりも明らかに肉付きの良くなった体にキスを落とす。
手で口を塞がれようがお構いなしだ。
「もう! ほんとに! 今日はしない!! そんなに無理やりしてくるなら一緒のベッドで寝ないからな!」
怒っているタイヨウも愛おしいーーなんて伝えてしまったらもっと怒らせてしまうだろうな。
まぁ、同じ空間に入れないのは俺としても耐えられそうにない。
たまには俺が折れるべきか。
「悪かった。今日は我慢しよう。」
「今日だけじゃなくて、しばらく、そういうの禁止にする。」
ほう。これはいわゆるポリネシアンセックスというやつか?
きっとタイヨウは意地を張る。けれど、最後には自分の意思で俺を求めるはずだ。
根競べもいいかもしれないな。
そうしてまた、記憶と身体に俺という存在を刻み込めばいい。
そして結果は俺の予想通りだった。
必死に縋るその手。涙声で名前を呼ぶ声。宝石のように潤んだ瞳。
あの日は、視覚的にも感覚的にもくるものがあった。
思い出しただけでも勃ってしまいそうだ。
朝から盛るなんてしたら、それこそタイヨウがまた離れかねない。
そんなことを考えていると、タイヨウがもぞもぞと体を動かした。
起こしてしまったか?
「タイヨウ。どうした、疲れたか?」
ゆっくりと瞼が開かれ、藤色の瞳が俺を捉える。
”タイヨウ。お前は今、幸せか?”
そう問いかけたら、お前は幸せだと答えてくれるだろうか。
......聞くまでもないな。
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お読みいただきありがとうございます😭
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そうですね!これからもケンカップルとして、仲良く二人で過ごしていることと思います!!
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最後まで作品にお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
また次回の作品でもお会いできたら嬉しく思います✨
桃多さん!!
ここまでお読みいただきほんとうにありがとうございます😭
紅茶の伏線も回収できてホッとしております、!
カリムとゼノはきっとこれからもわちゃわちゃしながら仲良くやっていくと思います!!
二人の行く末を見守っていただき、ありがとうございました🙇♂️何度も何度も桃多さんの感想が励みになっておりました✨
また次回の作品も楽しんでいただけたら嬉しく思います!!
作品にお付き合いいただき、ありがとうございました!!