運命に花束を

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運命に花束を①

運命との出会い⑦

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 自分は馬なのですぐに追いつくから先に行っていて下さいと、グノーとアジェの二人には先に街道を進んでもらい、件の町に向かっていた同僚と合流して一通り捜査を終えてから、ナダールは二人と合流した。

「それにしても王子によく似ているな」

 同僚達も一緒にメルクードへと向かう道すがら、やはり同僚もアジェに対してナダールと同じ感想をもらした。
 アジェは困ったように苦笑する。

「そんなに似てますか?」
「似てる似てる。実は双子の兄弟とかだったり?」

 それは同僚の冗談半分の軽口だったが、その時ナダールはアジェの薫りがざわりと揺れたのに気が付いた。そんな事ある訳ないじゃないですかぁ、とアジェは笑っていたがその心の揺れは手に取るように分かった。

「おい」

 グノーがナダールを見上げる。グノーは自身の赤い髪を隠すようにフードを目深に被っていたので彼の瞳は見えなかったが、それは「何も言うな」という意思表示だという事も何故か分かった。
 同僚達と別れ二人を家へと案内する。聞きたい事はたくさんあった。だが、そのどれもがこんな道端でするような話ではないのだという事は理解していた。



「ただいま戻りました」

 家に帰り着くと、小さな弟妹が「兄ちゃんおかえり」と転げるように纏わり付いてきて、ナダールはその一人一人にただいまを言ってその頭を撫でた。

「驚いた、これ全員お前の兄弟なのか?」
「そうですよ、可愛いでしょ」

 グノーは首を傾げる。何かを考え込んでいるようなその仕草にナダールは首を傾げた。父はまだ家には帰っていなかったが、母は笑って二人を迎え入れ、弟妹達もすぐに二人に慣れて纏わり付いていった。
 ただ、一番末の妹ユリアだけはグノーが怖いようで近付いて行こうとはせず、ナダールの背後に廻って二人の様子を伺っている。そんな妹をナダールは抱き上げ「彼が怖いですか?」と問うてみた。

「うん……なんか怖い匂いがする。でも、いい匂いもするしよく分からない」

 自分と同じ反応の妹に、彼がよく分からないのは自分だけじゃないのだなとナダールは安堵した。
 もう一人のαである弟は現在出張中で家には居ない、一体この二人は何者なのだろうかとナダールは改めて首を傾げた。
 アジェが従兄弟である事は間違いないようで、母とアジェは父の妹であるアジェの母親の話で盛り上がっている。しかし、その様子を眺めているグノーの表情はまるで読めない。フードこそ外しているが、その長い前髪は彼の感情を完全に隠していた。

「なに?」

 自分を見つめる視線に気が付いたのか、グノーがこちらを見やる。妹は怯えたように私の腕から逃げ出して母の元へ駆けて行ってしまった。

「ひとつ聞いてもいいですか?」
「イヤだ」

 グノーの返答はにべもない。ついでに会話も続かない。ナダールは困ってしまう、他人にこんな対応をされたのは初めてだ。

「私、あなたを怒らせるような事しましたか? もし、気に障るようなことをしたなら謝ります、ごめんなさい」

 言葉にグノーが驚いたような顔をした……ような気がした。やはりその表情は見て取れないのだが、なんとなく分かるのがとても不思議だ。彼は戸惑った様子で、まぁひとつだけなら……とぼそりと呟いた。
 ひとつだけと言ってはみたものの、聞きたい事はいくつもあって、さて何を聞こうとナダールは考える。

「なんだよ、聞きたい事があるならさっさと言え」

 長考に入ってしまった、ナダールにいらいらしたようにグノーはこちらを睨み上げる。見えないのだけれど、態度と言葉でそれは分かった。

「あなたは、もしかしてΩなのでしょうか?」
「ちげーよ、俺はβだ。Ωの護衛に役に立たない奴付けてどうすんだよ、お前馬鹿か」

 いっそ潔いほどの罵りの言葉に、ナダールは思わず笑ってしまう。

「ですが、あなたから凄くはっきりとしたαの匂いがするので、もしかして番持ちのΩかと思ったんですけど、違いますか?」

 グノーはだんまりをきめこんだ。本当にひとつしか答えてくれないつもりか……
 それに、確かにあの時自分は複数の匂いを感じ取ったのだ、アジェはΩで間違いないと思う、だがグノーの性がどうにもはっきりしないのだ。
 じっと黙って彼を見つめていたら、沈黙に耐えかねたようにグノーがひとつ溜息をつき、己の髪を掻き回した。

「視線うぜぇ、こっち見んな」
「見てるのも駄目なんですか?」
「俺が擦り減る。くっそ、だからαは嫌いなんだよ」

 ぶつぶつと呟いて、グノーは諦めたように自分もアジェもΩで間違いないとその性を認めた。

「誰にも言うんじゃねぇぞ。ただでさえΩは偏見が強くて立場が弱いんだ、お前みたいな奴じゃなきゃ誤魔化せたのに、なんなんだよお前。そんな駄々漏れのフェロモン垂れ流しやがって、胸焼けするわ」
「そんなの初めて言われましたよ」

 ナダールは戸惑う。そんなに自分は匂うのだろうか、実のところ他者の薫りには敏感でも、自分の匂いはよく分からないのだ、今まで会ったαの人達にもそんな事を言われた事はなかったのだが……

「匂うよ、めっちゃ離れてても匂ってきた。ブラックも大概だと思ったけど、あいつの次くらいに駄々漏れだ」
「ブラックさんって誰ですか?」
「この匂いの主」

 あぁ、と納得する。確かに、グノーからは溢れんばかりのαの匂いがする、そういう人物なのだと言われてしまったら納得せざるをえない。

「その人はあなたの番なんですか?」
「ちげぇーよ、やめろし。あんな奴、死んでもごめんだ」
「嫌いなんですか?」

 その彼の匂いを身体中に纏わり付かせているのに、グノーの言葉は辛辣だ。

「正直世話にはなってる、あいつのこの匂いがなかったら俺は今頃生きてなかったかもしれないしな。でも、どうにも面倒くさい。あいつに関わると碌な事ない」
「どんな人なんです?」
「自分を中心に世界が廻ってると思ってそうな奴」

 心底嫌そうに、グノーはそう吐き捨てた。

「俺、あんたみたいな腰の低いαなんて初めてみたよ。αはどいつもこいつも傲慢で嫌な奴ばっかりだと思ってた」
「え? そんな事ないですよ! 私の友人にもαは何人かいますけど、そんな人一人もいませんよ」
「ホントかよ、俺の知ってる奴はみんな自分勝手で、他人を振り回す奴ばっかりだったぞ」

 初対面時の自分に対するあからさまな威嚇行動はその為だったかとナダールは苦笑した。確かに、そんなαに囲まれていたらαに懐疑的になってしまうのも仕方がない。

「私の傍に居てくれたら、私があなたを守りますよ?」

 それは無意識に、言葉が口をついて出た。驚いたのだろう彼がばっと顔を上げ、こちらを見上げる。

「なに言ってんだ?」
「え? 何って、言葉通りの意味ですが……」

 自分は何かおかしな事を言っただろうか? 保護されていない、番のいないΩだったら守るのはαの役目だ。それは妹を守るのと同じように自分に課せられた使命だとそう思っただけなのに、彼の動揺は彼自身のフェロモンさえ揺らした。

 あ、これ好きな匂いだ。

「馬鹿じゃねぇの、守るとか軽々しく言ってんじゃねぇよ! お前だって番持ちじゃねぇんだから、加害者側じゃねぇか!! Ωってのは自分の身は自分で守るしかないんだよ! 例え、それで周りに不幸を振り撒いたとしてもな!」
「え、なんでそんなに怒るんですか」
「やっぱりお前は自分勝手なただのαだよ! 他の奴と違うと思った俺が馬鹿だった」
「え? ちょっと、え? 待ってください、なんでそんなに怒るのか分かりません」

 怒らせてしまった。何がそんなに気に障ったのだろう、彼は毛を逆立てた猫のように視線は逸らさずナダールから距離をとる。

「しばらく世話になるから言いたくないけど、俺やアジェには近寄んな! これはお前の為でもあるんだからな、死にたくなかったら俺には絶対触んじゃねぇ」
「グノー、どうしたの?」

 グノーの大きな声に、アジェが慌てたように駆けてくる。

「どうしたの? 何かあった?」
「なんでもない」

 グノーはアジェからふいっと視線を逸らした。

「グノー、黙ってたら分からないよ、僕に教えて」

 アジェの表情は優しいが、グノーはそのアジェの言葉には逆らえないようで、おずおずと視線をアジェへと戻す。

「本当になんでもないから、お前は気にするな」
「気にするよ、気にするに決まってるだろ。僕達親友だって言ったよね? グノーが嫌な思いしたら僕だって辛いんだよ、嫌なことも楽しいことも一緒だよって約束したでしょ?」

 アジェは表情の見えないそのグノーの顔を覗き込むようにして彼の頬に手を伸ばした。歳はずいぶん離れているように感じていたのだが、まるでアジェはグノーの母親のようで、ナダールは見てはいけない物を見ているような気分にさせられた。

「ここは嫌だ、むこうで話そう」
「うん、分かった。ナダールさん、ここまで連れてきてくれてありがとうございます、本当に助かりました」

 アジェは笑顔でナダールにぺこりと頭を下げると、グノーの手を引いて行ってしまった。
 今のはなんだったのだろう、二人はΩ同士だ。番になど絶対なれない二人なのに、そこには両親の間にあるような甘やかな空気が流れているようなそんな気がした。
 それにしても鼓動が早い、これは一体なんなんだ。

「ただいま」

 タイミングよく父の帰宅の声が聞こえる。
 この鼓動をどうしていいか分からず、ナダールは小さな弟妹のように転げるように父の元へ駆けて行った。
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