運命に花束を

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運命に花束を①

運命との旅立ち⑨

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 ナダールは客室塔へと向かっていた。自分の警護予定の要人はファルスからの使者だった。王子の誕生日会だ、他国にも招待状はばら撒かれ、それに応じた使者が次々と城に到着していた。

「本日は我がランティス王国にお越しいただき誠にありがとうございます。私、お二人の警護を務めさせていただくナダール・デルクマンと申します。御用の折にはなんなりとお申し付けください」

 頭をさげた先、佇むのはファルスからの使者。一人は人形のように整った顔立ちの無表情な青年、もう一人は自分と同じ金の髪を揺らす少年というには大人びてはいるが、青年というにはまだ幼さの残る男がこちらを睨むように見ていた。

「ありがとうございます。私はファルス国王陛下の代理で参りましたクロード・マイラーと申します。こちらは配下のエドワード。短い期間ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 無表情な青年は無表情なままそう自己紹介をする。あまりにも無表情な上、顔の造作が整い過ぎていてまるで人形が立って歩いているような錯覚すら覚えるくらいにクロードは本当に凄みのある美形だった。
 一方エドワードと呼ばれた配下の少年はずっとこちらを睨んだままうんともすんとも言わない。
 だがナダールは彼の匂いに覚えがあった。彼らは二人ともαだったが、エドワードと呼ばれた少年の匂いはつい最近嗅いだ事のある匂いだ。自分の物に手を出すな! と威嚇するそれは、アジェの守りのαの匂い。

「もしかして、あなたエディ君ですか?」

 失礼などと考える前に口が滑った。
 あ? と少年は更にこちらを睨みつける。

「確かに私は親しい者にはエディと呼ばれていますが、あなたが何故それを?」
「いえ、違っていたら申し訳ないのですけど、もしかしてあなたカルネ領主様のご子息ではないですか?」
「それは……まぁ、今はカルネを名乗っている。エドワード・R・カルネ、それがどうかしましたか?」
「あぁ、ではやはりあなたがアジェ君の……」

 言葉に彼の瞳が見開かれる。

「あんたアジェを知っているのか!!」
「はい、今彼は我が家にいますよ」

 自分の言葉にエディが怒りを露に詰め寄ってきて胸倉を掴まれた。



「アジェに手を出したのか!?」
「は? え? ちょ……誤解です!! 私は何も……」
「エディおやめなさい!」

 クロードの一喝に少年の動きが止まった。クロードはつかつかとこちらに歩み寄り、ナダールを掴んだエディのその腕を捻り上げる。

「部下が大変失礼を致しました。きっちり躾けておくのでここは穏便にお願いいたします」
「え? はい、それはいいのですけど……」

 アジェの『運命』であろう「エディ」君は痛い痛いと暴れている、どうにもアジェから聞いていたイメージと違いすぎて驚いた。アジェから聞いている彼のイメージはもっと穏やかな貴公子然とした印象だったのだが、実際の彼はずいぶんと気が短そうだ。
 そして美形で無表情なクロードは容赦がない。表情を変えることが一切ないのが本当に怖い。

「ところで、何故アジェ様はあなたの家にいらっしゃるのですか?」

 クロードは暴れるエドワード少年の手を放すとこちらに向き直る。彼は感情を一体どこに置き忘れてしまったのかというほど、本当に一切表情が動かない。詰問をされている訳ではないのだが、その迫力には抗いがたいものがある。

「ええと、彼は私の従兄弟なんです。私の父はギマール・デルクマン、カルネ領主様の奥様がその妹で私の叔母になります」
「あぁ、なるほど。ではあなたはエディの従兄弟でもあるという事ですね。エディ、非礼を詫びてちゃんとご挨拶なさい」

 クロードはエドワードに向き直るが、彼は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。クロードは彼を配下の者と言っていたが、それはどうにも上司に対する態度には見えず、この二人は一体どういう関係なのだろうかと首を傾げた。

「重ね重ね申し訳ございません。どうにも彼は気が立っていて……もしよろしければもう少しアジェ様のことをお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

 構いませんよとナダールは頷く。

「今彼はあなたの家に居るという事ですが、お一人ですか?」
「いえ、グノーが一緒にいますよ。今日は家で留守番をして貰っていますが、事情は聞いているので常には私が護衛についています」
「あぁ、事情も知っているのですね。でしたら話は早い、できれば彼をこのままファルスに連れ帰りたいのですが、それは可能ですか?」
「それはアジェ君が帰りたいと言えば全く問題はありませんが、彼、帰る気はないような事言っていましたよ?」

 エドワード少年がこちらを向いて「なんで!?」と叫ぶ。

「それは私に言われてましても、彼にも色々思うところがあるようだ、としか……」

 アジェはこの目の前の少年、アジェの『運命』から逃げてきたと言っていた。だが、彼はそれに対して全く納得はしていないようだった。
 その時、風に乗ってふわりと甘い匂いが薫った。グノーの物とは違って儚げな甘さの薫りに胸がざわついた。Ωがいる。その薫りにエドワード少年が反応した。

「アジェだ!!」

 ばっと彼が窓に駆け寄り辺りを見回す。客室塔は庭に面している、自分達がいるのは三階で一番景色のよく見える部屋だった。

「この匂い、アジェ君ですか? これヒートを起こしているのでは……」
「くそっ!」

 言った言葉と同時にエドワード少年は窓枠を飛び越え、宙を舞っていた。

「え? は!?」

 ここは三階だ、そんな所から飛び降りたら怪我で済むわけがない。慌てて窓に駆け寄って下を見ると彼は華麗に着地を決めて駆け出す所だった。

「信じられない」
「本当に重ね重ね申し訳ない……捕まえてきます」

 クロードは無表情の中に哀愁を漂わせ踵を返した。
自分達は常人だ、こんな所から飛び降りて彼を追いかける事なんてできやしない、普通に階段を駆け下りて彼の後を追う。
 庭に下りるとどこからか人の声がした。大勢の人間が叫ぶ声、何かがあったのだとすぐに分かった。
 通りがかった侍女に声をかけるとどうやら侵入者があったようだと眉をひそめて言われた。エドワード少年はあの薫りをアジェだと言った。ならば侵入者はアジェに間違いない。
 なんて事を……と溜息が漏れる。しかもこのタイミングでヒートなど起こしてしまえばどうなってしまうか分からない。
 王宮勤めにはαが多い、それは城には優秀な人材が集まってしまう事を思えばどうしようもない事だった。

「恐らくこっちですね」

 クロードも甘い匂いを辿っているのか、庭の奥へと目を向ける。

「ちなみにクロードさんは番の方はいらっしゃるんですか?」
「残念な事にまだおりません」
「抑制剤、いりますか?」
「助かります」

 薬を嚥下し二人は匂いを辿る。王宮の庭は広い、更にはいざという時には逃げ道にもなるため、造園の配置は複雑に迷路のような造りになっていてなかなか彼等を見付ける事ができない。
 その時またふわりと匂いが薫る。もしかしてとは思っていたのだ、アジェがいるのなら、恐らく彼も居るのだろうなぁ、と。悪い予感は得てして当たりやすい。
 自分がグノーの匂いを嗅ぎ分けられない訳がない。

「クロードさん、こっちです」

 アジェの匂いより『運命』であるグノーの匂いの方が自分にははっきりと感じられる。垣根を無理やり越えて、飛び出すと、果たしてそこには少女の手を引きこちらに駆けてくるグノーの姿が見えた。

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