運命に花束を

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運命に花束を①

運命の前哨戦①

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 懐かしい匂いがする。いい思い出などひとつもない場所だが、それでも見覚えのある景色を眺めれば、ふと懐かしく思ってしまう。ゆっくり馬を走らせながら、辺りを見回していると声をかけられた。

「どうしました、何かありましたか? グの……ってこの名前は駄目ですね、ばれてしまう」
「あぁ、そうだな、そんなの考えてなかった。なんでもいいよ「おい」でも「お前」でも返事するから」
「それもちょっと……」

 レオンは少し考え込むようにしてから「ではデルクマンさんで……」とそう言った。

「うぁ、そんな風に呼ばれたの初めてだ。ヤバイ、なんかむずむずする」
「あなた達、結婚しているんじゃないんですか?」
「結婚? 考えた事もなかったな、なんか気が付いたらそこに居たから一緒に暮らしてる、みたいな?」
「子供もいるのに?」
「子供はできる予定じゃなかったからな、そもそも自分に子供はできないと思ってたし」

 レオンは少し不思議そうに首を傾げる。

「あなた達、凄く繋がりが深そうなのにそんな感じなんですか?」
「あぁ、これは本当に感覚でしか分からないと思うけど『運命の番』ってそういうもんらしい。あいつに初めて会った時は反発してたんだけど、結局こうなってんだから、もうそういうもんなんだろうな」

 少し驚いたような表情をしてレオンは聞いてくる。

「最初から運命だ! って分かるものではないのですか?」
「あ~なんとなく? でも自分の中ではっきりしたのは子供ができた時だったかな、なに? 興味ある?」

 顔を覗き込めば「それは、まぁ」とレオンは応えた。

「お前はまだ出会ってないんだな。好きな女もいないのか?」
「そうですね、あまり恋愛ごとに興味がなくて。でもあなた達といい、両親といい、本当に運命の番というのが存在するのであれば興味はありますよ」
「俺みたいに女じゃない可能性もあるから覚悟しておけよ」
「そこは普通に謎なんですけど、抵抗はないものなんですか?」
「うん? 別に俺はなかったなぁ。あいつはどうだろうな、分かんねぇや。でも最初はあいつの方が押せ押せできたから、あんまり抵抗はなかったんじゃないかな」

 そんなものか、とレオンは首を傾げた。

「でも本当に出会いなんて突然だから、その覚悟はしておいた方がいい。自分の中の仮説だけど、『運命の番』は出会った瞬間に自分の運命も動き出す。あいつに初めて会ったの去年の今頃だけど、あの頃は今の自分がこんな風になってるなんて想像もしてなかったからな」
「そうなんですか?」
「お前に会う事なんて一生ないと思ってたよ、今こうやって普通に話してるのが不思議でしょうがない」
「それは私も同じです」

 兄弟の距離が少しだけ近付いていた。ただそれは兄弟というよりも歳の近い友人という感じではあったのだが、それでもそれは二人にとっては今までありえない事だったので、どうにも不思議で仕方なかった。

「お二人さん、そろそろですよ」

 今まで黙って二人の会話を聞いていたクロードが促す。前を向けば見上げるほどの大きな門。当たり前だ、城を守る城門が小さいなどありえない。
 三人は馬から降りて、城門前に立つ近衛兵に声をかける。
 レオンが名を名乗ると近衛兵は慌てたように確認の為だろうか、奥に駆けていき、門番はその重い扉を開けた。

「いよいよか……」
「いよいよですね」

 二人が二人ともこの城に暮らしていて不思議ではないはずなのに、そこに自分達の居場所がないことはグノーもレオンも分かっていた。
 馬を門番に預け、促されるままに城内へと入っていく。さすがに広い。城内の部屋の一室に通され「ここで待て」と案内役は去って行った。

「無駄に緊張するな」

 豪華な家具を眺めながらそんな事を言えば、レオンも椅子に座ってはいるが落ち着かない様子で頷いた。何故か一番落ち着いているクロードは窓の外を眺めている。
 外には中庭が広がっていて、季節がいい事もあるのだろう、花々がひしめきあうように咲き誇っていた。

「なんだかいい匂いがしますね」

 レオンの言葉にグノーも匂いを嗅いでみるがよく分からない。

「花がたくさん咲いていますからね。ですが、それだけですかね……」

 首を捻るようにしてクロードが庭に面した扉を開けると、むせ返るような花の薫りが辺りに広がった。

「私、この匂いには覚えがありますよ……」

 クロードがテラスに出て辺りを見渡し、首を傾げて頭上を見上げた。

「あぁ、やっぱり」

 クロードが息を吐くようにそう呟くので、首を傾げてそちらを見やれば、自分達の居る部屋の上階のテラスであろうか、その欄干から白い足が伸びていた。

「え? 何あれ? ってかクロード、あれが誰なのか分かるのか?」

 裸足のその足は欄干の上で楽しげに揺れている。それはあまりにもこの場所とは不釣合いで、逆に目を奪われた。

「姫さま、そんな所で何をやってらっしゃるのですか!」

 足の持ち主はその声で下に人が居ることに気が付いたのだろう、欄干に腰掛けたまま下を覗き込んだのか、長い黒髪が揺れた。

「あらぁ、クロードさん。ご機嫌いかが? 珍しい所でお会いしたわね」
「その体勢でそういう事をするのはやめてください、落ちますよ」
「このくらい落ちたって平気よ。ここ、庭の景色が一番綺麗に見えて私好きなの」

 黒髪の少女は悠然と笑った。

「だれ?」

 一応問うてはみたが、クロードが「姫」と呼んで更にはその黒髪、これはまごう事なきブラックの娘だ。

 「人に名前を尋ねる時はまずは自分が名のるものよ、よいしょ……っと」

 彼女はそう言うと欄干に手をかけてひょいっと飛び降りてきた。
その階上のテラスは決して低くはないのに、なんの躊躇いもなく彼女は飛び降りたのだ。長い黒髪と彼女によく映える赤のドレスがふわりと広がった。

「あら嫌だ。やっぱりこの服じゃ動きにくいわね」

 そんな事を言って彼女はスカートの裾を押さえる。その裾から伸びる足に目を奪われない男はいないだろう。当然その場にいた三人は目を奪われて挙動不審に陥る。

「姫さま、そういう行動ははしたないと何度も申し上げたはずですよ!」

 いち早く立ち直ったクロードが、彼女に詰め寄るが彼女は聞いているのかいないのか裸足のまま庭へと踏み出してしまう。

「あはは、そういうのも久しぶり。懐かしいわぁ」

 けらけらと笑って彼女はくるくると回っているのだが、何が起こっているのかよく分からない。

「あの娘さん、誰ですか?」

 レオンが動揺を隠せずそう呟く。

「たぶん、ファルスのお姫さま」
「ファルスの……」

 いや、ちょっと待て。ブラックの娘はここメリアに人質として連れてこられたはずではないか、なんでこんな所でのびのびと走り回っている?! 自由すぎるだろ! っていうかブラックの娘か、そうか、あのブラックの娘だもんな、なら仕方ない……ってそんな訳あるか!!

「そっちのお二人はクロードさんのお友達? クロードさんお友達できたの?」

 娘が立ち止まってこちらを楽しげに見やると、レオンの纏う空気がぶわりと広がった。
 あ……なんか、この感覚知ってるぞ。そう思った時にはレオンはもう駆け出していた。

「見つけた! 私の運命!!」

 レオンは娘を抱き上げる。驚いた娘は最初こそ目を白黒させていたが、そのうち花のように微笑んだ。
 あぁ、やっぱり! ってか、ブラックの娘がレオンの運命ってどうなんだ?! いやいやいや、ちょっと待て、俺は何か重大な事を忘れている、なんだ? なんだっけ?

「これは、驚きましたね……」

 隣から冷静な声が聞こえてはっと我に返った。
 レオンとブラックの娘はすっかり二人の世界に入り込んで、なにやら楽しげに話し始めてしまった。

「あの、クロード……すごく聞きにくいんだが、あの状況は……」
「驚きはしましたが、大変微笑ましくていいんじゃないですか?」

 クロードは相変わらずの無表情で、驚いていると言いながら、さして驚いている様子も見えずに逆にこっちがうろたえる。
 え? あれ? 確かクロードの番の相手ってこの娘じゃなかったっけ?

「クロードは、いいのか?」
「何がですか?」
「あの二人はたぶん『運命の番』だと思うんだけど……」
「そのようですね。でもお似合いなんじゃないですか? ファルスの姫とメリアの王子、出来すぎなくらいですよ。二人とも色々問題はありそうですけど」

 ただの「番」より「運命の番」の方が絆は強い。たとえ彼女がクロードの番相手だったとしても、運命に出会ってしまえばもうそんな事はどうでも良くなってしまうはずだ。
 そして今実際彼女の目にクロードは映っていない。かける言葉もなくグノーは黙り込んだ。

「はぁ、いいですねぇ。私もマリアに会いたいです」

 え? マリア? 誰それ?
 クロードの口から出た名前にグノーは首を傾げる。

「姫さま、マリアはどこに置いてきたのですか? あまり彼女に心配かけるような事しないでくださいよ!」
「マリアなら部屋にいるわ。最近調子が悪いの、心配だわ」

 今度はクロードの空気が変わる。

「調子が悪いってどういうことですか? 病気ですか?!」
「違うわよ。病気じゃないけど、マリアには口止めされてるから言えないわ」

 クロードの纏う空気から動揺が隠しきれない。

「なぁクロード、マリアさんって誰?」
「姫さまの侍女です。私の番相手だと言いませんでしたっけ?」

 聞いてない! 全然まったく聞いてない!! 無駄に気を遣った俺の心を返せ! そんな事を思っていると、部屋の扉が開いて先程の案内役が部屋に戻ってきた。
 娘は慌てたようにレオンの後ろに隠れるのだが、そのふわりと広がったスカートが隠し切れずに見付かった。

「またこんな所に……毎度どうやって抜け出しているんだか、あなた本当に姫なんですか?」
「こんな黒髪の娘なんて、ファルス国王の娘くらいなものよ」

 案内役は溜息を吐く。どうやら彼女は人質にとられていてさえここメリアで自由奔放に暮らしている様子だ。
 さすがブラックの娘というべきなのか、エディが「あいつの心配はしていない」と言った意味がなんとなく理解できた。
 「それじゃあ、またね」と彼女は手を振って案内役に連れられて行ってしまった。

「彼女、ファルスからの人質として連れてこられているのですよね?」
「あぁ、そうみたいだけど、どっちかと言えばメリアの方が振り回されてそうだなアレは」
「俄然やる気が湧きました! 正直なんで私がこんな事を……と思っていましたが、彼女を助ける為なら私はなんでもできる気がします!」

 助けなくても勝手に付いて来そうだけど……という心の声はそっとしまって、「そうか」とグノーは頷いた。
 また少し世界が動いた、そんな気がした。

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