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運命に花束を①
運命に花束を①
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喧騒が聞こえる。嵐の前の静けさか、己の周りはその喧騒から離れて凪いでいる。高らかに叫ぶ声、そしてそれに応える民衆の叫び、この国の革命は始まった。
「行くぞ」
それだけ言って綱を登り城壁を越える。グノー、ナダール、エディにクロード、そして複数人のムソンの民。
城の中は騒然としている、それもそうだろう城の眼前で暴動は起きているのだ。慌てたように走る兵、逃げ出す侍女達、皆、右へ左へ駆け回り侵入者には気付く気配もない。
「作戦通り俺達は王の元へ行く、エディとクロードは人質を奪還次第速やかに離脱、レオンと合流して民衆に紛れ込め」
「本当に二人で大丈夫なのか?」
「そっちこそ二人で三人助け出すんだ、できるんだろうな?」
「ルネは数に入れなくていい、あいつは一人でもへっちゃらだ」
「それでも怪我でもされたらレオン様に怒られますよ。こっちに来たがる彼を止めるのにどれだけ苦労したと思っているのですか」
クロードの言葉にエディは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。実際彼を止めるのは大変だったのだ。エディとクロードはお互い自分の番を助けに行くのに、レオンだけが蚊帳の外だ。
自分もルネーシャを助けに行くと吠えるレオンに、お前にはもっと大事な仕事があるからと、無理やり民衆の先導の方へ回したので、ルネーシャに怪我でもあったらレオンがどれだけ怒り狂うか分からない。
喧騒はますます大きくなっていく、お互い頷くようにして人質奪還部隊と王暗殺部隊は二手に別れた。城内の見取り図は把握している、この先だ、この先にレリックはいる。
先日訪れた謁見室は通り過ぎ、更に奥の執務室へと駆けて行く。
さすがに王付きの警備兵は持ち場を離れてはおらず、グノーは何か長い筒のような物を投げ込んだ。
あっという間に辺りは白い煙に包まれて、その煙が晴れた時にはその場にいた者はすべて昏倒していた。
「さすが、これも効き目抜群だな」
それは発炎筒に人の身体を麻痺させる作用のある薬を混ぜ込んだもので、もちろん作ったのはカイルだった。
グノーが依頼した薬の他にも彼は幾つも使えそうな薬を提案してきて、こういう場所では使えるが世間一般的には物騒な代物であるそれを見ては、ナダールはたびたび溜息を零した。
発炎筒の麻痺から逃れた幾人かの兵が襲ってきたが、それはもう躊躇なく斬り捨てる。なるべく人は殺したくなかったが、それでも襲ってくるのなら、もうそれは避けて通る事はできなかった。
返り血を浴びて服が血に染まる、ナダールもそれは同様で薄暗い愉悦を感じる。彼には争って欲しくないと思う反面、自分と同じ所まで堕ちてきて欲しいという仄暗い感情がグノーの中にはあったのだ。それはあまり気付きたくない感情であったが、もうどちらにしても後戻りはできない。
「騒がしい! 何事か……うわっ」
再び現れた家臣をまた一人斬り捨てる。
あぁ、紅い、紅いなぁ……
乱暴に執務室の扉を開ける。そこにはやはり何人かの家臣がいて、驚いたようにこちらを見やった。ある者は腰が引けてあわあわと逃げ出し、ある者は果敢にもこちらに剣を向ける。
「邪魔。退いてくれるかな、あんた達に用はない」
「お前は……何故」
気付く者は気付いている、だって自分の容姿は母親そっくりなのだ。先王の王妃の顔を見知っている者であれば、それが二番目の王子セカンドである事はすぐに分かったはずだ。
グノーは家臣の一人を蹴り倒しその脇に剣を突き刺す。
「レリック、どこ?」
「何故あなたがこんな事を!」
「答えは簡潔に、あいつはどこだ!」
襟首を掴んで凄めば、その男は執務室奥の扉を示す。そこは恐らく資料室、そんな所に逃げ込んでやがったか、と家臣の襟首を離せば彼はほうほうの体で逃げて行った。
資料室の方へ顎をしゃくるとナダールもそれに頷く。執務室から動く人の気配は消えていた。半数は逃げ、半数はその辺に転がって呻いている者、絶命している者、様々だ。
そこは鍵がかかるようで、ノブを回しても開くことがない。何度かがちゃがちゃとノブを回してからそのノブを剣で叩き壊し蹴り開けた。昔ブラックから教わった侵入方法がこんな所で役に立つ、本当にとんだ王様だ。でもメリアの王よりよっぽどマシだ。
扉を開け室内を見渡せば、家臣の何人かが部屋の隅で震えていた。そして、その中で悠然と微笑む男が一人。
「見付けた……」
「グノーシス、おかえり。ようやく私の元へ帰って来てくれたのだな」
彼は優しい笑顔で腕を広げる。それを止めようと彼の体に縋り付く家臣を煩わしいとばかりにレリックは睨み付けた。
「お前達は何をしている、ようやく私のグノーシスが帰って来たというのに、何故私の邪魔をする」
「陛下! セカンド様は帰って来たのではありません。セカンド様は……」
家臣の言葉を最後まで聞こうとはせず、男はその腕を振り払った。
「さぁ、おいでグノーシス。お前の部屋はそのままにしてある。私の愛しい運命」
「俺はあんたの運命なんかじゃねぇよ。それはあんたも気付いているはずだ、あんたはあの時俺に気付かなかった。そんなの運命なんかでありえない」
「あの時? お前は何を言っている?」
彼は微笑む。その笑顔は優しかった頃の彼の笑顔そのままで、グノーの心は揺れた。
「この人はあなたの運命ではない、私の唯一の『運命の番』です。もう、彼を縛るのは止めてください」
「お前はなんだ?」
メリア王は胡乱な瞳をナダールへと投げかける。笑みは消え、何か汚らわしい物を見るような瞳で彼はナダールを見据えた。
「名乗るほどの者ではありませんが、名はナダール・デルクマンと申します。私はもうこの人を手離す気はありません、いい加減あなたも気付くべきだ、グノーはあなたの物ではない」
「ナダール・デルクマン……グノーシスと一緒に行方が知れないと報告のあったランティスの騎士団長の息子か」
「ご存知でしたか、なら話は早い。もう彼の手を離してください、グノーはもうこの先未来永劫あなたの物になる事はない」
「何を言っている、グノーシスはずっと私の物だ、それは過去も未来も変わる事はない」
「俺は俺だ! 誰の物にもならない! 俺は自分で選んだ、運命なんかじゃなく自分で選んでこいつの隣を選択した、あんたはもう用済みだ!」
言ってグノーはメリア王へと剣を向ける。だが王は身動ぎひとつする事はなく、ただ優しい瞳でグノーを見詰める。
「あんたはなんでそんな目で俺を見る!? 俺はあんたの運命なんかじゃないのに、なんでそこまで俺に拘る!」
「お前は確かに私にとっては私の『運命』だったよ。お前にとって私がそうではないとしてもな」
「何を……」
レリックはくるりと二人から背を向け窓の外を見やった。
どこかで人の叫ぶ声が聞こえる。恐らくエディやクロードがすでに行動を開始しているはずだ、人質は無事に奪還できただろうか。
「お前だけだ、私がΩ性である人間を判別できたのはお前だけだった」
やはりグノーの示した仮説は間違っていなかったのかとナダールは唇を噛む。
「それはあんたがβだから……」
「そうだな、その通りだ。だが当時、お前が生まれた頃私はαとして育てられていた。他人より優れていると言われているα、王にとってそれは必須条件であると父は考えていたようで、私がお前のΩ性に気付いた事で父は期待をしてしまったのだ。父の期待は重かった、バース性の分化、稀にあるというβからαへの分化を期待してしまったのだろうな。自身もβであったのに、私がαになる事などありえないと知っていながら、な」
「え?」
先王の事はほとんど覚えていない。それこそ目の端にすら入れて貰っていなかったと思われるほどに彼の興味は自分には向かなかった。だがそれだからこそ先王がαだったかと問われてしまえば、分からないと答えるしかグノーにはできなかった。
「父は恐れていたのだよ、お前が稀にみるほど強力なΩだと言う事を。自分の子供ではないと薄々分かってもいたし、自分の性がαではない事が露見する事も恐れていた。お前が強力なΩである事を父は報告を受けて知っていた、Ωとの間に子をもうければバース性の子供を授かる可能性は上がる、父はそれを期待して母を娶ったのに、母は私をバース性として産んではくれなかった、そして不倫相手との間に生まれたお前はあり得ないほどに強かった。それでもまだお前が生まれた時、父がお前達を放っておいた理由が分かるかい?」
「理由?」
そんな事に理由があるのか? でも確かに先王がグノーを自分の子ではないと確信していたのなら、その時点で不倫相手を見付けて殺す事くらい容易かったはずだ。
「そう、理由。それでも父はね、母の事を愛していたのだよ」
愛? 愛だって? 二人の間に愛などあったというのか? そんな話は聞いた事もない。
「母が自分を愛さず不倫相手の子を産むのなら、それならそれでも良いと父は考えていた。ただどうしても許せなかったのは、その不倫相手が母を連れ去ってしまおうとしたから、ただそれだけだった。父は知らなかったのだよ、運命の番が片割れを亡くせばどうなってしまうのかを。不倫は火遊び、また別の男を探せばいい、だが自分の元から離れるのは許せない。不倫相手を殺したのはそんな理由だったのに、結果的に母は父を恨み、呪い、おかしくなって出て行ってしまった」
レリックはグノーを見やる。
「父はお前が憎かった、母を連れ去ってしまった不倫相手の子であるお前が。でも、それ以上に母にそっくりなお前を父は手元に置きたがった。強力なΩであるお前は、所詮自分とは親子関係にはない、父は自分の子をお前に産ませようとしていたのだよ」
「な……まさか……」
「強力なΩであるなら、今度こそαの子が生まれるかもしれない、父はそう信じてお前が育つのを待っていた」
「男性Ωはβの子は産めない……」
「その通りだな、それは嫌というほど思い知ったよ。Ωは孕む性、男性Ωは少ない、文献も少なくて出来るかどうかはやってみないと分からなかった。私は嫌だったのだよ、お前が父に抱かれるのはな。だから奪われる前に奪ってやった」
目の前にいる男は仄暗く笑む。
「父は悔しがったよ、一度ならず二度までも最愛の女を奪われたのだからな。だから父はお前にそのチョーカーを付けた、完全に私に奪われてしまう前にと保険をかけたのだ。最初に項を噛んでしまえば良かったのにな、βである自分にはその発想も本能もなかったのだ。その後はずっと父との攻防戦、私は子などどうでも良かったが、お前は子を欲しがった。項を噛んで番になれば子も生まれるかと父を蹴落とし鍵を手に入れた時にはお前は逃げた後だった」
レリックはグノーへと手を伸ばす。
「だが、お前は私の元に帰ってきた。鍵は奪ってここにある、今度こそお前に子を与えてやれる、だからグノーシス……」
首にかかる鍵を見せびらかすように男は見せ付けるのだが、グノーはそれに静かに首を振る。
「さっきも言った。男性Ωはβの子は産めない」
「私とお前は運命だと言っただろ、ちゃんと番になればきっと……」
「こいつとの間には番にならなくても娘が生まれた、あんたとは無理だ」
レリックの話は筋道だっているようでどこか破綻している。
分かっているのに、分かろうとしていない、そんな感覚がグノーの心に影を落とす。
「俺は子供なんか望んでいなかった、世界だって望んでない」
「お前は子供を欲しがったではないか、子供が出来ないならこの関係に意味はない、と私から離れようとした」
「だってあんたにはちゃんと妻も子もいたじゃないか、だったら俺はなんなんだ? 愛人? 愛妾? 弟としてあんたは俺を認めてはくれなかった、俺は自分の存在する意味が分からなかった、一生あんたに飼い殺されて生きるのなんて真っ平だ!」
「お前は私の唯一の愛する者だよ」
「あんたには他にも愛して守るものがあるだろ! 俺は見た、あんたが妻子と仲睦まじく歩いてるのを、そこに俺の居場所はなかった。どこにも、俺の居場所なんかなかった!!」
「何を言っているのだ、私はお前以外を愛した事など……」
「偽のセカンドはあんたに愛されて人生を狂わされた、あんたの娘だってお前の愛を求めて泣いている。あんたは無闇に愛をばら撒いて人を泣かせてばかりだ! 俺だってあんたに愛されたかった! 妻なんか娶らずに一緒に居てくれたらそれで良かった! 優しいあんたのままで傍に居てくれたら、あんたの傍から逃げたりしなかった……!」
あぁ、言ってしまった……認めたくなかった自分の本音。
涙が零れて止まらない。最近の俺は涙腺が壊れているのだ、レリックに対する感情なんて捨てたと思っていたのに、それでも言わずにはいられなかった。
「俺はあんたを殺す為にここに来た、あんたとの関係を完全に断ち切って、俺は俺だけを愛してくれる男と共に、生きる」
「そうか。それもまた、一興だな……愛する者の手にかかって死ねるなんて、こんな嬉しい事はない」
「あんたはまだ、そんな事を……」
グノーは崩れ落ちて涙を零す。愛されている事は分かっていた、それが過剰で行き過ぎていた。そして愛していると言いながら、その愛は他方に向けられ、それが堪らなく嫌だった。
どこかで大きな爆発音が聞こえ、一瞬城が揺れた。窓の外を見やればもくもくと白い煙が昇っていて、始まったのだと理解する。王を殺し、城を破壊して完膚なきまでに王家を叩き潰す、それが今回のこの反乱の大筋なのだ。爆発音がしたという事は人質の奪還には成功したという事だろう。
今、城の至る所で自身の作ったからくりが走り回っているに違いない。前回の経験から人々はそれを避けて逃げ惑うだろう、人が逃げたその後にそれは爆発する。自爆というには過剰な火薬が積んである、城壁のひとつやふたつは吹っ飛ぶはずだ。
「グノー時間がありません。泣くのは後にしましょう、私達はやるべき事をしなければいけない」
グノーは小さく首を横に振る。
「あなたが出来ないというのなら、私がやります。あなたが自身でやると言うので見守ってきましたが、私はこの人が許せない」
ナダールの瞳は怒りに彩られている、どこまでも身勝手な男であるメリア王は自分の死すらグノーに背負わせようとしている。
グノーがその死を背負ってどれだけ苦しむか、ナダールには分かっていた。そんな苦しみを彼に背負わせるくらいなら、自分がその苦しみを背負う事くらい今のナダールには容易い事だった。
「覚悟してください、あなたに幸せな死など与えはしない!」
ナダールはメリア王に剣を向ける。だが、その足にグノーは縋り付いた。
「駄目だ、お前はそんな事しちゃいけない! これは俺の……」
「離してください、今のあなたには無理だ。あなたはこんな事も私に背負わせてはくれないのですか?! 私はあなたの伴侶ですよ、あなたの苦しみも憎しみも全部私が背負います、だから離して!」
二人が揉み合っていると、メリア王はまた窓の外を見やった。
いよいよ城内は騒然として、至る所で爆発音が響いている。
「興醒めだな……」
メリア王は酷薄な笑みを浮かべた。
「全く興醒めだよグノーシス。お前はいつからそんなに弱くなった? 私に組み敷かれてなお、泣きもせずに私をただ見詰めていたお前はどこに行った?」
「おまえは!」
ナダールの怒りで辺りにフェロモンの匂いが広がった。
メリア王は薄く嗤う。
「あぁ、これがαというものなのだな、酷く不快な匂いだ」
王は窓を開け放つ。窓の外の怒号が更に大きくなって、耳を塞ぎたいほどの騒音に変わる。
「幸せな死などいらぬよ。私はもう、疲れた……あぁ……」
最後に何を言ったのか二人にはもう聞こえなかった、どこかでまた大きな爆発音がして、それと同時に王はその窓から身を投げた。
「行くぞ」
それだけ言って綱を登り城壁を越える。グノー、ナダール、エディにクロード、そして複数人のムソンの民。
城の中は騒然としている、それもそうだろう城の眼前で暴動は起きているのだ。慌てたように走る兵、逃げ出す侍女達、皆、右へ左へ駆け回り侵入者には気付く気配もない。
「作戦通り俺達は王の元へ行く、エディとクロードは人質を奪還次第速やかに離脱、レオンと合流して民衆に紛れ込め」
「本当に二人で大丈夫なのか?」
「そっちこそ二人で三人助け出すんだ、できるんだろうな?」
「ルネは数に入れなくていい、あいつは一人でもへっちゃらだ」
「それでも怪我でもされたらレオン様に怒られますよ。こっちに来たがる彼を止めるのにどれだけ苦労したと思っているのですか」
クロードの言葉にエディは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。実際彼を止めるのは大変だったのだ。エディとクロードはお互い自分の番を助けに行くのに、レオンだけが蚊帳の外だ。
自分もルネーシャを助けに行くと吠えるレオンに、お前にはもっと大事な仕事があるからと、無理やり民衆の先導の方へ回したので、ルネーシャに怪我でもあったらレオンがどれだけ怒り狂うか分からない。
喧騒はますます大きくなっていく、お互い頷くようにして人質奪還部隊と王暗殺部隊は二手に別れた。城内の見取り図は把握している、この先だ、この先にレリックはいる。
先日訪れた謁見室は通り過ぎ、更に奥の執務室へと駆けて行く。
さすがに王付きの警備兵は持ち場を離れてはおらず、グノーは何か長い筒のような物を投げ込んだ。
あっという間に辺りは白い煙に包まれて、その煙が晴れた時にはその場にいた者はすべて昏倒していた。
「さすが、これも効き目抜群だな」
それは発炎筒に人の身体を麻痺させる作用のある薬を混ぜ込んだもので、もちろん作ったのはカイルだった。
グノーが依頼した薬の他にも彼は幾つも使えそうな薬を提案してきて、こういう場所では使えるが世間一般的には物騒な代物であるそれを見ては、ナダールはたびたび溜息を零した。
発炎筒の麻痺から逃れた幾人かの兵が襲ってきたが、それはもう躊躇なく斬り捨てる。なるべく人は殺したくなかったが、それでも襲ってくるのなら、もうそれは避けて通る事はできなかった。
返り血を浴びて服が血に染まる、ナダールもそれは同様で薄暗い愉悦を感じる。彼には争って欲しくないと思う反面、自分と同じ所まで堕ちてきて欲しいという仄暗い感情がグノーの中にはあったのだ。それはあまり気付きたくない感情であったが、もうどちらにしても後戻りはできない。
「騒がしい! 何事か……うわっ」
再び現れた家臣をまた一人斬り捨てる。
あぁ、紅い、紅いなぁ……
乱暴に執務室の扉を開ける。そこにはやはり何人かの家臣がいて、驚いたようにこちらを見やった。ある者は腰が引けてあわあわと逃げ出し、ある者は果敢にもこちらに剣を向ける。
「邪魔。退いてくれるかな、あんた達に用はない」
「お前は……何故」
気付く者は気付いている、だって自分の容姿は母親そっくりなのだ。先王の王妃の顔を見知っている者であれば、それが二番目の王子セカンドである事はすぐに分かったはずだ。
グノーは家臣の一人を蹴り倒しその脇に剣を突き刺す。
「レリック、どこ?」
「何故あなたがこんな事を!」
「答えは簡潔に、あいつはどこだ!」
襟首を掴んで凄めば、その男は執務室奥の扉を示す。そこは恐らく資料室、そんな所に逃げ込んでやがったか、と家臣の襟首を離せば彼はほうほうの体で逃げて行った。
資料室の方へ顎をしゃくるとナダールもそれに頷く。執務室から動く人の気配は消えていた。半数は逃げ、半数はその辺に転がって呻いている者、絶命している者、様々だ。
そこは鍵がかかるようで、ノブを回しても開くことがない。何度かがちゃがちゃとノブを回してからそのノブを剣で叩き壊し蹴り開けた。昔ブラックから教わった侵入方法がこんな所で役に立つ、本当にとんだ王様だ。でもメリアの王よりよっぽどマシだ。
扉を開け室内を見渡せば、家臣の何人かが部屋の隅で震えていた。そして、その中で悠然と微笑む男が一人。
「見付けた……」
「グノーシス、おかえり。ようやく私の元へ帰って来てくれたのだな」
彼は優しい笑顔で腕を広げる。それを止めようと彼の体に縋り付く家臣を煩わしいとばかりにレリックは睨み付けた。
「お前達は何をしている、ようやく私のグノーシスが帰って来たというのに、何故私の邪魔をする」
「陛下! セカンド様は帰って来たのではありません。セカンド様は……」
家臣の言葉を最後まで聞こうとはせず、男はその腕を振り払った。
「さぁ、おいでグノーシス。お前の部屋はそのままにしてある。私の愛しい運命」
「俺はあんたの運命なんかじゃねぇよ。それはあんたも気付いているはずだ、あんたはあの時俺に気付かなかった。そんなの運命なんかでありえない」
「あの時? お前は何を言っている?」
彼は微笑む。その笑顔は優しかった頃の彼の笑顔そのままで、グノーの心は揺れた。
「この人はあなたの運命ではない、私の唯一の『運命の番』です。もう、彼を縛るのは止めてください」
「お前はなんだ?」
メリア王は胡乱な瞳をナダールへと投げかける。笑みは消え、何か汚らわしい物を見るような瞳で彼はナダールを見据えた。
「名乗るほどの者ではありませんが、名はナダール・デルクマンと申します。私はもうこの人を手離す気はありません、いい加減あなたも気付くべきだ、グノーはあなたの物ではない」
「ナダール・デルクマン……グノーシスと一緒に行方が知れないと報告のあったランティスの騎士団長の息子か」
「ご存知でしたか、なら話は早い。もう彼の手を離してください、グノーはもうこの先未来永劫あなたの物になる事はない」
「何を言っている、グノーシスはずっと私の物だ、それは過去も未来も変わる事はない」
「俺は俺だ! 誰の物にもならない! 俺は自分で選んだ、運命なんかじゃなく自分で選んでこいつの隣を選択した、あんたはもう用済みだ!」
言ってグノーはメリア王へと剣を向ける。だが王は身動ぎひとつする事はなく、ただ優しい瞳でグノーを見詰める。
「あんたはなんでそんな目で俺を見る!? 俺はあんたの運命なんかじゃないのに、なんでそこまで俺に拘る!」
「お前は確かに私にとっては私の『運命』だったよ。お前にとって私がそうではないとしてもな」
「何を……」
レリックはくるりと二人から背を向け窓の外を見やった。
どこかで人の叫ぶ声が聞こえる。恐らくエディやクロードがすでに行動を開始しているはずだ、人質は無事に奪還できただろうか。
「お前だけだ、私がΩ性である人間を判別できたのはお前だけだった」
やはりグノーの示した仮説は間違っていなかったのかとナダールは唇を噛む。
「それはあんたがβだから……」
「そうだな、その通りだ。だが当時、お前が生まれた頃私はαとして育てられていた。他人より優れていると言われているα、王にとってそれは必須条件であると父は考えていたようで、私がお前のΩ性に気付いた事で父は期待をしてしまったのだ。父の期待は重かった、バース性の分化、稀にあるというβからαへの分化を期待してしまったのだろうな。自身もβであったのに、私がαになる事などありえないと知っていながら、な」
「え?」
先王の事はほとんど覚えていない。それこそ目の端にすら入れて貰っていなかったと思われるほどに彼の興味は自分には向かなかった。だがそれだからこそ先王がαだったかと問われてしまえば、分からないと答えるしかグノーにはできなかった。
「父は恐れていたのだよ、お前が稀にみるほど強力なΩだと言う事を。自分の子供ではないと薄々分かってもいたし、自分の性がαではない事が露見する事も恐れていた。お前が強力なΩである事を父は報告を受けて知っていた、Ωとの間に子をもうければバース性の子供を授かる可能性は上がる、父はそれを期待して母を娶ったのに、母は私をバース性として産んではくれなかった、そして不倫相手との間に生まれたお前はあり得ないほどに強かった。それでもまだお前が生まれた時、父がお前達を放っておいた理由が分かるかい?」
「理由?」
そんな事に理由があるのか? でも確かに先王がグノーを自分の子ではないと確信していたのなら、その時点で不倫相手を見付けて殺す事くらい容易かったはずだ。
「そう、理由。それでも父はね、母の事を愛していたのだよ」
愛? 愛だって? 二人の間に愛などあったというのか? そんな話は聞いた事もない。
「母が自分を愛さず不倫相手の子を産むのなら、それならそれでも良いと父は考えていた。ただどうしても許せなかったのは、その不倫相手が母を連れ去ってしまおうとしたから、ただそれだけだった。父は知らなかったのだよ、運命の番が片割れを亡くせばどうなってしまうのかを。不倫は火遊び、また別の男を探せばいい、だが自分の元から離れるのは許せない。不倫相手を殺したのはそんな理由だったのに、結果的に母は父を恨み、呪い、おかしくなって出て行ってしまった」
レリックはグノーを見やる。
「父はお前が憎かった、母を連れ去ってしまった不倫相手の子であるお前が。でも、それ以上に母にそっくりなお前を父は手元に置きたがった。強力なΩであるお前は、所詮自分とは親子関係にはない、父は自分の子をお前に産ませようとしていたのだよ」
「な……まさか……」
「強力なΩであるなら、今度こそαの子が生まれるかもしれない、父はそう信じてお前が育つのを待っていた」
「男性Ωはβの子は産めない……」
「その通りだな、それは嫌というほど思い知ったよ。Ωは孕む性、男性Ωは少ない、文献も少なくて出来るかどうかはやってみないと分からなかった。私は嫌だったのだよ、お前が父に抱かれるのはな。だから奪われる前に奪ってやった」
目の前にいる男は仄暗く笑む。
「父は悔しがったよ、一度ならず二度までも最愛の女を奪われたのだからな。だから父はお前にそのチョーカーを付けた、完全に私に奪われてしまう前にと保険をかけたのだ。最初に項を噛んでしまえば良かったのにな、βである自分にはその発想も本能もなかったのだ。その後はずっと父との攻防戦、私は子などどうでも良かったが、お前は子を欲しがった。項を噛んで番になれば子も生まれるかと父を蹴落とし鍵を手に入れた時にはお前は逃げた後だった」
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首にかかる鍵を見せびらかすように男は見せ付けるのだが、グノーはそれに静かに首を振る。
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分かっているのに、分かろうとしていない、そんな感覚がグノーの心に影を落とす。
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「お前は子供を欲しがったではないか、子供が出来ないならこの関係に意味はない、と私から離れようとした」
「だってあんたにはちゃんと妻も子もいたじゃないか、だったら俺はなんなんだ? 愛人? 愛妾? 弟としてあんたは俺を認めてはくれなかった、俺は自分の存在する意味が分からなかった、一生あんたに飼い殺されて生きるのなんて真っ平だ!」
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「あんたには他にも愛して守るものがあるだろ! 俺は見た、あんたが妻子と仲睦まじく歩いてるのを、そこに俺の居場所はなかった。どこにも、俺の居場所なんかなかった!!」
「何を言っているのだ、私はお前以外を愛した事など……」
「偽のセカンドはあんたに愛されて人生を狂わされた、あんたの娘だってお前の愛を求めて泣いている。あんたは無闇に愛をばら撒いて人を泣かせてばかりだ! 俺だってあんたに愛されたかった! 妻なんか娶らずに一緒に居てくれたらそれで良かった! 優しいあんたのままで傍に居てくれたら、あんたの傍から逃げたりしなかった……!」
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「俺はあんたを殺す為にここに来た、あんたとの関係を完全に断ち切って、俺は俺だけを愛してくれる男と共に、生きる」
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「あんたはまだ、そんな事を……」
グノーは崩れ落ちて涙を零す。愛されている事は分かっていた、それが過剰で行き過ぎていた。そして愛していると言いながら、その愛は他方に向けられ、それが堪らなく嫌だった。
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「グノー時間がありません。泣くのは後にしましょう、私達はやるべき事をしなければいけない」
グノーは小さく首を横に振る。
「あなたが出来ないというのなら、私がやります。あなたが自身でやると言うので見守ってきましたが、私はこの人が許せない」
ナダールの瞳は怒りに彩られている、どこまでも身勝手な男であるメリア王は自分の死すらグノーに背負わせようとしている。
グノーがその死を背負ってどれだけ苦しむか、ナダールには分かっていた。そんな苦しみを彼に背負わせるくらいなら、自分がその苦しみを背負う事くらい今のナダールには容易い事だった。
「覚悟してください、あなたに幸せな死など与えはしない!」
ナダールはメリア王に剣を向ける。だが、その足にグノーは縋り付いた。
「駄目だ、お前はそんな事しちゃいけない! これは俺の……」
「離してください、今のあなたには無理だ。あなたはこんな事も私に背負わせてはくれないのですか?! 私はあなたの伴侶ですよ、あなたの苦しみも憎しみも全部私が背負います、だから離して!」
二人が揉み合っていると、メリア王はまた窓の外を見やった。
いよいよ城内は騒然として、至る所で爆発音が響いている。
「興醒めだな……」
メリア王は酷薄な笑みを浮かべた。
「全く興醒めだよグノーシス。お前はいつからそんなに弱くなった? 私に組み敷かれてなお、泣きもせずに私をただ見詰めていたお前はどこに行った?」
「おまえは!」
ナダールの怒りで辺りにフェロモンの匂いが広がった。
メリア王は薄く嗤う。
「あぁ、これがαというものなのだな、酷く不快な匂いだ」
王は窓を開け放つ。窓の外の怒号が更に大きくなって、耳を塞ぎたいほどの騒音に変わる。
「幸せな死などいらぬよ。私はもう、疲れた……あぁ……」
最後に何を言ったのか二人にはもう聞こえなかった、どこかでまた大きな爆発音がして、それと同時に王はその窓から身を投げた。
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自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
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魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
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お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
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✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
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1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
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王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
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王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
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