運命に花束を

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番外編:運命のご挨拶

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「景気の悪い顔してんなぁ、久しぶりだってのにどうにかならんのか、その仏頂面」

 背後から声をかけられ、俺はその声の主を見やった。見なくてもその声と口ぶり、なによりその匂いで誰なのかはすぐに分かったのだが、俺はその男を胡乱な眼差しで凝視した。
 男の歳は40も半ば過ぎ位だろうか、黒髪黒目のその男は記憶の中の彼と寸分変わらず、人の悪い笑みでにやにやとこちらを見ていた。

「なんだよおっさん、放っとけっての。って言うか、なんでお前はこんな所を1人で馬走らせてんだよ」

 自分達も馬に乗り、旅の道中を進んでいる最中だったのだが、そこにその男が呑気に馬を走らせている事が納得できずに俺は憎まれ口を叩いてしまう。

「あぁ、細かい事は気にすんな」
「気にするわ! あんたがこんな所呑気に馬走らせてたら、馬車に護衛付けてる意味ねぇじゃねぇか!!」

 怒鳴りつけても男は悪びれる様子もなく笑っていて、頭が痛くなる。
 俺の隣で一緒に馬を走らせていたナダールは少し困惑したような表情で俺達の会話を聞いていて「もう少し、言葉は丁寧に……」と諭されるのだが、そんな事は知った事じゃない。

「グノー、ダーリンが困ってるぞ」
「うるさいブラック、お前なんかおっさんで充分だ!」

 隣を走るナダールは本格的に困り顔でおろおろしているのだが、こいつに気を遣う必要など一ミリも感じない俺は、苛立ちを隠すつもりもない。

「お前は相変わらずだなぁ、いっそ清々しいわ。そんでもって、こっちが噂のお前のダーリンだよな? 名前は確か……」
「ナダール・デルクマンと申します、陛下」
「そうそう、ナダール。色々話しは聞いている、うちの馬鹿息子が散々世話になったみたいで、申し訳なかったな」
「いえ、陛下にそんな御言葉をいただくような事は何も……」

 ナダールが緊張でもしているのか畏まってしまった横で、俺は更に胡乱な瞳をその男、ブラックに向けてしまう。

「陛下……陛下ねぇ、あんた本当に王様なんだもんなぁ、世の中間違ってる」
「お前だってメリアの第二王子だったんじゃねぇか、人の事言えないだろ」
「俺はいいんだよ、もう王家とは完全に縁切ってるんだから! でもあんたは現役の王様なんだろう、もう少しそれらしくしたらどうなんだ?」
「そう思うなら、お前も少しくらい俺様を敬え」
「俺ファルスの民じゃねぇもん、それに今更敬えって言われてもなぁ……」

 ぽんぽんと言葉の応酬を続ける俺達にナダールは口も挟めず、ますます困惑の表情だ。別にこの男に気なんか遣う必要ないんだけどな。
 この男の名はブラック・ラング、その名の示す通り髪から服まで全身真っ黒のブラックだ。
 国を飛び出し、旅を始めた当初に知り合い、それから何故かずるずると腐れ縁が続いている。
 ただの風来坊の親父だと思っていたら、実はファルス王国の国王陛下だった事が発覚して驚いた……実はいまだに疑っている、こんな国王いる訳ない。

「まぁ、俺も今更お前に敬われても鳥肌立つけどな、元気でやってたか?」
「あぁ、元気。あんたも相変わらずみたいだな」
「まぁな」

 ブラックはちっとも変わらない、多少歳を重ねて老けたような気もするが基本的な所は何も変わっていなくて少しほっとしてしまった。

「お二人は仲が良いんですねぇ」
「まぁな、なんだかんだで付き合いも10年? 完全に腐れ縁だな」
「10年……10年かぁ。お前も10年前はもう少し可愛げがあったような気がするんだがなぁ」
「うっさいよ、ブラック。さっさと馬車戻れ!」
「すっかり柄が悪くなっちまって、どうしてそんなに柄の悪い男になっちまったんだろうな」
「ざけんな! 全部あんたのせいだろうが!!」

 「そうだっけ?」と空恍けるブラックと「10年前に何かあったんですか?」と首を傾げるナダール。
 俺は苦虫を噛み潰したような顔で当時の事を思い出す。

 10年前、人との会話などろくすっぽした事のなかった自分は他人と話す事ができなかった。
 街を行きかう人々の会話が聞き取れるようで聞き取れない。
 同じ言語で話しているはずなのに、その意味が理解できずにいた俺にブラックが言葉を教えてくれたのだ。いや、教えて貰ったと言うよりは、ブラックの話す言葉をそのまま吸収して今の俺がある。
 今でこそ、それはいわゆるスラングや訛りだったのだと理解できるが、ブラックはそんな事は教えてはくれず、逆に面白がって口汚い言葉を幾つも教えてくれた。
 おかげでそれが普通の一般市民の言語なのだと理解した俺は、その後大変苦労するはめに陥ったのだが、ブラックはそんな事は知らないと恍けるのだ。

「なんだか今日は機嫌が悪いな、なんかあったか? 夫婦喧嘩は犬も食わない、何かやらかしたなら先手を打って謝るが吉だぞ」
「別にそんなんじゃねぇよ」

 俺はブラックの言葉にそっぽを向いた。
 俺とナダールの乗る馬にはそれぞれ同乗者がいる、俺とナダールの子供達だ。
 ナダールが長女ルイを、俺が長男ユリウスをそれぞれ抱えて走っていたのだが、ブラックはそれを見やってにやにやと笑う。

「そういえばその子供達お前が生んだんだってな。よもやお前が人の親になるとは思わなかったぞ、人間変われば変わるもんだな」
「うっさい、ブラック! もう、いいからとっとと馬車戻れ!」
「え~なんだよ、馬車はつまんねぇんだよ。久しぶりの外なんだから少しくらい自由にさせてくれたっていいじゃねぇか」

 そう言ってブラックは気に留めた様子もなく俺達と並走する。本当にブラックは昔から変わらない、自由気ままで羨ましいよ。

「それになんだよ、お前達は俺の護衛にかこつけて家族揃って旦那の実家に里帰りなんだろう? もっと楽しそうにしたらどうだ」

 ブラックの言葉に俺は更に渋い表情になってしまうのを隠せない。
そう、俺達は今家族総出でランティス王国メルクードに向かっているのだ。
 本来の目的はファルス国王陛下、つまりはブラックの護衛という名の見張り役だ。自分達は正式なブラックの部下ではない、あくまで諜報部員としてムソンの民と共に行動しているのだが、今回ナダールはその仕事+故郷であるメルクードの案内役でもあるのだ。
 仕事がメルクードなら今回は危険な事もなさそうだから一緒に行かないかと言われたのが一ヶ月前。
 親に孫の顔を見せたいと言われてしまえば断る事もできず、子供を連れてナダールだけでと言おうとしても、幼い子供達は分かってくれる筈もなく笑顔で「ママも一緒だよね?」と言われてしまう。
 引き摺られるようにしてやってきたこの道程を、進めば進むほど俺の表情は辛気臭くなっているのは自覚しているのだが、どうにも陽気になれないのは致し方ないと思うのだ。
 ブラックは俺のその様子に「どうしたんだ?」とナダールに問いかけた。

「実は私達あの事件の後メルクードに帰った事は一度もないんです。手紙で子供が生まれた事は報告してありますが、ムソンは隠れ里なのであまり迂闊な事は言えません。どこで暮らしているのか、どうやって暮らしているのかなど私達は何も話してはいないのです。今回はそういった諸々の報告と挨拶を兼ねた帰郷になるのです」
「報告……?」
「両親にこの人が生涯の伴侶で、結婚しましたという報告ですね。事後承諾になってしまいますが、それはもうこの際仕方ありません」

 にこやかにそう言うナダールに合点がいったという顔でブラックが頷く。

「なるほど、それでグノーはその挨拶が嫌で仏頂面な訳だな」
「嫌なんじゃねぇよ! 本当はきっちり挨拶に行くのが筋だって分かってる! 分かってるんだけど……」
「怖いんですよね? 大丈夫だって何度も言っているのですけどねぇ」

 ナダールは呆れたようにそう言うのだが俺は「大丈夫な訳あるか!」と思わず叫んでしまう。

「あ~なんだぁ、それはグノーの気持ちも分からんでもないなぁ」
「分かれよ、むしろ! 息子が突然失踪した挙句、一緒にいた俺のせいで家族が投獄までされてんだぞ! しかもその男が『生涯の伴侶です、よろしく~』なんてどの面下げて言えってんだよ! 無理だっ、絶対無理!!」
「あ~そりゃあ大変だわなぁ……」

 ブラックもようやく俺の苦悩を理解してくれたのか、少し困ったような顔で頭を掻いた。一方でナダールはやはり笑顔で「大丈夫ですよ」と言うのだが、そんな言葉信用できるか!
 ブラックは「まぁ頑張れや」と俺の肩を叩く、正直頑張りたくない俺はまた盛大な溜息を吐いた。

「そういえばブラック、アジェとエディは元気にやってるのか?」
「あぁ、俺も最近会ってねぇんだよな。あの2人ほとんどルーンから出てこないから。って言うか、メルクードにはちょこちょこ顔出してるみたいなのに、イリヤには全然来ねぇんだよ。誰のおかげで幸せに暮らせてると思ってるんだか、しかもうちの騎士団長まで連れて行っちまいやがって……」
「騎士団長って、クロードか? あいつも今はルーンなのか?」
「あぁ、こんな所では安心して妻子とは暮らせません! って嫁と子供連れてエディ追って行っちまった。おかげで騎士団の建て直しが大変だったんだ」
「あれ? クロードの所にも子供できたんだ?」
「そういえば、あなた事件後しばらく記憶喪失で知らないんでしたね。あの当時すでに彼女妊娠していましたよ。あんな事件に巻き込んだのに無事に生まれてよかったです」
「え? マジで?」

 聞いてない、聞いてないぞ!
 アジェとエディの所もなかなかできないし、そんなものだと思っていたのに。
 見目麗しい白面の騎士クロード・マイラーはこの数年でずいぶん変わった。ほとんど表情のなかったその顔には最近では常に幸せそうな笑みが付いてくる。そして、その隣にはまだ幼い妻と子供。
 ファルス王国においてクロードの信奉者は相当な数に昇っていた、表面に現れている数はそうでもなかったが、隠れファンというのは幾らもいて、クロードの突然の結婚には誰もが動揺を隠せなかった。
しかも相手は7歳も年下の幼な妻、クロード親衛隊の動揺もすさまじく、彼のあずかり知らぬ所で国は大いに荒れていた。
 だが、彼等がその妻の存在を知った時にはすでに彼女の腹の中には子供がいて、誰も何も言えなかったのだ。
 それでも一部の過激な彼の信奉者は彼女や子供に嫌がらせを働き、それを知ったクロードがキレてイリヤを飛び出したのだ。後日、嫌がらせを働いた過激派が袋叩きにあったのは言うまでもない。
 ブラックはクロードの兄とは旧知の仲だが、あそこまではっきりと己の意志を自己主張した弟は初めて見たと彼も目を白黒させていたし、ブラック自身もクロードがキレる姿を初めて見て正直びびったのだ。
 普段がぼんやりのほほんとしたクロードなのでそれはとても恐ろしく、しかも誰も立ち討ちできない程度に彼は強く、誰も彼を止められなかった。

「そういえばこの間2人目が生まれたって報告があったな」

 当初はままごとのような夫婦だと思ったものだが、あれでいて何の問題もなく暮らせているのなら、まぁそれでもいいかとブラックは思う。
 幼な妻もクロード同様ぼんやりした性格をしていた、田舎でのんびり暮らすのは意外と2人には合っているのかもしれない。

「そっかぁ、じゃあ今度ルーンにも遊びに行かないとな」

 俺がそう言うとナダールも笑顔で頷いた、ひとつ楽しみが増えたと目先の不安を隠して笑う。

「そういやお前、うちの騎士団入る気ねぇ? 最近どうにもぱっとしたのがいなくてなぁ……」
「無理だって、お前俺のこの足の事知ってるだろ? もう実践じゃ使い物にならねぇよ」

 ブラックはちらりと俺の片足を見やる。

「本当にそれ義足なのか? さっき普通に歩いてただろう?」
「俺の作った義足は出来がいいからな。それでも所詮は作り物、限度って物がある。無理だよ」
「それじゃあ最近こっちはからっきしか?」

 言ってブラックは片手で剣を振り回す仕草をする。

「まぁなぁ、子供に多少教える程度だな」
「なぁグノー、すこ~し、俺の相手してみねぇ?」
「無理だって言ってんだろ、それでなくても最近は剣なんか振ってないのに」

 ブラックは俺の言葉に何故か驚いたような表情を見せた。

「お前みたいな喧嘩っ早い男がそれはないだろ! お前大好きだったじゃねぇか」
「うちのチビ達まだ小さいの見れば分かるだろ、そんな事やってる暇あるか! そんな時間あったら部屋の片付けと飯の準備してるっての」
「お前、すっかり所帯臭くなっちまったなぁ……」

 ブラックはがっかり半分という顔だが、微かに笑みを零す。
 そういえば俺こいつに世話になってたらしいけどまだ礼も言ってないな、こいつはそんなの気にしてないだろうけど。

「そんなにやりたきゃ、ナダールとやればいい。こいつ意外と使えるぞ」

 にやっと笑ってそう言うと、ブラックの瞳が期待に光る。
 おっさん本当に三度の飯より好きなんだよなぁ、俺も似たようなもんだったけどさ。

「ちょ、ちょっと待ってください! 私、結局あなたの足元にも及んでいませんよ! 使えるとか、本当に無いですから!」
「そうでもないって、お前強いよ? それに俺がやってない間もちゃんと鍛錬してただろ、今となってはお前の方が俺より強いかもだぞ、自分に自信持て」
「そう……でしょうか?」

 自信なさげなナダールの顔を覗きこんで笑ってやるが彼はやはり困惑顔のまま。だけど、うん、大丈夫、俺は嘘は吐かねぇよ。
 俺が馬を止めると二人もそれに倣って馬を止めた。
 腕の中の息子はきょとんとしているのだが、ようやく退屈な馬の背から降りられて、へにゃりと笑った。
 俺はナダールの腕から娘も受け取って、立ち合いの場を作ってやる。

「本当にやるんですか?」
「やるに決まってんだろ」

 自信無さげで所在なく佇むナダールと、やる気満々で自信たっぷりに柔軟を始めるブラック。

「子供達に少しは格好いい所見せてくれよ、パ~パ」
「そんな事を言われましてもですねぇ……本当に私なんかでいいんですか、陛下」
「グノーが言うんだ、間違いないだろう。俺も最近腕が鈍ってるんだ、お目付け役が外に出させてくれないもんでな。手加減してやるから、ほら来い」
 そんな風に侮って挑発するブラックに、痛い目を見ればいい、馬鹿め、と俺は心の中でほくそ笑む。
 実際ナダールは自分で卑下するほど弱くはない。剣捌きも巧みだし適応力が高い、ついでに力も強いので力負けする事も少なく、重量級のブラックとはいい勝負になると思うのだ。

「そっちから来ないなら、いくぜ」

 言って、ブラックは体全体を使って剣を振り切り、それをナダールは剣で受け踏ん張って堪えきった。

「お、やるなぁ。堪えるか……じゃあ次は……」

 今度は矢継ぎ早の攻撃にナダールは慌てたように対応していく、その顔からはいつもの笑みは消えていた。
 あはは、俺、お前のその真剣な顔大好きだ。

「はは、これも受けきるか、凄いな」
「当たり前だ、スピードだったらお前より俺の方が速かった、俺の相手をしてたナダールが受けられない訳ないだろ、馬~鹿」
「ちょっと、グノー煽るのやめてください! こっちは必死なんですから!」

 馬から降りてその辺を駆け回っていた子供達もいつの間にか傍らで「パパ、頑張れ~」と声援を贈っている。

「なんだよ、そっちばっかり応援付きでずるいな」

 言って、ブラックは今度は上から剣を叩きつける、それを避けて受け流し間合いを計るナダールにブラックは満足げな笑みを零した。

「はっは、いいね、いいね。こいつはいい」
「うっさいブラック、真剣にやれ」
「やってるっての、おら、よ! っと」

 薙ぎ払ったと思った刹那、返す手でまた攻撃をされて、ナダールは身を引く。ナダールの駄目な所はアレだな、受身ばかりで自分からあまり攻撃していかない所だ。
 元々「平和主義なので」と笑っていた彼なので仕方がないのだが、これで攻撃性も加わればずいぶん強くなるのだろうにと苦笑する。
 間合いを取ったナダールを追いかけるようにしてブラックが間合いを詰めてくる、それに逃げられないと悟ったのか、瞬間ナダールが踏み込んだ、そして気付けばブラックの手から剣は宙を飛び転がっていた。

「おっし、ナダールでかした!」

 逃げるばかりの男の不意の反撃、意表を付かれたと言ってしまえばそれまでだが、勝ちは勝ちだ。

「わ~い、パパ勝ったぁ」

 きゃっきゃと子供達はナダールに飛び付いて行き、心底疲れたという呆然とした表情のまま、それでも子供達には笑みを見せて、ナダールは2人の頭を撫でた。

「なんだ、お前の旦那やるじゃねぇか。こんな人材が田舎に埋もれてるのは勿体無い」
「あ? いいんだよ、ナダールは俺だけの騎士なんだから」
「俺だけのって……あんたの嫁は独占欲が強いようだな」
「そこはお互い様ですので、嬉しいです」

 両腕に子供を抱えてナダールはにっこり笑った。

「ふぅん、いいねぇ。なぁ、あんたもし良かったらうちの騎士団は入らないか? 役職付きで採用するぞ」
「騎士団? ファルスのですか?」
「ブラック、こいつは俺のだって言ってるだろ! 勧誘すんな!」
「悪い話じゃないだろう? 家族を養っていくのだって楽じゃない、子供はこれから金がかかるんだ」
「それを言われてしまうと……」
「ブラック! ナダール、お前もあんまり真に受けんな、いざとなったら俺だって働けるんだ、生活なんてどうとでもなる」
「なんだよグノー、そんなに旦那を俺の所で働かせるのは嫌なのか? なんならお前も一緒にでもいいんだぞ?」
「嫌に決まってんだろう! お前の下で働いたら何させられるか分かったもんじゃない」
「おいおい、さすがに国の騎士団だぞ? お前に依頼してたようなチンピラ家業みたいな事はさせねぇよ」
「信用できない、お前だから信用ならない」

 ナダールが傍らで苦笑しているのが分かるのだが、どうしてもこれは譲れない。これはブラックと共に行動した事のある者なら絶対に誰もが思うに違いない感情だからだ。

「まぁまぁ、グノーそう興奮しないで、返事はそう急いではいませんよね?」
「お? 考えてくれるのか?」
「このままムソンで働くよりは収入も安定しますし、私は元々諜報には向かない人間ですからね」
「……あんた、でかいもんなぁ」

 言ってブラックはナダールを見上げる。
 確かにナダールはムソンの民と共に諜報活動をして現在我が家は生計を立てている、ムソンの民は身軽で夜陰に紛れる術を持っているが、ナダールは体躯も大きい上に髪は目立つ金色で、人目を引くばかりで身の隠しようがない。正直向いてないというのは俺も重々承知している。
 それでもブラックの部下というのはどうにも不安しかない俺に、ナダールはいつもの笑みで「考えるだけは考えてみましょう?」とそう言った。
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