運命に花束を

矢の字

文字の大きさ
上 下
181 / 455
番外編:運命のご挨拶

しおりを挟む
 翌日の天気は爽やか過ぎるほどの上天気だった。
 ついにこの日が来てしまった……とグノーはこっそり溜息を吐く。
 昨夜帰ってきたナダールに「明日行きますよ」と伝えられた時には寿命が縮む思いだったが、もう本当に腹を括るしかないのだ。
 それは分かっている、分かっているのだけど……

「何をやってるんですか?」

 子供達を纏めて抱きしめぎゅうぎゅうと抱き込んでいると、2人の子供はきゃっきゃと笑う。それを見やってナダールが不思議そうな顔で寄ってきた。

「2人から元気と勇気の補充してる」
「はは、それはいい。では私も」

 そう言ってナダールは俺達の脇に同じように座り込んで俺の顔を掴み、口付けてきた。

「なっ、馬鹿! 子供の前でっ!」

 真っ赤になって怒鳴ると「これくらいいいじゃないですか」とナダールは同じように子供2人の頬にもキスを落とした。
 子供達はくすぐったそうに笑って、お返しとばかりにナダールの頬にキスを返していて、あまりにも平和な光景に力が抜けた。

「2人共、おじいちゃんおばあちゃんにする挨拶、ちゃんと覚えられましたか?」
「ルイ、ちゃんと言えるよ!」
「ユリも~」

 「偉い偉い」と子供達の頭を撫でてナダールは立ち上がる。

「あ、ちょっと待って。俺髪隠してく、ルイも帽子被ろうな」
「え~やぁだ~ルイ帽子いらない」
「でもな……」
「いいじゃないですか、そのままで。あなたも隠す必要はありませんよ、あなたはありのままの姿で私の隣に立っていてくれさえすればそれでいいです」

 ナダールの言葉にそれでも……と躊躇っていると、大丈夫ですよと抱きしめられた。

「あなたもルイも、もちろんユリウスも私がちゃんと守ります、安心してください。私達にやましい事など何も無いのですから、堂々としていればいいんですよ」

 にっこり笑ってそう言うナダールの言葉に頷いた。
 やはりナダールは強い、俺はいつも心でこいつには敵わないとそう思う。
 マルクの家からデルクマン家はさほど遠くはない、それでも幼い子供を歩かせればある程度の時間はかかってしまう。
 すれ違う人達の視線が刺さる、逃げ出したいと思う気持ちが伝わったのかナダールが娘と繋いだ手と反対の手で俺の手を握った。

「笑ってください、あなたには笑顔が一番似合う」

 それはお前だと俺は思った。いつも隣でにこにこと笑っていてくれるお前がいるから俺は笑顔でいられる、お前の笑顔は俺の精神安定剤だ。
 無言で頷いて子供達を見やる。子供は俺の笑顔の源。

「ねぇ、パ~パ、おじいちゃんの家まだ~?」
「もうすぐそこですよ、ユリ歩けますか?」
「ユリ、だいじょぶ」

 まだ長時間歩く事に慣れていないユリウスはそれでも小さな歩みを止めることはしない。

「ナダール?」

 ふいに声をかけられ顔を上げれば、声をかけてきたその中年の男性は知り合いだったのだろうナダールが笑みを零した。

「ご無沙汰しています、お元気ですか?」
「こっちは元気だが、お前その子達……それに……」

 戸惑ったような声と眼差しに俺はまた俯いてしまい顔が上げられない。

「私の家族ですよ、ほらルイ・ユリご挨拶」
「おじちゃん、こんにちは!」
「にちは!」
「おぉ、こんにちは。偉いなちゃんと挨拶できるんだな、飴食べるか?」

 「食べる!」と子供達は諸手を挙げて喜び、その小さな掌には1つずつ小さな飴玉が握られて、俺は慌てて「ありがとうございます」と頭を下げた。

「おや、ずいぶん別嬪さんを嫁に貰ったねぇ、こりゃ驚いた」
「ふふふ、口説き落とすのに苦労しましたよ」
「そりゃそうだろうな」

 男は笑って手を振り去って行く。
 子供達も「おじちゃん、ありがと~」と手を振ると、それにもやはり彼は笑って手を振り返してくれた。

「何も、言われなかったな」
「そんなものですよ、一部の人間の悪意なんて気にしていたらキリがありません、それよりもうすぐそこですよ、こらユリ、飴はあとから! おじいちゃんの家すぐそこだから、もう少し我慢ですよ」

 再び歩き出す俺達に刺さる視線が幾分か和らいだ気がするのは気の持ちようか?
 6年前短い間だが世話になった家の前に立ち深呼吸をする。

「ただいま戻りました」

 6年間帰っていなくとも家は家なのだろうナダールはそう言って、家に入る。奥から顔を出した少年と少女が驚いたような表情でこちらを見た。

「母さん、兄ちゃん帰ってきた!! え? 違うよ、ナダール兄ちゃん!」

 6年前に一緒に遊んだ幼いナダールの弟妹達がずいぶん大きくなっている。

「お兄ちゃん、おかえりなさい。もう帰ってこないのかと思ってた……」
「ユリアもずいぶん大きくなりましたね」

 ナダールは6人兄弟の末娘の頭を撫でた。
 ナダールの6人の兄弟の中で彼女は唯一のΩ性だ、ナダールはこの妹を殊更気にかけていたので、再会は嬉しいだろう。
 しばらくすると奥からぱたぱたとナダールの母が小走りにやって来て、大きな体躯の息子を見上げると涙を零して「おかえりなさい」とそう言った。

「長く留守にしました。ご迷惑もおかけしたようで……」
「なに他人行儀な事言ってるの、この子はもう! でも、あなたは昔からそういう子だったわね、ふふ」

 こんな大きな子供を生んだとは思えない程、彼女の体は小さくて背伸びをするようにして抱きついたその母親に「ただいま、母さん」とナダールは彼女を抱きしめ返した。

 ナダールの家族は本当に家族らしい家族だ、6年前はそれを傍観する事しかできなかった。
 家族というものに縁の無かった俺にはそんな人達を見ていても、自分とは住む世界が違うとしか思えなかったのだ。

「あなたは……グノー君?」
「あ……えっと、はい……そうです」
「やっぱり綺麗な子だったわね、番にはなれたの?」
「あぁ、はい! 無事にチョーカーも外れました、この人は私だけの『運命の番』です」

 「良かったわね」と彼女は笑みを見せてくれて、俺はもうそれだけで泣いてしまいそうだった。
 もっと罵られる事も覚悟していた、けれど彼女はそんな事は一言も言わず「良かった」とそう言ってくれたのだ。
 家の奥に通され、子供達を彼女に紹介すると「可愛い可愛い」と彼女は子供達にメロメロで、俺の義理の弟や妹になったナダールの弟妹も持ち前の人懐こさで子供達と遊んでくれた。
 父であるギマール・デルクマンの帰宅はもう少し遅い時間になると言われたので、その日はデルクマン家で夕食を呼ばれる事にした。
 マルクやナディアさんも合流して、賑やかな家族団欒だ。
 こんな幸せな家族の間に自分がいる事が不思議で仕方ない、望んでも得られないと思っていた物がここにあった。

 賑やかに宴会を続けていると、誰かが帰宅したような声に反応して子供達が駆けて行く、いよいよギマールが帰ってきたかと居ずまいを正して玄関へと続く扉を見ていると顔を出したのはギマールではない、若い男性だった。
 あれ? これ誰だっけ? なんか見た事ある気もするし、ないような気もする。
 男は何事かと宴席を一通り眺めた後、俺とナダールを見つけて表情を険しくした。

「なんであんた達がここにいる?」
「リク、久しぶり」

 上機嫌で笑顔を見せるナダールに、男はつかつかと歩み寄りその胸倉を掴んだ。

「なんであんたがここにいる! あんたは家族を捨てた! そのあんたがなんで我が家で酒なんか飲んでいる、ふざけんな!」
「え? リク?」

 あぁ、思い出した。
 これナダールのすぐ下の弟だ、あの事件の時、俺達を捕まえに来たあの時の……
 思い出したと同時にリクに殴られたナダールの身体が吹っ飛ぶ。
 宴席は一瞬で阿鼻叫喚の中に放り込まれ子供達は泣き出してしまう。

「何をやぶから棒に……」

 殴られ口内でも切ったのかナダールは血を拭い、リクを見やる。
 その顔にはまだ戸惑いが浮かんでいて、ナダール自身事態がうまく飲み込めていないのが分かる。
 俺もナダール同様どうしていいか分からず、泣き出す子供を抱きしめた。

「あの時あんたが俺達を捨てたんだ! もうここは帰る場所じゃないとあんたがそう言ったんだ! あんたは6年前のあの時、俺達家族を捨てたんだ!!」
「リク……」
「出てってくれ、この家にあんたの居場所なんてもうありはしない」
「リク兄なんでそんな事言うんだよ、久しぶりに帰ってきたんだ、何もそこまで……」

 マルクが慌てたように仲裁に入ってくる。

「お前だってあの時俺と一緒に投獄されて大変だっただろうが! 命を狙われて、王家に利用されて親父だって死にかけたんだぞ! それもこれもこいつと、こいつに誑かされた兄貴のせいだ!」

 ナダールの弟は俺とナダールを指差してそう怒鳴った。
 あぁ、俺のせいか……そうだよな、全部全部俺のせいだ。

「出て行け、この家にはもうあんたの居場所はない」
「元より長居をするつもりはありません、父さんに挨拶を済ませたら直ぐにでも帰ります」
「ナダール……?」

 不安そうにこちらを見やる母親にナダールは笑みを見せた。

「母さん、ごめんなさい。私はここに帰って来た訳ではないのです、ただ父さんと母さんに子供達を見せたかったのと、この人と一生添い遂げる覚悟を伝えに来ただけなのです」
「添い遂げる? メリアのセカンドとか? 兄貴はメリアを支配でもする気なのか?」
「グノーはもうメリアのセカンドではありません。その呼び方はやめてください」
「人の生まれなんてものはそう簡単に消す事はできない、そいつはメリアのセカンドで、その事実は変わらない」

 まただ、また言われた……メリアのセカンド、その言葉はどこまでも俺を縛る。メリアという国は俺には何も与えてはくれなかったのに、俺から何もかも奪っていく。
 知らずに涙が零れた、どうする事もできないんだ、生まれた場所は変える事ができない、『メリアのセカンド』それは俺にとって呪いの呪縛に他ならない。

「ママ、だいじょぶ?」

 頬に流れる涙に気付いたのか、ユリウスが小さなその手で俺の頬を撫でてくれた。
 それを見たルイがきっと顔を上げて俺の腕から飛び出した。

「ママをいじめちゃ、ダメ!」

 俺の前に立ちはだかるようにして娘のルイはそう叫んだ。
 そのままルイは大きな体躯のナダールの弟に突進して、その足をぺしぺしと叩く。

「キライ、おじさん、あっち行って!!」
「なんだこの子供は、赤毛の子供なんて我が家には必要ない!」

 リクにとっては軽く払うつもりの動作だっただろう、だが幼い子供の体は軽く、なぎ倒されるように倒れ、泣き出したルイを抱き上げたナダールから怒りのフェロモンがぶわりと湧き上がる。

「髪が赤いからなんだというのですか、この子がお前に一体何をした!」
「纏わり付いてきたのはそっちだろ!」

 迫るナダールに圧倒されたようにリクは下がる。
 それもそうだろう、俺は今までかつてこれほどまで怒っているナダールを見た事がない。
 いつもにこにこ笑っているナダールしか見た事がないであろう彼には、その怒りも、溢れるような彼のそのフェロモンも恐らく初めての体験だろう。

「この子は母親を守ろうとしただけ、お前のした事はそれを押さえつける暴力です。私は我が子を傷つける人間は許さない、例えそれが血を分けたお前でも私は容赦しない」
「平和主義者の兄貴に一体何ができる、喧嘩もろくすっぽできない人間が口で何を喚いた所で……」
「黙れ!」

 ナダールの怒りのフェロモンは増大する一方で留まる所を知らない。バース性ばかりが集う村で暮らし、フェロモンのコントロールはお互いずいぶん上達した。
 元々俺はフェロモン量が多くて、その俺のフェロモンはβですら魅了するものだった。
 首輪を嵌められ長い事番になれなかった俺を守る為、ナダールは俺のフェロモンを覆い隠すようにフェロモン量を増大させていったのだ。
 妊娠中は薬にも頼れない、うっかりすると駄々漏れてしまう俺のフェロモンを覆い隠すのにはナダールもずいぶん骨を折っていた。
 俺自身もナダールといると自然と漏れてきてしまうフェロモンのコントロールにずいぶん苦労させられたのだ。
 バース性にとってフェロモンの発露とは己のすべてを曝け出してしまうのと同義、なのでバース性の人間はその纏うフェロモンでお互いの人となりまである程度分かってしまうのだ。
 そこまでフェロモン量の多くない者ならそのままで構いはしないが、俺のような人間はそれを押さえ込まないと生活すらままならなくなる、そんな俺の隣に立ち続けたナダールのそのフェロモンはブラックに匹敵するほどに強力で、完全に弟のフェロモンを凌駕していた。

「な……んだよ、コレ」
「私と勝負しようというのなら、受けて立ちますよ……リク」
「兄弟喧嘩はその辺でやめておきなさい、リク、ナダールも怒鳴り声が外にまで聞こえてきた」

 静かに場を制したのはナダールの父、ギマール・デルクマンだった。ナダールの腕の中で泣いている娘の顔を覗きこんで彼はにっこり笑う。

「お嬢さんお名前は?」
「ル、ルイ」
「ルイちゃんか、はじめまして、おじいちゃんだよ」
「おじぃ……ちゃん?」

 ギマールが腕を伸ばすと不思議と嫌がりもせず娘はギマールの腕の中に収まった。

「怖い思いをさせたね、大丈夫だよ。おじいちゃんはルイちゃんの味方だ」
「親父!!」
「おじぃちゃんはママいじめない?」
「いじめたりしないよ、だから笑ってくれるとおじいちゃん嬉しいなぁ」

 娘はぐいっと涙を拭う。

「ルイ、泣かない」
「親父!」
「リク、もう総て終わった事だ。今はもう何事もなく平和な生活に戻ったんだ、何を波風を立てる必要がある」
「でも、親父はそいつらのせいで死にかけた!」
「終わった事だと言っている、リク。こんな可愛い孫達に囲まれて何を怒る必要がある、私にはもう憎しみも恨みも残っていないよ」
「親父……」
「憎しみは何も生み出さない、いつまでも過去に捕らわれていてはいけないよ、リク」

 ギマールはルイを抱いたまま「食事にしよう」と妻に声をかけた。
妻は慌てたように夫の食卓を整えて、宴席にようやくほっと安堵の空気が流れる。

「俺は認めない……」

 拳を握ったリクがこちらを睨み付ける。
 その怒りは当然だ、俺はデルクマン家の人達に恨まれて当然の人間なのだから。

「俺はあんたを認めない!」

 俺は改めて居ずまいを正し、リク、そしてギマールに向けて膝を折り、頭を下げた。

「申し訳ありません、本当はもっと早くにここに謝罪に訪れるべきだというのは承知していました。あなた方家族に迷惑をかけ多大な心労を与えた事も重々承知しています。ただ、俺は怖かった、罵られるのは覚悟の上ですが、どうしても怖かったのはナダールが俺の傍を去っていく事。ここにはあなた方家族がいて、ナダールはあなた方を愛している、俺はその家族に加われない事は理解しています、その資格もない。それでもナダールだけはどうしても手離せなかった」
「グノー……」
「俺は家族という物を知りません、張りぼての家族という名の牢獄で飼い殺されていた俺ではあなた方に勝てる気がしなかった、だから子供でこの人を縛りました。謝罪にも挨拶にも来られなかったのはそんな身勝手な理由です。でもどうかお願いします、俺の事は憎んでもらって構いません、恨んでもらって構いません、でもこの子達には何の罪もありません。どうか子供達だけはこの家族に入れてください、俺と同じの赤い髪は気に触るかもしれませんが、この子には何の罪もない」

 ようやく言えた、ずっと怖くて言えなかった俺の本音。
 ナダールを取り上げられるのが怖かった、安心して眠る事のできる彼の腕の中から出る事ができなかった、引き離されたらもう生きていけない……ずっとそう思って彼の家族に会うのを避けていた。
 だけど、やっぱりナダールの家族はナダール同様温かかった、そこに自分を入れて欲しいなんておこがましくて言う事はできないが、それでも子供達はナダールの血を半分持った子供達だ、俺のせいでその家族にすら入れないなんてそんな事は耐えられない。

「なんであなたが頭を下げる必要があるのですか、あなただって何もしていない、あなたはただ運命の中でもがいて生きていただけで、誰にもあなたを責める資格なんてありはしない! リク、これだけは言わせてもらいます、あなたがこの人を認めなくても私にとってはこの人が運命の伴侶です、この人を傷付ける人間を私は決して許さない」

 ナダールが俺の傍らに立って俺の肩を抱いてくれた。それがもうそれだけで嬉しくて、また涙が溢れた。
 自分はこんなに涙もろい人間だっただろうか? 泣く事すら忘れていた過去の自分はもういない。

「ナダールお前は強くなったな。私は嬉しいよ、息子がこんなに立派に成長した姿を見るのは親にとっては何よりも喜ばしい事だ。リク、お前にもいずれきっと分かる時が来る」
「……くっ、そんなの分かりたくもない!」
「リク!」

 言ってリクは踵を返し、荒々しい足音を立て家を出て行った。
 追いかけるように手を伸ばしたナダールを止めたのは父親のギマールだった。

「放っておきなさいナダール。リクには時間が必要だ、1人で考える時間が時には必要な時もある、リクは賢い子だ、きっとそのうち分かってくれる。それよりもグノー君、もう顔を上げてはくれないか? 君の娘がまた泣いてしまいそうだ」
「俺はあなた達に顔向けできません。特にあなたには多大なご迷惑を……」
「もう終わった事だと先程も言ったと思うのだがなぁ」

 ギマールはそう言って俺の傍らへとやって来て、下げた俺の頭にその大きな掌を乗せた。

「息子がここまで大きく成長したのはきっと君のおかげだ、ありがとう。今後ともどうぞ息子をよろしく頼む」

 涙が溢れて止まらない。ナダールのどこか人を安心させる魔法の手は親譲りなのだと分かってしまった。

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 更に深々と頭を下げると「もういいから」と苦笑されてしまった。
恐々と顔を上げると、皆がこちらを心配そうに窺っている。

「大丈夫? こっちに来て、気を取り直して食事にしましょう、ユリ君まだ食べるよね?」

 ナディアの言葉に食いしん坊の長男が満面の笑みで頷いた。

「下の子は小さい頃のナダールそっくりだな、お前は何か食べさせていれば始終ご機嫌な子供だった、全く懐かしいな」
「私そんなでしたっけ?」
「覚えていないのか? お前は他の兄弟の取り分まで取ってしまうほどの食いしん坊だったぞ、口一杯に物を詰め込んでにこにこしてたが、お兄ちゃんなんだからそれは駄目だと言ってもなかなか聞かなくて難議した」

 俺はぶふっと吹き出してしまう、本当にユリウスそっくりだ。

「そんな笑う事ないでしょう」
「だってユリと同じ事してる……ふふ、血は争えない、ふは」

 変に笑いのツボに入ってしまいなかなか笑いが止まらない。

「でも、ナダールこれでお前も心置きなくファルスに行けるな」
「え? あ……はい、そうですね」
「ん? 何?」

 ナダールが少し瞳を逸らした。
 あ……これ何か隠してる顔だ。

「ファルスの国王陛下に頭を下げられた時には驚いたぞ。お前いつの間にそんな仕事に就いていたんだ?」
「えぇ……と、5年くらい前からですかねぇ」
「そんなに長い間か、特殊な任と言うのは聞いても?」
「それはすみません、極秘事項です」
「そうか……でもまぁ、これからはまた元の仕事だ頑張って働けよ」
「はい、頑張ります」

 父親に笑顔を向けると同時にこちらを窺うような気配に俺は察する。

「ナダール……?」
「言いたい事は分かっています、後で説明しますので、ここは穏便に……」
「ブラックの奴に何を吹き込まれた?」
「ですから、それはまた後で……」

 あんの、狸親父! 絶対何かこいつに吹き込みやがったに違いない、しかもナダールの親父さんまで巻き込んでやがる!

「グノー君、どうかしたかい?」
「え? いえ、なんでも……はは」

 俺がナダールを見上げると彼はまたついと瞳を逸らすので、絶対俺に言いにくい事態になっていやがると俺は確信した。

「後で詳しく話しは聞かせてもらうからな、ナダール」
「……はい」

 小さく頷いた彼からは先程弟に見せたような迫力はなく、なんだかそれにも笑ってしまう。その日の宴会は夜遅くまで続き、結局その日ナダールの弟リクは家に戻っては来なかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あの人と。

BL / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,126

鮮明な月

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:244

異世界でおまけの兄さん自立を目指す

BL / 連載中 24h.ポイント:8,252pt お気に入り:12,485

初恋Returns

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:274

悪役令嬢の中身が私になった。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:191pt お気に入り:2,628

処理中です...