運命に花束を

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運命に花束を②

運命の二回戦①

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 開催期間が一週間ある祭りの4日目・5日目の2日間で武闘会の二回戦は行われる。
 自分達の出番は2日目の最終グループ、祭りも後半戦を迎えて街は大きな賑わいを見せていた。
 決戦の場所はイリヤの城下町から王城まで、街全体が会場となる。内容は決められた場所から各自出発し、王へ届け物を届けるといういたってシンプルな物、一番速く国王に届け物ができた上位者が入賞となる。
 もちろん届けるのは一回戦を勝ち上がった大将の役目で、それ以外の配下は他の対戦相手の邪魔と大将の護衛が仕事となる。
 武器の使用は今回禁止されてはいないが、抜刀は禁止されているので自分の刀は各々封印するようにと通達が出されていた。

「言っても、封印されていても打撃はできるわけで、怪我はするかもしれないから気をつけろ」

 スタールはそう言ってナダールの肩を叩いた。
 大将は分かりやすく肩からたすきを掛けており、その姿はなんとも間抜けだ。

「この2日間、この試合を見てきましたが、やはりこの真ん中の大通りを抜けていくのが一番近道なんですよね……」

 ナダールは地図を指差しその指を滑らせていく。
 そこは城門から真っ直ぐに王城へと続く大通りで、この街イリヤ一番の繁華街でもある。道は完全な一本道で、そこを抜けていくのが一番速いのは誰もが分かる事なのだが、考える事は皆同じで、そこはこの試合での一番の激戦区でもあった。
 戦いとなればやはり数の多い方が圧倒的に有利で、本当に必要最低限しか人数のいないナダール達にとってそこはかなり厳しい道となっている。

「強行突破、いいじゃねぇか」

 戦う事が大好きなグノーは平気でそんな事を言い、エディも無言で頷いていたがナダールは一人思い悩んでいた。

「確かに強行突破が一番確実なんです、ただそうするとどうしても残されてしまう人が出そうで、できれば誰も欠けずにゴールできれば……と思うのですけど無理ですかね?」

 ナダール達の届け物は封書だ。封書には厳重に蝋印が施されており中を見る事はできない。
 その封書をナダールが国王に届けてしまえば配下の誰が欠けていようと問題はないのだが、ナダールはできるのなら全員誰一人欠ける事なくゴールできたら、とそう思っていたのだ。

「何を甘い事を言っている。配下の者など捨て駒同然、付いてこられない奴なんか置いて行けばいい」

 スタールはそう吐き捨てたが、ナダールはどうしてもそれに納得がいかなかったのだ。

「私はもし任務でこういう状況に置かれたとしたら、誰一人として捨て駒などと思う事はできません。任務は大事ですけど、仲間を捨てる事などありえません」

 ナダールのその言葉にカズイはひとつ頷く。

「だったら誰もゴールできないようにすればいい、スピードだけが勝負ではないだろう?」
「どういう事ですか?」
「言ってはなんだが、こういう仕事は俺達の十八番(おはこ)だからな、手はいくらでもあるさ」

 そう言ってカズイはにっこり笑った。



 スタートの時間は迫っていた、スタートの合図が鳴り響き一斉に男達が動き出す。

「では手筈通りにお願いします、皆さん健闘を祈ります」

 その言葉を受けてカズイ・カズサ・ルーク・サクヤの4人は姿を消し、そして残された者達は大通りではなく、裏道を駆けていた。

「あいつ等一体何者だよ?」

 スタールは不審顔でそう言うのだが、ナダールは笑顔で「友達ですよ」と答えるに留めた。

「グノーは周りの警戒を、エディ君とクロー……クロさんはしんがりをお願いします」

 「了解!」と三人はそれぞれ持ち場へと散って行く。

「キース君達は私から離れないようにお願いします、スタールさん達は前だけを見て、ともかく前進してください」
「こういうコソコソしたのは、俺はあまり好かないんだがなぁ……」
「そう言わずに、あなた達の出番はすぐですよ」

 そんな事を言っている間にも「右前方から5人、その後小部隊ざっと三0!」と、周囲の警戒にあたっていたグノーから声がかかる。

「ほら、出番です」

 おっしゃあぁ! とスタール以下配下の面々は喜んで相手に向かって行った。

「なんとなく気付いていましたけど、あなた方、グノーと同じタイプの人達ですね……」

 恐らく勝負事が大好きで、闘うのが好きな典型的な負けず嫌い。

「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、なんでも」

 ナダールは笑顔で首をふり、襲いかかってきた敵をなぎ払った。

「キース君、レン君、ハリー君、大丈夫ですか?」

 背後にいる三人の少年を気遣いつつ、着実に歩を進める。
 このチームの中で恐らくこの少年三人が一番弱い、特に石を投げて寄越した少年ハリーは怖くて逃げ回っていたら最後の最後まで残ってしまっただけで、あの時は自分も何かしなきゃと無我夢中で……と小さく縮こまっていた。元来気の弱そうな彼にしてはあの時はずいぶん頑張ったのだろうと微笑ましくすら感じてしまう。

『僕なんか何の役にも立たないので、邪魔だと思ったら遠慮なく置いて行ってください』

 そう最後まで言っていたのは彼だったのだが、この即席チームの中で何の縁故もなくやって来てくれた彼を、自分は置いて行きたくはなかったのだ。
 彼は恐らくこんな戦闘経験すらほとんどないのだろう、小さく悲鳴を上げながらも「大丈夫です」と頷いた。

「ねぇ、ナダールさん。オレも戦っていい?」
「君達は私の護衛なので体力温存しておいてください」

 キースの言葉に笑顔で返すと、彼は少しつまらなさそうな顔をする。実際の所、ゴールに近付けば近付くほど戦闘は激しくなる。スタミナの少なそうな彼等にこんな所でへばられては困るのだ。
 そんな事を分かっているのかどうなのか、彼は「へ~い」とつまらなさそうに返事を返した。

「前方100m中規模戦闘発生! 突っ切るか?」
「迂回します、次の角左に入ってください。住民の方を巻き込まないように気を付けて」
「了解」

 戦闘は街の中で行われている、あらかたの住民は家の中から観戦しているのだが、ごく稀に近くで見ようと外に出てきて巻き込まれる住民が出るのだ。
 大通りはともかく裏通りともなると、さすがにこんな方まで来ないだろうと油断している住民は多かった。

「前方敵兵15! ちっ、子供が二人いる、お前等逃げろ!!」

 前方の敵兵もこちらに気が付き向かってくるのだが、そのちょうど中間辺りに子供が二人どうしていいか分からないという顔で立ち竦んでいた。

「端に寄って、早く!」

 子供に向けてそう叫ぶが、完全に恐怖で動けなくなっている子供二人は身動ぎもせず動かない。

「大将がいるぞ、封書を奪え! 子供、邪魔だ! のけ!!」

 子供二人が敵兵になぎ払われようとしたその瞬間、グノーが飛び出し子供二人を抱え込んだ。そのままの勢いで転がって、壁にしたたかに背を打ちつけたが「大丈夫だったか?」と子供に笑みを向けると、子供達は泣きそうな顔で頷いた。そこに自分達も駆けつけて、グノーは自分達の後方に子供達を逃がす。
 ナダールは子供達の背を見送りほっと安堵の息を零し、その直後遠慮もなく向かってきた敵をキ゜ッと睨みつける。

「あなた方騎士が住民を傷付けてどうするって言うんですか! こんなお祭りで、いいえ、これが実戦だったとしても、目的の為に民を傷付ける事などあってはなりません。民を守れずして何が騎士ですか! 恥を知りなさい!!」

 ナダールは怒っていた。いつもほとんど笑顔しか見せないナダールのその一喝に、言われた敵兵はたじろぎ、少年達は驚き、エディは口笛を鳴らす。

「格好いいねぇ、いつもへらへらしているだけかと思っていたが、そんな顔もできるんじゃねぇか」

 見直したぜ、とスタールは敵兵に襲いかかった。

「グノー、大丈夫ですか?」
「平気平気、このくらいなんでもねぇよ。それよりまた来るぞ、次、中部隊およそ50! 大将がいるな、封書奪うぞ!」

 もう道は半ばほどまで来ていた。封書は届けるだけでいいのだが、邪魔をする目的として封書強奪ももちろん許容されている。

「あ、あ~、アレ面倒くさい奴だ……」

 スタールは相手方の大将を見てそう呟く。

「何がですか?」
「打ち合わせの時に話したろ、貴族の金持ちのボンボン。金を使って強い奴を雇って侍らせてるって、アイツ」

 あぁ、とナダールも頷いた。完全実力主義とは言ってもやはりどこにでもズルをしようとする人間はいるもので、貴族が得をする部分はやはりどうしても有る。
 一回戦は最初から戦う相手が分かっていた。その中で強い者に金を握らせ自分以外を討ち取らせてから最後にそいつを倒す、そんな事だってやろうと思えばできてしまうのだ。
 二回戦は二回戦で、同じように強い者ばかりで周りを固めてしまえば、それはそれで有利になるのは当然だった。

「俺はああいう奴は大嫌いだからな、言う事聞いている奴等の気が知れない」
「同感ですね」
「まぁ、そんな奴ならなおの事、早くやっちまおうぜ!」

 楽しげにグノーは言う。

「飛んで火にいる夏の虫とはよく言ったものだな」

 50人ほどの兵に囲まれた小柄できらびやかな鎧を身に纏った男は笑った。

「白面の騎士と呼ばれたクロード・マイラーなき今、次の第一騎士団長の座は私こそが相応しい、さぁ、ひれ伏し封書を差し出せ。さすれば配下に加えてやらん事もないぞ」

 男が上から居丈高にそう言う姿は、傍から見たら滑稽にしか見えないのだが、本人はいたって真面目そうである。

「あれはお前の親戚か?」
「同じ貴族だからって一緒にしないでください、不愉快です」

 クロードはエディの問いに心底嫌そうな顔でそう言った。

「大変申し訳ないのですが、差し出せと言われて『はい』と差し出すほど無欲ではないのでお断りします」

 ナダールはそう言って剣を構えた。

「とても残念だ、では力尽くでいくとしよう、お前達、行け!」

 数の上では完全に負けている、そして周りを固める配下もさすがに雇われているだけの事はある猛者ばかりの様子。
 それでもスタール以下その部下の面々はとてもよく戦ってくれたのだが、いつしかナダールは敵兵に押され三人の少年達と共に敵兵に囲まれていた。

「さぁ、怪我をしたくなくば大人しく封書を差し出せ」
「残念ですが私は封書を持っていません、有能な配下に預けてあるので私を襲っても無駄ですよ」
「そういう事、お前こそさっさと封書を差し出しな」

 グノーが男の護衛を抜けて背後から首を絞める。驚いた男はじたばたと暴れてグノーの覆面を剥いだ。

「おっと……」

 グノーはバランスを崩すが持ち堪え、いったん飛び退き後退する。

「女!?」
「さて、どうだろうな?」

 妖艶に笑むその姿に一瞬誰もが心を奪われた。

「目立ちすぎです、グノー引いて!」

 「へ~い」と彼は覆面を巻き直しながら跳躍する。
 その時ひらりと一枚の封書が舞い落ちた。誰もがその瞬間時が止まったかのようにその封書を眺めていた。

「やべっ!」
「ちょっと何やってるんですか!」
「奪え! 封書だ!」

 グノーも手を伸ばしたのだが、一瞬早くその封書は男の配下の手に落ちてしまう。

「はっはっはっ、やはり天は私の味方だな。悪く思うなよ!」

 言って男はその封書を破り捨てると高笑いを残して私達に背を向けた。
 誰も何も言えず、俯いたまま動けなかった。中には肩を震わせる者もいて、それは悲嘆に暮れた兵士に見えただろう。だが、男が自分達の前から完全に姿を消した頃、1人また1人と小さく笑いが零れてそれは大爆笑へと変わっていく。

「ちょ、やべ、おっかし……」
「いや~本当に見事に引っかかってくれましたねぇ」

 肩を震わせていたのは皆笑いを堪えるのに必死だったのだ。必死すぎて涙まで零れてしまった。

「そんでもって、はい、これどうぞ」
「ご苦労様です」

 グノーに手渡された封書の封を切って中身を確認する。その中の書面には王印が押されており、この封書は確かに本物だとそう書かれていた。

「どうせ捨てるなら中身くらい確認しないと駄目ですよねぇ」

 そう言ってナダールがその手紙を破り捨てると、更に笑いが起こる。それはあの貴族の男が持っていた封書で、グノーが取り落としたのはナダールが事前に準備していた偽の封書だったのだ。
 グノーは男の首を絞めた時点で既に封書はすり取り済み、もちろん相手はそんな事に気付きもしなかった。

「金は有ってもオツムがあれじゃあ、下に付く奴等も大変だな」

 グノーは呆れたようにそう言って笑う。

「それにしてもこのチームは変なのと子供しかいないと思っていたが、女までいたとはな。あんたどこの所属だよ?」
「グノーは一般参加の優勝者なので騎士団員ではありませんよ」
「あんたとは一度会ってるんだけど、覚えてないかな? あんたとナダールの闘い、一番近くで見てたんだけど」
「ん? あっ、お前こいつの……!」

 スタールは一回戦の試合後、子供達と一緒にいた人物に思い当たったのだろう、驚いたような声を上げる。

「うちの旦那をよろしくな」

 グノーがナダールの肩に手をかけ笑うとスタールはどうにも複雑な表情を見せ、そしてその姿をキースもまた複雑な表情で見ていた。
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