191 / 455
運命に花束を②
運命の二回戦②
しおりを挟む
「ナダールさん、いいんですか? スタールさんにあんな嘘吐いちゃって」
「何のことですか?」
キースはこっそりナダールに並んでそう言った。
彼等は大通りから一本入った中道を進んでおり、大通りの喧騒はこちらにまで聞こえてきていた。
「さっきの、グノーさんって男の人ですよね?」
「私、グノーを女性だなんて言いましたっけ?」
「だって子供だけじゃなくて、女もいるのかっていうの否定しなかったし」
「別に肯定もしていませんよ。それに実際女性もいるのですから嘘じゃないです」
「え……? 女の人なんてどこに?」
「いたでしょう、ほら、帰ってきた」
ナダールが顔を上げると、上空から覆面をなびかせ1人の人物がすたんと目の前に降ってきた。
「おかえりなさい、カズサさん。首尾は如何でしたか?」
「上々に決まってるじゃない、うふふ」
彼女は親指を立てて微笑んだ。
「カズイ達は今何処に?」
「上で戦況を窺ってる。今大通りでは一番人数の多い二組が入り乱れて戦っているわ、その少し後方で他の部隊が二組の潰し合いを見守ってる。そのうち乱入するかもしれないわね」
一番人数の多い部隊の人数は軽く100人を超えている、そこに無理矢理押し入っていくのは得策ではない。
「戦況が動き次第随時報告、私達はもう少し先の地点まで進みます」
「了解」
言ってカズサはまた身軽に家の柱などを伝い、一気に建物の上に登るとどこかへと駆けて行ってしまった。
「女性……ですか?」
「女性ですよ」
世の中には凄い女の人もいるものだと、キースは開いた口が塞がらなかった。
王城はもう間近に迫っていた。
「まだ誰も王城には着いていないようだな」
スタールは壁を背に身を隠し、先を窺うようにしてそう言った。
そこはもう王城からは目と鼻の先、裏道を進んでいるとはいえメインの大通りを進むには戦力の乏しい者達はやはり自分達同様裏道を進んでおり、ゴールが近付けば近付くほど戦闘は激しくなっていた。
そして裏道を進むのにも限界がある、あと残り500m程で城門ではあるのだが、そこは大通りと面した丁字路となっている。
城門から先、王の待つ王城広場までもおよそ500m、この1kmの道程が正念場だ。
「ここまで皆さん、ありがとうございます。おかげで誰一人欠ける事なくここまで来る事ができました。本当にありがとうございます」
ナダールはぺこりと頭を下げる。
「さて、ここで皆さんにお知らせがあります。先程も言いましたが、実は私、本物の封書も持っておりません」
えぇ?! と皆の間に動揺が走る。
「最初にいざという時に使ってくださいと皆さんに一通ずつ渡した偽の封書、皆さんお持ちですね? 無くしてないですね?」
「まさか……」
「はい、その中に一通だけ本物が混じっています」
にっこり。
「ちょっと待て! 俺のアレは……」
グノーは冷や汗で一気に血の気が失せた。
「いやですよ、本物だったら私だってもっと慌てています。大丈夫ですよ、アレは偽物です」
「お前、本物は誰が持ってんだよ!」
「ナイショです」
スタールは怒鳴ってナダールの胸倉を掴み、それでもナダールは笑顔を崩さずスタールの手を払った。
「本物を持っているのはあなたかも、あなたかも、あなたかも知れません!」
一人一人を指差して「だから皆仲良くゴールしましょうね」と緊張感の欠片もなくそう宣言したナダールに皆愕然とする。そんな皆の反応に一切の相好を崩さないナダールに呆れ、言葉も出ない面々は大きく大きく溜息を吐いた。
しかし、ナダールはもう既に全員でのゴールを心に決めてしまっているのだと悟った仲間達は「仕方がない」と苦笑して最終的には皆諦めたように頷くしかなく、それに満足したようにナダールは笑みを零し、前を向いた。
城門前は混線の様相を呈していた。
「大将が1人2人3人……全部で5人ですかね」
その中には先程の貴族の男も混じっており、彼は封書を紛失している事にいまだ気付いていない様子だった。
いつの間にやらカズイ達4人も戻って来ており、これで全員が揃った。
「あちら三人は無視して構わない、狙うのは手前二人」
カズイがそう告げると、スタールは「なんでだよっ!」と声を荒げ、今まで何処で何をしていたのかも分からない覆面達を睨んだ。
「これ、な~んだ」
そんなスタールにルークは見せ付けるように何通かの封書を見せる。
「偽封書?」
「残念、全部本物で~す」
すべて封の切られたその封書を4人はそれぞれ3~4通持っており、その数は軽く10枚を超えている。
「あの人達の封書はすり替えてきたので、ゴール出来たとしても勝利はもうありません、安心してください」
サクヤは静かにそう言い、スタール達は言葉も出ない。
「ご苦労様です」
「いやいや、ちょろいもんっすよ」と笑うルークを、ナダールは複雑な表情で労う。
「手前のあの派手な人はこちらで既に封書は処分済みです、とすると……」
「アレだな」
城門手前一番多くの配下を従え、一番ゴールに近い男をナダール達は見やった。
「あいつより早くゴールできれば一位通過だ」
そのグノーの言葉に頷いて「さぁ、行きましょう」とナダールは合図を送る。
配置はナダールを中心にキース・レン・ハリーの少年兵、その周りをカズイ達、そしてその周りをぐるりとスタールの配下が取り囲んだ。
「なんでお前達内側なんだよ」
「戦闘は専門外なので、申し訳ない」
いつの間にか覆面とスタールの配下が声を交わす程度に連帯感が生まれている。前方にはグノーとスタール、後方しんがりは引き続きエディとクロードが務めている。
「嫁に守られる旦那なんてどうかと思うがなぁ……」
「よそんちの家庭にケチつけんな。それにアイツだって守られるばかりじゃないさ」
ぼやくスタールにグノーが返す。
「まぁ、分かってるけどな」
一回戦では妻子を背に守ってみせたり、二回戦では民を守って恫喝する姿だって見ているのだ、それは分かっているが……
「あんたみたいな強い女が、あんなへらへらした男を選ぶ意味が分からん」
よく見ればえらく美人だし、腕も立つのに勿体ないとスタールは一人ごちる。
「あいつを見てれば、お前だってそのうち分かるさ」
「どうだかな……」
それにしても言葉遣いの悪い女だ、そこだけはいただけないなとスタールは心の中で呟いた。
「エディ、あなたはナダールさんをどう思いますか?」
押し寄せる敵をなぎ払いつつ、クロードはそんな風にエディに尋ねた。
「あ? どうって?」
「私、陛下に彼を勝たせろと言われて、正直反則だと思ったのですよ」
クロードはまた一人敵兵をいなしてそう言った。
「あぁ、まあ確かに反則っちゃあ反則じゃないか? なんせお前は騎士団長だしな」
「別にそんな事はどうでもいいのです、配下に下って戦う事にも特に異論はありません。ですが、私は彼を勝たせるというのは私の力を使えとそういう事だと思ったのですよ」
「? 意味がよく分からないな、力なら使ってるだろ?」
「そうではなく、私の顔、私の名前、それを使えばもっと人は集まったでしょうし、もっとこの戦いを有利に運べたのに、とは思いませんか?」
まぁ確かに、とエディは頷く。
「けれど彼はそんな事、私には一言も言わなかった。数が足りないから助かると言うだけで、誰かに口利きをして欲しいなどという言葉は一言もなかったのですよ」
「最初から俺達は顔を出さない事を条件にしてたからじゃないのか?」
「それはそうかもしれません、しかし、それでも秘密裡に口を利く事は幾らでもできたのに、彼は私やあなたに一言の根回しも頼まなかった」
「ただ単に何も考えていなかっただけだろう?」
「そうですね、そうかもしれません。でも、だからこそ、私はこの試合、正攻法で彼には勝って欲しいとそう思ったのですよ。陛下の命令とは関係なく、私は彼に勝って欲しいとそう思っているのです。やり方は少々斬新ですが、彼は私のその期待にも応えてくれている、それが私はとても嬉しいのです。彼には他者を惹きつける何かがある……そんな気がするのです」
「だからどう思う? だったのか。俺は、あいつは甘いと思うけど嫌いじゃない。少なくともこの試合勝って欲しいと思っているし、勝つと思っている」
全員がナダールの良いように、ナダールの意見を尊重して動いている。それは即席のチームだというのに長年組んで一緒に仕事をしてきた仲間のようにだ。
「いいチームだよな」
「はい」
クロードはそう言ってまた一人敵をなぎ払った。
前方ではスタール達も大暴れしており、その姿がなんとも微笑ましいのだ。
ナダールはさりげなく少年達、そしてムソンの民を守りつつ前進している、そんな事を知ってか知らずか、彼等も健闘していてとてもいいチームワークを見せている。数は他のチームに比べ圧倒的に少ないのだが、このチームは正に少数精鋭だとそう思った。
「何のことですか?」
キースはこっそりナダールに並んでそう言った。
彼等は大通りから一本入った中道を進んでおり、大通りの喧騒はこちらにまで聞こえてきていた。
「さっきの、グノーさんって男の人ですよね?」
「私、グノーを女性だなんて言いましたっけ?」
「だって子供だけじゃなくて、女もいるのかっていうの否定しなかったし」
「別に肯定もしていませんよ。それに実際女性もいるのですから嘘じゃないです」
「え……? 女の人なんてどこに?」
「いたでしょう、ほら、帰ってきた」
ナダールが顔を上げると、上空から覆面をなびかせ1人の人物がすたんと目の前に降ってきた。
「おかえりなさい、カズサさん。首尾は如何でしたか?」
「上々に決まってるじゃない、うふふ」
彼女は親指を立てて微笑んだ。
「カズイ達は今何処に?」
「上で戦況を窺ってる。今大通りでは一番人数の多い二組が入り乱れて戦っているわ、その少し後方で他の部隊が二組の潰し合いを見守ってる。そのうち乱入するかもしれないわね」
一番人数の多い部隊の人数は軽く100人を超えている、そこに無理矢理押し入っていくのは得策ではない。
「戦況が動き次第随時報告、私達はもう少し先の地点まで進みます」
「了解」
言ってカズサはまた身軽に家の柱などを伝い、一気に建物の上に登るとどこかへと駆けて行ってしまった。
「女性……ですか?」
「女性ですよ」
世の中には凄い女の人もいるものだと、キースは開いた口が塞がらなかった。
王城はもう間近に迫っていた。
「まだ誰も王城には着いていないようだな」
スタールは壁を背に身を隠し、先を窺うようにしてそう言った。
そこはもう王城からは目と鼻の先、裏道を進んでいるとはいえメインの大通りを進むには戦力の乏しい者達はやはり自分達同様裏道を進んでおり、ゴールが近付けば近付くほど戦闘は激しくなっていた。
そして裏道を進むのにも限界がある、あと残り500m程で城門ではあるのだが、そこは大通りと面した丁字路となっている。
城門から先、王の待つ王城広場までもおよそ500m、この1kmの道程が正念場だ。
「ここまで皆さん、ありがとうございます。おかげで誰一人欠ける事なくここまで来る事ができました。本当にありがとうございます」
ナダールはぺこりと頭を下げる。
「さて、ここで皆さんにお知らせがあります。先程も言いましたが、実は私、本物の封書も持っておりません」
えぇ?! と皆の間に動揺が走る。
「最初にいざという時に使ってくださいと皆さんに一通ずつ渡した偽の封書、皆さんお持ちですね? 無くしてないですね?」
「まさか……」
「はい、その中に一通だけ本物が混じっています」
にっこり。
「ちょっと待て! 俺のアレは……」
グノーは冷や汗で一気に血の気が失せた。
「いやですよ、本物だったら私だってもっと慌てています。大丈夫ですよ、アレは偽物です」
「お前、本物は誰が持ってんだよ!」
「ナイショです」
スタールは怒鳴ってナダールの胸倉を掴み、それでもナダールは笑顔を崩さずスタールの手を払った。
「本物を持っているのはあなたかも、あなたかも、あなたかも知れません!」
一人一人を指差して「だから皆仲良くゴールしましょうね」と緊張感の欠片もなくそう宣言したナダールに皆愕然とする。そんな皆の反応に一切の相好を崩さないナダールに呆れ、言葉も出ない面々は大きく大きく溜息を吐いた。
しかし、ナダールはもう既に全員でのゴールを心に決めてしまっているのだと悟った仲間達は「仕方がない」と苦笑して最終的には皆諦めたように頷くしかなく、それに満足したようにナダールは笑みを零し、前を向いた。
城門前は混線の様相を呈していた。
「大将が1人2人3人……全部で5人ですかね」
その中には先程の貴族の男も混じっており、彼は封書を紛失している事にいまだ気付いていない様子だった。
いつの間にやらカズイ達4人も戻って来ており、これで全員が揃った。
「あちら三人は無視して構わない、狙うのは手前二人」
カズイがそう告げると、スタールは「なんでだよっ!」と声を荒げ、今まで何処で何をしていたのかも分からない覆面達を睨んだ。
「これ、な~んだ」
そんなスタールにルークは見せ付けるように何通かの封書を見せる。
「偽封書?」
「残念、全部本物で~す」
すべて封の切られたその封書を4人はそれぞれ3~4通持っており、その数は軽く10枚を超えている。
「あの人達の封書はすり替えてきたので、ゴール出来たとしても勝利はもうありません、安心してください」
サクヤは静かにそう言い、スタール達は言葉も出ない。
「ご苦労様です」
「いやいや、ちょろいもんっすよ」と笑うルークを、ナダールは複雑な表情で労う。
「手前のあの派手な人はこちらで既に封書は処分済みです、とすると……」
「アレだな」
城門手前一番多くの配下を従え、一番ゴールに近い男をナダール達は見やった。
「あいつより早くゴールできれば一位通過だ」
そのグノーの言葉に頷いて「さぁ、行きましょう」とナダールは合図を送る。
配置はナダールを中心にキース・レン・ハリーの少年兵、その周りをカズイ達、そしてその周りをぐるりとスタールの配下が取り囲んだ。
「なんでお前達内側なんだよ」
「戦闘は専門外なので、申し訳ない」
いつの間にか覆面とスタールの配下が声を交わす程度に連帯感が生まれている。前方にはグノーとスタール、後方しんがりは引き続きエディとクロードが務めている。
「嫁に守られる旦那なんてどうかと思うがなぁ……」
「よそんちの家庭にケチつけんな。それにアイツだって守られるばかりじゃないさ」
ぼやくスタールにグノーが返す。
「まぁ、分かってるけどな」
一回戦では妻子を背に守ってみせたり、二回戦では民を守って恫喝する姿だって見ているのだ、それは分かっているが……
「あんたみたいな強い女が、あんなへらへらした男を選ぶ意味が分からん」
よく見ればえらく美人だし、腕も立つのに勿体ないとスタールは一人ごちる。
「あいつを見てれば、お前だってそのうち分かるさ」
「どうだかな……」
それにしても言葉遣いの悪い女だ、そこだけはいただけないなとスタールは心の中で呟いた。
「エディ、あなたはナダールさんをどう思いますか?」
押し寄せる敵をなぎ払いつつ、クロードはそんな風にエディに尋ねた。
「あ? どうって?」
「私、陛下に彼を勝たせろと言われて、正直反則だと思ったのですよ」
クロードはまた一人敵兵をいなしてそう言った。
「あぁ、まあ確かに反則っちゃあ反則じゃないか? なんせお前は騎士団長だしな」
「別にそんな事はどうでもいいのです、配下に下って戦う事にも特に異論はありません。ですが、私は彼を勝たせるというのは私の力を使えとそういう事だと思ったのですよ」
「? 意味がよく分からないな、力なら使ってるだろ?」
「そうではなく、私の顔、私の名前、それを使えばもっと人は集まったでしょうし、もっとこの戦いを有利に運べたのに、とは思いませんか?」
まぁ確かに、とエディは頷く。
「けれど彼はそんな事、私には一言も言わなかった。数が足りないから助かると言うだけで、誰かに口利きをして欲しいなどという言葉は一言もなかったのですよ」
「最初から俺達は顔を出さない事を条件にしてたからじゃないのか?」
「それはそうかもしれません、しかし、それでも秘密裡に口を利く事は幾らでもできたのに、彼は私やあなたに一言の根回しも頼まなかった」
「ただ単に何も考えていなかっただけだろう?」
「そうですね、そうかもしれません。でも、だからこそ、私はこの試合、正攻法で彼には勝って欲しいとそう思ったのですよ。陛下の命令とは関係なく、私は彼に勝って欲しいとそう思っているのです。やり方は少々斬新ですが、彼は私のその期待にも応えてくれている、それが私はとても嬉しいのです。彼には他者を惹きつける何かがある……そんな気がするのです」
「だからどう思う? だったのか。俺は、あいつは甘いと思うけど嫌いじゃない。少なくともこの試合勝って欲しいと思っているし、勝つと思っている」
全員がナダールの良いように、ナダールの意見を尊重して動いている。それは即席のチームだというのに長年組んで一緒に仕事をしてきた仲間のようにだ。
「いいチームだよな」
「はい」
クロードはそう言ってまた一人敵をなぎ払った。
前方ではスタール達も大暴れしており、その姿がなんとも微笑ましいのだ。
ナダールはさりげなく少年達、そしてムソンの民を守りつつ前進している、そんな事を知ってか知らずか、彼等も健闘していてとてもいいチームワークを見せている。数は他のチームに比べ圧倒的に少ないのだが、このチームは正に少数精鋭だとそう思った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
294
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる