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運命に花束を②
運命の三回戦⑨
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「あいつ、足怪我してやがる」
グノーはその試合を観戦しながらぽつりとそう呟いた。
「あ? 気のせいだろう? あいつ普通に動いてるじゃないか」
「右足庇ってるよ。さっきのアレか……」
「パパ、足痛いの?」
「う……ん、まぁ、あれだけ動けてるし大丈夫だと思うけど…………すまん、俺ちょっと行ってくる! ルイとユリはここで兄ちゃん達と待ってて」
言うが早いか、すっくと立ち上がったグノーはすでに駆け出していた。
「行くってお前、あそこは関係者以外立ち入り禁止……って言ってももう遅いか」
「ねぇ、パパ大丈夫?」
小さな子供二人の視線が刺さる。
不安そうに見上げてくる幼子にスタールは困ったように頭を掻いた。子供の世話などした事もないし、自分の周りには子供がいた事もない。一方的に任されても困ってしまう。
「大丈夫だよ、ルイちゃん、ユリ君。パパ強いから、どうって事ないよ」
キースが「大丈夫、大丈夫」と笑みを零すと「ホント?」と子供達はまた父親の姿を見やった。
闘いは途切れる間もなく続いている、だが言われて見れば先程の試合に比べ、ナダールの動きが少し鈍いようにも感じられた。
グノーは見張りの目を掻い潜って試合会場を目指す。
自分が行って何ができる訳でもないのだが、居ても立ってもいられなかったのだ。
競技場の少し手前、その通路を潜っていけば目の前が競技場というその通路からアインはナダールとガリアスの試合を観戦していた。
アインは人の動く気配に振り向く。
「あ……お前、ここ関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「知ってる……けど、あいつ足……」
「なんだ気付いたのか、さすが嫁だな。俺には分からんが」
「あいつ何か言ってた?」
「少し足が痛いと言いながら出て行ったな。我慢できない程じゃないとも言っていたが」
試合を見やるとナダールは一方的に攻撃を受けている。なんとかその剣をいなしてはいるが、その表情に余裕の色はない。
「足、腫れたりしてなかった?」
「いや、そこは見ずに出て行ったからな」
「そっか……」
グノーは心配そうな顔で試合を見やる。
「旦那が心配か?」
「そんなの当たり前。あぁ、早く試合終わんないかな」
うろうろと落ち着きなくその場を行ったり来たりするグノーのその姿にアインは苦笑する。
「死ぬ程の怪我ではないんだから、少し落ち着け」
「だってあいつ怪我なんて滅多にしないから、俺、発破かけ過ぎたのかも……そんな怪我するほど頑張る必要ないのに。ご褒美、優勝したらなんて言うんじゃなかった」
「怪我の一つや二つで大袈裟だな」
「嫌なんだよ、あいつが大怪我する時はだいたい俺のせいだから。今回だって、あんたに勝ってこいなんて言ったの俺だよ、もう本当に俺の馬鹿!」
「旦那が本当に大事なんだな……」
「悪いかよ、あいつが怪我するくらいなら、自分が怪我した方がよっぽどかマシだ」
グノーのその落ち着かない様子に、アインは何やら微笑ましいなと思ってしまう。
「なんで笑うのさ」
「はは、何でだろうな。あんた達は本当に似合いの夫婦だな、見ててこれほど和む夫婦もそうないだろう」
「意味分かんない」
「まぁまぁ、そういえば、あいつをそこまでやる気にさせた褒美ってのは一体何だったんだ?」
「あ? ……あぁ、あいつ剣が欲しいんだってさ」
グノーのその言葉にアインが少し不審気な表情を見せる。
「なんだ、あんた騎士である旦那に剣のひとつも買ってやらんのか? とんだ鬼嫁だな」
「ちっ、ちげーし! いい剣見付けたら欲しくなるのは俺も一緒だよ、欲しけりゃ買えばいいんだけど、あいつが欲しがってるのはそういうのじゃねぇんだよ」
「じゃあ何なんだ?」
「守り刀って言うの? 俺メリアの出身だからよく分からないんだけど、ランティスには大事な人にお守り代わりに刀を贈る習慣があるらしくて、どうせなら一振りいい剣を選んでくれって言われてるんだ」
「守り刀か……また古風な風習だな。ファルスにもその習慣は残っているぞ、言っても儀式的な物だけだがな」
アインはそう言って納得したように頷いた。
「そんなに古い習慣なんだ。あぁ、そうだ、あんたどっかにいい剣売ってる武器屋知らない? 俺まだイリヤには詳しくないから、どこで探せばいいか分からないんだ」
「普通の剣でいいのか? 普通守り刀って言ったら短刀だろ?」
「あいつがどうせなら実用的な方がいいって、あなたなら私に合った剣を見付けてくれるでしょう? ってさ、正直剣なんて自分で選ぶのが一番いいのにな」
「そうか、ふむ、なら武器屋ではないがいい所を知っているぞ。どうせあんたとは立ち合いの約束もあるしな、その時に詳しい場所を教えてやるよ」
「本当? ありがたい。それにちゃんと約束も守ってくれるんだ」
「あんた、あいつより強いんだろ? だったらやらない手はないな」
「ファルスの男共は頭が堅い奴ばかりかと思っていたけど、そうでもないんだな」
「まぁ、あんたが女じゃないっていうのもさっき聞いたしな」
なんだ、とグノーは肩をすくめる。
「ナダールに聞いたのか、ん? 聞いたんなら何で俺の事、鬼嫁とか言うかなぁ。嫁じゃない事知ってんじゃん」
「夫婦は夫婦なんだろ? あんた男性Ωだってさっき聞いたぞ」
「あぁ……なんだよそこまで聞いてるのか。全くあいつは本当に何一つ隠す気ないんだから……」
言ってグノーは溜息を零す。
「隠したいのか?」
「別に俺はいいんだよ、何のしがらみもないし、誰に何を言われたって構わないけど、あいつは違うだろ、これから騎士団長になろうって人間が男色だなんて噂が立ったら困るだろう? 嫌なんだよ、俺、あいつの足は引っ張りたくないんだよ、ただでさえ俺のせいであいつの生活滅茶苦茶にしちまったのに、俺はホントとんだ疫病神だ」
「あいつは気にしてなさそうだったがな」
「それもそうなんだよ……あいつはそんな事気にも留めない、嬉しいけど少し心苦しいな、ランティスで呑気に暮らしていたあいつを、こんな所にまで連れて来ちまったのは俺だからな」
「あんたはあいつの横で笑っていればいいんだよ」
「は?」
「言ってたぞ、何より大事なのは安定した生活と、愛する人の笑顔だとさ。だからあんたは笑っていればいいんだ、それがあいつの望みなんだろうからな」
「本当……参るなぁ……」
アインの言葉にグノーは泣きそうな、嬉しそうな、困ったような複雑な表情で試合会場を見やった。
ガリアスの動きには一分の隙もない。普通に闘ってすら勝てるかどうかも分からないのに、この足では……と心の中で溜息を零す。
だが、たかだか足を捻ったくらいで試合を放棄などしてしまったらグノーに情けない男だと思われてしまう、それは絶対に嫌だとナダールは痛む足に力を込めた。
利き足である右を痛めてしまったので、動きに一瞬の遅れが生じる、今の所気付かれてはいないようだが、その不自然な動きに気付かれるのも時間の問題だろう。
ナダールの方から攻撃を仕掛けていかない事にガリアスも気付いたのか間合いを広げられてしまった、思い切り踏み込めないこの現状ではスピード勝負では恐らく負ける。
「もっと攻めた試合になると思っていたのだがなぁ」
「アイン殿との試合で消耗し過ぎたようです」
アインとの闘いには三十分以上かかっている、確かに消耗していると言われればそこに嘘はないと思われた。
「ふむ、でもそれは仕方のない事だ。戦いにはそんな状況など幾らでもある」
「その通りですね、疲れたからと言って相手が手加減してくれる訳ではなし、あなたもそんな事はしないでしょう」
「その通りだ」
言ってガリアスは踏み込んでくる、その剣を寸前でかわすが、また右足に鈍い痛みが走る。
これはいよいよもって限界だな、とナダールは悟った。次の攻撃が最後のチャンスだろうと間合いを測る。
またガリアスが踏み込んでくる、その剣を今度は真っ向から受けて、ぎりぎりと斬り結んだ。足の痛みに額に油汗が浮かぶ。
だが力では負けない! と剣に力を込めると、ぐぐっとガリアスが押され半歩引く。更に力任せに押し切ろうと思ったのだが、更に引かれてバランスを崩した。
あ……と思う間もなく体が傾ぐ、体勢を立て直そうと思ったのだが、右足に力が入らず、片手を付いた、そしてその瞬間剣は見事に弾き飛ばされていた。
観衆からわあっっ!! と歓声が上がった。
あぁ……負けてしまった。
少し呆然として動けずにいると、ガリアスに肩を軽く叩かれた。
「いつまでそんな所で膝を折っているつもりだ、負けたのが悔しいのは分かるが、試合が終わらん、さっさと立て」
いつまでも片膝を付いたまま立ち上がろうとしないナダールにガリアスはそう言うのだが、ナダールは困ったようにガリアスを見上げ苦笑する。
「すみません、手を貸していただけますか?」
「ん? どうかしたか?」
「どうやら足を酷使し過ぎたようで、どうにも動けません」
「あ?」
その時「ナダール!!」と叫んでグノーが競技場に飛び込んでくる。
「あれ? グノーどうしてこんな所に?」
「いいから足見せてみろ、お前絶対怪我してるだろ!!」
観衆が見ている事も気に留めず、グノーはナダールを押し倒しその靴を脱がす。そして晒したその足は見事に赤黒く腫れあがっていた。
「あれ? これは酷いですねぇ」
「他人事みたいに言ってんな! 下手したら骨折れてるかもしんねぇだろ、医者行くぞ、医者!」
「いやいや、まだ色々終わっていませんし、そんな訳には……」
「そんなの知るかっ!!」
怒りも露に怒るグノーにナダールは苦笑する。
「おい、お前」
「何!? 俺、今忙しいんだけど!!」
「誰だか知らんが、すぐに医務官が来るから少し落ち着け」
そう言ってガリアスが近くにいた兵士に声をかけると、兵士は慌てたように駆けて行った。
「よもやそんな足で闘っていたとはな、怪我をしていたのなら先に言えばいいものを」
「あはは、まさかここまで酷いとは思っていなくて、大丈夫だと思ったんですけどねぇ……って痛い! グノーちょっと止めてください、痛いですってば!!」
グノーは持っていた手拭いとペンでナダールの足をぐるぐるに固定している。
「応急処置、怪我甘く見んな。俺みたいになったら困るだろっ!」
「それはそうなんですけど、そこまでの怪我じゃないですよ。心配しすぎです、泣かないでください」
「泣いて、ないっ!」
そうは言うもののその瞳は元々の瞳の色とはまた違う赤さで、ナダールは困ったようにその頭を撫でた。
「これはお前の何なんだ? 騎士団員ではなさそうだが、一応この中は関係者以外立ち入り禁止のはずなのだがな」
「こいつはその男の嫁だよ。俺が通した、旦那の怪我が心配で居ても立ってもいられないようだったからな」
ガリアスの問いにアインが応える。
のんびりやってきたアインはナダールのその足を見て、これは酷いなと笑った。
「いつまでもこんな所で見世物になっているのもなんだな」
アインはナダールの腕を掴んで肩に担ぎ上げるようにして持ち上げる。
「歩けるか?」
「えぇ、なんとか」
ナダールはアインに体重をかけるようにして歩き出し、その後ろをグノーは脱がせた靴と剣を持って追いかけた。
残されたガリアスはこれはまたどうしたものかと会場を見渡した。
グノーはその試合を観戦しながらぽつりとそう呟いた。
「あ? 気のせいだろう? あいつ普通に動いてるじゃないか」
「右足庇ってるよ。さっきのアレか……」
「パパ、足痛いの?」
「う……ん、まぁ、あれだけ動けてるし大丈夫だと思うけど…………すまん、俺ちょっと行ってくる! ルイとユリはここで兄ちゃん達と待ってて」
言うが早いか、すっくと立ち上がったグノーはすでに駆け出していた。
「行くってお前、あそこは関係者以外立ち入り禁止……って言ってももう遅いか」
「ねぇ、パパ大丈夫?」
小さな子供二人の視線が刺さる。
不安そうに見上げてくる幼子にスタールは困ったように頭を掻いた。子供の世話などした事もないし、自分の周りには子供がいた事もない。一方的に任されても困ってしまう。
「大丈夫だよ、ルイちゃん、ユリ君。パパ強いから、どうって事ないよ」
キースが「大丈夫、大丈夫」と笑みを零すと「ホント?」と子供達はまた父親の姿を見やった。
闘いは途切れる間もなく続いている、だが言われて見れば先程の試合に比べ、ナダールの動きが少し鈍いようにも感じられた。
グノーは見張りの目を掻い潜って試合会場を目指す。
自分が行って何ができる訳でもないのだが、居ても立ってもいられなかったのだ。
競技場の少し手前、その通路を潜っていけば目の前が競技場というその通路からアインはナダールとガリアスの試合を観戦していた。
アインは人の動く気配に振り向く。
「あ……お前、ここ関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「知ってる……けど、あいつ足……」
「なんだ気付いたのか、さすが嫁だな。俺には分からんが」
「あいつ何か言ってた?」
「少し足が痛いと言いながら出て行ったな。我慢できない程じゃないとも言っていたが」
試合を見やるとナダールは一方的に攻撃を受けている。なんとかその剣をいなしてはいるが、その表情に余裕の色はない。
「足、腫れたりしてなかった?」
「いや、そこは見ずに出て行ったからな」
「そっか……」
グノーは心配そうな顔で試合を見やる。
「旦那が心配か?」
「そんなの当たり前。あぁ、早く試合終わんないかな」
うろうろと落ち着きなくその場を行ったり来たりするグノーのその姿にアインは苦笑する。
「死ぬ程の怪我ではないんだから、少し落ち着け」
「だってあいつ怪我なんて滅多にしないから、俺、発破かけ過ぎたのかも……そんな怪我するほど頑張る必要ないのに。ご褒美、優勝したらなんて言うんじゃなかった」
「怪我の一つや二つで大袈裟だな」
「嫌なんだよ、あいつが大怪我する時はだいたい俺のせいだから。今回だって、あんたに勝ってこいなんて言ったの俺だよ、もう本当に俺の馬鹿!」
「旦那が本当に大事なんだな……」
「悪いかよ、あいつが怪我するくらいなら、自分が怪我した方がよっぽどかマシだ」
グノーのその落ち着かない様子に、アインは何やら微笑ましいなと思ってしまう。
「なんで笑うのさ」
「はは、何でだろうな。あんた達は本当に似合いの夫婦だな、見ててこれほど和む夫婦もそうないだろう」
「意味分かんない」
「まぁまぁ、そういえば、あいつをそこまでやる気にさせた褒美ってのは一体何だったんだ?」
「あ? ……あぁ、あいつ剣が欲しいんだってさ」
グノーのその言葉にアインが少し不審気な表情を見せる。
「なんだ、あんた騎士である旦那に剣のひとつも買ってやらんのか? とんだ鬼嫁だな」
「ちっ、ちげーし! いい剣見付けたら欲しくなるのは俺も一緒だよ、欲しけりゃ買えばいいんだけど、あいつが欲しがってるのはそういうのじゃねぇんだよ」
「じゃあ何なんだ?」
「守り刀って言うの? 俺メリアの出身だからよく分からないんだけど、ランティスには大事な人にお守り代わりに刀を贈る習慣があるらしくて、どうせなら一振りいい剣を選んでくれって言われてるんだ」
「守り刀か……また古風な風習だな。ファルスにもその習慣は残っているぞ、言っても儀式的な物だけだがな」
アインはそう言って納得したように頷いた。
「そんなに古い習慣なんだ。あぁ、そうだ、あんたどっかにいい剣売ってる武器屋知らない? 俺まだイリヤには詳しくないから、どこで探せばいいか分からないんだ」
「普通の剣でいいのか? 普通守り刀って言ったら短刀だろ?」
「あいつがどうせなら実用的な方がいいって、あなたなら私に合った剣を見付けてくれるでしょう? ってさ、正直剣なんて自分で選ぶのが一番いいのにな」
「そうか、ふむ、なら武器屋ではないがいい所を知っているぞ。どうせあんたとは立ち合いの約束もあるしな、その時に詳しい場所を教えてやるよ」
「本当? ありがたい。それにちゃんと約束も守ってくれるんだ」
「あんた、あいつより強いんだろ? だったらやらない手はないな」
「ファルスの男共は頭が堅い奴ばかりかと思っていたけど、そうでもないんだな」
「まぁ、あんたが女じゃないっていうのもさっき聞いたしな」
なんだ、とグノーは肩をすくめる。
「ナダールに聞いたのか、ん? 聞いたんなら何で俺の事、鬼嫁とか言うかなぁ。嫁じゃない事知ってんじゃん」
「夫婦は夫婦なんだろ? あんた男性Ωだってさっき聞いたぞ」
「あぁ……なんだよそこまで聞いてるのか。全くあいつは本当に何一つ隠す気ないんだから……」
言ってグノーは溜息を零す。
「隠したいのか?」
「別に俺はいいんだよ、何のしがらみもないし、誰に何を言われたって構わないけど、あいつは違うだろ、これから騎士団長になろうって人間が男色だなんて噂が立ったら困るだろう? 嫌なんだよ、俺、あいつの足は引っ張りたくないんだよ、ただでさえ俺のせいであいつの生活滅茶苦茶にしちまったのに、俺はホントとんだ疫病神だ」
「あいつは気にしてなさそうだったがな」
「それもそうなんだよ……あいつはそんな事気にも留めない、嬉しいけど少し心苦しいな、ランティスで呑気に暮らしていたあいつを、こんな所にまで連れて来ちまったのは俺だからな」
「あんたはあいつの横で笑っていればいいんだよ」
「は?」
「言ってたぞ、何より大事なのは安定した生活と、愛する人の笑顔だとさ。だからあんたは笑っていればいいんだ、それがあいつの望みなんだろうからな」
「本当……参るなぁ……」
アインの言葉にグノーは泣きそうな、嬉しそうな、困ったような複雑な表情で試合会場を見やった。
ガリアスの動きには一分の隙もない。普通に闘ってすら勝てるかどうかも分からないのに、この足では……と心の中で溜息を零す。
だが、たかだか足を捻ったくらいで試合を放棄などしてしまったらグノーに情けない男だと思われてしまう、それは絶対に嫌だとナダールは痛む足に力を込めた。
利き足である右を痛めてしまったので、動きに一瞬の遅れが生じる、今の所気付かれてはいないようだが、その不自然な動きに気付かれるのも時間の問題だろう。
ナダールの方から攻撃を仕掛けていかない事にガリアスも気付いたのか間合いを広げられてしまった、思い切り踏み込めないこの現状ではスピード勝負では恐らく負ける。
「もっと攻めた試合になると思っていたのだがなぁ」
「アイン殿との試合で消耗し過ぎたようです」
アインとの闘いには三十分以上かかっている、確かに消耗していると言われればそこに嘘はないと思われた。
「ふむ、でもそれは仕方のない事だ。戦いにはそんな状況など幾らでもある」
「その通りですね、疲れたからと言って相手が手加減してくれる訳ではなし、あなたもそんな事はしないでしょう」
「その通りだ」
言ってガリアスは踏み込んでくる、その剣を寸前でかわすが、また右足に鈍い痛みが走る。
これはいよいよもって限界だな、とナダールは悟った。次の攻撃が最後のチャンスだろうと間合いを測る。
またガリアスが踏み込んでくる、その剣を今度は真っ向から受けて、ぎりぎりと斬り結んだ。足の痛みに額に油汗が浮かぶ。
だが力では負けない! と剣に力を込めると、ぐぐっとガリアスが押され半歩引く。更に力任せに押し切ろうと思ったのだが、更に引かれてバランスを崩した。
あ……と思う間もなく体が傾ぐ、体勢を立て直そうと思ったのだが、右足に力が入らず、片手を付いた、そしてその瞬間剣は見事に弾き飛ばされていた。
観衆からわあっっ!! と歓声が上がった。
あぁ……負けてしまった。
少し呆然として動けずにいると、ガリアスに肩を軽く叩かれた。
「いつまでそんな所で膝を折っているつもりだ、負けたのが悔しいのは分かるが、試合が終わらん、さっさと立て」
いつまでも片膝を付いたまま立ち上がろうとしないナダールにガリアスはそう言うのだが、ナダールは困ったようにガリアスを見上げ苦笑する。
「すみません、手を貸していただけますか?」
「ん? どうかしたか?」
「どうやら足を酷使し過ぎたようで、どうにも動けません」
「あ?」
その時「ナダール!!」と叫んでグノーが競技場に飛び込んでくる。
「あれ? グノーどうしてこんな所に?」
「いいから足見せてみろ、お前絶対怪我してるだろ!!」
観衆が見ている事も気に留めず、グノーはナダールを押し倒しその靴を脱がす。そして晒したその足は見事に赤黒く腫れあがっていた。
「あれ? これは酷いですねぇ」
「他人事みたいに言ってんな! 下手したら骨折れてるかもしんねぇだろ、医者行くぞ、医者!」
「いやいや、まだ色々終わっていませんし、そんな訳には……」
「そんなの知るかっ!!」
怒りも露に怒るグノーにナダールは苦笑する。
「おい、お前」
「何!? 俺、今忙しいんだけど!!」
「誰だか知らんが、すぐに医務官が来るから少し落ち着け」
そう言ってガリアスが近くにいた兵士に声をかけると、兵士は慌てたように駆けて行った。
「よもやそんな足で闘っていたとはな、怪我をしていたのなら先に言えばいいものを」
「あはは、まさかここまで酷いとは思っていなくて、大丈夫だと思ったんですけどねぇ……って痛い! グノーちょっと止めてください、痛いですってば!!」
グノーは持っていた手拭いとペンでナダールの足をぐるぐるに固定している。
「応急処置、怪我甘く見んな。俺みたいになったら困るだろっ!」
「それはそうなんですけど、そこまでの怪我じゃないですよ。心配しすぎです、泣かないでください」
「泣いて、ないっ!」
そうは言うもののその瞳は元々の瞳の色とはまた違う赤さで、ナダールは困ったようにその頭を撫でた。
「これはお前の何なんだ? 騎士団員ではなさそうだが、一応この中は関係者以外立ち入り禁止のはずなのだがな」
「こいつはその男の嫁だよ。俺が通した、旦那の怪我が心配で居ても立ってもいられないようだったからな」
ガリアスの問いにアインが応える。
のんびりやってきたアインはナダールのその足を見て、これは酷いなと笑った。
「いつまでもこんな所で見世物になっているのもなんだな」
アインはナダールの腕を掴んで肩に担ぎ上げるようにして持ち上げる。
「歩けるか?」
「えぇ、なんとか」
ナダールはアインに体重をかけるようにして歩き出し、その後ろをグノーは脱がせた靴と剣を持って追いかけた。
残されたガリアスはこれはまたどうしたものかと会場を見渡した。
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