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君と僕の物語
僕達の旅
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僕とグノーの二人旅は最初はどうなる事やらと思っていたが、割と平和で呑気なものだった。
「おりゃ、いっちょ上がり!」
グノーが山賊だと思われる男達を縄で縛り上げるのを見やり僕は思わず「おぉ!」と拍手をしていた。
グノーは縛り上げた男達の懐を探り、財布やら貴重品やらを手に取って値踏みする。金になりそうだと判断した物はそのまま懐に仕舞いこみ、それ以外は興味もなさそうに投げ捨てた。
「なんかやってる事、どっちが悪者なんだか分からないんだけど……」
「善人から盗みを働くのは悪い事だが、悪人から盗みを働くのはそいつの自業自得だから良い事だ……って、昔ブラックが言ってた」
「まぁ、間違ってない気もするんだけど、正直微妙」
僕の言葉に「細かい事言うな」とグノーは笑う。
グノーと一緒に旅をしていて思う事は、本当に一人旅じゃなくて良かった……の一言に尽きる。
どうやら僕は本当に弱っちょろく見えるようで、ついでに(こう言っては角が立ちそうなのだけど)余程育ちが良さそうに見えるのか、山賊盗賊は狙い済ましたように僕を狙ってくる。
そして少し離れて僕の後を付いてくるグノーはその悪党を狙って襲い掛かる、なんだか僕を囮に狩りでも楽しんでるみたいだ。
「いやぁ、お前のおかげで当分喰うには困らなさそうだわ、ありがとな」
お礼を言われても、やはり正直微妙。
「この人達どうするの?」
「放っておけ、そのうち自分達でなんとかするだろ」
そう言ってグノーはすたすたと歩き始める、そんなものかと僕は彼の後を追った。
「でも今日の人達いつもと少し違うみたい、昨日の人達より盗賊っぽくなかった気がする」
「あぁ、だってお前ランティスの人間に狙われてんだろ? そういう輩も襲って来てたって不思議じゃない。まぁ、俺にとってはどんな奴等でも一緒だけどな」
「あ……そういう人達もいるかもなんだ……」
「なんだ、今更気が付いたのか?」
グノーは呆れたように笑う。
確かに少し襲われすぎじゃないかと思っていたのだけど、本当に僕はランティスの人間に狙われているのだな、と少し怖くなった。
「それにしてもグノーは強いよね。その剣どこで習ったの?」
「あぁ? 別にそこまでまともに習っちゃないんだけど、家で多少と、あとはほぼ実戦だな。ブラックがアホみたいに強いから一時躍起になって喧嘩吹っ掛けてた時期もあるんだけど、それも多少役に立ってるかもな」
「グノーはブラックさんと仲良いんだねぇ」
「あ!? それは違う、仲なんか良くねぇよ。あいつが俺の行く先々に現れやがるからなんとなく付き合ってるだけで、言わば腐れ縁なだけだ」
「でもブラックさんのお守り持ってるでしょう?」
「これは俺があいつを利用してやってるだけだ。俺がブラックを利用してるんであって、別に仲が良くてして貰ってる訳じゃない」
「ふぅん、そう」と相槌を打ちつつも、そういうの仲良しって言うんじゃないのかな……なんて僕は思ってしまう。
言ったら怒りそうだから、言わないけどね。
「ねぇグノー、僕、実はランティスって行った事ないんだけど、どういう所か知ってる?」
「ランティスなぁ……俺もあっちには行かないからあんまり詳しくないな」
「そうなんだ、なんで?」
首を傾げてそう尋ねるとグノーが微かに苦笑した。
「メリアとランティス、仲悪いの知らねぇの? 俺のこの髪赤毛だろ、一発でメリア人だってバレちまう。ランティスはメリア人の扱い滅茶苦茶悪いんだぞ」
「え~そうなんだ。そんなに仲悪いの?」
「まぁ、国の成り立ちからして仲違いだしな、仲良くなりようもないんじゃねぇの?」
「そうなんだね、確かひとつの大国を二つに分けたのが始まりだっけ?」
「そうそう、まぁ、分けた時はまだ良かったみたいなんだけどな」
そう言ってグノーはランティスとメリアの国の成り立ちを教えてくれた。
僕達が住む大陸はカサバラ大陸と言い、現在三つの国が治めている。
ひとつ目が僕の暮らしていた国ファルス王国、そして隣国にはふたつの王国、ランティス王国とメリア王国がある。
ランテイス王国とメリア王国は地続きで国境を面しているが、その二国と隣合わせのファルス王国は間に大きな渓谷、カサバラ渓谷を挟んでいる為多少の交流はある物の、そこまでお互いの国が干渉しあうような事はなかった。
だが一方でランティス王国とメリア王国は地続きで国境を面しているので昔から土地の利権を巡って小競り合いは絶えなかった。
そんな二国だったが、歴史書を紐解けば大昔には実はひとつの大国だったのだ。それが何故ふたつの国に分かれてしまったのか、それはある時代の双子の王子達の物語。
当時その地は豊かで実りの多い良い国だった。平和で争いもない国だったが、ある時王家に双子の王子が生まれる。双子は何もするのも一緒、考えてる事もそっくりなとても仲の良い兄弟だった。
だが王も歳をとり、いよいよ後継者を決めなければいけない時がやってくる。王は二人の王子に聞いた「どちらが王に相応しいと思う?」双子の王子はお互いがお互いこそが相応しいと譲り合って国を継ごうとはしなかった。
それならば、と王は国を二つに分けてそれぞれに国を治めたらいいのではないかと提案する。王子二人は渋ったが、王は埒が明かないとその案を実行に移してしまった。
北のメリア王国を双子の兄に、南のランティス王国を弟に、それぞれ兄弟は渋々ながら国を治めた。それでも元々仲の良い兄弟だったので最初のうちはなんという事もなく平和に過していたのだが、離れて暮らすうちに双子の間にも微妙な齟齬が生まれてくる。
最初は本当に些細な諍いだった、その時はお互いに自分が悪かったと頭を下げあい事なきを得たのだが、それは次第に兄弟の仲に大きなすれ違いを生んでいく……それは少しずつ少しずつ、大きな溝を作って、ある時弟は言った。
『こんな事になるのなら兄に遠慮なんかしないで自分が国を継げばよかった……』と。
北のメリアは南のランティスより土地が貧困だった。それを見兼ねた弟は悪気なく兄さんの国は大変そうだし、やはり国はひとつの方が良かったのではないかとそう言ったのだ。
だったら国をひとつに戻そうと兄は提案するが、弟は少し考えこんで『でも自分にも守る物ができた、今更もう国をひとつにはできない』とそう言った。
兄は激怒する、自分で言っておきながらその言葉、最後には弟は自分が継げば良かったとまで言いだして、ついに兄は弟が信じられなくなったのだ。
兄は国に引き籠もる。弟は本当に悪気などなかったのだ、もしこうだったら良かったね、という軽い気持ちでそう言っただけだったのだが、それを曲解して兄王に家臣は告げる。
『弟君はこの国を狙っているのではないのですか? あなたを追い落とし、再び国を統一する為にあなたの命を狙っているのではないのでしょうか?』
「え?」
グノーの語る物語に僕は驚き思わず声を上げてしまう。けれどそんな僕にグノーは何を驚くのか? と逆に首を傾げた。
「何? 何かおかしかった?」
「なんか僕の知ってる話と違う。僕も歴史の勉強で聞きかじった程度だけど、そんな家臣の話なんか知らないよ」
「あぁ、うん、多少違うかも。こういうのってさ、都合の悪い部分は改ざんして一般的には広げてくものだから、王家が家臣に踊らされたなんて格好悪い歴史残せないもんな」
「でも、だったらなんでグノーはそれを知ってるの?」
「なんでだったかなぁ、誰かが俺にそう話して聞かせてくれたんだよな。聞いたのは本当に子供の頃だからよく覚えてねぇや」
首を傾げるようにグノー自身も分からないという感じだったので、その話しは公式に認められた歴史ではなかったのだろう。
でも、だとしたら何故彼はそれを知っているのか、それはグノー本人にも分からないようなので、それが嘘なのか本当の話なのかよく分からない。
「でも実際、確かに兄王はランティスを攻めた、だから双子は災いを呼ぶってランティスでは忌避されるんじゃないかな」
双子を忌避……あぁ、それで僕は捨てられたんだ……
殺されなかっただけマシなのかもしれないが、それでもそんな本当なんだか嘘なんだか分からないような昔の話を根拠に僕の人生が狂わされるのはとても理不尽だ。
双子が災いを呼ぶというのなら、もう最初から後継を決めておけばいいのだ、自分だったらそれに従うし兄に対抗しようなどと考えない……考えないかな?
もし、同じように暮らしていて、たかだか数分差で生まれた兄弟なのに差別されて育てられたらそれはそれで何か思う所はありそうだ。だったらいっそ自分は最初からいない者として、一生知らんふりでいてくれたら良かったのに。
「どうした、アジェ?」
「う~ん、何でもないんだけど、なんか色々考えちゃうよね。実の両親の事なんか未だに実感湧かないのに、それでもそっちの事情に巻き込まれてる自分って、ホントなんなんだろうってさ」
「ランティス王家だろ? メリアも大概だったけど、ランティスもやっぱり大概だよな。元々同じ国だっただけのことはある」
「グノーはメリア王家の事も詳しいの?」
「いや、王家って言うかさ、メリアって国自体があんまりいい国じゃないからな。争いばっかりで纏まらない。王家の人間が自分達は偉いってえばった所で国がまともに機能しないんだったら王家なんてあってもなくても同じじゃね?」
「確かに。でもメリアってそんなに酷いの?」
実を言えば僕はファルスから一度も出た事がない。
ファルスどころかカルネ領から出るのが初めてなのだ、世間知らずと言われてしまえば否定できない。
「ファルスは平和だからな、こっちにいると忘れがちだけどあの国は本当に酷いもんだよ。争いがないうちはまだいいけど、いつでもどこかで誰かが争ってる」
「そうなんだ……」
「巻き込まれないように民はあちこち逃げるから土地に定住しない、定住しなければそこに産業は生まれない、もちろん農耕なんてできないし国はどんどん貧しくなってく。それでも国の偉い奴等は自分達の事しか考えない……最悪な国だ」
「メリアってそんな感じなんだ……」
「ルーンはメリアから離れてるからあんまり知らないんだな。まぁ知ってどうって話でもないけどさ」
グノーはどこか遠くを見やる。
それはどこか少し寂しげで、故郷に帰る気はないと言いつつも思う所はあるのだなと感じた。
「まぁ、そんな話しは置いといて、もう明日にはランティス入るからな。ある意味敵地に乗り込んでいくようなもんなんだから油断するなよ」
僕は彼の言葉に小さく頷く。ランティス王国、僕を捨てた国。僕は今その国に足を踏み込もうとしている。
「どんな国なのかな、せっかくだもん観光とかもできたらいいね」
「お前……意外と肝が据わってるな」
「今更じたばたしても仕方ないじゃん。だったらこの状況を楽しまなきゃ」
僕が笑うとグノーは少し戸惑ったように、でも口元は笑みの形に弧を描くので、笑ってるんじゃないかな。それとも呆れてるのかな? まぁ、どっちでもいいんだけどね、僕はこれから自分で自分の生きる道を見付けるんだ。その為にはもっと知りたい事もやりたい事もたくさんあるんだから、この際グノーにはとことん付き合って貰うつもり。
「早く行こ、楽しみだねぇ~」
僕がくるりと回ってそう言うと、彼は自分の髪をかき回すようにかき上げた。
初めて彼の顔が見える。意外と美形、っていうか美人?
瞳は思っていた通り紅色だ。
「グノーの瞳って綺麗な色だね」
「あ……」
彼は慌てたようにまたその顔を隠す。
「隠す事ないじゃん、綺麗なのに」
「うっせ、こっちにも色々事情があんだよ」
「勿体無い! 勿体無いよ!!」
僕がその髪を払おうとすると、彼はひらりと身をかわす。それにむくれて追いかけ回したら、彼は楽しげに逃げ出した。
なんか、こういうのちょっとむきになっちゃうよね。
辺りには二人の笑い声が響く、こんな楽しい旅なら悪くない。僕はその時そう思っていた。
「おりゃ、いっちょ上がり!」
グノーが山賊だと思われる男達を縄で縛り上げるのを見やり僕は思わず「おぉ!」と拍手をしていた。
グノーは縛り上げた男達の懐を探り、財布やら貴重品やらを手に取って値踏みする。金になりそうだと判断した物はそのまま懐に仕舞いこみ、それ以外は興味もなさそうに投げ捨てた。
「なんかやってる事、どっちが悪者なんだか分からないんだけど……」
「善人から盗みを働くのは悪い事だが、悪人から盗みを働くのはそいつの自業自得だから良い事だ……って、昔ブラックが言ってた」
「まぁ、間違ってない気もするんだけど、正直微妙」
僕の言葉に「細かい事言うな」とグノーは笑う。
グノーと一緒に旅をしていて思う事は、本当に一人旅じゃなくて良かった……の一言に尽きる。
どうやら僕は本当に弱っちょろく見えるようで、ついでに(こう言っては角が立ちそうなのだけど)余程育ちが良さそうに見えるのか、山賊盗賊は狙い済ましたように僕を狙ってくる。
そして少し離れて僕の後を付いてくるグノーはその悪党を狙って襲い掛かる、なんだか僕を囮に狩りでも楽しんでるみたいだ。
「いやぁ、お前のおかげで当分喰うには困らなさそうだわ、ありがとな」
お礼を言われても、やはり正直微妙。
「この人達どうするの?」
「放っておけ、そのうち自分達でなんとかするだろ」
そう言ってグノーはすたすたと歩き始める、そんなものかと僕は彼の後を追った。
「でも今日の人達いつもと少し違うみたい、昨日の人達より盗賊っぽくなかった気がする」
「あぁ、だってお前ランティスの人間に狙われてんだろ? そういう輩も襲って来てたって不思議じゃない。まぁ、俺にとってはどんな奴等でも一緒だけどな」
「あ……そういう人達もいるかもなんだ……」
「なんだ、今更気が付いたのか?」
グノーは呆れたように笑う。
確かに少し襲われすぎじゃないかと思っていたのだけど、本当に僕はランティスの人間に狙われているのだな、と少し怖くなった。
「それにしてもグノーは強いよね。その剣どこで習ったの?」
「あぁ? 別にそこまでまともに習っちゃないんだけど、家で多少と、あとはほぼ実戦だな。ブラックがアホみたいに強いから一時躍起になって喧嘩吹っ掛けてた時期もあるんだけど、それも多少役に立ってるかもな」
「グノーはブラックさんと仲良いんだねぇ」
「あ!? それは違う、仲なんか良くねぇよ。あいつが俺の行く先々に現れやがるからなんとなく付き合ってるだけで、言わば腐れ縁なだけだ」
「でもブラックさんのお守り持ってるでしょう?」
「これは俺があいつを利用してやってるだけだ。俺がブラックを利用してるんであって、別に仲が良くてして貰ってる訳じゃない」
「ふぅん、そう」と相槌を打ちつつも、そういうの仲良しって言うんじゃないのかな……なんて僕は思ってしまう。
言ったら怒りそうだから、言わないけどね。
「ねぇグノー、僕、実はランティスって行った事ないんだけど、どういう所か知ってる?」
「ランティスなぁ……俺もあっちには行かないからあんまり詳しくないな」
「そうなんだ、なんで?」
首を傾げてそう尋ねるとグノーが微かに苦笑した。
「メリアとランティス、仲悪いの知らねぇの? 俺のこの髪赤毛だろ、一発でメリア人だってバレちまう。ランティスはメリア人の扱い滅茶苦茶悪いんだぞ」
「え~そうなんだ。そんなに仲悪いの?」
「まぁ、国の成り立ちからして仲違いだしな、仲良くなりようもないんじゃねぇの?」
「そうなんだね、確かひとつの大国を二つに分けたのが始まりだっけ?」
「そうそう、まぁ、分けた時はまだ良かったみたいなんだけどな」
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僕達が住む大陸はカサバラ大陸と言い、現在三つの国が治めている。
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そんな二国だったが、歴史書を紐解けば大昔には実はひとつの大国だったのだ。それが何故ふたつの国に分かれてしまったのか、それはある時代の双子の王子達の物語。
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だが王も歳をとり、いよいよ後継者を決めなければいけない時がやってくる。王は二人の王子に聞いた「どちらが王に相応しいと思う?」双子の王子はお互いがお互いこそが相応しいと譲り合って国を継ごうとはしなかった。
それならば、と王は国を二つに分けてそれぞれに国を治めたらいいのではないかと提案する。王子二人は渋ったが、王は埒が明かないとその案を実行に移してしまった。
北のメリア王国を双子の兄に、南のランティス王国を弟に、それぞれ兄弟は渋々ながら国を治めた。それでも元々仲の良い兄弟だったので最初のうちはなんという事もなく平和に過していたのだが、離れて暮らすうちに双子の間にも微妙な齟齬が生まれてくる。
最初は本当に些細な諍いだった、その時はお互いに自分が悪かったと頭を下げあい事なきを得たのだが、それは次第に兄弟の仲に大きなすれ違いを生んでいく……それは少しずつ少しずつ、大きな溝を作って、ある時弟は言った。
『こんな事になるのなら兄に遠慮なんかしないで自分が国を継げばよかった……』と。
北のメリアは南のランティスより土地が貧困だった。それを見兼ねた弟は悪気なく兄さんの国は大変そうだし、やはり国はひとつの方が良かったのではないかとそう言ったのだ。
だったら国をひとつに戻そうと兄は提案するが、弟は少し考えこんで『でも自分にも守る物ができた、今更もう国をひとつにはできない』とそう言った。
兄は激怒する、自分で言っておきながらその言葉、最後には弟は自分が継げば良かったとまで言いだして、ついに兄は弟が信じられなくなったのだ。
兄は国に引き籠もる。弟は本当に悪気などなかったのだ、もしこうだったら良かったね、という軽い気持ちでそう言っただけだったのだが、それを曲解して兄王に家臣は告げる。
『弟君はこの国を狙っているのではないのですか? あなたを追い落とし、再び国を統一する為にあなたの命を狙っているのではないのでしょうか?』
「え?」
グノーの語る物語に僕は驚き思わず声を上げてしまう。けれどそんな僕にグノーは何を驚くのか? と逆に首を傾げた。
「何? 何かおかしかった?」
「なんか僕の知ってる話と違う。僕も歴史の勉強で聞きかじった程度だけど、そんな家臣の話なんか知らないよ」
「あぁ、うん、多少違うかも。こういうのってさ、都合の悪い部分は改ざんして一般的には広げてくものだから、王家が家臣に踊らされたなんて格好悪い歴史残せないもんな」
「でも、だったらなんでグノーはそれを知ってるの?」
「なんでだったかなぁ、誰かが俺にそう話して聞かせてくれたんだよな。聞いたのは本当に子供の頃だからよく覚えてねぇや」
首を傾げるようにグノー自身も分からないという感じだったので、その話しは公式に認められた歴史ではなかったのだろう。
でも、だとしたら何故彼はそれを知っているのか、それはグノー本人にも分からないようなので、それが嘘なのか本当の話なのかよく分からない。
「でも実際、確かに兄王はランティスを攻めた、だから双子は災いを呼ぶってランティスでは忌避されるんじゃないかな」
双子を忌避……あぁ、それで僕は捨てられたんだ……
殺されなかっただけマシなのかもしれないが、それでもそんな本当なんだか嘘なんだか分からないような昔の話を根拠に僕の人生が狂わされるのはとても理不尽だ。
双子が災いを呼ぶというのなら、もう最初から後継を決めておけばいいのだ、自分だったらそれに従うし兄に対抗しようなどと考えない……考えないかな?
もし、同じように暮らしていて、たかだか数分差で生まれた兄弟なのに差別されて育てられたらそれはそれで何か思う所はありそうだ。だったらいっそ自分は最初からいない者として、一生知らんふりでいてくれたら良かったのに。
「どうした、アジェ?」
「う~ん、何でもないんだけど、なんか色々考えちゃうよね。実の両親の事なんか未だに実感湧かないのに、それでもそっちの事情に巻き込まれてる自分って、ホントなんなんだろうってさ」
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「グノーはメリア王家の事も詳しいの?」
「いや、王家って言うかさ、メリアって国自体があんまりいい国じゃないからな。争いばっかりで纏まらない。王家の人間が自分達は偉いってえばった所で国がまともに機能しないんだったら王家なんてあってもなくても同じじゃね?」
「確かに。でもメリアってそんなに酷いの?」
実を言えば僕はファルスから一度も出た事がない。
ファルスどころかカルネ領から出るのが初めてなのだ、世間知らずと言われてしまえば否定できない。
「ファルスは平和だからな、こっちにいると忘れがちだけどあの国は本当に酷いもんだよ。争いがないうちはまだいいけど、いつでもどこかで誰かが争ってる」
「そうなんだ……」
「巻き込まれないように民はあちこち逃げるから土地に定住しない、定住しなければそこに産業は生まれない、もちろん農耕なんてできないし国はどんどん貧しくなってく。それでも国の偉い奴等は自分達の事しか考えない……最悪な国だ」
「メリアってそんな感じなんだ……」
「ルーンはメリアから離れてるからあんまり知らないんだな。まぁ知ってどうって話でもないけどさ」
グノーはどこか遠くを見やる。
それはどこか少し寂しげで、故郷に帰る気はないと言いつつも思う所はあるのだなと感じた。
「まぁ、そんな話しは置いといて、もう明日にはランティス入るからな。ある意味敵地に乗り込んでいくようなもんなんだから油断するなよ」
僕は彼の言葉に小さく頷く。ランティス王国、僕を捨てた国。僕は今その国に足を踏み込もうとしている。
「どんな国なのかな、せっかくだもん観光とかもできたらいいね」
「お前……意外と肝が据わってるな」
「今更じたばたしても仕方ないじゃん。だったらこの状況を楽しまなきゃ」
僕が笑うとグノーは少し戸惑ったように、でも口元は笑みの形に弧を描くので、笑ってるんじゃないかな。それとも呆れてるのかな? まぁ、どっちでもいいんだけどね、僕はこれから自分で自分の生きる道を見付けるんだ。その為にはもっと知りたい事もやりたい事もたくさんあるんだから、この際グノーにはとことん付き合って貰うつもり。
「早く行こ、楽しみだねぇ~」
僕がくるりと回ってそう言うと、彼は自分の髪をかき回すようにかき上げた。
初めて彼の顔が見える。意外と美形、っていうか美人?
瞳は思っていた通り紅色だ。
「グノーの瞳って綺麗な色だね」
「あ……」
彼は慌てたようにまたその顔を隠す。
「隠す事ないじゃん、綺麗なのに」
「うっせ、こっちにも色々事情があんだよ」
「勿体無い! 勿体無いよ!!」
僕がその髪を払おうとすると、彼はひらりと身をかわす。それにむくれて追いかけ回したら、彼は楽しげに逃げ出した。
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