運命に花束を

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君と僕の物語

苦言

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 エディが僕の元へ現れた翌日、僕は久しぶりにメリア王から呼び出された。
 彼は少し不機嫌そうな顔で窓の外を見やり、いつもの部屋で僕を待っていた。

「お待たせしたようで、申し訳ありません」

 「いや……」そう一言言ったきり彼は黙り込んでいる。
 気まずい沈黙、僕も何を話していいのか分からない。
 空気も読まず、グノーの話でもすればいいのだろうか? あぁ、そういえば「グノー」と「グノーシス」さんが同一人物である事が確定した今、僕は彼になんと声をかけたらいいのだろう?
 グノーの傍らには今きっとナダールさんがいる、そして彼等の元には娘も生まれた。メリア王の元にはもうグノーシスさんは二度と戻ってこない。

「お前は郷に帰りたくはないのか?」

 メリア王は瞳を逸らしたままそんな事を言う。

「え?」
「何故帰らなかった?」
「え? 何の事ですか?」
「昨日、テラスで見知らぬ男と逢引をしているお前を見かけた。あれは我が国の者ではない。あれはお前を助けに来たのではないのか?」
「え?何処から……?」

 見られていたとは思いもせず、僕はうろたえた。

「私の執務室からはお前の部屋がよく見える。ファルスの人間はあの姫もそうだが、どうにも身軽な人間が多いのだな。そんな話しは聞いた事もなかったが、私はこの国を出た事はない、きっとファルスはこの国とは色々と違っているのであろうな」

 僕は言葉に窮した。

「お前はあの男と共に逃げ出すのかと思って見ておったが、お前は首を横に振っていた。お前はこの国で何かやろうと企んででもいるのか?」
「僕は何も企んでなどいません! 確かに彼は僕を迎えに来てくれた、でも、何も解決もしていないのに、僕だけ帰るなんてできないです」
「解決? 一体何を解決させるとお前は言うのか分からないな。確かにグノーシスが我が手元に帰ってくればお前は晴れてお役御免だが、それは何時になるか分かりはしないぞ」
「陛下はそうやってグノーシスさんを求める傍ら、常に悠然と構えていらっしゃるのは何故ですか? 僕はそれが不思議で仕方がない」
「私はそんな風に見えるか?」
「はい、彼を差し出さなければ戦争も辞さないと言っていたのに、あなたは焦っている様子も見えない。僕はずっと疑問だったのです、陛下はグノーシスさんを求めていますが、本当は帰ってくるのも怖いのではないのですか?」
「お前は何故そう思う?」
「何故と問われると明確な答えは出てこないのですが、陛下はやはりグノーシスさんの事がよく分かっていないのではないですか?」

 僕の答えに彼は「ふん」と一声漏らしてまた少し黙り込んだ。

「……確かに私はアレの考えている事がよく分からない。だがお前が言ったのだ、例え『運命』の相手でも、分からない事はある、とな。だから私は分からない事は分からないと認める事にした。だが私はあの子を恐れてなどいない」
「陛下はもし今彼があなたの前に現れて、あなたの考えを否定したら一体どうしますか?」
「私の考え?」
「はい。陛下がグノーシスさんの『運命』であるという事を、です」
「あの子が私の『運命』である事を否定する者などおらん」
「けれど、ただ一人グノーシスさんだけはそれを否定する事ができる」

 メリア王の顔が不愉快そうに歪んだ。

「あの子はそんな事は言わない」
「それはあなたの願望でしかない」
「お前は私を怒らせたいのか?」

 メリア王の瞳が剣呑に光る。

「怒らせたい訳ではありません、しかし僕が知るグノーには『運命』の相手がいました。それはあなたではない」

 王の眉がピクリと上がる。

「そんな話しは聞いていない」
「僕も確信が持てなかった、あの2人が『運命』なのかは2人にしか分からなかったから、今まで僕はあなたにその話しはしなかった。けれど昨日僕は確信しました、グノーの『運命』の相手はあなたじゃない」
「それは一体誰だと言うのだ?」
「ランティス王国騎士団長の息子、ナダール・デルクマンさんです」
「ウィリアムから報告があったあの騎士団長の息子か……」

 彼はナダールさんの存在を把握していたようで憎々しげにそう呟いた。

「お前は何故そう確信した? 『運命』は当人同士でしか分からないと、お前もそう言っていたはずだ」
「グノーは当初ナダールさんを嫌っていました、彼の事をずっと怖いと言い続けていた。ナダールさんはそんな人を怖がらせるような怖い人ではありません、それでもグノーはずっと彼が怖いと言い続けた」
「何故それでその2人が『運命』などと分かるのだ。むしろその男は恐れられているではないか」

 僕は小さく首を振る。

「グノーが本当に恐れていたのはナダールさん自身ではなかった、グノーが怖がっていたのは自分が愛される事、どうしようもなく惹かれ合ってしまうのを止められない自分自身、僕はそう思っています」
「どういう事だ?」
「グノーは愛される事を恐れていた。でも今なら僕はその理由が分かる気がします」

 ただ闇雲に愛され続け束縛され続ける事、それは拷問に近い。
 メリア王のその執着が彼に恋愛を躊躇させ、彼を臆病にさせていたのだと今はそう思う。
 僕は今の2人を知らない、けれどあのグノーが子供を生んだのだ、そして今でも2人は一緒にいるのならば、グノーはナダールさんを受け入れたのだとそう思うのだ。

「もしそれが本当の話しならばお前の言う『グノー』は私の『グノーシス』ではないという事だ」
「はい、僕もそう思います」

 皮肉な事だ、僕が疑っている間はメリア王はグノーをグノーシスさんだと確信していた。でも今僕はグノーが本物のグノーシスさんだと分かったのに、今度は王がそれを否定する。
 彼の『グノーシス』はもう二度と王様の元には戻ってこない、だったら彼はもっと別の人間に目を向けるべきなのだ。

「グノーがグノーシスさんでないとなれば、僕はもうここにいる必要もありませんね」
「む……」
「グノーシスさんは、もうきっとこの世の何処にもいないのです」
「そんな馬鹿な事があるか!」
「あなたはもっと違う所に目を向けるべきです、あなたを愛してくれる人間はたくさんいます。あなたはそういう方々に目を向けるべきなのではないですか?」
「何を……」
「あなたはあなたのグノーシスさんがもうどこにもいないのだと心のどこかで分かっているのではないですか? だから、あなたは悠然と構えている、本当は真実を知るのが怖いから、見付からないのならそれでいいとどこかで思っているのではないですか?」
「……黙れ」
「黙りません。僕は間違っていると思う事をただ正しているだけ」
「黙れ、黙れ!」
「黙りません!きっと今まであなたにはこんな進言をしてくる人間もいなかったのでしょう、けれど僕はこの何ヶ月かあなたを見てきて思いました、あなたはただ寂しいだけの哀れな子供だ!」
「は! 子供? 子供に子供と言われるとは私も落ちぶれた物だな」

 王は机に手を付いて立ち上がる。

「子供だから分かるんですよ! あなたは僕と変わらない。どこにも居場所が見付けられない哀れな子供です」
「お前と、同じ?」
「僕には生まれた時から居場所がなかった。生まれてすぐに両親に捨てられ、行き着いた先の育ての親は僕を失った自分の子供の代わりに育てたのです。僕の名前は僕の物ですらない。そんな育ての母も僕が本当の自分の子供でないと認識すると同時に僕の事を忘れてしまった、父は実の子が見付かるとやはり僕よりも彼に目を向けた。僕にはずっと居場所がなかった、作った居場所もことごとく奪われた」
「何を……」
「あなたも同じなんでしょう、自分の居場所を見付けられない。あなたは僕より歳を重ねていますが、その中身は僕と変わらない寂しがり屋の子供です!」
「私は……お前とは違う……」

 王は戸惑った様子で瞳を逸らした。

「違うのは当たり前です、違う人間ですから。けれど、僕はあなたの気持ちが少し理解できる気がするのです」
「お前に一体私の何が分かるというのだ!」
「分かりません。けれど、聞く事はできます。あなたには対話が必要です、もっと心を許して話せる相手が必要です。僕はあなたの本当の声が聞きたい」
「何を言っているのか分からぬわ!」
「目を逸らさないで、あなたはもう分かっているはずです」

 彼のグノーシスはもういない。閉じた世界は何も生み出さない。
 王は怯えたようにこちらを一瞥して、無言で部屋を後にした。
 僕は、その背を見送って小さく息を零す。
 はは、手が震えてるや。
 彼がどんな反応を見せるかまるで未知数だった、激昂して殺されるかもしれない可能性すらあった、だけど彼は逃げ出した。
 きっと僕の言った事は間違っていない、彼は恐れている。この卵のように閉じた世界が壊される事をただただ恐れている。
 彼が今後どんな反応を示すか分からない、もしかすると最悪な事態になる可能性もある。
 だけど僕は彼がいい方向に向かう可能性に賭けてみたかった。
 できるかどうかは分からない、でもあの悲しい瞳の王様の孤独な心を取り去りたい、僕はそう思っていたのだ。


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