運命に花束を

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君と僕の物語

俺のやるべき事

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「アジェには会えなかったのか?」

 あまり陽気とは言えない表情のまま待ち合わせ場所に向かった俺に、グノーは少し気遣うようにそう言った。
 彼等と行動を共にするようになってすでに何週間かが経っているが、彼は思っていたほど傲慢でも無神経な人間でもなかった。
 ずっと一人で生きてきたというだけあって時々常識ハズレな言動はあるのだが、グノーはアジェの言うとおりの人物で、どうにも彼にどういう態度をとっていいのか分からない。
 散々当り散らしたにも関わらず、彼はそんな事を気にした素振りもなく普通に接してくるので、こちらもなんとなく普通に接しているのだが、こんな態度のままでいいのかと思わなくもない。

「アジェには会えた……でもやっぱり予想通りだ」

 「そうか……」と彼は頷いて、遠くに見える城を眺めた。
 最初からアジェが自分に付いて来ないであろう事は予想できていたのだ。皆が困っているからという理由でメリアに来たアジェが何の解決もしていない状況で、素直に俺と共に帰るという選択をするはずがない。
 自分の思うがままに我が儘に、そんな性格ではない事は幼い頃から見守っている自分には痛いほど分かっている。
それでも、もし万が一「連れて行って」と一言でも彼が言ったのなら、連れ出す気でいたのだが、やはり彼はそんな事を言いはしなかった。

「行こう、時間が惜しい」

 促されるままに城に背を向ける。
 今、自分達にはやらなければいけない事があるのだ。
 グノーと彼の伴侶であるナダールはここメリアで以前謀反を起し、政界から放逐されたスフラウト家の現当主と繋ぎをとった。
 そこにはグノーの弟であるサード・メリアも暮らしており2人は彼等を説得しメリア王家を潰す計画に巻き込むことに成功したのだ。
 ただ、メリア王家を潰すと簡単に言った所で一朝一夕に出来る事ではなく、俺達は今その仲間を増やす為に活動している。
 スフラウト家当主であるルイス・スフラウトとは連携はしているが、コンタクトは取っていない。
 自分達はあくまで小さな火種を作って民衆の目を打倒メリア王家へと導く事が使命なのだ。
 ルイスはその受け皿としてメリア王国の民主化を訴えている。
 そして、その先頭に立って導く旗頭としてグノーの弟サード・メリア……いや、レオン・スフラウトが今民衆の支持を集めている。
 レオンも王家に関わる人間だ、民主化を提唱しながら何故王家が関わっているのかとの声もまま聞かれはしたが、王家の人間がそれに賛同して声を上げているからこそ、実現の可能性がある、とルイスは語る。
 俺達はメリア王家がいかに国民の事など蔑ろにしているかを告発するチラシを撒きつつ、今各地を回っている。
 チラシは役人の手で回収されてしまう事も多かったが、一度人の目に触れてしまった真実は消す事などできず、少しづつだがメリア王国内の国民の意識は変わろうとしていた。

「アジェ、元気だったか?」
「あぁ……あんたの娘に会いたがってた」

 「そうか……」と彼は少し嬉しそうな様子を見せる。俺はなんだかそれが気に入らない。
 2人は出会った当初から仲が良かった。
 幼い頃からもう10年以上もアジェと一緒にいる俺でさえ入り込めないほどに、2人の間には見えない絆のような物を感じてしまう。
 2人共Ωで、あまつさえグノーには最愛の伴侶だとているというのに、無駄な嫉妬心だと頭では理解しているのだが、どうにも納得がいかないのだ。
 アジェとグノーが共に過した時間は本当に短い物だった、にも関わらず彼等は何故かお互いを理解し合っているように感じる。
 同じΩ同士、思う所があるのは分かるのだが、それでもやはり納得はいかないのだ。
 アジェのすべてを理解する事はできない、それでも一番近くで寄り添っていたいと思うのに、その場所さえも奪われてしまったようでグノーには素直になれない自分が居る。
 こういう所が自分の良くない所だと分かっているのだが、なかなかどうして自分の心なのに上手く整理がつかないのだ。

「そういえばクロードの方は?」
「カイル先生には繋ぎが取れたらしい、今毒物の分析を依頼中だ。あんたが描いたあのからくりの設計図も持たせた、そっちは親父がファルスの職人に作らせてみるって言ってるってさ」

 現在ファルスとランティスの二国間では秘密裡にメリア情報の共有が計られている。
 お互い手を出せないまでも、何かあればすぐに動ける準備は水面下で続けており、その情報共有や繋ぎを提言したのもグノーだった。
 彼は本気でメリア王国という国を潰そうとしているのだ、簡単に言っているようにも感じたが、それはそんな簡単な事ではない。
 それでもそれを実行し軌道に乗せてしまった彼は本当に凄い男なのだと思う。
 自分には何もできなかった、それができてしまう彼を少し妬んでしまう心も隠し切れない。
 自分は人の器で彼に負けている、そう思うにつれ素直になれない俺は喧嘩腰に彼にあたってしまうのだが、彼はそれにも気にした素振りは見せない。
 時折彼の伴侶であるナダールに威嚇されたりする事もあるのだが、ナダールはあまり怒りを持続させる性格ではないようで、反省を示せばすぐにいつもの穏やかな笑みを見せ、常にグノーの背後に付き従っていた。
 Ωであるグノーがαであるナダールを服従させているようにも見えなくはない2人の関係だが、時折垣間見える2人の様子はただただ仲睦まじく、羨ましくもあり妬ましくもある。
 自分達もこうあれたら良いなという理想的な形がそこにはあって、俺はそれを見せ付けられるたびに己の器の狭量さに辟易とさせられるのだ。
 俺はいまだにアジェが何故領主様の家を出たのかを完全把握はしていない。
 そもそもそんな話をアジェとしている余裕もなかった。
 自分の本当の親の顔を見てみたかった、それは大きな理由のひとつではあると思う、けれど本当にそれだけだったのだろうか?
 もしそれだけの理由だったら俺が置いて行かれた理由が分からない。アジェは俺を好きでいてくれている、にもかかわらず旅の供に選んだのはグノーだった。
 本当は少しだけ分かってもいる。アジェが旅に出る前に俺とアジェは散々喧嘩をしていた、再会してからもお互い譲れなかったのが自分達の立ち位置だ。
 俺は今のままの主従関係でいいと言っているのに、アジェはそれを認めない。

『エディは領主様の本当の子供なんだから僕を立てるのはおかしいよね?』

 そんな事を何度も言われはしたが、よく考えれば分かることだが俺とアジェとの関係はそもそも変わりようがないのだ。
 俺が例え領主の息子としての自分の立ち位置を受け入れたとしても、それはアジェがランティスの王子であるという事実を受け入れてしまえば立場はまるで変わらない。身分の差は埋まるどころか広がる一方だ。
 だったらアジェが領主の息子としてルーンに戻り、自分が従者としてそれに仕えるという形の方がまだ気持ちは楽なのに、彼はそれを分かってくれない。
 俺がカルネ領の領主としてランティスの王子を娶る、なんて本来ありえない事だと彼は理解してくれないのだ。
 カルネ家はそこそこ広い土地を持つ大貴族では有るが、それでも所詮は田舎貴族、田舎領主なのだ、王族関係とは掠りもしない地方豪族である。
 親父がファルス国王だった事を思えば、なんだかそんな話もどうでも良くなってはくるが、それでも現在アジェはランティス王国で王子として認められているのだから釣り合いはまるで取れない。
 きっとアジェはそれを分かっていない。
 何故ならアジェはきっと俺の事しか考えていないからだ、彼はいつでも自分の事は二の次三の次で自分の事は考えない。
 何処に行っても彼はちゃんと自分の居場所を作り、周りに馴染んでいくのだが、いつでも自分の居場所はないと思い込んでいる。
 周りはアジェを認めているのに、彼自身がそれをまるで理解しない。
 それは、母と思っていた人に拒否された幼かった頃の彼のトラウマがそうさせるのか、いつでも彼は他人の事ばかりを考えるのだ。
 そんな優しい彼が愛しいと思う反面、もどかしくて仕方がない。
 一歩引いて幸せそうな人達をただ眺めている、そんな彼を幸せにできるのは自分しかいないと思っている。だから俺はアジェを取り戻さないといけない、この手に彼を取り戻すまで、悩んでいる暇などない。
 グノーはこの計画を成功させる為に自分の身さえも切り売りしてやる! と女装をした上でフェロモンをばら撒き、民衆を集める事に成功した。
 俺とナダールさんはそんな彼の護衛を務めている。
 彼のフェロモンはβさえ惑わす。血迷って彼に群がってくるαやβを撃退するのが俺達の役目で、ナダールさんはここの所、常時渋い顔をしている。
 それもそうだろう、自分の最愛の伴侶がフェロモンを振り撒き他者を誘惑して回っているのだから、そんな顔にもなろうというものだ。
 だがその努力のかいもあって下準備は着々と整いつつある、後は国民が奮起さえすれば……
 季節はまた夏になろうとしていた。





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