運命に花束を

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君と僕の物語

深夜の訪問

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 メリア王とのあの一件から一週間ほどが経っていた。
 その間、彼は僕の前には姿を現さなかった。
 僕は自分の言動を思い返し、どうするのが一番正しかったのかもんもんと考えている。
 メリア王の隣にいてもいいという言葉に嘘はない、けれどそれはまたエディを裏切るという事でもある。
 エディは何度か僕に会いに来てくれている、けれど僕はエディには何も言えずにいる。
 僕の為に一生懸命あちこちを飛び回っているであろう彼を裏切っている、いや何もしていないのだからまだ裏切ってはいない、けれどこんな事を思っていること自体が裏切り行為だと言われてしまったら否定もできない。
 エディの傍にはいつでも誰かがいる、協力してくれる人も、見守ってくれる人も、支えてくれる人も、だけどあの人にはいない。
 どこにも居場所を作れない、誰に頼る事もできないそんな寄る辺のない孤独な王様を、知っていながら何もできないのはなんだか悲しかったのだ。
 幼い頃母に忘れられてしまった時、エディが傍にいてくれたように、エディが領主様の子供だと分かって自分の存在が無意味な物だと悲嘆していた時に、グノーが黙って傍にいてくれたように、僕は少しでも彼に寄り添いたかった。
 彼だって無意味に敵を作っている訳ではきっとない、ただ寂しいのだとそう思うのだ。

 その時、何かが破裂するような大きな音が聞こえたと同時に、悲鳴が聞こえた。

「え!? 何?」

 僕は訳も分からず身構える。
 その音も悲鳴も近くはない、けれどこの城のどこかで何かが起こっている。
 慌しく部屋の外を駆けるような人の気配、僕も逃げるべきなのか?それともここにいた方が安全?

「動かないで!」

 どこからか、声が聞こえた。

「今日はただの予行演習です。あなたはここでじっとしていてください」

 いつもの女の人の声だ。僕は黙って頷いた。
 予行演習ってなんなんだろう? またどこかで破裂音のような軽い爆発音が聞こえる、それは耳を澄ませば至る所から聞こえてきて、何が起こっているのか分からない。
 でも、それはエディやその仲間の人達が何かをしているのだという事が分かって少しだけ安堵する。
 ルネちゃんとマリアさん、大丈夫かな……
 実を言えば僕はまだマリアさんという人に一度も会った事がない。
 僕の行動範囲は限定的で、ルネーシャの部屋までは本来行ってはいけないのだ。
 自分の運動神経では屋根を渡って行くのにも不安が残り、彼女の部屋を訪問した事もない、ルネーシャはたぶん大丈夫だと思うのだが、僕はマリアさんが少し心配だった。
 極度の緊張や恐怖は母体に良くない、何もなければいいけれど……
 しばらくすると城は元の静寂を取り戻した。
 とはいえ、僕の周りが静かなだけで、きっと騒ぎのあった場所ではまだ騒ぎは続いているのではないかと思う。
 テラスから辺りを見渡すと、あちらこちらへと人が駆け回っているのが見て取れる。
 対角線上にあるルネーシャの部屋のテラスを見やるが、彼女の姿はない。こんな騒ぎで彼女が大人しくしてる訳もない気がするのだが、部屋にいないのだろうか?
 そういえばこのテラスは国王の執務室からよく見えると言っていた、という事はここから見える範囲に彼の執務室はあるという事だ。
 僕は、ぐるりと辺りを見回す。

「あ……」

 自分のいる場所からやや後方上階の窓に人影が見えた。
 目を凝らして見ていると、やはりその人影はメリア王だったようで、しばし目線を交わして、彼の姿はふいと消えた。
 確かにあそこからならこのテラスはよく見える、部屋から出て窓の外を見ている分には視線にも気付かなかった。
 彼はあの部屋で一体何を思うのだろう……僕はもう一度窓を見上げて息を吐いた。


  ※  ※  ※


「アジェ様、アジェ様! ねぇ聞いて!! 私『運命』に出会ったわ!」

 騒ぎも落ち着いた夕刻、部屋を訪ねてきたルネーシャが興奮したようにそう言った。

「やっぱり私間違ってなかった! やっぱり私の運命の人はこの国の人だったのよ!」
「え? え? 『運命』って……え?」

 昼間の騒ぎなどそっちのけで興奮気味の彼女はどこか遠くを見つめて「うふふ」と笑った。

「え? ルネちゃんの『運命』の人ってこのお城にいるの?」
「知らないわ」
「え?」
「名前しか聞けなかったの。名前はレオンって言うのよ。そういえばクロードさんと一緒にいたわね、昼間の騒動と何か関係あったのかしら?」
「クロードさんって、あのエディと一緒にいた?」
「そう、お兄ちゃんに何故か付いて回ってるクロードさん。でもそう言えばお兄ちゃんはいなかったわ」

 クロードとの面識はメルクードでのあの数日間のみだが、彼が一緒にいたという事はその『レオン』という人はきっとエディの仲間なのだろう。

「他には誰かいた?」
「もう一人、やっぱりメリアの人がいたわ。前髪長すぎて顔見えなかったけど」

 その風貌には覚えがある、間違いじゃなければそれはグノーだ。
 でもグノーはまだ出産からそんなに経っていないはず、なのに何故?
 しかもここはいわばグノーにとっては敵の本拠地、そんな所に自ら乗り込んできたの? ナダールさんは?

「ねぇ、その人達何しに来たの!?」
「知らないわ。私すぐに見付かっちゃって部屋に戻されちゃったもの。もっとお話ししたかったわ。彼、凄く格好いいのよ」

 ルネーシャはやはりうっとりとそんな事を言って溜息を吐いた。まるで恋する乙女だ。
 恋に恋している感は拭えないのだけど、彼女が『運命』なのだと言うのなら、その彼は彼女の『運命の番』なのだろう、けれどその人って一体誰?
 エディは多くを語らない。
 何かをやろうとしているのは分かるのだが、何をしようとしているのか僕は聞いていない。
 あのいつもの声の主は『予行演習』だと言ったのだ、だとするともしかすると近い内に『本番』があるのではないだろうか?
 もしかして、この城を落とそうとしてる……? いや、この国を……?
 グノーはメリア王から逃げ出した、王家なんて碌でもないと言い放ち、自分の家族なんか家族ではないとそう憎々しげにそう言っていた。
 グノーは兄を憎んでいる……? いや、でもどちらかというと彼は怖がっているようにも見えた。なのに彼はここに自ら乗り込んで来た、それは何故?
 それは……メリア王が自分の生活を脅かそうとしているから……?
 メリア王はグノーを欲しているけど、きっとグノーは違う。
 それは王がグノーにしてきた事を思えば誰にでも分かる事だ。
 本物の『運命』を見付けた彼が考えそうな事……それは兄を殺す事……そこまで考えて僕は首を振った。
 グノーは優しい人だ、きっとそんな事は考えない、でも、もしかしたら……
 その思いは僕の頭を離れず、その日僕は鬱々とした気持ちで夜を迎えた。



  ※  ※  ※



 ベッドに入って目を瞑るのだが、どうにも寝付けない僕は寝返りをうつ。
 今日の騒動の「本番」それはいつなんだろう。
 ふと部屋の外に足音が聞こえた、その足音はあまり規則的な物ではなく、数歩進んでは止まり、また数歩進んでは躊躇うように僕の部屋の近くをうろついているようだった。
 誰だろう、こんな夜中に。
 自分の部屋に自分で鍵はかけられない、その代わり夜には外から鍵がかけられその鍵は守衛か誰かが管理しているはずだ。
 僕は夜中に出歩く事ができないのだが、ルネーシャのように深夜徘徊をする趣味もないので別段困ってもいない。
 その部屋の鍵がない限りこの部屋に誰かが入ってくる事もないはずなのだが、少しだけ怖い。
 静寂の中、かちゃりと鍵の開く音が響いた。
 僕はベッドの中で身を堅くする。
 こんな事は今まで一度もなかった、誰? 守衛さん? それとも泥棒?
 盗られて困るような物は何も持ってはいない、泥棒だったら無駄に騒ぐ方が危険だ。
 人を呼ぶべきなのか、それとも黙ってやり過ごすべきなのか、僕はどうしていいか分からない。
 ぎぃ……と扉の開く音。誰かが部屋に入ってきた。
 どうしよう、どうすればいい?
 寝たふりでやり過ごす? でも誰? もし僕がΩだと知っていて侵入してきたような人間だったらどうしよう……叫ぶ?
 耳を澄ませているとやはり足音は不規則でまるで酔っ払いのような足取りだ。
 というか本気で酔っ払いなんじゃ……でも誰?
 暗闇の中そっと目を凝らすと、動く人影は僕より大きくて男の人だという事が分かる。
 その時、ふっと薫る匂い。

「陛下?」

 人影はびくっと足を止めて、その場にあった机にもたれかかるように、ずるずると座り込んだ。

「え? 本当に陛下?」

 何故彼がこんな真夜中に僕の部屋を訪ねてきたのか、分からない。
 いや、違う訪ねて来たわけじゃない、彼は忍び込んできたのだ。

「なんで……?」
「私が、私の城のどこに居ようが勝手だろう……」
「それはそうですけど……」

 彼は座り込んだまま動こうとしない。僕はベッドから抜け出し、彼に近付く。
 案の定とても酒の匂いがキツイ。こんなにアルコールの匂いを纏っていてなお、彼の匂いに気付けた自分にも驚きだ。

「酔ってらっしゃるんですか?」
「…………」
「いつもこんな深酒をしているのですか? あまり身体には良くないですよ」
「……グノーシスが……」
「……?」

 メリア王は手で顔を覆う。

「グノーシスが……私を見限った……」
「何を……?」
「グノーシスが……私には分からなかった」

 やはり昼間騒ぎを起した人間の残り一人はグノーだったんだ。

「分からなかったのだよ、私には。あの子の匂いが分からなかった。あの子の匂いだけは分かるはずだったのに……私には、分からなかった」
「…………」
「子供を産んだそうだ。お前の言う通りだ、あの子はもう……!」
「陛下……」
「私にはもう希望もない、何の為に生きたらいいのかも分からない。あの子がいない、こんな世界に私は……」
「陛下……」

 彼が何故ここまで絶望しているのか僕には分からない、今日2人の間にあったやりとりを知る術もない、けれど、子供のように小さくなって肩を震わせる彼がどうにも哀れでならない。

「彼だけが世界の総てではありませんよ、陛下」
「私にとってはあの子が総てだ! あの子のいない世界に価値などない」
「あなたはこの国の王様です。あなたを待っている人がこの国には大勢いるのですよ」
「そんな者は知らぬ、そんな者、私はいらぬ!」

 僕は僕より大きなその身体を小さく丸めた彼を抱きしめていた。
 どんな言葉を投げかけても彼の心には届かない、寂しい心を救える言葉を僕は持ち合わせていない。
 ただ、一人にしては駄目だと思った、寄り添う事くらいなら僕にもできる。
 彼はここにやってきた、何を思って僕の所にきたのか分からないけれど、僕を選んで彼がここに来たのなら、彼に寄り添うのが僕にできる唯一のことだから。

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