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君と僕の物語:番外編
子作り指南⑨
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身体が重い、何故だか身体が動かない。
僕がうっすらと意識を取り戻すと、背後から穏やかな寝息が聞こえてきて、一瞬何が起こったのか分からなかった。
その寝息の主がエディだというのはその匂いで程なく分かったのだが、彼は僕を抱きかかえるようにして寝ており、その腕が腰に絡まって僕の身体の動きを拘束しているのだ。
ぼんやりした頭でなんとなくそれは理解するものの、その状況があんまりにもあんまりで僕は身を震わせた。
抱き込まれているだけならまだいい、これ……もしかして、まだ入ってる……?
身動ぎをして、彼の腕の中から抜け出ようとしたら、寝惚けた腕にまた腰を抱かれ、彼の一物が否が応でも僕の中で存在感をアピールする。
え……ちょっと……こんなの、どうしていいか分からない……
散々に鳴かされ、懇願するようにして全てを終えた時にはもう陽は完全に暮れていたと思う。
そんな宵闇が既に少し明け始めていて『あぁ……これ、午前さまってやつだ……』とそう思った。
帰りは遅くなると言って出てきたが、外泊するとは言って出てきていない。
もしかしたら心配されているのではないかと思いはしたのだが、なんだかそんな事を考えるのも馬鹿らしくなって、僕は彼の腕の中でもう一度瞳を閉じた。
それにしても、自分の中で存在をアピールする彼をどうしたものか……と思うのだが、腰に回されたその腕を僕は解く事ができない。
ここに連れて来られた時もそうだった、僕は彼の指を一本ですら外す事はできず、力で勝つのは完全に不可能なのだと思い知らされる。
だが逆に、彼はやろうと思えばこうやって僕の抵抗を封じ込めて好きなだけ僕を思い通りにする事はできたのだ、それを思うと今まで彼がどれだけ自分の為に我慢をしてくれていたのかがよく分かる。
「エディ……ねぇ、起きて……エディ」
腰に回された腕を撫でるようにして、彼の名を呼ぶと彼は「んんっ」と身動ぎをした。
「寝ててもいいから、この腕だけ外して。ね、お願い」
「んん~やだ……」
「ちょ、エディ! 腰押し付けないで、あんっ」
昨夜の熱はまだ身体の芯に燻ぶって、些細な動きでも僕の身体は反応を返してしまう。
「ふっ……いい、鳴き声だ」
「もうっ! ダメだってばっ、大きくしないでっ」
「生理現象だぞ、そんな事を言われても無理に決まってるだろ? お前だって勃ってる……」
そう言って彼はくすくす笑うように僕の前にも手を伸ばしてきた。
「エディ、まだやる気……?」
「抱いてくれって言ったのはお前だよ」
背後から抱き竦められ頬に口付けを落とされた。
「それにしたって、限度はあるよ。もう陽だって昇る……って、だからダメだってばぁ」
悪戯な手が今度は僕の乳首を摘み上げる。
「まだ夜明けには時間がある、もう少しだけお前を抱いていたい……駄目か?」
「……っつ、その言い方、ずるいっ!」
耳元で囁かれて、そのまま息を吹きかけられた。僕は真っ赤になって手で顔を覆うのだが、彼は「昨日の仕返しだ」と含み笑っているのが、微かに背中越しに伝わってきた。
「冗談だ」と彼が身を離してくれて僕の中から彼が抜け出ていく瞬間、駄目だと言っていた僕の口から切ない喘ぎ声が出て彼はそれにも含み笑った。
「もう、馬鹿っ、知らないっっ」
思わずそう言って立ち上がろうとして、腰がくだけた。
「……へ?」
へたりとその場にくずおれるようにして、立ち上がれなくなってしまった僕は戸惑うばかりだ。
「大丈夫か?」
「……こんなになるの、ヒートの時だけだと思ってたよ。力、入らない……」
立ち上がろうと腹に力を込めたら下肢から己の体液と彼の物が混じった白濁した液体が零れてきて、そのどろりとした感触はやはりヒートの時だけの物と思っていた僕は眩暈を覚えた。
これ、絶対やり過ぎだ……
「立てないのか?」
エディは僕の様子に更に含み笑い、立ち上がって僕を立ち上がらせてくれた。
重力で更に下へと零れ落ちていく体液が腿を伝って気持ちが悪い。
「お風呂……」
「あ……悪い。風呂はない、シャワーだけなら出るけど……」
それでもいいと頷くのだが、なんせ一人では立てなくて、彼に抱っこで連れて行かれるのも恥ずかしすぎる。
普通に中まで連れて行かれて、やはり普通に一緒にシャワーを浴びようとするので、僕は戸惑いの声を上げた。
「あの……僕、一人でいいから……」
「ん……? 立てもしないのにか?」
「そうだけど……」
「お前がそうなってるのは俺の責任だ、ちゃんと最後まで面倒はみる」
「……恥ずかしいよ」
「ヒートの時だって綺麗にしてるのは俺だぞ?」
「うぅぅ……知ってる……」
ヒートの時は意識が途絶えがちで、それでも終わった後、自分の身体はすっきりしている事が多くて、たぶん誰かが(否、間違いなくエディが)拭いてくれているんだろうなとは思っていたのだが、事後のだるさで今までそんな事気に留めてもいなかった。
行為が終わった後までエディと居るなんて初めての事で、いつも目覚めれば誰もいないか、エディがもうすっかり身支度を整えた状態でこちらの顔を覗き込んでくるかのどちらかだったので、これはこれでやはり恥ずかしくて彼の顔が見られない。
「あんまり見ないで、恥ずかしい……」
「見なければ綺麗にしようがないだろう?」
エディの僕より大きな掌が僕の身体の線を辿るように撫で上げた。
「んんっ」
まだ昨晩の熱が燻ぶっている僕の身体はそれだけでも簡単に反応を返してしまい羞恥心は増すばかりだ。
エディは片手で僕の腰を抱き寄せて、もう片方の手で僕の腕を持ち上げまじまじと見て、溜息を零した。
「え? なに……?」
「ここ、本当に完全に青痣になってる……力の加減ができなくて、俺は感情を優先するといつもこうだ……」
確かにそこには昨日エディに掴まれた指の後がくっきり青痣になって残っていて自分で見ても痛々しい。
僕はその自分の青痣になった場所を撫でながら「エディって力強いよねぇ、あの時凄く痛かったし、怖かった」と零すように言うと「う……すまん」と困ったように謝罪された。
「でも、それだけエディも余裕がなかったって事だよね。なんだかいつもみたいに飄々とこなされるより、嬉しかったかも。エディの執着心なんて、よく分かってなかったけど、ふふ、好きな人に執着されるのは悪い気分じゃないね」
「お前は俺の気持ちを甘く見すぎだ」
「えぇ? そう?」
「お前はわざとなのか天然なのか、鈍さにかけては天下一品だ。これだけされてもまだそんな事を言えるお前も相当だぞ」
「それこそ昨日も言ったけど……」
「割れ鍋に綴じ蓋、だな」
なんだかとても穏やかな気持ちだ。
「ねぇ、エディ。僕達2人でここに暮らしてみない?」
「え?」
「昨日言われて僕も思ったんだよねぇ、確かにあの屋敷ではどうしたって気を遣っちゃうよ、それはエディだけじゃなくて僕も同じ。僕にとってもあそこは家だけど家じゃないんだ。エディが父さま、母さまを本当の親だって思えないのも分かるんだよ。僕もまだランティスの両親には遠慮があるし、頻繁に交流してる訳でもないから上手く付き合っていられるんだって分かってるからさ、僕だってランティス城で暮らせって言われたらエディみたいに思っちゃうよ。なんか、そうやって周りに気を遣って暮らすのって嫌だよね」
「でも、領主様はなんと思うか……」
「そんな遠くに行く訳じゃないもの、父さまだって許してくれるよ。ただね、ひとつだけ大きな問題があるんだけど……」
アジェはとても重大な内容だと言わんばかりに深刻な表情を見せるので、エディは何があるのか? と不安気な顔を見せる。
「別に何か問題があるなら無理をする必要なんかないだろう……?」
「でもね、常々思ってたんだ、これ、ちょっと僕自身としてもダメなんじゃないかな……って」
深刻な顔で言い募るアジェに、何かそんな深刻になるような事があっただろうか? と更にエディは首を傾げた。
「俺にはどんな問題で、何がダメなのか分からないのだけど……?」
「呆れないで、聞いてくれる?」
やはりアジェは真剣な表情なのだが、その深刻そうな問題にまるで心当たりのないエディは首を傾げつつ頷いた。
「あのね……僕……家事って一切できないんだ……」
瞳を伏せてアジェは告げる。
一瞬何を言われたのか分からなかったエディは、しばらく言葉を頭の中で反芻してから吹き出した。
「ちょっと! 今、呆れないって約束したよね!!」
「いや、呆れたというか……はは、そんな事気にしていたのかと、ふふっ……」
「気にするよ! 気にするに決まってるだろう! だって僕なんにもできないんだよっ! 料理も洗濯も掃除ですらやり方よく分かってないんだからねっ。自慢じゃないけど、本当に全然やった事ないんだもん、昔はグノーも似たり寄ったりだったのに、いつの間にか万能主婦みたいになってるし、もの凄い劣等感だったんだからねっ」
それまで笑いを堪えていたエディだったが、ある単語でまたぴくりと片眉を上げ少し不機嫌な表情を見せる。
「ちっ、またあいつか……」
「エディ、そういう顔しない。なんでエディはそんなにグノーの事が嫌いなの? グノーは別にエディに何もしないだろう? やめてよね、グノーは僕の大事な親友なんだからっ」
エディはますます苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
アジェはそんな彼の表情を見やって、困ったようにエディの眉間の皺を指で撫でた。
「そういう顔は怖いからやめよ」
「……あいつは俺からお前を奪っていく、だから嫌いだ」
「僕はどこにも行かないよ……」
「それでもだ」
また抱きすくめられて、エディはいつでも不安だったのだと改めて思い知らされた。
触れた肌が暖かい。
「僕はもうエディをどこにも置いて行かない、約束するよ」
「あぁ、そうしてくれ。もし約束を破られたら、俺は何をするか自分でも分からない。覚悟しておけ、俺は一生お前を離す気はない」
「ふふ、エディは怖いなぁ。でも、大好き……」
そんな感じで僕達2人は仲直りをして、ついでに僕達は新居を手に入れた。
「へぇ、そっか屋敷を出る事にしたのか」
「うん、エディと2人で暮らすんだ。凄く嬉しい。でも、ちょっと不安もあるんだけどね……」
「不安?」
相変わらず僕はグノーに相談事を持ちかける。
エディがいい顔をしないのは分かっているが、それでも僕はグノーの友人をやめる気はない。だってこんな相談、同じ男性Ωであるグノーにしかできないよ……
「あのね……エディとは凄く上手くいってるんだよ、でもね……」
「ん~?」
グノーは不思議そうに首を傾げ、僕は赤くなる顔を手で押さえながら「Hがしつこい……」と小さな声でグノーに告げた。
「あ?」
「エディのHがしつこすぎて、僕の身体、もたないよっっ……」
真っ赤になって顔を覆うアジェ、それを見て呆れたように頷くグノー。
触ってくれないと悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらい、最近エディは僕に触れてくれる、それはとても嬉しい、嬉しいのだけど、ちょっと度が過ぎる……
「あいつ等、従兄弟なだけあって、やっぱり似てるとこあるよな……」
「ふぇ?」
「うちのとエディ、血筋なのか……うちのは兄弟も多かったし、親父さんもたぶん絶対そう」
「何が……?」
「アジェのその相談、そのまんま。Hがしつこい」
グノーも少し困ったような表情で苦笑う。
「ナダールさんも、そうなの……?」
「最近はそうでもないけどな、最初のうちはまぁ、割と」
「そうなんだ、どうすればいい? グノーはそういう時どうしてたの?」
「力技で黙らす」
えぇぇ……そんなの僕には絶対できないじゃん……
「なんて、お前には無理だよな。う~ん、そうだな……回数に制限付けてみるとか?」
「一回が濃くなるだけだよ……」
「う~ん、せめて口や手で抜いてやるとか……」
「余計喜ぶばっかりで効果なかったよ」
「いっそ、これ以上しつこくしたら別れる! って言ってみるとか?」
「さすがにそれ言ったら洒落にならないよっ、僕、絶対監禁されると思う」
「相手エディだもんなぁ……」とグノーも苦笑を通り越してこちらに哀れんだような瞳を向けてきた。
別にそこまで哀れまれるほど束縛されてる訳じゃないけどねっ、ちょっと度が過ぎてるだけだからっ。
「お前さぁ、エディにちゃんと怒ってるか?」
「え?」
「ここまではいいけど、これ以上はダメってちゃんと言ってる?」
「こういうのは犬の躾と同じだぞ?」とグノーは言った。
「旦那の手綱はちゃんと握っておかないと、最終的にキツイのは自分だから、怒る時はちゃんと怒れよ?」
「そういうもんなの?」
「どれだけ好きでも、甘やかすばっかりが愛情じゃないだろう? 駄目だと思ったらちゃんと怒らないと、相手はいいのかと思って何度でも繰り返す。我慢は駄目だって言っただろう? そういう所もきっちり折り合いつけていかないと、自分がキツくなるだけだぞ」
エディが気を遣ってくれない訳ではないのだ、けれど「大丈夫か?」と聞かれれば「大丈夫だよ」と笑ってしまうし「してもいいか?」と問われれば、つい「いいよ」と答えてしまう。
「僕、甘やかし過ぎた?」
「その可能性はあるな」
心当たりがあるんだな? とグノーは笑う。
「ちゃんと怒る、手綱を握る……うん、分かった。やってみる」
そう言って小さく拳を握ったアジェに「無理はすんなよ」とグノーは優しい瞳で頭を撫でた。
その時「何をやってみるって?」とぐいっと後方に身体を引かれて、椅子から落ちかけたアジェはその引っ張った男の腕の中に収まってしまう。
「もう! エディ、危ないよっ」
「あんたも、俺のに無闇に触らないでもらえますか? 毎度毎度、仲が良いにも程があるっ」
噛付かんばかりの怒りにグノーは思わず笑ってしまう。
「何笑ってんだよっ。あんたのそういう所、本当ムカつく!」
敵対心剥き出しで威嚇してくるそんな姿にグノーは変に安堵していた。アジェはこの男の傍にいる限り安全だと確信できる。
「俺はお前のそういう所好きだよ。これからも俺の親友をよろしくな」
その言い方にまたしてもカチンときたのか、エディはグノーに手を伸ばしかけ、逆に背後から伸びてきた腕にその腕を取られ、捻り上げられた。
「それ以上うちのに突っかかるようなら、もう今後一切あなたの相談には乗りませんよ?」
顔は笑顔のナダールがその腕を思い切り捻り上げて、エディは悲鳴を上げた。
「なんだ、お前も居たのか」
「えぇ、この人相談事が多くて困ったものですよ。少しは自分で考えろ、と言うのですけどねぇ」
笑顔のままでナダールは、更に掴んだ腕をぎりぎりと締め上げているのだろう、エディは「すみません、ごめんなさい」とその腕を放そうともがき、そしてその腕を「分かればよろしい」とナダールは解放した。
「それにしても、アジェ君の前でも素直に素を出せるようになったのは大変な進歩ですが、その短気はもう少しなんとかした方がいいと思いますね。そんな風では今後色々な所で人間関係に躓きますよ。あなた仮にも領主様の跡取りなのですから、気を付けないと。子供にも嫌われますよ」
パパが帰ってきたと大喜びで飛び付いてきた子供達を抱き上げて、ナダールは「ただいま」と子供達の頬にキスを送りながら、そんな小言をたれる。
「仕事関係では、言われなくてもちゃんと気をつけています」
解放された腕を撫でながら、エディはまた仏頂面だ。眉間の皺はもう完全に刻みついている
「咄嗟の大事な場面でその素が出ないといいですけどね。世の中には無礼な態度に寛容ではない人間は大勢いますよ」
ナダールの言葉にエドワードは言葉を詰まらせ口を噤んだ。
「さて、ところであなた方はあなた方で何のお話をされていたのです?」
ナダールが今度はアジェとグノーに水を向ける。
「ん? ん~ナイショ。お前等だって裏でこそこそよからぬ話してるんだろ? 2人だけの秘密だよ。な、アジェ」
また! とエディは拳を握り、なんでグノーもそういう怒らせるような言い方をするのか……とナダールは溜息を吐く、その時……
「エディ、怒っちゃ駄目! 今、短気は良くないって言われたばっかりだろ! 僕もそういうのよくないと思うよっ」
アジェに突然叱られて「え……?」とエドワードは言葉をなくす。
こういう場合、普段の彼なら『もう、エディは仕方ないなぁ……』と困ったように笑う所なのに、怒られるとは思っていなかったのだ。
「え、でも今のは……」
「四の五の言わない、そういうの格好悪いよっ。それともエディは僕の事がそんなに信用ならないの!?」
「やっ、そんな事はっ」
「だったら、怒っちゃ駄目!」
まるで痴話喧嘩のようなその言葉の応酬に、グノーはまた笑ってしまう。
「アジェ君も少し変わりましたかね?」
「アジェはなんでも有言実行だからなぁ」
「? なんの事ですか?」
「ふふ……ナイショ」
そう言って嬉しそうに笑ったグノーをナダールは首を傾げて見詰めていた。
二人暮らしの不安の筆頭だった家事は、ほとんどエディがやってくれた。実際問題、本当に僕は何もできなかったからだ。
幼い頃からメイドや従者のいる生活で甘やかされ続けた僕の家事能力は完全にポンコツだった。少しずつ少しずつ覚えはしたが、結局家事を完全に習得する前に僕達はまた領主様の屋敷に戻ってしまったので、未だに僕はあまり家事は得意ではない。
屋敷を出て行く事に両親からは反対されるかと思ったのだが、割とすんなりとOKが出て僕達は拍子抜けした。
「子供というのは一度は親元を離れたいと思うものだ。自分もそうだった。寂しくはなるが、その期間はそれほど長くはないと私は思っているよ」
「ん……? どういう意味ですか?」
首を傾げるアジェに父は「ふふ、そのうち分かる」と穏やかに微笑む。
その笑顔の意味に気が付いたのは僅か数年後、妊娠・出産・子育ては思いの外大変で、里帰り出産からの両親同居に戻るのにさして時間はかからなかった事だけ追記しておこうかな。
僕がうっすらと意識を取り戻すと、背後から穏やかな寝息が聞こえてきて、一瞬何が起こったのか分からなかった。
その寝息の主がエディだというのはその匂いで程なく分かったのだが、彼は僕を抱きかかえるようにして寝ており、その腕が腰に絡まって僕の身体の動きを拘束しているのだ。
ぼんやりした頭でなんとなくそれは理解するものの、その状況があんまりにもあんまりで僕は身を震わせた。
抱き込まれているだけならまだいい、これ……もしかして、まだ入ってる……?
身動ぎをして、彼の腕の中から抜け出ようとしたら、寝惚けた腕にまた腰を抱かれ、彼の一物が否が応でも僕の中で存在感をアピールする。
え……ちょっと……こんなの、どうしていいか分からない……
散々に鳴かされ、懇願するようにして全てを終えた時にはもう陽は完全に暮れていたと思う。
そんな宵闇が既に少し明け始めていて『あぁ……これ、午前さまってやつだ……』とそう思った。
帰りは遅くなると言って出てきたが、外泊するとは言って出てきていない。
もしかしたら心配されているのではないかと思いはしたのだが、なんだかそんな事を考えるのも馬鹿らしくなって、僕は彼の腕の中でもう一度瞳を閉じた。
それにしても、自分の中で存在をアピールする彼をどうしたものか……と思うのだが、腰に回されたその腕を僕は解く事ができない。
ここに連れて来られた時もそうだった、僕は彼の指を一本ですら外す事はできず、力で勝つのは完全に不可能なのだと思い知らされる。
だが逆に、彼はやろうと思えばこうやって僕の抵抗を封じ込めて好きなだけ僕を思い通りにする事はできたのだ、それを思うと今まで彼がどれだけ自分の為に我慢をしてくれていたのかがよく分かる。
「エディ……ねぇ、起きて……エディ」
腰に回された腕を撫でるようにして、彼の名を呼ぶと彼は「んんっ」と身動ぎをした。
「寝ててもいいから、この腕だけ外して。ね、お願い」
「んん~やだ……」
「ちょ、エディ! 腰押し付けないで、あんっ」
昨夜の熱はまだ身体の芯に燻ぶって、些細な動きでも僕の身体は反応を返してしまう。
「ふっ……いい、鳴き声だ」
「もうっ! ダメだってばっ、大きくしないでっ」
「生理現象だぞ、そんな事を言われても無理に決まってるだろ? お前だって勃ってる……」
そう言って彼はくすくす笑うように僕の前にも手を伸ばしてきた。
「エディ、まだやる気……?」
「抱いてくれって言ったのはお前だよ」
背後から抱き竦められ頬に口付けを落とされた。
「それにしたって、限度はあるよ。もう陽だって昇る……って、だからダメだってばぁ」
悪戯な手が今度は僕の乳首を摘み上げる。
「まだ夜明けには時間がある、もう少しだけお前を抱いていたい……駄目か?」
「……っつ、その言い方、ずるいっ!」
耳元で囁かれて、そのまま息を吹きかけられた。僕は真っ赤になって手で顔を覆うのだが、彼は「昨日の仕返しだ」と含み笑っているのが、微かに背中越しに伝わってきた。
「冗談だ」と彼が身を離してくれて僕の中から彼が抜け出ていく瞬間、駄目だと言っていた僕の口から切ない喘ぎ声が出て彼はそれにも含み笑った。
「もう、馬鹿っ、知らないっっ」
思わずそう言って立ち上がろうとして、腰がくだけた。
「……へ?」
へたりとその場にくずおれるようにして、立ち上がれなくなってしまった僕は戸惑うばかりだ。
「大丈夫か?」
「……こんなになるの、ヒートの時だけだと思ってたよ。力、入らない……」
立ち上がろうと腹に力を込めたら下肢から己の体液と彼の物が混じった白濁した液体が零れてきて、そのどろりとした感触はやはりヒートの時だけの物と思っていた僕は眩暈を覚えた。
これ、絶対やり過ぎだ……
「立てないのか?」
エディは僕の様子に更に含み笑い、立ち上がって僕を立ち上がらせてくれた。
重力で更に下へと零れ落ちていく体液が腿を伝って気持ちが悪い。
「お風呂……」
「あ……悪い。風呂はない、シャワーだけなら出るけど……」
それでもいいと頷くのだが、なんせ一人では立てなくて、彼に抱っこで連れて行かれるのも恥ずかしすぎる。
普通に中まで連れて行かれて、やはり普通に一緒にシャワーを浴びようとするので、僕は戸惑いの声を上げた。
「あの……僕、一人でいいから……」
「ん……? 立てもしないのにか?」
「そうだけど……」
「お前がそうなってるのは俺の責任だ、ちゃんと最後まで面倒はみる」
「……恥ずかしいよ」
「ヒートの時だって綺麗にしてるのは俺だぞ?」
「うぅぅ……知ってる……」
ヒートの時は意識が途絶えがちで、それでも終わった後、自分の身体はすっきりしている事が多くて、たぶん誰かが(否、間違いなくエディが)拭いてくれているんだろうなとは思っていたのだが、事後のだるさで今までそんな事気に留めてもいなかった。
行為が終わった後までエディと居るなんて初めての事で、いつも目覚めれば誰もいないか、エディがもうすっかり身支度を整えた状態でこちらの顔を覗き込んでくるかのどちらかだったので、これはこれでやはり恥ずかしくて彼の顔が見られない。
「あんまり見ないで、恥ずかしい……」
「見なければ綺麗にしようがないだろう?」
エディの僕より大きな掌が僕の身体の線を辿るように撫で上げた。
「んんっ」
まだ昨晩の熱が燻ぶっている僕の身体はそれだけでも簡単に反応を返してしまい羞恥心は増すばかりだ。
エディは片手で僕の腰を抱き寄せて、もう片方の手で僕の腕を持ち上げまじまじと見て、溜息を零した。
「え? なに……?」
「ここ、本当に完全に青痣になってる……力の加減ができなくて、俺は感情を優先するといつもこうだ……」
確かにそこには昨日エディに掴まれた指の後がくっきり青痣になって残っていて自分で見ても痛々しい。
僕はその自分の青痣になった場所を撫でながら「エディって力強いよねぇ、あの時凄く痛かったし、怖かった」と零すように言うと「う……すまん」と困ったように謝罪された。
「でも、それだけエディも余裕がなかったって事だよね。なんだかいつもみたいに飄々とこなされるより、嬉しかったかも。エディの執着心なんて、よく分かってなかったけど、ふふ、好きな人に執着されるのは悪い気分じゃないね」
「お前は俺の気持ちを甘く見すぎだ」
「えぇ? そう?」
「お前はわざとなのか天然なのか、鈍さにかけては天下一品だ。これだけされてもまだそんな事を言えるお前も相当だぞ」
「それこそ昨日も言ったけど……」
「割れ鍋に綴じ蓋、だな」
なんだかとても穏やかな気持ちだ。
「ねぇ、エディ。僕達2人でここに暮らしてみない?」
「え?」
「昨日言われて僕も思ったんだよねぇ、確かにあの屋敷ではどうしたって気を遣っちゃうよ、それはエディだけじゃなくて僕も同じ。僕にとってもあそこは家だけど家じゃないんだ。エディが父さま、母さまを本当の親だって思えないのも分かるんだよ。僕もまだランティスの両親には遠慮があるし、頻繁に交流してる訳でもないから上手く付き合っていられるんだって分かってるからさ、僕だってランティス城で暮らせって言われたらエディみたいに思っちゃうよ。なんか、そうやって周りに気を遣って暮らすのって嫌だよね」
「でも、領主様はなんと思うか……」
「そんな遠くに行く訳じゃないもの、父さまだって許してくれるよ。ただね、ひとつだけ大きな問題があるんだけど……」
アジェはとても重大な内容だと言わんばかりに深刻な表情を見せるので、エディは何があるのか? と不安気な顔を見せる。
「別に何か問題があるなら無理をする必要なんかないだろう……?」
「でもね、常々思ってたんだ、これ、ちょっと僕自身としてもダメなんじゃないかな……って」
深刻な顔で言い募るアジェに、何かそんな深刻になるような事があっただろうか? と更にエディは首を傾げた。
「俺にはどんな問題で、何がダメなのか分からないのだけど……?」
「呆れないで、聞いてくれる?」
やはりアジェは真剣な表情なのだが、その深刻そうな問題にまるで心当たりのないエディは首を傾げつつ頷いた。
「あのね……僕……家事って一切できないんだ……」
瞳を伏せてアジェは告げる。
一瞬何を言われたのか分からなかったエディは、しばらく言葉を頭の中で反芻してから吹き出した。
「ちょっと! 今、呆れないって約束したよね!!」
「いや、呆れたというか……はは、そんな事気にしていたのかと、ふふっ……」
「気にするよ! 気にするに決まってるだろう! だって僕なんにもできないんだよっ! 料理も洗濯も掃除ですらやり方よく分かってないんだからねっ。自慢じゃないけど、本当に全然やった事ないんだもん、昔はグノーも似たり寄ったりだったのに、いつの間にか万能主婦みたいになってるし、もの凄い劣等感だったんだからねっ」
それまで笑いを堪えていたエディだったが、ある単語でまたぴくりと片眉を上げ少し不機嫌な表情を見せる。
「ちっ、またあいつか……」
「エディ、そういう顔しない。なんでエディはそんなにグノーの事が嫌いなの? グノーは別にエディに何もしないだろう? やめてよね、グノーは僕の大事な親友なんだからっ」
エディはますます苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
アジェはそんな彼の表情を見やって、困ったようにエディの眉間の皺を指で撫でた。
「そういう顔は怖いからやめよ」
「……あいつは俺からお前を奪っていく、だから嫌いだ」
「僕はどこにも行かないよ……」
「それでもだ」
また抱きすくめられて、エディはいつでも不安だったのだと改めて思い知らされた。
触れた肌が暖かい。
「僕はもうエディをどこにも置いて行かない、約束するよ」
「あぁ、そうしてくれ。もし約束を破られたら、俺は何をするか自分でも分からない。覚悟しておけ、俺は一生お前を離す気はない」
「ふふ、エディは怖いなぁ。でも、大好き……」
そんな感じで僕達2人は仲直りをして、ついでに僕達は新居を手に入れた。
「へぇ、そっか屋敷を出る事にしたのか」
「うん、エディと2人で暮らすんだ。凄く嬉しい。でも、ちょっと不安もあるんだけどね……」
「不安?」
相変わらず僕はグノーに相談事を持ちかける。
エディがいい顔をしないのは分かっているが、それでも僕はグノーの友人をやめる気はない。だってこんな相談、同じ男性Ωであるグノーにしかできないよ……
「あのね……エディとは凄く上手くいってるんだよ、でもね……」
「ん~?」
グノーは不思議そうに首を傾げ、僕は赤くなる顔を手で押さえながら「Hがしつこい……」と小さな声でグノーに告げた。
「あ?」
「エディのHがしつこすぎて、僕の身体、もたないよっっ……」
真っ赤になって顔を覆うアジェ、それを見て呆れたように頷くグノー。
触ってくれないと悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらい、最近エディは僕に触れてくれる、それはとても嬉しい、嬉しいのだけど、ちょっと度が過ぎる……
「あいつ等、従兄弟なだけあって、やっぱり似てるとこあるよな……」
「ふぇ?」
「うちのとエディ、血筋なのか……うちのは兄弟も多かったし、親父さんもたぶん絶対そう」
「何が……?」
「アジェのその相談、そのまんま。Hがしつこい」
グノーも少し困ったような表情で苦笑う。
「ナダールさんも、そうなの……?」
「最近はそうでもないけどな、最初のうちはまぁ、割と」
「そうなんだ、どうすればいい? グノーはそういう時どうしてたの?」
「力技で黙らす」
えぇぇ……そんなの僕には絶対できないじゃん……
「なんて、お前には無理だよな。う~ん、そうだな……回数に制限付けてみるとか?」
「一回が濃くなるだけだよ……」
「う~ん、せめて口や手で抜いてやるとか……」
「余計喜ぶばっかりで効果なかったよ」
「いっそ、これ以上しつこくしたら別れる! って言ってみるとか?」
「さすがにそれ言ったら洒落にならないよっ、僕、絶対監禁されると思う」
「相手エディだもんなぁ……」とグノーも苦笑を通り越してこちらに哀れんだような瞳を向けてきた。
別にそこまで哀れまれるほど束縛されてる訳じゃないけどねっ、ちょっと度が過ぎてるだけだからっ。
「お前さぁ、エディにちゃんと怒ってるか?」
「え?」
「ここまではいいけど、これ以上はダメってちゃんと言ってる?」
「こういうのは犬の躾と同じだぞ?」とグノーは言った。
「旦那の手綱はちゃんと握っておかないと、最終的にキツイのは自分だから、怒る時はちゃんと怒れよ?」
「そういうもんなの?」
「どれだけ好きでも、甘やかすばっかりが愛情じゃないだろう? 駄目だと思ったらちゃんと怒らないと、相手はいいのかと思って何度でも繰り返す。我慢は駄目だって言っただろう? そういう所もきっちり折り合いつけていかないと、自分がキツくなるだけだぞ」
エディが気を遣ってくれない訳ではないのだ、けれど「大丈夫か?」と聞かれれば「大丈夫だよ」と笑ってしまうし「してもいいか?」と問われれば、つい「いいよ」と答えてしまう。
「僕、甘やかし過ぎた?」
「その可能性はあるな」
心当たりがあるんだな? とグノーは笑う。
「ちゃんと怒る、手綱を握る……うん、分かった。やってみる」
そう言って小さく拳を握ったアジェに「無理はすんなよ」とグノーは優しい瞳で頭を撫でた。
その時「何をやってみるって?」とぐいっと後方に身体を引かれて、椅子から落ちかけたアジェはその引っ張った男の腕の中に収まってしまう。
「もう! エディ、危ないよっ」
「あんたも、俺のに無闇に触らないでもらえますか? 毎度毎度、仲が良いにも程があるっ」
噛付かんばかりの怒りにグノーは思わず笑ってしまう。
「何笑ってんだよっ。あんたのそういう所、本当ムカつく!」
敵対心剥き出しで威嚇してくるそんな姿にグノーは変に安堵していた。アジェはこの男の傍にいる限り安全だと確信できる。
「俺はお前のそういう所好きだよ。これからも俺の親友をよろしくな」
その言い方にまたしてもカチンときたのか、エディはグノーに手を伸ばしかけ、逆に背後から伸びてきた腕にその腕を取られ、捻り上げられた。
「それ以上うちのに突っかかるようなら、もう今後一切あなたの相談には乗りませんよ?」
顔は笑顔のナダールがその腕を思い切り捻り上げて、エディは悲鳴を上げた。
「なんだ、お前も居たのか」
「えぇ、この人相談事が多くて困ったものですよ。少しは自分で考えろ、と言うのですけどねぇ」
笑顔のままでナダールは、更に掴んだ腕をぎりぎりと締め上げているのだろう、エディは「すみません、ごめんなさい」とその腕を放そうともがき、そしてその腕を「分かればよろしい」とナダールは解放した。
「それにしても、アジェ君の前でも素直に素を出せるようになったのは大変な進歩ですが、その短気はもう少しなんとかした方がいいと思いますね。そんな風では今後色々な所で人間関係に躓きますよ。あなた仮にも領主様の跡取りなのですから、気を付けないと。子供にも嫌われますよ」
パパが帰ってきたと大喜びで飛び付いてきた子供達を抱き上げて、ナダールは「ただいま」と子供達の頬にキスを送りながら、そんな小言をたれる。
「仕事関係では、言われなくてもちゃんと気をつけています」
解放された腕を撫でながら、エディはまた仏頂面だ。眉間の皺はもう完全に刻みついている
「咄嗟の大事な場面でその素が出ないといいですけどね。世の中には無礼な態度に寛容ではない人間は大勢いますよ」
ナダールの言葉にエドワードは言葉を詰まらせ口を噤んだ。
「さて、ところであなた方はあなた方で何のお話をされていたのです?」
ナダールが今度はアジェとグノーに水を向ける。
「ん? ん~ナイショ。お前等だって裏でこそこそよからぬ話してるんだろ? 2人だけの秘密だよ。な、アジェ」
また! とエディは拳を握り、なんでグノーもそういう怒らせるような言い方をするのか……とナダールは溜息を吐く、その時……
「エディ、怒っちゃ駄目! 今、短気は良くないって言われたばっかりだろ! 僕もそういうのよくないと思うよっ」
アジェに突然叱られて「え……?」とエドワードは言葉をなくす。
こういう場合、普段の彼なら『もう、エディは仕方ないなぁ……』と困ったように笑う所なのに、怒られるとは思っていなかったのだ。
「え、でも今のは……」
「四の五の言わない、そういうの格好悪いよっ。それともエディは僕の事がそんなに信用ならないの!?」
「やっ、そんな事はっ」
「だったら、怒っちゃ駄目!」
まるで痴話喧嘩のようなその言葉の応酬に、グノーはまた笑ってしまう。
「アジェ君も少し変わりましたかね?」
「アジェはなんでも有言実行だからなぁ」
「? なんの事ですか?」
「ふふ……ナイショ」
そう言って嬉しそうに笑ったグノーをナダールは首を傾げて見詰めていた。
二人暮らしの不安の筆頭だった家事は、ほとんどエディがやってくれた。実際問題、本当に僕は何もできなかったからだ。
幼い頃からメイドや従者のいる生活で甘やかされ続けた僕の家事能力は完全にポンコツだった。少しずつ少しずつ覚えはしたが、結局家事を完全に習得する前に僕達はまた領主様の屋敷に戻ってしまったので、未だに僕はあまり家事は得意ではない。
屋敷を出て行く事に両親からは反対されるかと思ったのだが、割とすんなりとOKが出て僕達は拍子抜けした。
「子供というのは一度は親元を離れたいと思うものだ。自分もそうだった。寂しくはなるが、その期間はそれほど長くはないと私は思っているよ」
「ん……? どういう意味ですか?」
首を傾げるアジェに父は「ふふ、そのうち分かる」と穏やかに微笑む。
その笑顔の意味に気が付いたのは僅か数年後、妊娠・出産・子育ては思いの外大変で、里帰り出産からの両親同居に戻るのにさして時間はかからなかった事だけ追記しておこうかな。
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