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君と僕の物語:番外編
カイル・リングス
しおりを挟む『先生、あんたに時間をやる。俺があんたの身長を超えたら、俺はあんたを抱く。それまでにせいぜい覚悟を決めておけ』
そう居丈高に僕に告げた彼は僕の可愛い教え子であり、愛しい恋人、だけどそれ以上に僕にとっては僕の心を踏み荒らす暴君だった。
僕の名前はカイル・リングス、どこにでもいる普通の男だ。
そう、僕は男なんだ……なのに僕の恋人も何故か男で、しかもこの国の王子様だ。意味が分からないよね? うん、僕も分からないよ。
一庶民として生まれて育って、少しばかり賢いからと王子様の家庭教師に抜擢された所まではまだ割と普通の人生を歩いていたと思うんだよ、だけど、家庭教師として派遣された先、我が国ランティス王国の第一王子エリオット王子の家庭教師になった時、僕の人生の歯車は狂い始めたのだと思う。
出会った当初はまだ彼は幼い子供だった。当時僕はもう20代も半ばで、彼は一回りも年下のあどけない顔をした、それこそ可愛い王子様だった。
歳の割には我が儘も言わない大人びた少年で、家庭教師という職にさほど興味関心のなかった僕に彼は『先生って、先生やる気あるの?』と呆れたようにそう言った。
僕の何を気に入ったのか、それからはずっと彼は僕に付いて回ってきて、弟ができたみたいでその頃は僕も楽しかったんだ。
2人の関係が変わってしまったのは僕のちょっとした知的好奇心が発端だった。
この世界には男女の性差の他に三種の性別が確認されている、それがα、β、Ωの三種類だ。この性種を大きく纏めてバース性という。
αはこの三種の中で一番の優等種と言われ、この性を持った人間は一般的に頭脳明晰で肉体的にも他の種より優れていると言われている。
二番目のβはそれ以外、いわゆる普通の人間だ。
そして三番目のΩ、一番数が少なく稀少な性種だが、彼等は性に特化しただけの劣等種と言われている。
αはその優秀さゆえに生殖能力が極めて低い。自身の優れた遺伝子を残す事が難しいのだ。
それを補うのがΩという存在で、αはΩと結ばれる事で子を成す事ができる、逆に言えばαはΩ以外の性種の人間との間には子供を作る事ができないという事だ。
Ωは基本的にはβと変わらない平凡な人間がほとんどだが、唯一βと違うのが3ヵ月に一度くる発情期だ。
Ωは発情期が来ると子種を残すために生殖以外の事を考えられなくなる。
そしてそんなΩのヒートにαは惑わされるのだ。
αとΩは彼等の間でしか分からないフェロモンという匂い物質を発散している。彼等はお互いのその匂いを嗅いで自分に合った番を探す、しかしヒートの間はそんな物は関係なくΩは無差別にαを誘ってしまう。
だからαは自身のΩと定めた者にはマーキングを施し、手を出すな!と威嚇するのだ。
Ωの方もそのαが自分が子を産むに相応しいと認めれば、自身の項を差し出し、そこを性交の最中にαに噛んでもらう事で番の契約は完了する。
αとΩは番ってしまえばそのフェロモンはパートナーにしか効かなくなるので、バース性の人間にとってはこれが結婚の儀式になる。
何故僕がこんなバース性の説明を長々しているのかと言えば、それが僕と王子、2人の間に密接に関係しているからだ。
僕はβだった。
生れ落ちた時から平凡を約束されたβだ。
βの人間はバース性の事を知らない人がほとんどなのだが、僕の生家は薬局でバース性の人間に処方する薬も扱っていた。
バース性の人間の中にはフェロモンの扱いが下手な人もたくさんいる、それを抑制する薬やΩにはヒートを緩和させる薬など薬は色々扱っていた。
僕はβだったけれど、何故かバース性の人達のそのフェロモンを嗅ぐ事のできる特異体質で、僕はその不思議な性に関する薬を日々研究していたのだ。
別に僕が興味を持っていた薬はそればかりではなかったのだが、なにせバース性に関する薬はよく売れた。
顧客が優秀を約束されたαとその番であるΩなのだから、当然客も金持ちや地位や身分の高い人間が多く、それらを必要としている人達は金に糸目をつける事がなかったからだ。
だから僕は他の地味な薬を研究する為の費用を叩き出すために、バース性のフェロモンに関する研究をずっと続けていたのだ。
そしてその研究の中で僕はある薬を見出したのだ、それがバース性のフェロモンを誘発させる薬だ。
基本的にはバース性の人間はフェロモンを抑える事に躍起になる事が多い、特にΩの場合、番を持つまではそのフェロモンがαを無差別に誘惑してしまうので、それに困っている者達がとても多いのだ。
そんな中、抑える事ができるのなら、誘発する事だってできるのではないか? という素朴な発想が僕の中に湧くのは、まぁ自然な成り行きだったかな。
そんな時に、顧客の一人からこっそり頼まれたのがまさにそれにぴったりの依頼で『意中のΩを落とすのにヒートを誘発して無理矢理にでも娶ってしまいたい』というなかば犯罪めいた依頼ではあったのだが、金は惜しまないというそのαの依頼に僕には頷く以外の選択肢はなかったんだよね。
Ωのヒートを誘発する、それはΩのフェロモンを過剰に発散させるという事だ、まぁ、言ってしまえばバース性専用の『媚薬』だろうか。
その時僕はまたふと考えた、Ωのフェロモンを誘発できるなら、αのそれもできるのではないか……?
αの中でも優劣というのは存在している、それは大概フェロモン量に比例する形で現れて、匂いの濃いαの方がより優れている傾向にある。
αという存在の中で匂いが薄い事で劣等感に苛まれている人間というのもいない訳ではない、もしかしたらこれはいい商売になるのではないか? 僕の考えはとても短絡的だった。
研究を繰り返し、人体実験を繰り返す。
協力してくれるαはやはりαの中でも秀でたいと思っている、限りなくβに近い匂いの薄い男だった。
何度も失敗を繰り返す僕に彼が苛立ったように言った言葉。
『βの人間の言葉なんて真に受けるんじゃなかった、所詮あんたはβで、何も成せない下等種なんだよ』
僕はその男の協力をその場で打ち切った。
今までもそんな言葉を投げられなかった訳じゃない『王子の家庭教師という立場にいる人間がβだなんて……』と眉を顰めるαは幾らもいた。
それでもお前達より僕の方が優秀なのだから仕方がないだろう? と常々思っていたのだが、その時の僕は度重なる失敗に少し心が弱っていたのだ。
αが一体何程のものか? 性種が違っても同じ人間、フェロモンの有無だけで人を推し量るなど馬鹿げている。
それでも、少し心は揺れた、もし自分がαだったら、こんな風に馬鹿にされる事もなかったのに……
僕はその薬を自分で飲んだ。
協力者がいなくなったのだから、自分で実験をするしか術はない。
万が一βをαに変える薬ができたならそれはそれで幸いだ、と、ある種自暴自棄だったとも言える暴挙に、僕の身体は応えるように変わっていった。変わっていったのだが、結果的に僕の身体はαには変わらなかった。
『先生……Ωだったの?』
僕の内から薫る甘い花のような匂いに驚いた王子は僕をまじまじと見やった。
そんな事はある訳ないと否定したが、僕にもその匂いは確実に感じられて、僕は絶望する事しかできなかった。
βをαに変えるならともかく、Ωに変えても何の意味もない。
Ωは一般的に下等種で、好き好んでなろうと思う人間だっていやしない。
僕はその研究を諦めた、けれど僕の身体は元のβの身体に戻る事はなかった。
僕の身体がΩに変わっても僕の生活は特別変わることもなかったのだが、その日から王子の僕を見る目は変わった。
王子は自分が僕をΩに変えたのだと言い張った。
そんな事がある訳ないと何度言っても王子はまるで聞き分けず、終いには僕の事を『運命の番』だとまで言い始めたのだ。
そして、ついに言われたのが冒頭のセリフで僕はもうどうしていいか分からない。
王子の事は嫌いではない、王子は可愛い弟のような存在で、だがそれは性的なものでは決してなかった。
なかった、はずなのだ…
「ようやくだ、先生」
「何がですか?」
僕の言葉に王子は少し不機嫌そうな顔を見せ、僕の方へとずいっと寄ってくる。
「ようやくあんたの身長を超えられた」
「……え?」
確かに王子の背はこの何年かでめきめきと伸びて、僕の身長を超えていた。
しかし、抱くと言いながら彼は僕を傍に侍らせはしても、そんな素振りを見せなかったので、あれは思春期特有の年上の人間に憧れる一過性の流行り病だったかと少し安堵していたのに、これは一体どういう事だ?
「身長を超えたらあんたを抱くと言っておいたはずだけど?」
その言葉に僕は少し戸惑ってしまう、確かにそれは言われていたが王子の身長はもうとっくに僕の身長を超えていたはずで、今まで何も言わなかったくせにこれはどういう事だ?
僕はずいぶん目線が上になった王子を見上げ呆然とする。
あの事件からすでに数年が経過し、事件は完全に収束し日々は穏やかに過ぎていた。
王子は国王の下、第一王子として後継として日々王家の仕事を精力的にこなしており、そんな何年も前の放言など忘れているものとばかり思っていた。
「そんな話、もう忘れているものと思っていたのですけど……」
「なんでそんな事を思う? お前は俺の気持ちをその程度の物と思っていたのか?」
「いえ、でも……身長はもう一年も前に超えていたでしょう? 今まで何も言わなかったのに、何故今になって……?」
「同じじゃ駄目だ、超えなきゃ格好がつかない」
「は?」
王子はやはり機嫌の悪そうな表情で靴を脱ぐと、またぐいっと寄って来た。
何故だか先程より少し目線が低い。
「それ……シークレットブーツというやつですか?」
「悪いか。でも、もう必要ない」
そう言って彼は上から僕の瞳を覗き込んできてにっと笑った。
なんだろう、ここは笑うところだろうか? そんな数センチの身長を気にして今まで何の手出しもしてこなかったのかと思うと微笑ましさまで感じてしまう。
「俺は今晩あんたを抱く。これだけの猶予期間をやったんだ、もう覚悟はできているはずだよな?」
「覚悟……本気でこんなおじさんを抱くつもりですか?」
王子はまだ二十歳そこそこ、それに対して自分はとうに三十路を超えている、まさか本気でそんな事を言い出すとは思わず、つい真顔でそう返すと王子は完全に機嫌を損ねた顔で「俺のこれまでの努力と忍耐舐めんなよ」と毒を吐いた。
「あなたは幾らでも若くて美しいΩの娘さんを手に入れることができる立場にいながら、それでも私を選ぶのですか……?」
「あんたは俺の『運命』だと何度言わせれば気が済むんだ。それとも言わせたくてわざと惚けているのか?」
壁に押し付けられるようにして、上から睨み付けられる。すっかり凄みを増した王子に僕は何も言い返すこともできない。
「いいか、今晩だ。俺が部屋まで迎えに行く、絶対逃げるなよ」
「え……いや、迎えに来なくとも、私が王子のお部屋に参りますよ。そんなご足労をかける訳には……」
「迎えに行く」
目を細めやはり睨み付けるように言われ、僕は「あ……はい」と素直に頷いた。
王子は怒らせると面倒くさい。少しばかり加虐趣味があるのか、僕が反抗をすれば泣くまで虐められる。それは殴られたりとか身体的な事ではなく、言葉であったり態度であったりより上から威圧してくる。
そんな彼の威圧にぞくぞくして従属してしまう自分も充分被虐趣味の持ち主である事を自覚させられて、僕は彼に逆らえないのだ。
『今晩、今晩か……急にそんな事を言われても困るなぁ』とぼんやり王子の言葉を反芻する。
身長を越しても何もしてこなかった王子に完全に油断していた僕は何の準備もしていない。
せめてもう少し前に言っておいてくれたら多少の準備もできたものを……
せめて風呂くらいは入っておかねばいけないだろうな、多少小奇麗な格好もしないと駄目か? シャツ……寝巻き? 新しい物など用意がないな。どうせ脱いでしまうなら別に何でも構わないか……
事に及ぶ前の下準備、知識だけは頭に叩き込んだが、それは一体どのタイミングですれば良かっただろうか? なんだかもう面倒くさいな。
それにしても部屋で待てというのは何故なのか? まさかこの部屋で事に及ぼうという訳ではないだろうが、と見事に散らかり放題の部屋を見やる。
書類や薬剤、その原料が散らかり放題の部屋を見渡し、少し片付けるか……と僕は重い腰を上げた。
「で……あんたは一体何をやっているんだ?」
王子が僕の部屋を訪れた時、僕は今まさに二種類の薬剤を混ぜ合わせ、どういう反応を見せるのか、固唾を飲んで見守っている最中だった。
「え? あれ? 王子?」
一瞬何が起こったのか分からず王子を見上げると、王子は大きな溜息を吐いてもう一度「何をやっている?」と諦めたように僕に言った。
「部屋の片付けをしていたのですよ、そうしたら前に理論だけ組み立てておいて材料不足でできなかった調合の資料が出てきましてね、都合のいい事に材料もすべて手元にあったので少しばかり実験を……」
王子はまた大きく息を吐き「そんな事だろうと思ったよ」と額に手を当て呟いた。
「やはり迎えに来て正解だった、あんた絶対こっちの約束なんか忘れているだろう?」
「え? 約束……?」
記憶の反芻を試みて、何故部屋の片付けなど始めたのかを思い出し「あぁ……」と、ようやく記憶が繋がった。
「しおらしく待っているとは思っていなかったが、本当にあんたの頭の中は研究と薬ばかりだな。あんたらしいと言えばあんたらしいが、少しくらい可愛らしく緊張して待っていてもいいんじゃないのか?」
「三十路過ぎのおじさんに可愛らしさを求める方が間違っていますよ、王子」
「物理的に可愛くなれとは言っていない、少しくらい可愛らしい態度を見せてもいいんじゃないか? と言っている。あんた昼間俺と別れた時のままの格好だろう。こっちはそれでも気合を入れて正装までしてきたっていうのに、まるで相手にされていないのかと思うと虚しくなる」
「今からでも遅くはないですよ、止めておいたら如何ですか?」
王子の眉が不機嫌そうに吊上がった。
「お前は何も分かっていない」
王子に腕を掴まれて、そのまま床に押し倒された。
「こんな事くらいで止まれるなら、俺はとっくに諦めている」
「王子、さすがに床の上はどうかと……」
「そうさせているのは誰だ!」
「一応ベッドの上は片付けておきましたけれども」
「あれで片付いているとはよく言えたものだな」
寝台の上を見やって王子はまた溜息を零した。
確かに書類が枕元に山積しているけれど、寝る場所があるのだから充分片付いていると思うのだ。しかし、それを見やった彼はその場所がお気に召さなかったのだろう、胡乱な瞳でやはり溜息を零すのだ。
「この部屋では気が削がれる、立て」
押し倒しておいて、その言い草……と思いはするのだが、素直に立ち上がり服に付いた埃を払う。ついでに実験途中の薬剤を片付けようとすると、王子はまた不機嫌な顔でこちらを見やった。
「あんたは全くブレないな」
「余分な物が混入すれば実験が無駄になります、材料も勿体ないじゃないですか……これでよし」
薬瓶に蓋をして、実験経過を観察できないのはいただけないが、戻ってきたら何かしらの反応があるはずだ、と僕は一人頷く。そんな僕の腕を掴んで王子は無言で僕を引っ張り、部屋の外へと連れ出した。
「あの、どこへ……?」
「王子と番うのに禊も済ませないΩがどこにいる」
禊……水で身体を洗い清める事。
いや、そんな事は分かっている。抱かれるのならばせめて身を清める事くらいしなければいけないと確かに思ったが、ちょっと待て、番う? ……番う――
「待ってください王子! 私は王子と番うつもりはありませんよ!」
「は!? 今更なんの寝言を言っている!」
「抱かれる事自体はやぶさかではありませんが、番となったら話しは別です。私は出来損ないのΩですが、それでもΩではあるのでしょう。なのでαに抱かれるのは致し方ない事と思っていますが、王子のただ一人の番相手が私などと、一体誰が認めるというのですか!」
「何を今更! お前を抱くというのはそういう意味に決まっているだろうが! 誰が認める? そんな事は知らないね、俺があんたを選んだんだ、誰に何を言われようと関係ない」
王子の番相手、それは即ち『妃』という事だ。僕は一気に青褪めた。
王子になら抱かれてもいい、その気持ちはずっと持っていた、だがしかしそれはあくまで抱き合う事だけで、番となったら完全に話しは別問題である。
相手は王子、夜の営みの個人レッスン、年上の先生と甘い個人授業なんてお約束過ぎて笑ってしまうと思っていたのに何がどうしてこうなった?
「あんたは俺を舐めているのか?」
「そんな滅相もない」
「俺はその覚悟で待っていろと言ったはずだが?」
「確かに『抱く』という宣言はされましたけど、番になんて話聞いてないです」
「俺はあんたが『運命』だと何度も言っていたはずだが?」
「それは確かに何度も聞きましたけど、あなたはこの国を継ぐべき人で、その隣に立つのが私では格好がつかない」
「だからあんたの身長を越すまでこっちは我慢したんじゃないか」
「へ……?」
どうにもお互いの意見の相違に僕はどうにも思考が纏まらない。
「あんたは俺に抱かれるのが嫌なのか?」
「いえ、それは別に……むしろ光栄ですし、こんな私でいいのかと思いますけど……」
「それでなんでそうなんだ?」
「え……? えぇ……と?」
なんでそうなのかと言われても言われている意味すら理解できずに僕は首を傾げた。
「俺はセフレが欲しいわけではない」
「王子がそのような言葉を軽々しく口にするものではありません」
「だからあんたはなんでそうなんだ……」と王子はまた盛大な溜息と共に肩を落とす。
そして無言で引き摺られるように風呂場に連れ込まれ、服も着たまま頭から湯をかけられた。
あぁ、水じゃないんだ……良かった、などと呑気に思っていたら、ぐいと顎を掴まれた。
「俺が欲しているのはあんた自身だ、先生。身体だけを差し出すつもりでいたのなら、それは大きな間違いだ」
「王子は私の何が欲しいと言うのですか? 心はとっくに奪っていったでしょう? 次は身体で、まだ何かあるのですか?」
「本当にあんたは……分かっているのかいないのかどっちだ!」
「だから何をですか……?」
王子の苛立ちの意味が分からない。
またしても壁に押し付けられるようにして、僕は王子の腕の中に囚われてしまう。
壁から滝のように流れてくる湯に僕も王子もびしょ濡れで、これはどうにもいただけないと思うのだが、そんな事を言える雰囲気でもない。
「俺にあんたの全部を差し出せと言っているんだ」
「そんな物、既に全部差し出しているでしょう?」
「だったら、何故俺の番になる事を拒む?!」
「それとこれとは話しが別だからですよ。私の一生を王子に捧げるのは構いませんが、王子は私にかかずらっていられる立場ではないでしょう? 良家の子女を娶り、跡継ぎを作らなければなりません。あなたの番になるのはそんなあなたに相応しいお妃様です」
「それはお前だと、俺は言っている」
は……? と言葉も無くし絶句した。
いやいやいや、それは無い。それは無いですよ、王子!
もう2人共が全身びしょ濡れで無言で見詰め合う事しかできない。
「あんたは俺の妃になるんだ」
「冗談も度を過ぎれば笑いは取れませんよ。こんな見た目も中身も完全な男の妃を娶ろうなんて奇特な事を言い出すのは王子くらいなものでしょうが、その冗談は笑えません」
「俺のこの7年間をお前は冗談で片付ける気か?」
怒りのせいだろうか、王子の匂いがふわりと薫る。
王子の匂いは鮮明でどうにも抗いがたい。αがΩのヒートのフェロモンに抗えないように、Ωもまたαの従属支配のフェロモンに逆らうのは難しい。
王子は僕を上から支配して従わせようとする、僕はそんな王子が嫌いではないのだが、それでも今回ばかりは抗わずにはいられない。
「番は、駄目です」
「抱かれるのは平気なのにか?」
王子の指が濡れた服にかかる。完全に肌に纏わり付いた服が気持ち悪い。
王子の顔が近付いてきて唇を奪われた。
歯列を割って潜り込んできた彼の舌に、一体どこでこの子はこんな事を覚えたのだろう……とぼんやりと思う。
「んっ……ふ……」
予想外に甘い声が零れた。
自分の身体からも王子のフェロモンに呼応するように甘い匂いが漏れ出してきて、自分の身体も彼を求めているのだと分かる。分かるけれど……
「王子……」
「エリオットだ、カイル」
「んんっ……」
王子の手は性急に肌の上をなぞっていき、濡れた衣服は音を立てて下に落とされる。
相変わらず湯は壁を伝い流れ落ちてきて、それを浴び続ける僕も逆上せてしまいそうだ。
「王子、ここで……?」
「もう、我慢できるかっ」
王子は乱暴に吐き捨てる。
キスだけで腰砕けの僕は壁を背にずるずると座り込んでしまい、自身の濡れた服も煩わしげに脱ぎ捨てる王子をただぼんやり眺めていた。
綺麗な体躯だ、いつの間にこんなに大きく美しく成長したのかと驚きを隠せない。
濡れた髪を掻き上げて、こちらを見やったその顔がまるで彫刻のように整っている事に何故だか今更気が付いて、この人に今から抱かれるのかと思ったら急に恥ずかしくなった。
王子と自分の年齢差は変えられない、いつまでも自分にとって王子は可愛い王子様のままで、その延長線上でずっと彼を好きだと思っていたのだが、どうやら自分は何かを根本的に間違えていたのかもしれない。
「見惚れたか?」
言葉も無くし、ただ彼を見上げていた僕に王子はにっと口角を上げて笑ったのだが、そんな顔は見慣れているはずなのに、まるで始めて見たような気持ちで心拍数が上がり、つい瞳を逸らす。
すると彼はぐいっと顎を掴み「目を逸らすな」と僕の瞳を覗き込んだ。
「あんたの頭の中はいつでも研究一色だ。だが、今だけは俺の事だけを考えていろ」
「そんなの、言われなくても……」
本当にそうだろうか? 僕は今までこんな王子を見た事があったか?
ちゃんと今まで王子に向き合っていたか……?
自分の欲の為に罪に手を染めた僕を、王子は常に傍に置いた。
監視の意味合いもあるのかと思っていたが、こんな罪人を守る為に王子はあの時も奔走してくれたというのに僕はそれでも自分の事ばかりだった。
今も、そうだ……抱かれるのは構わない、けれど自分は彼の気持ちなど微塵も考えてはいなかったのではないだろうか?
「王子は……私が好きなのですか?」
「今、それを言うのか?」
かぁっと顔に朱が昇った。
「そんな恐れ多い……」
王子は呆れたようにまた大きく溜息を吐いた。
「この期に及んでまだその認識だったとは呆れて言葉も出てこない。あんたは俺があんたを抱くと言った意味を本当に何も理解していなかったようだな。あんたにとってこの行為は何なんだ? ただの性欲処理か? 俺がそれだけの為にあんたを欲しているとでも思っていたか?」
元来自分は性欲が薄い。自分の欲求は知識欲に振り切れていて、それ以外の事にほとんど興味関心がなかったので、他人の機微にも疎い。
「抱く」と言われて「そうか、抱くのか……」と意味は理解していてもその中身まではっきり理解していなかった自分に呆れるしかない。
そしてそんな自分に呆れてしまうくらいなのだから、王子のその溜息にも何も言えない。
「あんたは賢いが、基本的には馬鹿なんだな。知ってはいたが、ここまでとは思っていなかった」
正論過ぎて反論もできずに押し黙る。
「改めて問おう、あんたは俺と番になる。是か否かどっちだ?」
どっち? 『番』王子のただ一人の特別になれるのは嬉しいけれど、果たしてそれが僕でいいのか本気で分からない。
押し黙ったままの僕に王子がまた呆れたように苦笑する。
「まぁ、答えなどどうでもいいがな。これはもう今更俺の中では覆せない決定事項だ」
「え……なっ……待って!」
制止の声も虚しく、抱き込まれて身体を返され、その項に歯を立てられた。
思い切り食い千切られるかと思うほど激しく、問答無用のその所業に眩暈がすると同時に頭の先から足の爪先まで一気に快感が走りぬけた。
こんな痺れを自分は知らない。
「あぁっ、はぁ……あぁ」
「はは、気持ちよかったか? こっちも勃ったな」
弄ばれるように自身も握られ、抗う事ができない。
「全部貰うから。時間はやったんだ、あんたは全部俺の物だ」
耳元で囁かれ、ぞくぞくと身体は熱を帯びていく。
風呂の熱気と王子の肌の熱さに気が遠くなりそうだったが、尻にあてられた更なる熱気に意識は強引に呼び戻される。
「入るかな……先生、どう思う?」
「あっ……熱……」
「まぁ、無理って言っても、入れるけど?」
背後の彼は楽しそうに笑い、ソレは僕の内へと少しずつ入ってくる。
「待って……あぁ、っっ……」
「もうこれ以上は待てないな、どう? あと少しで全部だぞ?」
「っく……ふ……」
熱い肉の塊が僕の中で自己主張するように律動する。
「まだっ……動かないでぇ……」
「痛い……?」
言葉にできずに首を振った。
痛いどころか気持ち良すぎて、入れただけでイってしまいそうだ。
普通の男の身体ならこんな風に雄を受け入れる事はできなかったはずだ、本当に自分の身体は完全にΩの身体に変わってしまったのだな……と快感に耐えて息を吐く。
「気持ちいい?」
問われた言葉に頷くと、一気に腰を進められた。
「っはうっ!」
「気持ちいいなら、遠慮はいらないな」
「やっ、あっ……まっ、あんっ」
「待てないと言っている。本当にどれだけ待ったと思っている?」
「はぁっ、あんっ……んんっ」
性急な律動、追い上げられる身体、絶頂は程なくやってきてその快感に耐えていると、彼も「きっつ……」と眉を寄せるようにして、僕の中に精を吐いた。
なんだか身体はふわふわしているし、どこもかしこも熱くて訳が分からない。
「っはぁ……」
僕の中から彼の出て行く気配、終わったのか……意外とあっけなかったな……と思っていたら、ぐいっとまた腕を引っ張られた。
「まさかこれで終わりだなんて思っていないだろうな?」
「え……?」
「今のは禊だ、本番はこれからだからな」
「へ……?」
「若者の性欲舐めんなよ」
目を細めて笑うように言った彼の言葉に、唖然とする。
「私の歳も考慮に入れてもらえると有り難いのですが……」
「あんたの歳も考慮して、子作りは早いに越した事ないだろう? 孕むまで頑張ってやるから付き合いな」
「……そんな考慮はいりません」
そもそも自分は本当に子供を孕む事ができるのかも分からないのに、王子に項を噛まれてしまった。これは大失態だ。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、王子は引き摺るように僕を湯船へと連れて行く。
そしてそのまま湯船でいたし、部屋に連れ込まれ更に数回、泣くまで散々抱かれ続けた僕は完全に王子に骨抜きにされてしまった。
そんな風にして王子に抱かれてから2年、実際身体の相性はいいのだろう、王子に抱かれるのは苦ではない。
だが、そうやって散々に抱かれていても僕は子を孕む事はなかった。
そもそも僕には発情期がないのだ。成人を超えたΩにヒートがこないというのはそれだけでもうΩとして価値がないとも言える。
別に人は発情期にだけ妊娠する訳ではないのだが、バース性において発情期に妊娠確率が上がるのはデータ上でも明確で、僕はその資料を眺めて溜息を吐く。
王子と番になってしまった。
番になってしまった以上、課せられるのは番相手の子供の妊娠。
別に子供だけが全てだとは思わないが、それでも王家を存続していく以上、跡継ぎは絶対に必要なのだ。
「出来損ないのΩが妃などと、図々しいにも程がある。しかも男性Ωなど前例もない。見栄えも悪いし、格も釣り合わぬ、結婚など認められん」
これ見よがしに聞こえてくる誹謗中傷、覚悟の上でも心は傷付く。
「俺は必ずあんたを娶る! 誰が何と言おうとだ! あんた以外を娶る気はないし、俺は愛していない女を抱く気もない!」
王子の気持ちは嬉しいが、その重責はあまりにも重い。
ストレスのせいか、最近は体も心も重くて仕方がない。
王は何も言わないようだが、王子にも相当な圧力がかかっているようで、最近王子の機嫌はすこぶる悪く、束縛もきつくなっていく一方だ。このままでは大好きな研究もままならない。
彼はまるで僕を彼自身の所有物であるかの如く扱うが、それにも最近少し僕は辟易してきている。
この問題の原因は何だ? と思った時、その原因の全てはΩになってしまった自分にあるのだと僕は分かっている。
王子の事は愛しているが、このままでは愛の存続すら難しい。
だから問題の原因を取り除く、それが安寧への道。
「うん……しばらく旅に出よう」
もうずいぶんと薬草採取にも出ていない、これは由々しき事態だ。
そうと決まったらどこに行こうか? ランティス国内ではすぐに足が付いてしまうし、かといって隣国メリアはいただけない。まだ小さな紛争が絶えないその地に向かうのも考えものだ。
そう思った時、思い付くのはもうひとつの隣国ファルス。現在ファルスには幼馴染が暮らしている。
「うん、決めた。ナダールのとこに行ってみよう」
そういえば彼はファルスのどこに暮らしているのだったか?
まぁ、そんな事は行ってみてから考えればいいか。
僕はいそいそと旅の準備を整え、王子に宛てて手紙を綴った。
「しばらく帰りませんよ、っと……できた」
この場所を離れられると思ったらずいぶん心が軽くなった、自分は無自覚に相当ストレスを溜め込んでいたのだな……と改めて苦笑する。
「さて、どこから行こうか。ワクワクするなぁ」
軽い足取りで故郷を旅立つ、その後の王子の怒りなど僕には知るよしもない。
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彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
【bl】砕かれた誇り
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アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
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いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
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辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
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「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
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※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
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