運命に花束を

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運命の子供たち

恋とお祭り ①

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 目を覚ましたら目の前に金色の輝きが目に入って、自分がどこにいるのか分からなくなった。
 あれ? ここどこだっけ? なんか体動かない……んん?
 見覚えのない場所、金色、眩しい……なんだっけ?
 ごしごしと目を擦り、ようやく自分が誰かに抱き込まれて寝ている事に気が付いた。

「あ……」

 寝る前はこんな体勢ではなかったはずなのに、と瞬間顔を赤らめる。
 確かに部屋の一室で毛布を被って身を寄せるように寝はしたけれど、こんな風に抱き込まれているのは予想外、慌ててその腕から抜け出すように飛び起きたら、俺を抱き込んでいたユリウスさんも目を覚ました。
 いや、覚ましたのか? ぼんやり瞳を開けて、彼はへらっと笑うとまた瞳を閉じた。
 ついでに、抜け出したはずなのにまた腰をがっしり抱え込まれて抜け出せない。

「ちょ……離して、起~き~て」
「もう少し……」
「寝ててもいいから、せめて離して」
「えぇ~やだぁ……」

 そんな子供みたいに言われても……いや、彼が外見ほど歳を重ねていない事も知っているけど、こんな甘ったれた声も出すんだな。もしかして俺、誰かと間違われてる?
 俺は困ったな、と辺りを見回した。朝日は室内に明るい日差しを差し始めていて、昨夜はよく見えなかった部屋の様子もよく見えた。
 同じ部屋の反対側には祖父も毛布にくるまっていて、こんなに立派な部屋なのに、なんだか変な感じだな……と、その立派過ぎる程に豪奢な部屋を見上げてしまった。
 天井まで綺麗に装飾画が施されたこんな部屋のあるこの屋敷が、実は祖父が生まれ育った屋敷だと言うのだから驚きだ。
 うちは食堂をやっていて、普通の家よりは少しだけ家のサイズも大きかったが、さすがにここまで大きな屋敷ではなかった、しかも住居部分はさして広くもない間取りだったし、それはルーンにある祖父の家も同様だ。
 だから我が家が元は貴族の家の出などと言われても俄かには信じられない。
 なんだかこの数日、色々信じられない事ばかりが起こる。
 父親を探してこの大きな街イリヤに家出してきた俺を待ち構えていたのは、たくさんの出会いと事件ばかり。
 理不尽に暴力を受けたり、逆に物凄く優しくされたり、都会ってなんだか不思議な場所だよ。
 俺の腰に抱きついてすよすよ寝ているユリウスさんの髪をそっと撫でた。
 綺麗な金色、もっと柔らかいのかと思ったのに、意外と硬めの触り心地に驚いてしまった。
 彼は凄く大人っぽく見える時もあるけど、こうやって無防備に寝てるとやっぱり歳相応に子供っぽいんだな。
 さわさわと触れる手が擽ったかったのか、ユリウスさんはまたぱかりと瞳を開ける、瞳の色は綺麗なアメジスト色、こんな色の瞳の人は彼以外に見た事がない。
 しばらく無言で見つめあい、また寝てしまうかと思ったら、彼は瞳を見開いて飛び起きた。

「え!? あれ? ごめん!」
「……? 何が?」
「なんか、抱き枕にしてた?! 寝られなかった?! 大丈夫?!」
「抱き枕にはされてたみたいですけど、ちゃんと寝てたんで大丈夫ですよ」
「あぁぁあぁ、なんか申し訳ない!」
「別に平気です。寝惚けてるユリウスさん、可愛かったですよ。俺の事、誰かと間違えてました?」
「うぁぁ、恥ずかしい……たぶん兄弟の誰かだと思ったんだと……最近は皆で団子になって寝てる事多かったから……」

 そっか、兄弟か……恋人かと思ったけど違うんだね、良かった。
 ん? 良かった……?
 自分の思考に疑問を抱きつつも「おはようございます」と改めて声をかけると、彼もへにゃりと笑って「おはよう」と返してくれた。

「なんか、青痣になっちゃったね……」

 ユリウスさんが俺の頬をさわりと撫でた。
 昨日、ヒナノさんを庇ってやられた痕、別に男の顔に多少傷付いた所で誰も気にしないと思うけどな。
 そんな悲しそうな顔しなくてもいいのに。

「ふむ、うちの孫に無闇に触るのは止めてもらえますかな?」

 突然の声に驚いて、慌ててその声の方を見やれば祖父もむくりと起き上がり、ひとつ小さく欠伸を零した。

「あ……じいちゃん、おはよ」
「ふむ、おはよう。ノエル、ちょっと買い物を頼まれてくれるかな? 屋敷を出て真っ直ぐ突き当たりにパン屋がある、そこで朝食の調達だ」

 そう言って、祖父は俺の手に幾らかの小銭を握らせて、なんだか厄介払いするみたいに早く行けと手を振った。
 俺達別に何もやましい事してないのに、その祖父の態度はどうかと思う。
 けれど、俺は何も言えずに屋敷を飛び出した。だって、何を言ってもまるで自分の気持ちを見透かされそうで怖いんだ。たぶん、俺は彼の事が少し気になってる。
 でも、これじいちゃんのせいだからな、じいちゃんが変な事言い出すから……
 屋敷から駆け出し、言われた通りに真っ直ぐ進むと目の前には小さなパン屋、まだ朝も早いというのに店はもう営業していていい匂いを漂わせていた。
 店の扉を潜ると威勢のいい声で「らっしゃい!」と声をかけられた。

「ん? 坊主、見ない顔だな? どこの子だ?」
「あ……えっと、この先真っ直ぐの屋敷から、お使いです」
「んん? あの屋敷はずいぶん長い事空き家のはずだがなぁ? ロイヤー邸……いや、カーティス邸だったか?」
「えっと、よく分からないですけど、一応、カーティスの孫です」
「へぇ? 使用人じゃなくて?」
「そんな大層な家柄じゃないですよ」

 このパン屋は昔からここにあるのだろう、店主と思われるその男は首を傾げた。

「カーティスと言ったらこの辺の土地を一手に持っていた貴族じゃないか、家を乗っ取られてからは衰退の一途だと聞いていたが、ずいぶん庶民的になったものだな」

 俺はとりあえず曖昧に笑って幾つかパンを購入すると足早に店を後にした。
 俺は知らない事が多すぎる、家を乗っ取られたって一体何があったんだろう? ロイヤー家とカーティス家には並々ならぬ因縁もありそうだし、じいちゃんには聞きたい事だらけだ。
 屋敷の前まで駆け戻って、大きな門の脇にある使用人用と思われる小さな門を潜ろうとしたら、急に肩を掴まれた。
 振り返ると、そこには小柄で小太りの浮浪者が佇んでいて、パンが欲しいのか? とひとつ手渡すと、浮浪者は何か物言いたげな顔をした。

「あの……何か御用でしたか?」
「クロウは……」

 瞬間、あのクロウ・ロイヤーの仲間か!? と身構えたのだが、その一言を言ったきり、彼はパンを見詰めて何も言わない。

「クロウ・ロイヤーという方なら、昨晩人攫いの罪で捕まりましたよ。ここにはもういません」
「捕まった……」

 それだけ言って続く沈黙、そのうちその浮浪者は無言で踵を返して行ってしまった。
 ここイリヤはもしかして少しおかしな人も多いのだろうか? 昨日俺を襲った男も先程の男と似たような姿だった、やはり都会は慣れないな、と思う。
 屋敷に戻るとユリウスがお茶を入れて待っていた。祖父は呑気にそれを啜っていて、どちらが客だか分からない。

「俺やりますよ、ユリウスさんは座っててください」

 そう言って、彼に近寄って行ったら、何やら身をかわされた。あれ?

「いやいや、そんな申し訳ない、お使いまで行ってくれたんだから、君こそ座ってていいよ」

 態度はまるで変わらない、けれど寄って行った分だけ彼は逃げる。
 気のせいかと思って再び寄って行くと、やはり身をかわされて憮然とした。

「じいちゃん、ユリウスさんに何か言っただろ!」
「私は何も言っていませんよ」

 祖父はお茶を啜りながらしれっとしているが、ユリウスを見上げれば彼は微かに苦笑していた。

「じいちゃんに何を言われたのか分かりませんけど、じいちゃんの言う事は真に受けなくてもいいですからね!」
「はは、変な事は何も言われてないよ。これは自分で自重してるだけだから、気にしないで」

 彼は穏やかな笑みなのだが、やはり少し今までより距離は広くて、なんだか訳もなく悲しくなった。



 ユリウスは武闘会二回戦の試合の為、朝食を食べると早々に屋敷を後にした。
 試合は昼からという事なので、まだ時間は有る。

「じいちゃん、今日の予定は? 俺、ユリウスさんの試合は見たい」
「ノエルはすっかり彼にご執心ですねぇ、彼の優しさは上辺だけ、好意を持てば裏切られますよ?」
「な……」

 祖父にはやはり何かを見透かされている、けれどなんでそんな酷い事が言えるのか。自分だけならともかく、ユリウスさんの事まで悪く言われるのはどうにも悔しい。

「なんでじいちゃんにそんな事……」
「私も彼と同じαだからですよ。βのお前には分からない、バース性の人間はとても厄介です、きっとお前の手には負えない」
「そんなの、分からないじゃないかっ!」
「お前は彼が好きなのかい?」

 単刀直入に言われて答えに詰まる。俺はユリウスさんを好きだなとは思っているけど、それは別に恋愛感情ではなかったと思うのだ。だけどじいちゃんが変に2人の関係に口を挟んでくるものだから逆に気になって仕方がなくなってしまった。
 そもそも俺の恋愛対象は可愛い女の子だ、決して同性好きな訳じゃない。
 それなのに、じいちゃんが変な口出しをするものだから、逆にそういう関係もありなのか? と考え始めてしまっている自分がいる。
 じいちゃんの行動は俺にとってはやぶ蛇でしかない。
 俺に彼を意識させないようにしようと思うのなら、最初から何も言わなければ良かったのに……

「友達付き合いなら止めはしませんが、それ以上なら止めておきなさい。本気になって損をするのはあなたの方です」
「そんなのじいちゃんに言われなくても……」
「バース性の人間には運命に定められた『運命の番』というのが存在するのですよ。それは愛する事を定められた相手です、αにはΩ、Ωにはα、そこにβの入り込む余地はありません。ノエルお前はβです、どれだけ相手を好きになってもαともΩとも番う事はできない、それがβなのです」
「……そんなの知らない」
「今まで教えてきませんでしたからね。お前はβで、知らなければ知らないまま一生を終えられる。人口的にはこの世界のほとんどはβで占められていて、ルーンのような田舎にはバース性の人間自体がほとんどいない。お前は何も知らなくて良かった……αやΩは人を惹きつける力が強い、けれどβに振り向く事はない、決して報われない、好きになってはいけない人なのだよ」

 好きになってはいけない人……か。
 この気持ちが恋愛感情かもまだはっきりしていないのに、それでもそんな風に頭ごなしに否定されたら、俺のこの想いは一体どこに持っていけばいいのか。

「俺の恋愛対象、女の子だし……」

 あぁ、でも祖父のこの理論でいくとΩのヒナノさんも恋愛対象にはなりえないのか……姉弟じゃないならまだ可能性もあるかと思ったけど、それすら駄目なんだ、なんだか切ないな。

「それなら結構。お前は平凡な女性を選んで、平凡な家庭を築くのがいい、それがなんだかんだで一番幸せな生き方ですよ」

 幸せな生き方ってなんだろう? それを他人に決められるのは腹が立つ。
 けれど俺は祖父には何も言えないのだ、俺は今までそうやって生きてきた、いい子でいなければ居場所がなかった、だから俺は逆らえない。
 初めての反抗、家出、けれど結局今、俺は祖父の庇護下にいる、俺は何も変われていない。俺はそれに気付いてきゅっと拳を握った。

「どうしました、ノエル?」
「好きになる人くらい自分で決める。そんな事、じいちゃんにとやかく言われる筋合いないよっ!」

 瞬間祖父は驚いたような表情を見せ、けれどそのうち微かな笑みを見せた。

「メリッサも昔、お前と同じような事を言っていた。結果あの子は好きなようにお前を生んで育てている、本当にお前達は私の言う事なんて聞きやしない」

 頭ごなしに怒られるかと思ったのに、祖父はそう言って困ったような笑みを見せた。

「私はお前達の先行きを案じているだけなのに、ままならないものですねぇ」

 厳しい祖父だ、間違った事は決して許さない頑固な祖父が静かに笑っている。

「じいちゃんは心配する方向を間違ってる、好きになったっていいんだよ、駄目だったら駄目だった時で自分で考えるよ。先回りして全部の芽を潰さないで、そんな事されたら、俺は身動きが取れなくなる……」
「大事な家族が傷付くのを分かっていて、ただ見守っていろと?」
「そんなのやってみなけりゃ分からない、意外とそんな事もなく上手くいくかもしれないだろ。それでも駄目だったら傷付いて苦しんでる時だけ慰めてよ、じいちゃんはそういう時、傷口に塩を塗り込むから母さんに嫌われるんだよ」

 「これでも、自分なりに優しくしていたつもりなのですがねぇ……」そう言って、祖父は溜息を零すように頭を振った。
 俺は祖父が怖かった、頑固で融通が利かなくて、子供の戯言を許さない厳しい祖父だ。けれど、こうやって普通に話してみたら普通に応えは返ってくるのだと、初めて知った。

「じいちゃんって、もしかして物凄く人付き合い苦手なの……?」
「基本的には1人が楽です。何も考えなくていいですからね」

 頑固で偏屈、物静かだが怒らせたら怖い祖父。

「よくそれでばあちゃんと結婚できたね」
「彼女は特別ですよ。彼女こそ私の『運命の番』ですからね。そうでなければ私のような人間が結婚などできる訳がない」

 祖母はお喋り好きな賑やかな人だ、祖父が聞いていてもいなくてもいつも賑やかに喋っている。そしてにこにこ笑顔で祖父の世話や俺の世話を焼いてくれる。
 なんでばあちゃんはこんなじいちゃんと一緒にいるのかと思った事もあったけど『運命の番』というのはそういう物なのだろうか……?

「このカーティスという姓は彼女の家の姓なのですよ」
「え? そうなの!?」
「元々の私の姓はロイヤーです、もう名乗りたいとも思いませんがね……」

 「昔話をしましょうか」そう言って、祖父はこの屋敷に纏わる過去を俺に教えてくれた。




 ロイヤー家、それは元々大した事もない末端貴族の家柄だった。貴族とは名ばかりの、それは小さな家だったのだが、家族ばかりは多くてそんな家の末っ子として生れ落ちたのが祖父なのだと言う。

「私は生れ落ちてすぐに養子に出されました。言ってしまえば口減らしですね、そして養子に出された先がカーティス家、この屋敷です。カーティス家も大きな貴族の家系ではありませんでしたが、ちょっとした商売が当たり財産があった、けれどカーティスの家には跡継ぎがいなかった、だから何らかの伝手で両親は私を引き取ったのです。義父母はとても優しい方でまるで私を我が子のように育ててくれました。実際私も義父母を実の両親として疑いもしていなかった。そして私が引き取られて数年後に生まれたのが、家内、お前のおばあちゃんだった。私達は長い事自分達は兄妹だと思って暮らしていたのです」

 事態が変わったのは祖父が10代に差しかかった頃の事、カーティス家の当主が病に倒れ亡くなった所から始まる。
 ある日親戚だと名乗る男が押しかけて来て祖父一家の事を親身になって世話をしてくれたのだそうだ。そして、教えられたのが、自分がこの家の実子ではなく養子であったという事実。

「そんな話しは寝耳に水の話でしたからね、驚きましたよ。しかもそんなタイミングで母も心労から倒れ、幼い私達兄妹はそいつの口車に乗せられてしまった。気付いた時には家財産すべて奪われ、我が物顔でこの家に居座った……それがロイヤー家の人間です。そいつは間違いようもなく私と血肉を分けた兄だったのですが、中身は私欲の為にしか動かない強欲な獣でした。病死、過労と思われていた義両親の死因がこいつ等の手によるものだったと分かった時にはもう何もかも手遅れだった」

 祖父と祖母は義母の死と共に家の中での居場所を失い、まるで召使のように遣われる事に嫌気のさした祖父は家を飛び出した。

「失敗だったのは、その時私は妹をこの家に置いて出てしまった事です。それでも彼女はこの家の正当な跡取りであり、彼等も無碍にはしないと思った……けれど、奴等はそんな甘い考えの人間ではありませんでした。私はまだ若く、思慮も足りなかった……」

 祖父は過去を思い出したのか悔しそうに瞳を伏せた。

「私は知っていたのです、その当時彼女が私を好いていた事を。兄妹として暮らしてきて、私も彼女に情はありましたが、彼女をそんな境遇に追いやってしまった自分に後悔の念もあって、私は彼女には応えられなかった。それにつけ込むようにしてあいつは彼女に近付き……」

 その後の事を語りたくもなかったのか、手で顔を覆うようにして祖父は言葉を吐く。

「けれど、結局はあいつにとってそれは遊びの一環で、彼女は間もなく捨てられました。それもそうでしょう、その当時あいつにはもうすでに余所に妻子がいたのですからね。私がそれを知ったのは、もう彼女がぼろぼろに傷付いた後だった。私は家も守れず、大事な家族ですら守る事ができなかった。私はもう嫌だったのですよ、何ひとつ守れない自分自身に嫌気が差していた、それでも、そんな時に傍に居てくれたのがぼろぼろに傷付いているはずの彼女だった」

『お兄さま、私はお兄さまが傍に居てくだされば他には何もいりません。どうか傍に置いてください』

「まるで傷口を舐め合うように私達は結婚しました。それはもう、そういう運命だったのだと理解したのです。子宝にも恵まれて、そこそこの幸せを享受して、あいつ等は悪びれもせず私達に親戚面で接してきましたが、極力関係は断って暮らしてきました」
「だったら、何で今になって……?」
「何もしなければ、何も変わらないと気付いたからです。知りたくない事に蓋をして、我慢をし続ける事が美徳ではない、自分の手で掴み取らなければ自分の幸せは奪い返せないと気付いたからですよ。それに気付いてからは本当に早かった、あいつ等の化けの皮は本当に薄皮一枚の物で、そんな化けの皮も見抜けなかった幼い自分に呆れるほどに簡単に奴等を失脚させる事ができましたよ」

 祖父は微かに口角を上げて笑みを見せる。けれどその笑みはどこか仄暗い。

「気付かせてくれたのはユリウス君の父親、ナダール・デルクマン氏ですよ、彼もまた私の運命を大きく変えた一人です。だからノエル、お前が彼に惹かれる気持ちは分からなくもないのです、あの一家は何か不思議な力でもってこの世界を正そうとしている。一般的に優秀だと言われるαですが、それにもピンからキリまでの人間がいます、その中でも特別な存在、彼らはそういう人達です。そしてそういう人間にはそれに相応しい相手が用意されている、私達凡人には考えも及びつかない、それが『運命』なのですよ」
「運命……」

 なんと曖昧で心許ない言葉だろう。すべての事象はまるで目に見えない何か大きな流れに支配されているかのような祖父の話しぶりに俺は納得がいかない。
 運命ってなんだよ! さっきじいちゃん自身が言ったんだ、自分で動かなければ何も変わらない、だったらそんな運命だって自身の力で変える事だって可能なんじゃないのか!

「俺、じいちゃんの言う事まだよく分からないよ、だけど、そんな運命なんて言葉ひとつで人の気持ちは動かない!」
「ノエル……」
「まだこれは恋愛感情じゃない、だけど好きだ。人を好きになるのに、他人の口出しなんて必要ないよ。心配してくれるのありがたいけど、そういうの大きなお世話って言うんだよ」

 俺の返した言葉に祖父は困惑したような表情で、そんな顔を初めて見た俺はなんだか笑ってしまった。

「じいちゃんは小さい頃から大変な思いをしてきて、大変だったかもしれないけど、俺は今まで普通に平凡に暮らしてきたよ。全部じいちゃん達のお陰だ、大事に守ってくれてありがとう。だけど、この先は俺の人生だよ、じいちゃんの思う通りには生きられない、だから自分の事は自分で決める、この思いは譲れない。間違った道だと思ったら軌道修正はかけてくれたらいい、だけど結論だけは譲らない。だってこれは俺の人生だもん」

 俺の言葉に祖父は驚いたような困ったような、それでいて少し嬉しそうな複雑な笑みを浮かべた。

「いつまでも子供子供と思っているのはこちらだけという事ですね。お前が生まれた時に、そんな事は理解したつもりだったのに、私はまた忘れていたようです。忘れっぽいのは歳を取った証拠でしょうか、ふふ、私も負った子に教えられる年齢になったのでしょうかねぇ」

 なんだか先程の仄暗い笑みではない、それはどこか清々しい笑みだった。

「分かりました、お前はお前の好きなようにお生きなさい。けれど、お前の帰る事ができる場所は常にある事を忘れずに覚えておくのだよ」

 祖父の言葉に大きく頷く、自分はそうは言ってもまだ子供で、これからをどう生きるかを考える事もしてはいなかった、けれどその祖父の言葉は祖父の庇護下の子供に対するものではなく、一人前の人間として認めてくれたようなそんな気がして、俺は嬉しくて仕方がなかった。
 何もできない子供じゃない、これからはもっと自由に自分の意思で行動する、それが俺の自立への第一歩だとそう思ったのだ。
 どこかで爆竹が弾けるような音が聞こえる。
 今日もお祭りが始まったのだろう。俺は「早く行こうよ」と祖父を急き立て、祖父はそれに微かに苦笑していた。





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