運命に花束を

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二人の王子

恋模様 ②

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 幾日かが平穏に過ぎる。僕は毎日ユリウス兄さんの送り迎え付きで仕事に出掛け、仕事中も常にイグサルさんかミヅキさんが一緒にいてくれるようになった。
 あのトーマスという男が時々こちらを見ているのは気にかかったが、別にあれ以降何をされる事もなく、絡まれる事もなかったので、やっぱりツキノの気の回しすぎだと僕は苦笑した。
 ランティスへの留学募集は随時面接と試験が行われていて、何人かの同行が既に決定したと聞いている。その中にイグサルさんとミヅキさんもいて、全く知らない人達ばかりではない事に僕は安堵した。
 けれど、ツキノとの別れは迫っていた。僕達がランティスへと向かうのはもうしばらく先なのだが、叔父さん達は間もなくルーンへと帰ると言い、そしてその時にツキノも一緒に連れて帰ると彼等は言った。

『この所、何かと物騒だからね、僕達の路銀が尽きる前に帰ろうと思う』

 叔父さんはそう言って、ツキノもそれに頷いた。
 僕達はまだ番にはなれていない、僕のチョーカーが外れていないから。叔父さんはすぐにでも外してもらった方がいいと言ったのだが、現在僕はグノーさんに『αのツキノ』だと思われているので、そのチョーカーを見せるのは混乱を招くと却下されたからだ。
 なので、尚更僕の身辺警護は強化されていて、なんだか申し訳ない思いはあるのだけど、心強くもある。結局荒らされていた家の中で鍵は見付からず、誰が持っていったのか分からないが迷惑もいい所だ。
 そんなある日、宿屋に戻るとツキノがワンピース姿でソファーに座り、何事か1人でぶつぶつと呟いていた。

「ただいま……って、ツキノ、何してるの?」

 ツキノはこの宿屋の中にいる間は今まで着た事はないような色身の服ではあったが、普通に男性用の服を着ていた。なのに、何故か今日はワンピース着用でそのスカートの裾を握りこむようにして何やらぶつぶつと呟き続けている。

「あ、おかえり、カイト君。カイト君もお着替えしようか」

 返事を返さないツキノの変わりに、アジェ叔父さんが現れて笑みを見せる。

「? 着替えって、何かあるんですか?」
「うん、今日の晩御飯はお呼ばれだよ。皆でナダールさんの家に行くからカイト君も着替えて」

 あぁ、なるほど、それでツキノはワンピース姿なのか。今日のツキノはヒナノなのだな。
 だったら僕もツキノらしくしないと。
 ぶつぶつと呟き続けているツキノはどうやら自分で自分に「ヒナノ、ヒナノ、私はヒナノ……」と暗示をかけている様子だ。きっとそうでもしないと自身のその姿が受け入れられないのだろう。僕はそんな自己暗示の真っ最中のツキノをそっと見守るようにして、部屋に戻り着替えてしまう。

「ツキ……ヒナ、準備はいい?」

 僕の声に驚いたようにツキノが顔を上げた。あれ? なんだろう? もしかして化粧までしてる……? ツキノは元々綺麗な顔立ちだが、今日はまた一段と可愛らしい。

「あ、帰ってたんだ……」
「うん、集中してるみたいだったから、声かけなかった。大丈夫?」
「たぶん……」

 長めの髪のカツラは綺麗にハーフアップに結い上げられており、束ねられた髪には髪飾りまで付いていて、ツキノは本当に女の子にしか見えない。

「緊張してるの? この間だってヒナノの擬態完璧だったし、大丈夫だろ?」
「あの時はある意味ヤケクソでそれ所じゃなかったし……でも今日はわざわざ会いに行くわけだろ、そんなの緊張するに決まってる」
「大丈夫だよ、だって今日のツキノは凄く綺麗で、全然ツキノに見えないもん」
「褒めてるのか、貶してるのか、どっちだ!」
「ヒナ~言葉遣い」

 叔父さんに指摘されて、ツキノは慌てて口を噤む。

「そういえばこの間はほとんど喋らなかったもんね、あの日は色々ショックでって誤魔化せたけど、今日はそういう訳にいかないか」
「うぐぐ……せめて挨拶くらいはできないとってアジェおじさんが……」
「まぁ、そうかもねぇ」
「しかも、完全フル装備で女装……この靴、物凄く歩きにくいんだけど……」

 ツキノの足元を見やると、紅いぽってりとした可愛らしい靴なのだが、よく見ればヒールが付いていて、立ち上がるといつもより目線が高い。それでもまだ僕の方が少しだけ背が高いのだけど、その靴を履いたツキノはとても歩きづらそうで、数歩歩いては溜息を零した。

「エスコートしようか?」
「ん?」
「お手をどうぞ、お嬢さん」

 差し出された手をツキノはとても憮然とした顔で見ていたのだが、その内諦めたように僕の手を取った。

「仕方ない、今日はエスコートされてやる」
「言い方」

 僕達は2人揃って笑ってしまった。

「ツキノ君、ヒナノちゃん、準備はいい? そろそろ行くよ」

 アジェ叔父さんとエドワードおじさんも今日は少しだけめかしこんでいる、晩御飯へのお呼ばれと言っていたが、これはきっとちょっとしたホームパーティなのだろう。
 彼等デルクマン家はこういった催しがとても好きな一家なのだ、こうして度々宴を催しては身近な人と飲み交わす、もしかしたらこの晩御飯のお呼ばれは僕達だけが呼ばれた訳ではないのかもしれない。
 僕とツキノは手を繋いで歩いて行く。今までだったらこんな風に歩いていたら奇異の目で見られたと思うのだけど、今日のツキノは可愛い女の子だ、羨望の眼差しは浴びても、変な目で見られる事は決してない。
 僕が上機嫌で歩く傍ら、ツキノは少し恥ずかしそうに歩いているのも何だか初デートのカップルみたいで、僕は少しにやけてしまうのを止められない。

「カイトもう少しゆっくり歩いて、足痛い」

 慣れないヒールはやはりツキノにはキツイようで、腕を引っ張られて僕は歩みを緩める。僕の腕に縋って靴の調子を見ているツキノは本当に可愛い。ってか、本気で可愛いぞ! この子、僕の恋人なんだぞって叫びたい! 叫んでいいかな!?

「おおぃ、カイトぉ?」

 僕が1人無言で興奮している所に声がかかり、僕がそのかけられた声の方に顔を向けると、そこにはイグサルさんとミヅキさんが立っていた。

「あれ? イグサルさんにミヅキさん、連れ立ってデートですか?」
「馬鹿言わないでもらえる? 何で私がこの馬鹿とデートなんてしないといけないの? 帰り道がたまたま同じなだけで、そういう誤解はいい迷惑だわ」

 ミヅキさんの言葉は辛辣なのだが、そんな言い方には慣れているのかイグサルさんは「そこでたまたま会っただけだ」と笑った。

「カイトは? どこか行くのか? しかも誰? その娘どこの子?」

 イグサルさんが不思議顔で首を傾げ、ツキノの顔を覗き込もうとすると、ツキノは慌てたように僕の後ろに身を隠した。あぁ、そうだよね、知ってる人にその姿見られるの恥ずかしいよね。
 どう答えておけばいいのかと僕が言葉を探していると「カイト君の友達?」とアジェ叔父さんが声をかけてくる。

「えっと、こちらは?」
「僕の叔父です」
「アジェ・ド・カルネと申します。君は?」
「イグサル・トールマンです、はじめまして。カイトとは一緒に仕事をさせてもらっている同僚です」
「あぁ、じゃあ騎士団の。そちらは?」
「私も同じく同僚のミヅキと申します」
「君も騎士団員なんだ、そういえばファルスの騎士団には女性もいるって言ってたっけ」

 叔父さんとイグサルさん達が和気藹々と話す傍ら、ツキノは身を小さくして僕の後ろで顔を伏せている。別に恥ずかしがるほど変な所はないんだから堂々としてたらいいのに。

「それでそちらは?」

 イグサルさんがまたツキノの顔を覗き込もうとすると、アジェ叔父さんが「うちの娘、人見知りで……」と庇ってくれた。

「あぁ、じゃあその娘、カイトの従姉妹なんだ?」
「えっと、まぁ、そんな所です」

 それ以上イグサルさんは突っ込んではこず、ここまで人見知りを前面に出している娘に無理強いは駄目だとでも思ったものか、彼はツキノの顔を覗き込むのを止め、僕を見やる。

「カイト、お前護衛は? ユリウスは一緒じゃないのか?」
「今からそのユリウス兄さんの家に行く所ですよ」
「あぁ、そうなのか? 護衛が必要なようなら送るぞ?」
「そこは大丈夫、うちの旦那さんがいるから」

 アジェ叔父さんの言葉に初めてエドワードおじさんの存在に気付いたのだろうイグサルさんがぺこりと頭を下げた。エドワードおじさんもやはり相変わらず愛想のない顔で「よろしく」と手を差し出し、イグサルさんの手を握る。
 おじさん、本当に愛想ないよね。しかも大きいから威圧感あるし……
 イグサルさん若干引き気味なんだけど、怖い人じゃないんだよ! という言葉が喉元まで出かかって、そんなフォローを入れるのもどうかと僕は思い止まった。

「それじゃ、俺達この辺で」

 イグサルさんとミヅキさんがそう言って立ち去ろうとした時、ようやくほっとしたのだろうツキノがちらりと2人を見やり歩き出そうとして、ものの見事に蹴躓いた。

「うわっ」
「おっと、大丈夫?」

 転びそうなツキノをどうにか支えて、僕がツキノを抱き起こし、顔を上げると何故かイグサルさんがひどく驚いた顔でこちらを見ていた。こちらを、というかむしろ『ツキノ』をだろうか。
 言葉は何も発しない、ただ唖然とした顔をしていて、そしてそのうち彼の顔にかっと朱が上った。あれ? これどういう反応? ばれた訳じゃないよね?
 ツキノも彼がじっとこちらを見ている事に気付いたのだろう、また恥ずかしそうに僕の後ろへ逃げ込む。

「お嬢さん! お名前は!?」

 姿勢を正したイグサルさんが、真っ直ぐこちらを見やってそう言った。ツキノは戸惑ったように首を振る。喋ったが最後絶対ばれると思っているのだろう。

「えっと……イグサルさん?」
「カイト、彼女の名前は!? せめて名前だけでも教えてくれ!」
「え……えっと……」

 女装の時のツキノの名前は「ヒナノ」だが、その名前はそのままデルクマン家の次女の名前で、それを言っていいものか僕は非常に迷う。

「うちの娘に何か用でも?」

 エドワードおじさんがずいっと僕と彼の間に入って睨みを効かせると、彼は少し怯んだようなのだが、それでもきっと顔を上げて「お嬢さんの名前を教えてください!」と彼は再びそう言った。

「一目惚れです、付き合ってくださいとはまだ言いません、せめてお友達から……」

 まさかの展開!! ちょっと待って!

「うちの娘には決まった相手がいる、脈はない。諦めろ」
「そんな……」

 打ちひしがれた様子のイグサルさん、なんか凄く可哀相なんだけど、ごめん、ちょっと笑っちゃう。背後で僕の服を掴んでいるツキノの動揺も可笑しくて、僕は笑いを堪えるのに必死だ。
 なんか、アジェ叔父さんもぷるぷるしてるけど、絶対叔父さんも笑い堪えてるよね? 絶対そうでしょ!

「君には悪いがうちの娘に悪い虫が付くのは看過できん、このまま失礼する」

 そう言ってエドワードおじさんは踵を返し、僕達に行くように顎をしゃくった。
 おじさん『悪い虫』は言い過ぎじゃないかなぁ? まぁ諦めさせるには手っ取り早いかもしれないけどさ。

「俺は、諦めの悪い男です! こんな彼女からの否定はひとつもない状態で諦めるなんて……」
「イグサル! それ以上は先方に失礼よ!」

 ミヅキさんの鋭い叱責が飛び、イグサルさんはまた若干怯んだのだが「でも……」と言葉を濁らせた。

「大変失礼致しました、彼の事はお気になさらず、どうぞ行ってください」
「ミヅキ、お前には俺のこの気持ちは理解できない!」
「あんたは一端落ち着けと言っているのよ! この馬鹿!」

 相変わらずなミヅキさんの辛辣な言葉。僕達は彼女の言葉に甘えるようにして、その場を立ち去る事にする。「せめて名前だけでも……」というイグサルさんの言葉が背中に聞こえたのだが、同時に「いい加減にしなさい!」というミヅキさんの叱責の声も聞こえたので、僕達は足早にその場をあとにした。

「あはは、あの子面白い子だねぇ」
「笑い事じゃないです……」

 彼等が見えなくなった辺りで、アジェ叔父さんは笑い出し、ツキノは憮然とする。

「でもこれって、やっぱりツキノが凄く可愛いって事だからね、可愛いの自重して」
「俺に言うな……」
「ヒナ、言葉遣い」

 エドワードおじさんに突っ込まれ、ツキノはまた口を噤む。
 この一連の出来事はまた後々あちらこちらで波紋を生む事になるのだが、その時の僕達はそんな事は知らなかったし、気付きもしなかった。だけど、その話しはまた別の機会に語る事になるんじゃないかな。
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