運命に花束を

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運命に祝福を

恋模様 ③

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 乗り合い馬車の中はあまり和気藹々という感じではなく、まるで葬式のような静けさだ。母さんから手紙を受け取り、昨日の今日でルーンを発てと言われて、着の身着のまま出立したはいいけれど、なんだか物見遊山なのは俺だけで、皆真剣な表情で黙りこくっているので、俺はどうにも居たたまれない。
 いや、変わらない奴等もいるよ? ツキノとカイトは馬車の端でずっとこそこそといちゃついているし、あまり面識のないウィルと名乗った少年は目の前で爆睡中だ。

「あの、ミヅキさん……皆いつもこんな感じなんですか?」

 俺は隣に座ったミヅキさんにこそりと声をかける。

「こんな感じ、と言うと……?」
「いや、なんか空気が重いと言いますか、誰も何も喋ったりしないし、こう仲が悪いのかなぁ? なんて……」

 ルーンを発つ直前金髪の美丈夫ユリウスは、ノエルを抱き締め、別れを告げていた。今生の別れでもないと思うのだが、その後彼の表情はずっと険しいままで、少しばかり取っ付き難い。そして、その彼の横に座るイグサル・トールマンさんは、何故か無言でずっとこちらを睨んでいる。
 彼は、最初は割と普通だったんだけど、この馬車に乗ったあたりからずっとこうなんだけど、俺なんかしたかな……?

「別に仲は悪くない。皆疲れているだけだろう、元々強行軍でこんなにすぐに取って返す事になるとは思っていなかったからな」

 ミヅキさんは涼しげな顔でそう言った。ミヅキさんは俺の癒しだ。

「そうですか? だったらいいですけど」

 母から預かった手紙、俺はそれを母の友人に届けなければいけない。これは誰にも渡してはいけないと言われているので、鞄の底にその手紙は大事に大事にしまわれている。
 俺はカルネ領から出た事がない、ましてやファルスを出るのも初めてで少し緊張しているというのに、旅の同行者はどうにもあまり俺に優しくない。

「メルクードって、どんな街ですか?」
「ん? 綺麗な街だぞ。ファルスはどちらかというと実用的な無骨な街並みが多いが、メルクードは少し女性的というか、雰囲気が華やかで美しい。ランティスという国は芸術に長けた国でもあるからな、見た目はとても麗しいぞ」

 見た目は……なんだか含みのある言い方だな。

「でも、差別の激しい国、なんですよね?」
「あぁ、それはな。だが君の見た目なら大丈夫だ、君の金色の髪と碧い瞳はランティスでは一般的で、誰も君をファルス人だとは思わないだろう。問題があるとすればツキノだろうな」

 ミヅキさんはちらりと馬車の端に座るツキノを見やる。

「ツキノは君と行動を共にする事になると思うが、あの見た目であの性格では何か問題を起しそうな予感しかしなくて少し不安だ」

 黒髪黒目のツキノ、しかもランティスでは大層嫌われているメリアの王子、それを公にして行く訳ではないが、それでもやはり不安は残るとミヅキさんは溜息を零した。

「黒の騎士団も同行しているから、よほどの事はないと思うが、ツキノは喧嘩を売られれば言い値で買うタイプだからな……」
「そういえば、その黒の騎士団? の人達は?」
「たぶん上にいる」

 上? 乗合馬車には幌が付いている、その上、という事か?

「数人は別行動かもな、彼等の機動力には謎が多い。気が付けば先回りされている事も多いのでな、メルクードに着いたら、もういるかもしれない」

 それは先に着いて待っているという事か? いやいやでも道程は一緒だろ? そんな事ってあるのだろうか?

「君は、旅は初めてと言っていたかな?」
「はい、ルーンの町は出た事はあってもカルネ領を出るのは初めてです」
「そうか、初めての旅が大変な事にならなければいいがな……」

 ん? 何か不穏な言葉が聞こえたけどどういう事だ? いや、確かにルーンの町で起こった事件に付随して俺はこの手紙を携え、町を出された訳だから、少しばかり不穏な旅なのは分かっているけど、そんな事を言われたら不安になるじゃないか。

「おい、ミヅキ余計な事は言わなくていい」
「危機感は持って行動してもらうに越した事はないだろう?」
「そいつは部外者だ」
「事件に片足を突っ込んでいる時点で部外者とは言えないだろう。彼はルーンの町で攫われてもいるのだしな」
「だからと言ってお前がそこまで気にかけてやる必要は……」
「イグサル、お前は何を言っている? ファルス国民を守るのは騎士団員の基本姿勢だぞ? 友達ごっこをしているのではない、職務を全うしているだけだろう」

 おぉ、やっぱりミヅキさん格好いいな。言い込められたイグサルさんは、不貞腐れたような表情だ。それにしても、俺も男だ、守られているばかりというのも格好が付かない、次に何かあった時はきちんと男らしい所を見せられるようにしないといけないな。

「ミヅキさん、大丈夫です。俺もちゃんと身辺には気を付けて行動させてもらいますね」

 彼女の瞳を見詰めてにこりと微笑みかければ、困ったように瞳を逸らされた。
 お? これはちょっと脈ありか? あの後特に何の進展も返事もないのだが、なんとなく意識されている気がしないでもない。
 このまま、押したら本当にお付き合いしてくれるだろうか? 姉さん女房は金の靴を履いてでも探せというくらいだ、年上の奥さんにはメリットが多いのだろう。
 俺としても頼れる奥さんというのは領主の嫁として最適だし、これはますます逃がせないな。
 幼馴染だと言っていたイグサルさんが何故かこちらを睨んでいるけど、彼女に気でもあるのかな? いやいや、確か彼はツキノの事が好きなはずだし、そんな事はないはずだ。
 やっぱり幼馴染が他人に取られるのは複雑な心境なのだろうか? そういえば俺の幼馴染のノエルはすっかりユリウスさんと出来上がってしまっていたようだが、そこまで変な気持ちにはならなかったのだけど、幼馴染も色々だよな。

「ミヅキさん、小腹が空きませんか? おやつありますよ?」

 鞄の中には母が持たせたおやつが幾つか。子供の遠足じゃないんだから、と思わなくもなかったのだけど、まだ仲良くもない他人とコミュニケーションを取りたい時には、こういう小物は必須だよな。そういう所、母さんよく分かってる。
 飴の包みを幾つか取り出して差し出すとミヅキさんはひとつを摘んで口に入れる。イグサルさんも渋い顔なのだが、一応受け取ってくれた。
 ユリウスさんは……なんだか声かけづらい雰囲気、ツキノとカイトは2人の世界だからあえてもうここは口を出さない。
 ウィルは完全に寝ているし、起すまでもないか。
 それにしても、やっぱり空気重いなぁ。ミヅキさんも恐らくそこまで多弁な女性ではないのだろう、話しかければ答えてくれるが、あまり話が盛り上がるという事もない。
 メルクードに着くまでにもう少し皆と仲良くなれたらいいなぁと、俺は顔に笑顔を貼り付けたまま、心の中で溜息を零した。


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